僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 ライブ十五分前に到着した中庭は人が溢れていて、どうにか確保できたのは芝生の隅ギリギリだった。このライブの人気っぷりに顔を綻ばせるも、シフト第五陣に組み込まれていた智樹と那須さんが縁日の途中で姿を消したことは、今日初めての寂しさを心にもたらしていた。
 けどそれを、真山が吹き飛ばしてくれた。ライブが、とにかく凄まじかったのである。一曲目のイントロで真山がキレッキレのダンスを披露するや中庭は興奮のるつぼと化し、二曲目の英語のサビをウエーブして歌わなかった観客はなく、そしてテンポの良いトークで笑いを取りまくって迎えた、最後の三曲目。背後の会議棟を覆い尽くす巨大スクリーンに曲の歌詞と、サッカーに情熱を注ぐ真山の姿が映し出され、そこにすべてを絞り尽くした真山の歌声が重なったライブ会場は、新たに創造された宇宙を僕に想起させた。熱狂と感動を二大柱とし、このライブを体感するためだけに創造主が創り上げた、別宇宙のようだったのである。ショーを締めくくる三曲目が終わり、
「みんな、ありがとうッッ!!」
 の声を最後に真山が舞台から消えた、十分後。
 伝説を超える、神話級のライブが終了するなり芝生に座り込み立てないでいた僕らは、ようやく腰を上げ会場を後にした。シフト第六陣を務めるため更衣室へ行かねばならない僕にとって、それは皆との別れを意味する。二度目の寂しさを誤魔化すべく、かれこれ十分間無言の美鈴に、僕は小声で語り掛けた。
「この星の文化も、捨てたものじゃないでしょ、王女様」
 真山のライブが凄すぎ、アレやコレやの様々なことがぶっ飛んでいたのだと思う。美鈴は立ち止まりキッと僕を睨み、
「違うもん、特命全権大使だもん!」
 と、ヤバイことを口走ってしまった。一瞬の空白を経てハッとした美鈴はウルウルの瞳で僕を睨みつけるも、全権大使ならこれ如きで罪に問われることは無いし、それに何より、目に入れても痛くない妹に涙目で睨みつけてもらえるなんて兄にとっては御褒美でしかない。僕は美鈴の頭をポンポンッと叩き、シフトがあるから兄ちゃんは別行動する旨を伝え、そして同種の任務を帯びているはずの輝夜さんに美鈴を頼んでから、更衣室へ歩を進めたのだった。

 汗を掻きつつ巨大おにぎりと戦い、汗まみれになって真山へ歓声を贈ったこの身がフォーマルな場に立つためには、本来なら入浴が必須なのだろう。だが時間的に、それは諦めるしかない。汗拭きシート四枚を贅沢に使い体を清め、下着に至るすべての服を着替えてから、実技棟二階の舞踏会店舗へ向かった。
 渡り廊下二階の中庭側は、芝生を確保できなかった生徒にとって、最高のライブ観戦場所と言える。舞台から真山がいなくなり二十分経ったにもかかわらず、二階の渡り廊下はライブの余韻を未だ色濃く残していた。二年生にとってそれは容易く予想できた事だったので同級生の予約は一件も入っていなかったが、この店の噂は既に全校レベルで拡散しており、店舗は先輩方で大いに賑わっていた。まこと、有難いことである。
 ただ、複雑な事態も少々発生していた。今日予約されている先輩方に、いわゆる大物カップルは一組もいなかったのだ。例えば三年生の筆頭カップルとして誰もが認める藤堂さんと美ヶ原先輩は明日の午後に予約が入っていて、そして非常に言いにくいが同じ三年生でも加藤さんと三枝木さんのカップルは間もなくやって来る予定といった具合に、
 ―― 学内カースト
 がはっきり出ていたのである。加藤さんに尋ねる訳にもいかず藤堂さんにメールを出したところ、それにはやはり、朝露の白薔薇が関係しているとの事だった。白薔薇姫たる岬静香さんが、結婚を前提にお付き合いしている恋人と一緒に二年生のクラス展示を訪れウエディングドレスを着ることは、一週間前には三年生全員に知れ渡っていたらしい。だがその前日の、夜九時の時点で藤堂さんと美ヶ原先輩は、
 ―― 文化祭二日目の三年生で最も早い時間
 に予約を入れることが既に決定していたと言う。岬さんがやって来るのだから一般公開日は豪華でなければならず、然るに大物カップルの来店を二日目に集中させるのは当然であり、よって同日の三年生は藤堂さん達から始まるという、一種の同調圧力が働いたそうなのだ。藤堂さんと美ヶ原先輩は僕らのお店を九月から楽しみにしてくれていて、また騎士会で岬さんにとてもお世話になったから花を添える役にマイナス感情を一切持っていないと断言していたが、他の同級生もそうかと問われたら明言しかねるとメールには書かれていた。これだけでも頭を抱えずにはいられないのに、悩みの種はあと二つ発生していた。その一つは危惧していたとおり、鋼さんと岬さんが明日朝九時十五分に予約を入れていた事だった。それが成されたのは真山の初回のライブ中だった事もあり、僕はうかつにもこのシフトが始まるまでそれを知らなかったのである。
 悩みの種の二つ目は、荒海さんと千家さんがまだ予約を入れていない事だった。これは僕らを打ちのめし、痛む胸を押さえなかった級友は一人もいなかった。皆にとって千家さんは、
 ―― この人が来てくれたらそれだけですべて報われる
 レベルの恩人なのに、予約名簿にお二人の名前を見つける事ができなかったのだ。千家さんが心に傷を負っていることと、序列意識の弊害。この二つを知る二十組の四十二人は、予約を入れようにも入れられない千家さんの心中を思うと、胸に痛みを覚えずにはいられなかったのである。
 だが、僕らは負けなかった。自分達の都合で、来店されたお客様を不快にさせてはならない。そう想い定め、僕らは活き活き働いた。
 そんな皆の姿と、このクラス展示を心から楽しんでくださっているお客様に支えられ、二十組は文化祭一日目を大成功で終えることが出来たのだった。
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