僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 真田さんが最初に所属した忍術部は青春を捧げるに値しない場所だったが、真田さんは腐らず部活に励み、信頼できる仲間を作っていった。そしてその仲間達と新忍道サークルを立ち上げ、サークルを部に昇格させ、インハイ優勝かつ3DGアメリカ本部の殿堂入りという偉業を成してみせた。そこにどれほどの努力が込められているかを杠葉さんは理解し、恋をし、そして恋人に恥じぬ六年間を過ごしたからこそ、自分も撫子部部長として仲間達と全国優勝を果たすことができた。その真田さんが、今まで以上の努力を求められる日々を過ごすと言うなら、私はそれを全力で支えよう。自分のことは二の次にして夫を助け、そして四年後、夢を叶えた夫と共に嬉し涙を流そう。杠葉さんは、そう決意したのである。その決意を聴いたおばさんは杠葉さんの隣に座りその手を取り、これから過ごす四年間が後々、夫婦にとってかけがえのない宝物になることを保障した。杠葉さん自身もそう確信していたため二人は意気投合し、その意気投合振りに「息子達にも杠葉さんのような素晴らしいお嫁さんが来てくれないかなあ」とおじさんが呟き、おばさんがそれに全身全霊で同意して場が最高に盛り上がったところで、杠葉さんは湾岸大学を後にした。
 湾岸大学を後にした杠葉さんが真っ先に向かったのは、千家さんのマンションだった。ドアを開けた千家さんと目が合うなり、杠葉さんは涙ながらに訴えた。「信じてもらえないなら婚約破棄すると脅した、櫛名の気持ちがわかった!」 その言葉だけで訴えの核心を理解した千家さんは杠葉さんを招き入れ、何もかも取り払った本音のみを語らう時間を過ごしたそうだ。二人は、そういう仲になっていたのである。
 二人がそうなった契機になったのは、千家さんのこの頼み事だった。「友達が一人もいない私は、友達との付き合い方をまったく知らない。でもそれに臆して演技をしたら、演技をし合う友達しか作れないことを、ある後輩が教えてくれた。だから杠葉さんにお願いがある。私は演技無しにあなたと付き合うから、それが友達として許される限度を超えていたら、ありのままを教えてくれないかな。どんなことを言われても決して傷つかず、あなたを恨むことも絶対しないって約束するから」 杠葉さんは了承の言葉に替え、こう教えた。「男子と違い、女子は本心を晒し合える友人を持つことを、それほど強く望んでいないと思う」 動揺してもおかしくない話をされても微塵も動揺しない千家さんを見定め、杠葉さんは続けた。「その反面、運命的な出会いへの憧れを、女子は男子以上に持っている。そのほぼ全てが素敵な男性との出会いに占められているのが普通なのだろうけど、私は少し違う。撫子部に入部したとたん将来の部長になることと二つ名持ちになることを期待され、それを重荷に感じていた私は、少し違うのよ。素顔になったあなたに、誰にも言えなかった重荷をすんなり打ち明けられた時、友人と運命的な出会いをすることへの長年の憧れが叶ったのかなって、ちょっぴり思ったんだ」 さっきは動揺しなかったのに今は顔を真っ赤にして動揺している千家さんに、杠葉さんは改めて、頼まれごとを了承する旨を伝えたと言う。二人にとって幸運だったのは、一人暮らしの千家さんが料理上手なことだった。男の胃袋を掴むことがどれほど有効かを去年の夏休みに知った杠葉さんは、それ以降も料理の勉強をずっと続けていた。よって杠葉さんは、頼みごとをした千家さんが負い目を感じぬよう、料理を教えてもらうことを千家さんに請うた。もちろん千家さんは快諾し、杠葉さんは千家さんのマンションを度々訪ね、二人は友情を急速に深めていった。その友情が、湾岸大学から帰って来た杠葉さんに、「信じてもらえないなら婚約破棄すると脅した櫛名の気持ちがわかった!」と言わせたのである。
 千家さんは、自覚していた。荒海さんに教育者の素質があるのは事実でも、荒海さんの未来が大幅に変わったのは、理事長を始めとする親族にからなのだと、千家さんは自覚していたのだ。よって千家さんは荒海さんの四年間を支えるべく全てを捨てる覚悟をしたのに、当の荒海さんはそれをまったく理解せず、ウダウダ悩んでいる。その悩みを最短時間で吹き飛ばす方法が婚約破棄をちらつかせる事なら、私は喜んでそれをしよう。なぜならこの人のために、私は全てを捨てたのだから。という千家さんの胸中を、同じ覚悟をした杠葉さんは完璧に理解し、そして心底共感したのである。湾岸大学から帰って来た杠葉さんの胸の中に自分と同じ覚悟があることを、千家さんも一目で理解した。然るに二人はそれから、何もかも取り払った本音のみを語り合う時間を過ごしたそうだ。
 そのまま半ば徹夜で語り合った二人は翌日学校を休み、準備万端整えたのち、真田さんと荒海さんをマンションに呼びつけた。女性陣のただならぬ気配に、男性陣は最初から委縮していたと言う。その空気のもと、荒海さんが出雲でしでかした失態をこと細かに説明されたものだから、荒海さんは言うまでもなく真田さんも、額を床に付けっぱなしだったそうだ。そしてとうとう、杠葉さんの打ち明け話が始まる。真田さんが焦りを感じているのを察知し、荒海さんと同じ待遇を受けられる学校を自分も探した事。色よい返事はもらえなかったが探し続けるうち、湾岸大学から連絡があった事。二階堂夫妻と神崎さんに真田さんが新制度の対象になることを確約されるも、お盆も正月もない四年間が待っている事。杠葉さんはそれらを、一切隠さず話していった。真田さんは内心、妻に負担をかけ続ける四年間に臆したそうだが、それを表に出したら荒海さんの苦労が無駄になってしまう。荒海さんが千家さんに許してもらうため出雲でどれほど苦労したかを、真田さんは本人から直接聴いていたのだ。よって真田さんは身をズイッと乗り出し、未来の妻の手を取って言った。「俺は四年間の戦いに勝ってみせる。だから琴乃、俺を支えてくれ」 杠葉さんが後に照れまくりながら明かしたところによると、夫婦になる条件は結婚式でも婚姻届けでもないのだと、杠葉さんはそのとき芯から知ったそうだ。
 真田さんと杠葉さんが収まるべき場所にしっかり収まったのを見届け、千家さんは用意していた夕食をテーブルに並べ始めた。自分も手伝おうと立ち上がった荒海さんを、「男性陣は今日は座ってて」と制し、杠葉さんも千家さんに加わる。二人が仲良く夕食の準備をする様子に、真田さんと荒海さんは幸せをひしひしと感じたと言う。
 しかし男性陣は甘かった。女性陣の用意した美味極まる豪華料理を呼吸を忘れて食べ、そして四人で大いに語り合ううち、幸せには上限がないことを心と胃袋の両方で痛切に感じたそうなのである。だがそれでも尚、男性陣は甘かった。なぜなら男性陣がそのような感慨に浸ることも、女性陣の計画だったからだ。杠葉さんと千家さんは、真田さんと荒海さんの胸の内が自分達の望む状態になったのを見計らい、
 ―― 去る者、日々疎し
 を切り出したと言う。
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