僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 都合三度目となる真山ライブは、
 ―― 真山ワンマンショー
 という本来の名前を、二年生に最も思い出させるライブとなった。真山の熱唱を同時中継する2D画面が校舎に溢れた結果、二年生校舎全体が前回と前々回以上に、真山一人のショーに染め上げられてしまったのである。
 そのきっかけとなったのは、鋼さんと岬さんの写真撮影を十カ所近くで同時中継したことだった。岬さんのウエディングドレス姿を一目見ようと駆けつけた一千数百人の生徒に応え、教育AIはお二人のライブ映像を二年生校舎の九カ所で放送した。駆けつけた生徒に二年生を加えた二千人越えの生徒が、お二人の新郎新婦姿に熱狂したのは言うまでもない。その熱狂を激減させないという理由も兼ね、真田さんと杠葉さんを始めとする六年生の写真撮影も、若干少なくなったとはいえ六カ所で同時中継された。こちらも大いに盛り上がり、それを受け教育AIはこう発表した。
 ―― 真山ライブは、二年生校舎の二十四カ所で同時中継します
 仮にこれを行わなかったら、若さ漲る二千人越えの生徒が中庭の一か所に集まり、真山ライブに熱狂したはず。巨大な危険をはらむこの一極集中を回避すべく、教育AIは複数の策を講じた。その最たるものが、二十四カ所の同時中継だったのである。
 教育AIは、各クラスの前に真山の等身大3D映像と、ライブ会場を俯瞰した映像の二種類を映した。これにより大勢の生徒がクラス前の廊下に留まり、また女子生徒が中庭を見下ろせる窓辺に詰めかける現象も緩和された。この二つが功を奏し、十五分間のライブ中に怪我をした生徒は皆無だった。かけがえのない文化祭で怪我をするという、想い出的にもシフト的にも大打撃を招く事態を回避できたのだから、この措置は大正解だったと言える。世界レベルの真山の歌唱力に耳を傾けることは、文化を楽しむという文化祭の趣旨にも合致しているはずだ。よって繰り返しになるが、二十四カ所のライブ中継は大正解で間違いないのだけど、この措置が引き金となって、二年生校舎全体がこれまで以上に真山ただ一人に染め上げられたのも、また事実だったのである。
 という状況説明を長々とした理由は、僕と輝夜さんがいた実技棟四階東端という場所にあった。そこは二年生校舎内で中庭から最も離れた場所だったため、咲耶さんに声を掛けられた時はもう、ライブに間に合わないことが確定していた。いや、たとえ間に合う時間に声を掛けたとしても、会場は既に人で溢れ、生ライブの醍醐味を味わえる近場は確保不可能だったと言う。よって僕と輝夜さんが話し合いを少しでも長くできるようギリギリまで声を掛けず、そして道すがら自分の意図を伝えて、別の会場へ僕らを誘導しようとした。これが、咲耶さんの計画だったのである。
 咲耶さんに全幅の信頼を寄せている僕らはもちろんそれに同意し、準ライブ会場と呼ばれている場所へ直行した。最寄りの階段を一階まで一気に降り、渡り廊下のへ直行したのだ。東側は西側とは異なり、一方が開いたコの字型になっている。だがコの字型以外は西側と酷似しており、そこに真山の等身大3Dが映るとくれば、準ライブ会場の名も頷けるというもの。準会場の観客は正会場の三割ほどだがステージ直近はそれなりに混んでいて盛り上がるし、また混んでいても正会場ほど密集していないため大きな動作がし放題という、ハッチャケ派にはむしろ好都合の場になっていた。そして今日の僕は、その派閥に属していた。なぜなら午後三時までに、少しでもお腹を減らしておく必要があったからだ。よって、
「真山―――ッッッ!!!」
 ステージ直近に陣取った僕は十五分間ハッチャケ続け、ライブを堪能したのだった。

 ライブが終わると、僕は全身汗みずくになっていた。僕ほどではないにせよ万歳拍手とピョンピョン飛び跳ねをし続けた輝夜さんも、汗をかなり掻いていた。煌めく汗の雫が上気した玉の肌に弾ける様子は正直メチャクチャ色っぽく、かつそこに、汗を掻くほど花の香りがしてくるという現代女性の特質が加わるのだから、
 ―― 生物本能として恋に突っ走る
 寸前に僕はまたもやなってしまった。まあ本日二度目だった事もあり、どうにか自力で食い止められたんだけどね。
 ただ食い止められはしても、ペナルティーは免れなかった。着替えを余儀なくされ、輝夜さんと別行動を取らねばならなくなったのである。僕らは昇降口に足を運びスリッパに履き替え、十五分後に同じ場所で落ち合う約束をして、男子更衣室と女子更衣室へ去って行った。
 その途中、水場で上履きの底を洗った。準ライブ会場も芝生敷きだったので土や砂利は付いていずとも、本来あの場所は外履きが義務付けられているれっきとした屋外。然るに通常なら罰則が生じるのだけど、ライブの熱気に当てられ無我夢中で会場に出てしまった場合は初回に限り、上履きの底を丁寧に洗えば不問に付すと教育AIは酌量してくれたのだ。この寛大な措置をないがしろにしたら、人でなしになってしまう。靴底の汚れを慎重に洗い流し、水気をふき取り、絶対大丈夫との確信を得でから、教育AIに靴底を点検してもらった。結果は、無事合格。すぐさま上履きに履き替え、スリッパを所定の場所に戻して、僕は足取り軽く男子更衣室へ向かった。
 が、足取り軽くとは到底言えない場所も一か所あった。北斗のクラスの「あっぱれ鬼斬り道」がそれだ。そこだけは瞼を固く閉じ息を止め、小走りで通過するしかなかったのである。そう、僕は既に現時点で、かなりの空腹を覚えていた。四合おにぎり制覇は空腹であればあるほど成功率が上がるので良い兆候だと理解していても、辛いものは辛い。我慢せねばならぬのが日本人の魂の料理と呼ぶべきおにぎりであり、かつそれが極上の逸品とくれば、辛くて当然と言えよう。僕は目をつぶり呼吸を止め小走りになって、危険地帯を脱したのだった。
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