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二十一章
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なんて想いを蹴飛ばし、さり気なく白鳥さんを観察した。創造主の意図を、知りたかったからだ。
二つの事柄を要求した創造主はしかし、それぞれの意図を教えてくれなかった。おそらくそれは翔刀術と同じ「自分で考えなさい」の可能性が高く、よって考察の材料を見つけるため、白鳥さんを観察してみる事にしたのだ。それは正解だったのだろう。白鳥さんは波紋に指先を当てるや目を見開き、続いて瞼を閉じ、五秒ほどそのままでいた後、十指の位置を少し変えた。刀を固定しやすいよう親指で峰を押さえたそれはまさしく、
―― 包丁を研ぐときの十指の位置
だったのである。白鳥さんは将来、自分の生命力を流し入れつつ包丁を研ぐようになると、僕は確信した。
その白鳥さんが、ゆっくり瞼を開ける。僕は目で頷き、要求された二つ目を告げた。
「この神社に伝わる刀術は、素早く移動しながら刀を振ることを特色にしている。そのさい個人的に、大切にしていることが二つあってさ。それは、刀を真っすぐ、丁寧に扱うことなんだよ。白鳥さん、これ何かに似てない?」
真っすぐ丁寧に扱うのは、刃物研ぎ全般の要諦と言える。猫将軍家に伝わる研ぎの技法は教えられずとも、全般に共通する要諦を太刀筋を介して見てもらうことなら可能であり、そしてそれを創造主は望んでいたのである。だが僕は立場上それを明言できず、どうか察してくれますようにと期待して目で頷いてみたところ、白鳥さんは十全な返答をした。左手の人差し指を口元に立て「ナイショなのよね」と意思表示しつつ、右手のニ指でOKサインを作り、コクコク頷いたのだ。その姿に、同性だったら親友になれた気がして胸がキリリと痛んだ。僕は記憶のある限り男に生まれて来たが、同性になる未来がもしあったら、その時はヨロシクと心中告げて立ち上がる。そして道場中央に進み出て、翔刀術の基本動作を、対魔邸戦の速度で行った。
刀には、峰の辺りに樋と呼ばれる溝を掘ったものがある。その理由は諸説あり、有力視されているものを二つ挙げるなら「軽量化」と、「真っすぐ振ったらカッコイイ音が鳴るから」になるだろう。刀を斜めに扱ったら無粋な音しかしないのに、刃筋をきちんと立てて真っすぐ振るや、
ヒュンッ♪
という胸のすく音がするのだ。それは目安になるのはもちろん、刀を振ることを楽しくさせてくれるから、練習用と割り切るなら樋は有用であると僕は考えている。
ただ練習用と言及したように、魔想と命懸けの戦いをしている翔人としては、溝のある刀を実戦で使うことは絶対ないと断言できる。音は、戦闘における極めて重要な情報に他ならない。例えば樋の音を聴けば、敵は僕が振った刀の軌道を察知できるし、また樋の音のせいで、敵の音を僕が聴き取りづらくなる事もあるだろう。はっきり言ってどちらも、言語道断以外のなにものでもない。狼嵐家と鳳家もそう考えたに違いなく、樋のある刀を所有している三翔家及び分家は一つも無いと僕は教わっていた。
かくなる理由により、猫丸に樋はない。ヒュンッと鳴った方が素人は喜び、また事実として白鳥さんは刀術の素人だけど、僕はそれをまったく案じていなかった。白鳥さんはクリスマス会を通じて翔刀術を二度見ていて、二度目に至っては発泡スチロールの刀にすら翔刀の面影を見て取ったくらいだから、音などなくとも「真っすぐ丁寧」の本質を感じてくれるに違いないと考えたのだ。
それもあり、僕は基本動作に集中した。自分で言うのもなんだけど、僕は翔刀術を筆頭とする戦闘関連に限り、恥ずかしくない集中力を発揮できる。白鳥さんや猫達が見ているのはもちろん、ここが道場であることも忘れて、魔邸を葬るための刀術に没頭した。そして体に叩き込んだ動作を終え、床の上に一人佇み、この時間にこの場所でこれを行っている経緯をやっと思い出した僕は、道場の入口へ体を向けた。入り口の前に、三匹の猫と並んで座っていた白鳥さんは床に三つ指つき、ただ静かに腰を折った。僕も刀を納め正座し、白鳥さんに腰を折る。そして神棚に正対し、二人と三匹で礼を述べ、神事を終えたのだった。
白鳥さんはその後、ほとんど口を開かなかった。床を簡単にモップ掛けするさい話しかけたら了解の仕草をしただけで作業をテキパキ始め、作業が終わり帰ろうと呼びかけても仕草のみなのは変わらず、中吉と小吉に目で諭された僕は、それ以上話しかけることなく道場を後にした。母屋までの道のりも無言だったが末吉が場をもたせてくれて、というか欠伸をしきりと繰り返す末吉を白鳥さんが抱きかかえただけなのだけど、それでも場をもたせてくれた事に変わりはない。末吉の大好物を一食分進呈する決定を、僕は心中下した。
母屋に着いたのは、五時四十五分だった。今日は祖母が夕ご飯を作ってくれており、白鳥さんを「ぜひ一緒に」と誘った。すると白鳥さんは大層苦労して口を開き、
「もう限界です」
とだけ応え、深々と頭を下げた。白鳥さんが頭を下げている間、僕は祖母と中吉と小吉から、般若の形相で睨みつけられていた。
それもあり、僕の使っている研ぎ石の予備を白鳥さんにプレゼントするという当初の計画に疑念が湧いてきて、判断を付けられずにいた。しかし時間は無情に過ぎ、切羽詰まった僕は時間稼ぎをすべく「着替えてくるからちょっと待ってて」と言い放ち、返事を待たず自室に駆けて行った。制服の白鳥さんを見送るのだからこちらも制服が無難だろうと思い、明日着る予定のシャツに手を伸ばしたところで、
―― 普段着にしなさい
との声が心をかすめた。テレパシーのようなテレパシーではないような不思議なその声を、僕は今日初めて聞いた。そのはずなのに奇妙な懐かしさを覚え、プレゼントの是非について僕は咄嗟に問いかけていた。声の主は豪快に笑い、その笑い声に懐かしさがいや増し、あと少しで大切な何かを思い出せそうなところで、
―― 前世の恩に報いよう
の声と共に「是」の文字が心にくっきり浮かんだ。体を直角に折ってお礼を述べ、全能力を尽くして素早く着替え、そして自室を出るさい回れ右をして、再度体を直角に折った。「早く行っておあげ」との声が今度ははっきり鼓膜を震わせ、狂おしい程の懐かしさがこみ上げて来るも、最重視すべきことをここで間違えてはならない。白鳥さんをこれ以上待たせぬよう踵を返し、僕は自室を後にした。
砥石をプレゼントするのは、今日の放課後に急遽思い付いた事。美鈴がいれば違っただろうがお洒落な袋などてんで持っていなかった僕は、ホント汗顔の至りなのだけど、川越の和菓子屋さんの袋に砥石を入れて白鳥さんに渡した。祖母を始めとする三傑女は呆れ果てていたが、白鳥さんは「麦茶汁粉の?」と首を傾げ、僕が頷くと大層喜んでくれた。しかしハンカチを風呂敷に見立てて包んでいるのが砥石と知るやメチャクチャ恐縮し、「女の子をこんなに驚かせて!」「にゃっ!」「にゃにゃっ!」なんて感じに僕はまたもや叱られ、白鳥さんが動かぬ口を必死に動かして擁護するという、本日二度目の状況が台所に出現した。その一度目について、中吉と小吉にテレパシーで教えられたであろう祖母は大きな大きな溜息をつき、孫の不出来を詫びた。懸命に首を横に振るだけの白鳥さんに、またいつでもいらっしゃいと祖母は告げ、続いてさっき以上の般若顔を僕に向けて、
「大石段の下にAICAを回すから、西所沢駅まで送ってあげなさい」
そう命じた。白鳥さんは再び恐縮するも、これだけは譲れませんと祖母に諭され、そして何かを耳打ちされた後は、感謝の仕草を繰り返していた。
二つの事柄を要求した創造主はしかし、それぞれの意図を教えてくれなかった。おそらくそれは翔刀術と同じ「自分で考えなさい」の可能性が高く、よって考察の材料を見つけるため、白鳥さんを観察してみる事にしたのだ。それは正解だったのだろう。白鳥さんは波紋に指先を当てるや目を見開き、続いて瞼を閉じ、五秒ほどそのままでいた後、十指の位置を少し変えた。刀を固定しやすいよう親指で峰を押さえたそれはまさしく、
―― 包丁を研ぐときの十指の位置
だったのである。白鳥さんは将来、自分の生命力を流し入れつつ包丁を研ぐようになると、僕は確信した。
その白鳥さんが、ゆっくり瞼を開ける。僕は目で頷き、要求された二つ目を告げた。
「この神社に伝わる刀術は、素早く移動しながら刀を振ることを特色にしている。そのさい個人的に、大切にしていることが二つあってさ。それは、刀を真っすぐ、丁寧に扱うことなんだよ。白鳥さん、これ何かに似てない?」
真っすぐ丁寧に扱うのは、刃物研ぎ全般の要諦と言える。猫将軍家に伝わる研ぎの技法は教えられずとも、全般に共通する要諦を太刀筋を介して見てもらうことなら可能であり、そしてそれを創造主は望んでいたのである。だが僕は立場上それを明言できず、どうか察してくれますようにと期待して目で頷いてみたところ、白鳥さんは十全な返答をした。左手の人差し指を口元に立て「ナイショなのよね」と意思表示しつつ、右手のニ指でOKサインを作り、コクコク頷いたのだ。その姿に、同性だったら親友になれた気がして胸がキリリと痛んだ。僕は記憶のある限り男に生まれて来たが、同性になる未来がもしあったら、その時はヨロシクと心中告げて立ち上がる。そして道場中央に進み出て、翔刀術の基本動作を、対魔邸戦の速度で行った。
刀には、峰の辺りに樋と呼ばれる溝を掘ったものがある。その理由は諸説あり、有力視されているものを二つ挙げるなら「軽量化」と、「真っすぐ振ったらカッコイイ音が鳴るから」になるだろう。刀を斜めに扱ったら無粋な音しかしないのに、刃筋をきちんと立てて真っすぐ振るや、
ヒュンッ♪
という胸のすく音がするのだ。それは目安になるのはもちろん、刀を振ることを楽しくさせてくれるから、練習用と割り切るなら樋は有用であると僕は考えている。
ただ練習用と言及したように、魔想と命懸けの戦いをしている翔人としては、溝のある刀を実戦で使うことは絶対ないと断言できる。音は、戦闘における極めて重要な情報に他ならない。例えば樋の音を聴けば、敵は僕が振った刀の軌道を察知できるし、また樋の音のせいで、敵の音を僕が聴き取りづらくなる事もあるだろう。はっきり言ってどちらも、言語道断以外のなにものでもない。狼嵐家と鳳家もそう考えたに違いなく、樋のある刀を所有している三翔家及び分家は一つも無いと僕は教わっていた。
かくなる理由により、猫丸に樋はない。ヒュンッと鳴った方が素人は喜び、また事実として白鳥さんは刀術の素人だけど、僕はそれをまったく案じていなかった。白鳥さんはクリスマス会を通じて翔刀術を二度見ていて、二度目に至っては発泡スチロールの刀にすら翔刀の面影を見て取ったくらいだから、音などなくとも「真っすぐ丁寧」の本質を感じてくれるに違いないと考えたのだ。
それもあり、僕は基本動作に集中した。自分で言うのもなんだけど、僕は翔刀術を筆頭とする戦闘関連に限り、恥ずかしくない集中力を発揮できる。白鳥さんや猫達が見ているのはもちろん、ここが道場であることも忘れて、魔邸を葬るための刀術に没頭した。そして体に叩き込んだ動作を終え、床の上に一人佇み、この時間にこの場所でこれを行っている経緯をやっと思い出した僕は、道場の入口へ体を向けた。入り口の前に、三匹の猫と並んで座っていた白鳥さんは床に三つ指つき、ただ静かに腰を折った。僕も刀を納め正座し、白鳥さんに腰を折る。そして神棚に正対し、二人と三匹で礼を述べ、神事を終えたのだった。
白鳥さんはその後、ほとんど口を開かなかった。床を簡単にモップ掛けするさい話しかけたら了解の仕草をしただけで作業をテキパキ始め、作業が終わり帰ろうと呼びかけても仕草のみなのは変わらず、中吉と小吉に目で諭された僕は、それ以上話しかけることなく道場を後にした。母屋までの道のりも無言だったが末吉が場をもたせてくれて、というか欠伸をしきりと繰り返す末吉を白鳥さんが抱きかかえただけなのだけど、それでも場をもたせてくれた事に変わりはない。末吉の大好物を一食分進呈する決定を、僕は心中下した。
母屋に着いたのは、五時四十五分だった。今日は祖母が夕ご飯を作ってくれており、白鳥さんを「ぜひ一緒に」と誘った。すると白鳥さんは大層苦労して口を開き、
「もう限界です」
とだけ応え、深々と頭を下げた。白鳥さんが頭を下げている間、僕は祖母と中吉と小吉から、般若の形相で睨みつけられていた。
それもあり、僕の使っている研ぎ石の予備を白鳥さんにプレゼントするという当初の計画に疑念が湧いてきて、判断を付けられずにいた。しかし時間は無情に過ぎ、切羽詰まった僕は時間稼ぎをすべく「着替えてくるからちょっと待ってて」と言い放ち、返事を待たず自室に駆けて行った。制服の白鳥さんを見送るのだからこちらも制服が無難だろうと思い、明日着る予定のシャツに手を伸ばしたところで、
―― 普段着にしなさい
との声が心をかすめた。テレパシーのようなテレパシーではないような不思議なその声を、僕は今日初めて聞いた。そのはずなのに奇妙な懐かしさを覚え、プレゼントの是非について僕は咄嗟に問いかけていた。声の主は豪快に笑い、その笑い声に懐かしさがいや増し、あと少しで大切な何かを思い出せそうなところで、
―― 前世の恩に報いよう
の声と共に「是」の文字が心にくっきり浮かんだ。体を直角に折ってお礼を述べ、全能力を尽くして素早く着替え、そして自室を出るさい回れ右をして、再度体を直角に折った。「早く行っておあげ」との声が今度ははっきり鼓膜を震わせ、狂おしい程の懐かしさがこみ上げて来るも、最重視すべきことをここで間違えてはならない。白鳥さんをこれ以上待たせぬよう踵を返し、僕は自室を後にした。
砥石をプレゼントするのは、今日の放課後に急遽思い付いた事。美鈴がいれば違っただろうがお洒落な袋などてんで持っていなかった僕は、ホント汗顔の至りなのだけど、川越の和菓子屋さんの袋に砥石を入れて白鳥さんに渡した。祖母を始めとする三傑女は呆れ果てていたが、白鳥さんは「麦茶汁粉の?」と首を傾げ、僕が頷くと大層喜んでくれた。しかしハンカチを風呂敷に見立てて包んでいるのが砥石と知るやメチャクチャ恐縮し、「女の子をこんなに驚かせて!」「にゃっ!」「にゃにゃっ!」なんて感じに僕はまたもや叱られ、白鳥さんが動かぬ口を必死に動かして擁護するという、本日二度目の状況が台所に出現した。その一度目について、中吉と小吉にテレパシーで教えられたであろう祖母は大きな大きな溜息をつき、孫の不出来を詫びた。懸命に首を横に振るだけの白鳥さんに、またいつでもいらっしゃいと祖母は告げ、続いてさっき以上の般若顔を僕に向けて、
「大石段の下にAICAを回すから、西所沢駅まで送ってあげなさい」
そう命じた。白鳥さんは再び恐縮するも、これだけは譲れませんと祖母に諭され、そして何かを耳打ちされた後は、感謝の仕草を繰り返していた。
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