僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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「おにぎり食べたい、食べたい、食べたい~~!!」
 の一色に僕は染め上げられてしまったのだ。が、この世はなぜこうも無情なのか。現在時刻の十時三十五分は、真山ワンマンショーが始まる二十五分前に他ならず、そこにクラス展示のシフトが十一時二十分から始まるという要素が加わると、
 ―― 直ちに更衣室へ赴き冒険者マントを収得すべし!
 以外に、選択すべき未来は存在しなかったのである。僕は顔の下半分を両手できつく覆い嗅覚を封じ、目も固く閉じ視界も封じてから感覚体を展開し、立ちふさがる「おにぎり食いつきモンスター」を足早にやり過ごして、一組奥の男子更衣室に辿り着いたのだった。

 一学年八百四十人の湖校の更衣室に、ロッカーはない。その代わり、壁一面に25センチ四方の棚が人数分ピッタリ備え付けられていて、そこを自分の棚として使うことができた。普段はどこでも自由に使えるけど文化祭等の行事期間だけは各々の場所を固定し、備品や着替えやちょっとした小物を収納できるようになっていた。その棚からある物を取り出すべく、更衣室に入るや壁へ足を向ける。更衣室まで最も歩かなければならない二十組の男子生徒は、入り口から最も近い棚を割り振ってもらえるんだね。僕は自分専用棚に腕を突っ込み、
「咲耶さんの助言に従って良かった~」
 と半泣きになりつつ、エナジーバーを取り出したのだった。
 昨日の日曜、桐の箱を実技棟に届ける前、更衣室に立ち寄りエナジーバーとウエットティッシュを棚に仕舞った。神経感度五割増しの副作用に空腹があることを知った咲耶さんが、不測の事態に備え食料を確保しておくよう僕に勧めたのだ。AランクAIである以前に、湖校の教育AIとして数多の生徒を見守って来た咲耶さんがそう言うのだから、一理も二理もあると考えるべきなのだろう。僕は素直に首肯し、エナジーバーとウエットティッシュを棚に入れておいた。この棚は冒険者のマントの引き渡し場所でもあるから、エナジーバーを食べた指を、ウエットティッシュで綺麗にする必要があるんだね。
 当初マントは男女共に四着ずつ作り、シフト時間が終わったらその場で外し、次のシフトの人へ渡せばいいと僕ら男子は考えていた。舞踏会店を女子主動にしたぶん、冒険者店は男子主動になっていたのだ。しかし女子に「お客様の目に留まる場所でそれをするのはダサくない?」と指摘され、改めて考えたら非常にダサいと納得した男子は、経費を計算し直し、マントの数を男女七着ずつに引き上げた。ただそのためには女子のマントを短くせねばならず、男子一同土下座する勢いで謝罪したところ、ハーフマントはスカートの裾と揃って可愛いからいいよと、女の子たちは快く了承してくれた。その優しさに報いるべく話し合った野郎共は、
 ―― 広告を兼ね男子は更衣室から二十組までマントを羽織って歩く
 ことを提案した。一階東端の男子更衣室から三階西端の二十組までマントをたなびかせて歩けばかなり目立ち、よい広告になると考えたのである。ただこれは「強制は良くない」や「初日の冒頭から気合いを入れすぎると引くかも」と女子が意見を述べた事もあり、
 ―― シフト引継ぎ時にマントを羽織っていればいい
 に緩和された。女の子たちがそう言うなら、と男子は深く考えずそれに従ったが、はっきり言って男子はバカだった。いや、バカ過ぎた。男子がそれをしたら、ニ十組の優しい女子達は「私もそれをしなきゃ」と思うはずで、そしてそれは年頃娘にとって恥ずかしい事だったのだ。文化祭が大成功した二日目の終盤に、最後の盛り上がりの一環として可愛いマントを身に付けて廊下を歩くならまだしも、初日の冒頭からマントをたなびかせて校舎を練り歩くなんて「空気読みなさいよ!」というのが、女子の本音だったのである。僕は自分の馬鹿さ加減を叱るとともに、去年の十組に北斗と真山がいてくれた有難さを感じずにはいられなかった。しかし同時に、
 ―― 女心に詳しい男がいないからこそのメリットも、確実にある
 のが、この宇宙の素晴らしいところ。その筆頭は僕のような男子が、自分は女心に詳しくない、と自覚することだろう。自覚があれば男子のみの考えで物事を進めないし、またそのような男子には、女子も本音を打ち明けやすいと思う。実際二十組は、文化祭の準備を通じて男女の会話が増え、異性の考えを学ぶ機会を多数得られた。そのお陰で二十組は今、男女の仲がすこぶる良いのである。いやホント、創造主に感謝だなあ・・・・ 
 などと考えてるうち、いつのまにか二本のエナジーバーが消えていた。というのは冗談で、ウエットティッシュを使い指を清め、マントの入った袋を棚から取り出す。これは僕の代わりに第一シフトを務めてくれた、久保田が羽織っていたマント。自分のシフトが終わったら更衣室に行き、次に使う級友の棚にマントを入れるのが、ニ十組の決まりなんだね。
 マントを畳んで袋に入れたら皺ができるのではないかと危惧されたが、最高品質の植物樹脂製だったためそれは免れた。それでも折り目を少なくし丁寧に畳むに越したことはなく、それに関し僕は久保田へ絶対的信頼を寄せていた。はかまを履く湖校の部活は袴の畳み方を一年時に叩き込まれるのが常で、そして久保田はその洗礼を受けた弓道部員だったからだ。確認を兼ね、袋の紐を緩めて中をうかがってみる。丁寧かつ几帳面に、マントは畳まれていた。さすが久保田と感心し、更衣室を後にした。

 エナジーバーによるステータス上昇効果が功を奏し、おにぎり食いつきモンスターを余裕で躱した僕は、そのまま直進して三組と四組を目指した。予定を変更し、全クラスを偵察することにしたのだ。一階西端の三組と四組の偵察を終え、西階段を上る。二階に着いたら左折し、十一組と十二組へ目を向ける。踵を返し十組を偵察し、そのまま歩いて執事姿の昴とメイド姿の輝夜さんと着物風カットソーの芹沢さんに目尻を下げまくってから、東階段を上る。三階に着き十三組と十四組へ目を向け、そして振り返った瞬間、
「ブハッ、みんな楽しそうだなあ」
 西の彼方で躍動するマントに思わず声が漏れてしまった。ウキウキ歩きがマントをたなびかせているのか、それともマントをひるがえしたくて必要以上にウキウキ歩いているのか判らないけど、童心に戻った笑顔を皆が浮かべているのだからどちらでも良いのだ。そんな級友達に一秒でも早く混ざりたかった僕は、偵察を忘れて西の端の二十組を目指し、一心に歩いて行ったのだった。
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