773 / 934
二十一章
7
しおりを挟む
都合三度目となる真山ライブは、
―― 真山ワンマンショー
という本来の名前を、二年生に最も思い出させるライブとなった。真山の熱唱を同時中継する2D画面が校舎に溢れた結果、二年生校舎全体が前回と前々回以上に、真山一人のショーに染め上げられてしまったのである。
そのきっかけとなったのは、鋼さんと岬さんの写真撮影を十カ所近くで同時中継したことだった。岬さんのウエディングドレス姿を一目見ようと駆けつけた一千数百人の生徒に応え、教育AIはお二人のライブ映像を二年生校舎の九カ所で放送した。駆けつけた生徒に二年生を加えた二千人越えの生徒が、お二人の新郎新婦姿に熱狂したのは言うまでもない。その熱狂を激減させないという理由も兼ね、真田さんと杠葉さんを始めとする六年生の写真撮影も、若干少なくなったとはいえ六カ所で同時中継された。こちらも大いに盛り上がり、それを受け教育AIはこう発表した。
―― 真山ライブは、二年生校舎の二十四カ所で同時中継します
仮にこれを行わなかったら、若さ漲る二千人越えの生徒が中庭の一か所に集まり、真山ライブに熱狂したはず。巨大な危険をはらむこの一極集中を回避すべく、教育AIは複数の策を講じた。その最たるものが、二十四カ所の同時中継だったのである。
教育AIは、各クラスの前に真山の等身大3D映像と、ライブ会場を俯瞰した映像の二種類を映した。これにより大勢の生徒がクラス前の廊下に留まり、また女子生徒が中庭を見下ろせる窓辺に詰めかける現象も緩和された。この二つが功を奏し、十五分間のライブ中に怪我をした生徒は皆無だった。かけがえのない文化祭で怪我をするという、想い出的にもシフト的にも大打撃を招く事態を回避できたのだから、この措置は大正解だったと言える。世界レベルの真山の歌唱力に耳を傾けることは、文化を楽しむという文化祭の趣旨にも合致しているはずだ。よって繰り返しになるが、二十四カ所のライブ中継は大正解で間違いないのだけど、この措置が引き金となって、二年生校舎全体がこれまで以上に真山ただ一人に染め上げられたのも、また事実だったのである。
という状況説明を長々とした理由は、僕と輝夜さんがいた実技棟四階東端という場所にあった。そこは二年生校舎内で中庭から最も離れた場所だったため、咲耶さんに声を掛けられた時はもう、ライブに間に合わないことが確定していた。いや、たとえ間に合う時間に声を掛けたとしても、会場は既に人で溢れ、生ライブの醍醐味を味わえる近場は確保不可能だったと言う。よって僕と輝夜さんが話し合いを少しでも長くできるようギリギリまで声を掛けず、そして道すがら自分の意図を伝えて、別の会場へ僕らを誘導しようとした。これが、咲耶さんの計画だったのである。
咲耶さんに全幅の信頼を寄せている僕らはもちろんそれに同意し、準ライブ会場と呼ばれている場所へ直行した。最寄りの階段を一階まで一気に降り、渡り廊下の東側へ直行したのだ。東側は西側とは異なり、一方が開いたコの字型になっている。だがコの字型以外は西側と酷似しており、そこに真山の等身大3Dが映るとくれば、準ライブ会場の名も頷けるというもの。準会場の観客は正会場の三割ほどだがステージ直近はそれなりに混んでいて盛り上がるし、また混んでいても正会場ほど密集していないため大きな動作がし放題という、ハッチャケ派にはむしろ好都合の場になっていた。そして今日の僕は、その派閥に属していた。なぜなら午後三時までに、少しでもお腹を減らしておく必要があったからだ。よって、
「真山―――ッッッ!!!」
ステージ直近に陣取った僕は十五分間ハッチャケ続け、ライブを堪能したのだった。
ライブが終わると、僕は全身汗みずくになっていた。僕ほどではないにせよ万歳拍手とピョンピョン飛び跳ねをし続けた輝夜さんも、汗をかなり掻いていた。煌めく汗の雫が上気した玉の肌に弾ける様子は正直メチャクチャ色っぽく、かつそこに、汗を掻くほど花の香りがしてくるという現代女性の特質が加わるのだから、
―― 生物本能として恋に突っ走る
寸前に僕はまたもやなってしまった。まあ本日二度目だった事もあり、どうにか自力で食い止められたんだけどね。
ただ食い止められはしても、ペナルティーは免れなかった。着替えを余儀なくされ、輝夜さんと別行動を取らねばならなくなったのである。僕らは昇降口に足を運びスリッパに履き替え、十五分後に同じ場所で落ち合う約束をして、男子更衣室と女子更衣室へ去って行った。
その途中、水場で上履きの底を洗った。準ライブ会場も芝生敷きだったので土や砂利は付いていずとも、本来あの場所は外履きが義務付けられているれっきとした屋外。然るに通常なら罰則が生じるのだけど、ライブの熱気に当てられ無我夢中で会場に出てしまった場合は初回に限り、上履きの底を丁寧に洗えば不問に付すと教育AIは酌量してくれたのだ。この寛大な措置をないがしろにしたら、人でなしになってしまう。靴底の汚れを慎重に洗い流し、水気をふき取り、絶対大丈夫との確信を得でから、教育AIに靴底を点検してもらった。結果は、無事合格。すぐさま上履きに履き替え、スリッパを所定の場所に戻して、僕は足取り軽く男子更衣室へ向かった。
が、足取り軽くとは到底言えない場所も一か所あった。北斗のクラスの「あっぱれ鬼斬り道」がそれだ。そこだけは瞼を固く閉じ息を止め、小走りで通過するしかなかったのである。そう、僕は既に現時点で、かなりの空腹を覚えていた。四合おにぎり制覇は空腹であればあるほど成功率が上がるので良い兆候だと理解していても、辛いものは辛い。我慢せねばならぬのが日本人の魂の料理と呼ぶべきおにぎりであり、かつそれが極上の逸品とくれば、辛くて当然と言えよう。僕は目をつぶり呼吸を止め小走りになって、危険地帯を脱したのだった。
―― 真山ワンマンショー
という本来の名前を、二年生に最も思い出させるライブとなった。真山の熱唱を同時中継する2D画面が校舎に溢れた結果、二年生校舎全体が前回と前々回以上に、真山一人のショーに染め上げられてしまったのである。
そのきっかけとなったのは、鋼さんと岬さんの写真撮影を十カ所近くで同時中継したことだった。岬さんのウエディングドレス姿を一目見ようと駆けつけた一千数百人の生徒に応え、教育AIはお二人のライブ映像を二年生校舎の九カ所で放送した。駆けつけた生徒に二年生を加えた二千人越えの生徒が、お二人の新郎新婦姿に熱狂したのは言うまでもない。その熱狂を激減させないという理由も兼ね、真田さんと杠葉さんを始めとする六年生の写真撮影も、若干少なくなったとはいえ六カ所で同時中継された。こちらも大いに盛り上がり、それを受け教育AIはこう発表した。
―― 真山ライブは、二年生校舎の二十四カ所で同時中継します
仮にこれを行わなかったら、若さ漲る二千人越えの生徒が中庭の一か所に集まり、真山ライブに熱狂したはず。巨大な危険をはらむこの一極集中を回避すべく、教育AIは複数の策を講じた。その最たるものが、二十四カ所の同時中継だったのである。
教育AIは、各クラスの前に真山の等身大3D映像と、ライブ会場を俯瞰した映像の二種類を映した。これにより大勢の生徒がクラス前の廊下に留まり、また女子生徒が中庭を見下ろせる窓辺に詰めかける現象も緩和された。この二つが功を奏し、十五分間のライブ中に怪我をした生徒は皆無だった。かけがえのない文化祭で怪我をするという、想い出的にもシフト的にも大打撃を招く事態を回避できたのだから、この措置は大正解だったと言える。世界レベルの真山の歌唱力に耳を傾けることは、文化を楽しむという文化祭の趣旨にも合致しているはずだ。よって繰り返しになるが、二十四カ所のライブ中継は大正解で間違いないのだけど、この措置が引き金となって、二年生校舎全体がこれまで以上に真山ただ一人に染め上げられたのも、また事実だったのである。
という状況説明を長々とした理由は、僕と輝夜さんがいた実技棟四階東端という場所にあった。そこは二年生校舎内で中庭から最も離れた場所だったため、咲耶さんに声を掛けられた時はもう、ライブに間に合わないことが確定していた。いや、たとえ間に合う時間に声を掛けたとしても、会場は既に人で溢れ、生ライブの醍醐味を味わえる近場は確保不可能だったと言う。よって僕と輝夜さんが話し合いを少しでも長くできるようギリギリまで声を掛けず、そして道すがら自分の意図を伝えて、別の会場へ僕らを誘導しようとした。これが、咲耶さんの計画だったのである。
咲耶さんに全幅の信頼を寄せている僕らはもちろんそれに同意し、準ライブ会場と呼ばれている場所へ直行した。最寄りの階段を一階まで一気に降り、渡り廊下の東側へ直行したのだ。東側は西側とは異なり、一方が開いたコの字型になっている。だがコの字型以外は西側と酷似しており、そこに真山の等身大3Dが映るとくれば、準ライブ会場の名も頷けるというもの。準会場の観客は正会場の三割ほどだがステージ直近はそれなりに混んでいて盛り上がるし、また混んでいても正会場ほど密集していないため大きな動作がし放題という、ハッチャケ派にはむしろ好都合の場になっていた。そして今日の僕は、その派閥に属していた。なぜなら午後三時までに、少しでもお腹を減らしておく必要があったからだ。よって、
「真山―――ッッッ!!!」
ステージ直近に陣取った僕は十五分間ハッチャケ続け、ライブを堪能したのだった。
ライブが終わると、僕は全身汗みずくになっていた。僕ほどではないにせよ万歳拍手とピョンピョン飛び跳ねをし続けた輝夜さんも、汗をかなり掻いていた。煌めく汗の雫が上気した玉の肌に弾ける様子は正直メチャクチャ色っぽく、かつそこに、汗を掻くほど花の香りがしてくるという現代女性の特質が加わるのだから、
―― 生物本能として恋に突っ走る
寸前に僕はまたもやなってしまった。まあ本日二度目だった事もあり、どうにか自力で食い止められたんだけどね。
ただ食い止められはしても、ペナルティーは免れなかった。着替えを余儀なくされ、輝夜さんと別行動を取らねばならなくなったのである。僕らは昇降口に足を運びスリッパに履き替え、十五分後に同じ場所で落ち合う約束をして、男子更衣室と女子更衣室へ去って行った。
その途中、水場で上履きの底を洗った。準ライブ会場も芝生敷きだったので土や砂利は付いていずとも、本来あの場所は外履きが義務付けられているれっきとした屋外。然るに通常なら罰則が生じるのだけど、ライブの熱気に当てられ無我夢中で会場に出てしまった場合は初回に限り、上履きの底を丁寧に洗えば不問に付すと教育AIは酌量してくれたのだ。この寛大な措置をないがしろにしたら、人でなしになってしまう。靴底の汚れを慎重に洗い流し、水気をふき取り、絶対大丈夫との確信を得でから、教育AIに靴底を点検してもらった。結果は、無事合格。すぐさま上履きに履き替え、スリッパを所定の場所に戻して、僕は足取り軽く男子更衣室へ向かった。
が、足取り軽くとは到底言えない場所も一か所あった。北斗のクラスの「あっぱれ鬼斬り道」がそれだ。そこだけは瞼を固く閉じ息を止め、小走りで通過するしかなかったのである。そう、僕は既に現時点で、かなりの空腹を覚えていた。四合おにぎり制覇は空腹であればあるほど成功率が上がるので良い兆候だと理解していても、辛いものは辛い。我慢せねばならぬのが日本人の魂の料理と呼ぶべきおにぎりであり、かつそれが極上の逸品とくれば、辛くて当然と言えよう。僕は目をつぶり呼吸を止め小走りになって、危険地帯を脱したのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
トンネルを抜けると、そこはあやかしの駅でした。
アラ・ドーモ
キャラ文芸
高校を卒業後、とある鉄道会社に就職した主人公、志乃田正月。
駅員としての第一歩を踏み出した矢先、なんとあやかしと人間が共存している田舎の駅に突如出向辞令が!
そこにはしゃべる猫の駅長に、不思議な先輩たち。そして人かどうかも分からない住民たちに振り回されながらの慌ただしくも楽しい毎日が始まります。
私が異世界物を書く理由
京衛武百十
キャラ文芸
女流ラノベ作家<蒼井霧雨>は、非常に好き嫌いの分かれる作品を書くことで『知る人ぞ知る』作家だった。
そんな彼女の作品は、基本的には年上の女性と少年のラブロマンス物が多かったものの、時流に乗っていわゆる<異世界物>も多く生み出してきた。
これは、彼女、蒼井霧雨が異世界物を書く理由である。
筆者より
「ショタパパ ミハエルくん」が当初想定していた内容からそれまくった挙句、いろいろとっ散らかって収拾つかなくなってしまったので、あちらはあちらでこのまま好き放題するとして、こちらは改めて少しテーマを絞って書こうと思います。
基本的には<創作者の本音>をメインにしていく予定です。
もっとも、また暴走する可能性が高いですが。
なろうとカクヨムでも同時連載します。
〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く
山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。
★シリアス8:コミカル2
【詳細あらすじ】
50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。
次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。
鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。
みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。
惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。
ONESCENE
神永ピノ
キャラ文芸
「こいつと友達になんて絶対なれない」
「なんで友達か、なんて分かんない」
「金輪際、絶対口聞かないとか、いっつもおもってるけど」
「都合がいい時はお兄ちゃん呼び」
生活の中にある、ワンシーンを切り取ったSS1本の読み切り短編集
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
これは校閲の仕事に含まれますか?
白野よつは(白詰よつは)
キャラ文芸
大手出版社・幻泉社の校閲部で働く斎藤ちひろは、いじらしくも数多の校閲の目をかいくぐって世に出てきた誤字脱字を愛でるのが大好きな偏愛の持ち主。
ある日、有名なミステリー賞を十九歳の若さで受賞した作家・早峰カズキの新作の校閲中、明らかに多すぎる誤字脱字を発見して――?
お騒がせ編集×〝あるもの〟に目がない校閲×作家、ときどき部長がくれる美味しいもの。
今日も校閲部は静かに騒がしいようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる