僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
801 / 934
二十一章

2

しおりを挟む
 練習場の整備を終え、フラフラになりながら部室に戻って来た僕らを待っていたのは、事前予約していたのとは異なる豪華お弁当だった。けどそれに首をひねる者はいなかった。赤に金の縁取りをされた、
 ―― 寿
 の文字が部室中央にドンと鎮座し、それを中心に弧を描いて豪華お弁当や太巻きや唐揚げが並べられている光景を見たのは、これが二度目だったからである。僕らは喜びを爆発させるも、
「「「「アイ、ありがとう!」」」」
 まずは何より、無料提供された豪華料理のお礼を教育AIに伝えた。次いで黛さんが代表し、
「真田さんが、結婚を了承してもらえたんですね!」
 そう尋ねる。寿の文字の上に浮かび上がった湖校の校章は光を燦々と放ち、肯定の言葉を述べた。そのとたん僕らははっちゃけ、続いて全員で万歳三唱し、そして制御不可能な喜びをどうにかこうにか制御下に置いてから、それぞれの場所に座った。千家さんと三枝木さんがお弁当等々を人数分並べてくれた場所で、はっちゃけ続ける訳にはいかないからね。然るに男子達は腰を下ろすや居住まいを正し、黛さんの号令のもと、千家さんと三枝木さんに謝意を述べた。お二人はどういたしましてと手短に応え、「さあ頂きましょう」と食事開始を促す。賢いこの女性達は、男子達が本当は食欲魔人化しているのを、ちゃんと見抜いていたのだ。そんな素敵な女性達が用意してくれた食事は、一層美味しく感じられて当然。体育会系の腹ペコ男子なら尚更なのである。よってそれから暫く、美味しいご飯を一心にかっこむ時間が続いたのだった。

 床にずらりと並べられた豪華料理を九割ほど平らげ、ようやく一息ついたころ、真田さんと杠葉さんが3D映像で部室に現れた。ホント言うと、食事開始直後に荒海さんが真田さんにメールを送り、真田さんから折り返し電話がかかって来て、お二人がそれ以降ずっと会話していたのを僕らは知っていた。相殺音壁を巡らせていたので内容は窺えずとも、荒海さんがああも嬉しげにしていたのだから、良いこと尽くしの会話だったはず。また荒海さんはしばしば和んだ瞳を後輩達へ向け、頷きを繰り返すという仕草をしていた。仮に真田さんが部室の様子を見ていて、そこから得た情報をもとに後輩の話を振り、それに荒海さんが同意の相槌を打っているとするなら、荒海さんの仕草につじつまが合う。というか「仮に」を使う必要など本当は微塵もなく、真田さんが部室の様子を見ていることを僕らは確信していて、そして僕らのその確信を、真田さんも確信しているに違いなかった。そんな信頼関係を築いているのだから、教育AIとエイミィもプライバシーうんぬん言わず、部室の様子を真田さんと杠葉さんに見せるはず。杠葉さんも、お弁当を無我夢中で食べる僕らを「お袋さん」の眼差しで見つめてくれる人だから、自分達の映像を部室に映して僕らの食事を中断することをきっと控えるだろう。とまあ長くなったけど、お弁当を九割平らげた辺りで真田さんと杠葉さんの3D映像が部室に現れることを予想していた僕らはそれが的中するや、
 ザッッ
 座法を正座に切り替えた。黛さんが代表しお祝いを述べ、僕らもそれに続く。真田さんとの短いやり取りを経て、杠葉さんが御両親を紹介してくれた。杠葉さんの御両親はとても優しい方々で、和やかなまま挨拶は終わる。そして画面の横幅が最初の状態に戻り、映し出されているのがお二人のみになるや、
「「「「真田さん、杠葉さん、おめでとうございます!!」」」」
 敬意と親しみを融合させたいつもの調子で声を揃え、
「「「「ヒャッハアアァァッッッ!!!」」」」
 僕らはリミッターを解除してはっちゃけた。そんな僕らを、杠葉さんは涙を流して見つめていた。杠葉さんの両親はこれが初対面なため、礼儀を最優先して当然。けど挨拶が終われば、ここにいるのは身内だけなのだから、僕らはいつもの僕らで二人をお祝いし、喜んだのである。その、
 ―― ここにいるのは身内だけ
 の箇所に杠葉さんが嬉し涙を流していると来れば、僕らの喜びも益々増えるというもの。はっちゃけ過ぎた僕らは本日二度目の、足腰立たなくなる状態に陥ってしまった。そんな僕らの様子に、杠葉さんと一緒に真田さんも嬉し涙を浮かべたところで、本日の昼食は幕を下ろしたのだった。

 帰宅するや神社の仕事に取り掛かり、時間に追われる日々が続いた。そしてふと気づくと、
「「「「明けまして、おめでとうございます!」」」」
「おめでとうございます」
「ようこそお出でくださいました、お待ちしてましたよ」
 祖父母と新忍道部員一同が、元日の挨拶を交わしていた。どうも僕は、集中すると周りが見えなくなるという弱点を、未だ引きずっているらしい。水晶はそれを一点集中特化型として褒めてくれるけど、最強魔想の魔邸は複数個所への同時集中が可能だから、僕はこのままではいつまで経っても、魔邸と戦えないという事になる。う~む、今年こそは改善しなきゃなあ・・・
 なんて心中秘かに落ち込んでいる自分を蹴り飛ばし、祖父母と並んで祝詞をあげた。一年で最も忙しい元日のお昼の、しかも不意打ち参拝なのに、祖父母は去年も今年も嬉しくて堪らないといったていで新忍道部のために祝詞をあげてくれる。それは表面を取り繕った行動ではない、己の真我から湧き上がって来た行動であることなら、去年の僕にも解った。けどその理由、もしくは仕組みは去年の僕には解明できず、そしてそれは今年も同じみたいだ。自問が心をよぎる。こんな僕にも、いつかは解明できるのかな?
 ―― もうできているではないか
 呆れ声の空間が、そう答えてくれたのだった。

 それはさて置き、と言ったら文字どおり神をも畏れぬ行いになるのかもしれないがそれはさて置き、今年初めて参拝に加わった四人がいた半面、今年は来られなかった二人がいたことは、仕方ないとはいえ寂しかった。本当は、姿は見えなくともちゃんとここにいる人が一名いるのだけど、それは事情が込み入っているので追々説明する事とする。話を戻すと、去年の参拝にはいなかった四人はマネージャーの三枝木さんと、一年生トリオの松井と竹と梅本だ。寮生の梅本は緑川さんや森口さんと同じく、毎日の通学は無理でもお昼に待ち合わせる程度なら容易い距離に実家があるようで、こうしてここに足を運んでくれた。親御さんの気持ちを思うと一年寮生の梅本に来てもらうのは忍びないけど、
「「「美鈴さんも、明けましておめでとうございます」」」
「おめでとうございます」
 美鈴の巫女姿にふにゃふにゃ顔をさらしまくっている様子を見るに、案じる必要はないのだろう。思春期真っ盛りの男子なんてのは、まあそんなものだよね。
 対して、今年はここにいない二人の方は、案じるなと言われても案じずにはいられなかった。真田さんと荒海さんはどちらもお正月を、婚約者の家で過ごしていたのである。
 恥を晒すと、もとい実を言うと、お調子者コンビの加藤さんと京馬は、
「次の元日は杠葉さんと千家さんの振り袖姿が見られるかもな!」「そうっすね加藤さん!」
 系のことを部室でしばしば宣っていた。それは二人がお調子者モードに入っている時に聞かれたため冗談を言っているだけだと皆は思っていたが、実際は違った。振り袖姿を見られるかもしれないと二人は本気で考えていて、だから真田さんと荒海さんが初詣に参加しないと知ったとき、「「なんで~~」」と大声で異を唱えたのだ。それが、三枝木さんの逆鱗に触れた。杠葉さんと千家さんにとって今年のお正月は、生来の苗字で過ごす最後のお正月になる。次からは実家であろうと「外に嫁いだ娘」の気構えを持たねばならず、それは日本女性の美徳なのだ。その気構えを称え、そして陰で支えるのが良夫であり、真田さんと荒海さんはそれに則ったお正月の計画を立てているのに、あなた達は何をしているのか。情けなくて仕方ないと、三枝木さんは二人を叱ったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝統民芸彼女

臣桜
キャラ文芸
札幌に住む高校生の少年拓也(たくや)は、曾祖母の絹(きぬ)を亡くした。同居していた曾祖母の空白を抱えた拓也の目の前に立ったのは、見知らぬ少女たちだった。槐(えんじゅ)、藤紫(ふじむらさき)、ギン。常人ならざる名前を持つ着物姿の「彼女」たちは、次第に拓也を未知の世界にいざなってゆく。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。 彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。 それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。 自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。 食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。 「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。 2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?

ラララキヲ
ファンタジー
 姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。  両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。  妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。  その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。  姉はそのお城には入れない。  本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。  しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。  妹は騒いだ。 「お姉さまズルい!!」  そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。  しかし…………  末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。  それは『悪魔召喚』  悪魔に願い、  妹は『姉の全てを手に入れる』……── ※作中は[姉視点]です。 ※一話が短くブツブツ進みます ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

処理中です...