僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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「俺達の胸の中にある素直な想いは、二年生の眠留を羨ましく思う気持ちだ」「眠留は成長著しいから、昨日の出来事も在学中にきっと良い思い出になるだろう」「そうだ、眠留は昨日、湖校の良い想い出を一つ増やしたんだよ」「それは俺や真田には、望んでも決して叶わない事」「俺達の湖校生活は、今日で終わりだからな」「眠留には、湖校で過ごせる時間が、まだ四年も残っているんだな」「羨ましいなあ荒海」「ああ、羨ましいよな真田」
 湿り気を帯びたお二人の声に、耐えられた新忍道部員は一人もいなかった。現役組と引退組の区別なく、新忍道部員十五人はそれから暫しの時間、思いっきり泣いたのだった。

 結果的に、僕は真田さんと荒海さんを始めとする大勢の六年の先輩達に感謝された。先輩達によると、六年生校舎に詰め掛けた後輩は泣いても良いが、自分達はおおらかに笑っていなければならない的な空気に、六年生全体が覆われていたのだと言う。それは「一年と六年を同じ組にできなかった負い目」であり、仮にこうして泣かなかったら、それを引きずったまま卒業した可能性が高かったらしい。けどその負い目が、どうも解消した気がする。自分達は一年と六年を同じ組にできなかったが、後輩達と一緒に泣くにつれ、後輩にとって自分は尊敬に値する先輩だったのだとひしひしと感じる事ができた。後輩達がこうも尊敬し泣いてくれるのだから、負い目を感じる必要はもう無いのではないか。そう考えられるように、先輩達はなったそうなのである。真田さんと荒海さんの元にワラワラ集まって来た男子の先輩方が言うには、開けっぴろげに大泣きしていた時の僕はそれなりに目立つだけだったが、途中で真逆の泣き方を始めた頃から、しこたま目立つようになっていった。すると、おそらく教育AIの仕業なのだろう、真田さんと荒海さんの声が、距離があるにもかかわらず非常によく聞こえてきた。聞こえてきたその声は自分の真情でもあったから、もらい泣きせずにはいられなかったと、先輩方は明かしたのだ。したがって湖校の伝統が、炸裂する運びとなった。
「「「「だから改めて言おう、羨ましいぞ後輩めっっ!!」」」」
 六年男子の先輩方は野太い声を揃え、僕をくすぐりまくったのである。そんな男性陣を取り囲む女子の先輩方も大いに笑ってくれて、その中に仲良く並んで笑顔を振りまく千家さんと杠葉さんを認めた僕は、酸欠失神寸前になるまで笑い転げた。
 いやそれは誇張ではなく、男子の先輩達が六年間かけて磨いたくすぐり術は、マジ凄かったんだけどね!
 それはさて置き、男子の先輩達から解放された僕は、千家さんと杠葉さんにやたら頭を撫でられた。会話から窺うに、戦国初期に僕が義理の息子だったことを千家さんは杠葉さんに話しているらしく、それが僕の背の小ささと相まって、お二人は僕に遠慮がなくなったようなのである。と言ってもそれはお二人の事情であり、飛び切り美人の年上女性二人に頭を撫でられた僕が、真っ赤にならない訳がない。僕は茹蛸よろしく真っ赤っかになり、それが可愛いと受けて、お二人の友人の先輩方からも撫でられまくる事になってしまった。僕は心の中で真田さんと荒海さんに問うた。「えっとあの、これが良い想い出になるんて、本当にあるのでしょうか!」と。
 そうこうするうち、卒業式の行われる大講堂へ先輩方が移動する時間になった。後輩達が六年の先輩方と一緒にいるのは、湖校の伝統ではここまで。真田さん、荒海さん、そして杠葉さんと千家さんが、笑顔で手を振りながら大講堂へ歩を進めてゆく。僕ら後輩は六年生校舎の前庭に留まり、去り行く先輩方を見送ったのだった。 
 と、ここで映画やアニメなら、
「先輩方と次にお会いしたのは幾年もの月日が流れてからだった」
 に類するナレーションが流れるのがお約束なのだろうけど、今年は少しばかり事情が違った。なぜなら明日十六日はこの四人の先輩方の、合同結婚式だったからである。

 四人の先輩方は当初、午前と午後に分かれて結婚式をあげる予定を立てていた。それが合同結婚式に替わるきっかけになったのは、二月上旬の荒海さんの出雲行きだった。中高一貫校の理事長を務めている千家さんの親族が、「新忍道部の前身の新忍道クラブを設立しましたから、アドバイスだけでも頂けないでしょうか」と連絡して来て、どうしても断れなかったそうなのだ。そうして半ば義務感で尋ねた新忍道クラブが、荒海さんの気持ちを一変させた。中学一年から高校二年までの十五人の少年達が、嬉しくて楽しくて堪らない表情で新忍道に打ち込む光景を一瞥するや、荒海さんは時間を忘れて彼らを指導したそうなのである。荒海さんの公式戦を丸暗記するレベルで観ていた彼らは、憧れの英雄に指導してもらい、涙を流して喜んでいたと言う。その話を千家さんに聞いただけで情景がありありと浮かんで来た湖校新忍道部員も、彼ら同様、涙を流して喜んだものだった。
 指導後、理事長室に呼ばれた荒海さんと千家さんは、思いもよらぬ話を聞いた。理事長によると、文科省が新しく定めた大学の制度に、荒海さんが適用されるそうなのである。海洋ロボットの技術者として既に仕事を始めている荒海さんが島根大学の教育学部に入学した場合、教育学部とロボット工学部の両方を受講することができる。特に荒海さんの専門である海洋ロボット科は専門課程の講義を入学早々受講でき、実力を認められればゼミにも参加可能とのことだった。教育学部は三年生から受講すれば良く、両学部の単位も融通し合える。よって努力次第では四年間で、教育学の学士と海洋ロボット学の修士の資格を得られると説明されたそうなのだ。これには荒海さんも魅力を感じずにはいられなかった。それは当然であり、今年の四月から施行されるこの新制度は、研究学校の卒業生が教師になり易いよう考案された制度だったからだ。しかしそれでも決断できずにいる荒海さんへ、大学のロボット工学部を見学してみてはどうかと理事長は提案した。島根大学は十数年前に全学部を出雲キャンパスに移転しており、千家さんの実家からAICAで十分ちょっとだったこともあって、荒海さんはそれを受け入れた。翌日は日曜だったが、日曜だからこそ熱心な学生のみが研究に勤しんでいて、荒海さんは年上の学生達と専門的な会話を熱心に交わしていった。その会話内容だけで教授はゼミの参加を許可し、教授と学友達と研究環境に恵まれていることを実感した荒海さんは、四月からの身の振りを遂に決定する。ただ一つの気がかりは千家さんが過去に地元で被った心の傷であり、本人は完治したと言っていても、地元に戻ったら揺り戻しが来るのではないかと、荒海さんは案じていた。そう荒海さんは三月をもって関東を離れ、出雲で生活する決定を下したのである。そんな未来の夫へ千家さんは眉間に皺を寄せ「どうしたら信じてもらえるのだろう」と、未来の夫の前で十分近く考え続けたらしい。そして出した結論が「信じてもらえないなら婚約を破棄する」だったため、荒海さんは土下座して謝るもなかなか許してもらえず、大層な苦労をしたとの事だった。どんな苦労をしたのかは知らずとも、この件に関する湖校新忍道部の見解は完全に一致していた。それは、
 ―― 荒海さんが全面的に悪い
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