僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 するとそこに救世主が降臨した。真山が前触れなく、テーブルの傍らに現れたのである。
 驚く僕らに真山が種明かししたところによると、「大人が中に入って横たわれるサイズの段ボール箱」にしか見えない特別な箱が、湖校にはあるらしい。その箱を乗せたAIカートがステージ裏の備品置き場にあらかじめ停車していて、ライブが終わりステージを去るや真山はその箱の中に入り、誰にも見つかることなく実技棟の東端に到着したと言う。箱の中は冷房が効いており非常に快適、かつタオルや着替えも用意されていたのでそのままそこで休み、僕らが中庭を発つ素振りを見せると同時に着替え始め、蜃気楼壁に守られてこのテントにやって来たのだそうだ。そんな特注箱があるなど露とも知らずただ驚くばかりの僕らに、
「上級生の文化祭のライブでは数年に一度使われるらしいから、秘密にしててね」
 真山は再び種明かしをした。が、人差し指を口に当てウインクしながらそれを話す必要が、果たしてあったのだろうか。性別を度外視する色っぽさに頬を赤らめた僕らはそれを誤魔化すべく一斉に立ち上がり、五人総出で真山をくすぐりまくってやった。けどまあそのお陰で空腹と喉の渇きを忘れられたし、何よりこの六人でこうしてじゃれ合えたのは文化祭では初めてだったから、真山のアレはファインプレーだったのだろう。
 だが真山、アレは心臓に悪いから、乱発は控えてくれよな!
 なんてワイワイやっているうち、
「ん?」「何あれ?」「ひょっとして四合おにぎり?」「えっ、わたし初めて見た!」「この時間に挑戦者が出たの?」「しかも六個あるぞ!」「誰だ、誰が挑戦するんだ!!」
 とのどよめきが隣のテントから聞こえて来た。その方角へ顔を向けてようやく、周囲にミラージュウオールが展開していたことに気づいた僕らの耳に、教育AIの「解除するね」の声が届く。蜃気楼が消えた視界の先に、大きなお盆を両手で抱えた店員が三人浮かび上がり、そしてそのお盆の上に、それはそれは巨大なおにぎりが二個ずつ乗っているのを僕らは認めた。そのとたん、
 ゴックン!
 演出として表記される擬音ではない、真に鼓膜を震わせるゴックンという音を六人の喉がそろって奏でた。と同時に、
「「「キャ――ッ、真山君!!」」」
 の歓声が立ち昇ったらしいが、僕らはそれを欠片も覚えていない。僕らが思い出せるのは六人全員で素早く椅子に座ったことと、とめどなく溢れ出る唾と、そして胃壁が胃酸で溶ける鋭い痛みの三つだけだった。いや白状すると、少なくとも個人的には、両手で抱えた四合おにぎりが半分になる過程も僕は覚えていない。絶品おにぎりに大満足し無我夢中でがっついていたのは間違いないのだが、それを記憶しているのは歯や舌や胃袋といった消化器系のみで、記憶の中枢であるはずの脳にそれがまったく刻まれていないのである。僕の脳が理知的な思考を取り戻したのは、両手でかかえたおにぎりが半分になってからであり、そしてその瞬間、
 ―― 完食できる!
 と僕は確信した。水を思うまま飲んでいたら、絶対不可能だった。真山ライブに二連続参加しなかったら不可能だったし、販促活動を七十分間しなかったら不可能だったし、写真館のシフトと輝夜さんとのウルトラクイズに全力投球しなかったら、同じく不可能だった。朝食を二時間早く食べ、文化祭二日目を全身全霊で駆け抜け、そして食べ物を一切摂らなかったからこそ、両手で抱えるほど巨大な四合おにぎりの完食へ、確かな手応えを感じることができたのである。僕は安堵し、息をゆっくり吐いた。
 顎の休憩を兼ね、仲間達へ目を向けてみる。おにぎり制覇の進捗度は横並びで、ドングリの背比べと言ったところ。昨日より余裕があるのも共通しており、全員が完食の手ごたえを得ているようだった。ならば僕も、うかうかしてはいられない。顎の休憩を終え、僕はおにぎりにかぶりついた。それを待ってましたとばかりに、
「がんばれ眠留くん!」
 輝夜さんの応援がテントに響いた。実を言うと僕らが来たころは無人だったこのテントは、今やギャラリーで埋め尽くされていた。輝夜さん、昴、芹沢さん、那須さん、香取さん、美鈴の夕食会メンバーの女子組六人が勢ぞろいしていたのはもちろん、家庭料理教室の白鳥さんに剣道部の大和さん、騎士会で仲良くなった女の子に旧十組の女の子に全然知らない子たちといった具合に、大勢の女子が僕らの周囲を取り囲んでいたのである。僕は恥ずかしさのあまり硬直し、それが五人の仲間にも伝播し、全員の動きがぎこちなくなる。そんな僕らに女の子たちはコロコロ笑い、次いでギャラリーの男子達もゲラゲラ笑い出し、そしてその笑い声と一緒に、沢山の声援が飛び交うようになった。恥ずかしさが吹き飛び、四合おにぎりに挑戦する戦士としての気概が心に戻って来る。戦士に戻ったのは五人も同じだったため、僕らは咀嚼を続行しつつ目配せとジェスチャーで意思疎通し、今年の夏の夕食会で披露した花火体操の一幕の六人ガッツポーズを、
 ビシッッ!!
 寸分の狂いなく見せつけてやった。咀嚼を止めずおにぎりも手放さないのに、完璧にシンクロして周囲にガッツポーズを決める僕ら六人に、ギャラリー達が腹を抱えて笑い始める。テンションをますます上げた僕らはコントのノリでおにぎりにかぶりつき、笑いと声援は一層増え、それに気をよくしてニコニコもぎゅもぎゅを繰り返しているうち、いつの間にかおにぎりは、右手に残る最後の一口だけになっていた。悔しいけどそうなったのは僕が最後で、僅差とは言え僕以外は咀嚼と嚥下を既に終えており、演技過多のドヤ顔を五人が僕に向けるものだから、僕は般若顔を返した。けどまあそれこそが演技過多に他ならず、六人でクスクス笑っているうち、僕も咀嚼を終え嚥下。僕ら六人は掌の上に最後の一口を乗せ、そしてタイミングを合わせ、
 パックンッ
 全員そろってそれを口に放りこんだ。その瞬間、
「「「「ウオオォォ―――ッッ!!」」」」
 雄叫びが周囲に満ちる。おにぎり完食でようやく両手が空いた僕らは立ち上がり、ハイタッチを繰り返した。そして最後はお約束の、
 ビシッッ!!
 六人フォーメーションによる寸分の狂いもないガッツポーズでもって、僕らは四合おにぎりとの戦闘を終えたのだった。
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