僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 翌、日曜。
 爪楊枝つまようじの先端で家庭用瞬間接着剤を突き、続いて離し、接着剤の糸を作る。その糸をビーズに付着させ、針に接着する。という昨日と同じ練習を今日も頑張るぞ、と気合いを入れて部活から帰宅した、午後一時。
「眠留、さっちゃんがこれを届けてくれたわ」
 プロ用の接着剤と接着キット、及び一千個のビーズが、僕宛に届けられていた。
「伝言があるわ。心置きなく練習に使ってね、だそうよ」 
 美夜さんによると、ビーズを一千個接着できる量のプロ用接着剤を、咲耶さんは購入してくれたらしい。手を合わせてそれらを受け取り、ありがたく使わせてもらったところ、思わず唸った。爪楊枝を用いる昨日のド素人方法とは、まるで比較にならなかったのである。使った感想とお礼を綴ったメールを咲耶さんに送り、プロ用の接着キットを手に、僕は練習に没頭した。
 午後八時半。
 六時間の練習を終えて机に激突した僕の隣に、咲耶さんが現れた。咲耶さんによると、僕はセミプロの技術を習得したそうだ。七百個を超えるビーズ接着で集中力を使い果たしていた僕はそれを聴くやトイレに直行し、戻って来るなりベッドに潜り込み、泥のように眠った。
 
 翌、月曜。
 二年生文化祭初日の、十月十七日。
 文化祭の準備に邁進している様子を、大吉は一か月半見ていたのだろう。二日連続の討伐休みをもらっていた僕は、心身全開で午前五時に目覚めた。境内の箒掛けと中離れの掃除も、ありがたい事に三人娘が代行してくれた。よって翔刀術関連の瞑想だけをして朝食を摂り、五時五十分に玄関を後にした。
 六時十分、会議棟二階の北側にある第二荷物エレベーターから、王冠とジルコニアを取り出した。好天に恵まれた今日、咲耶さんはドローンを使ってくれたのである。カートだと二十分後の六時半搬入になるので、凄まじく助かる。咲耶さんにお礼を述べ、僕は第十小会議室の扉を開けた。
 文化祭が近づくにつれ、会議室はクラス展示の備品の倉庫と化していったが、当日の今日は全ての会議室が空になっている。だからこうして王冠制作ができるのだけど、会議室は文化祭の最中、臨時女子更衣室になるのが湖校の恒例だった。ただ大抵の場合、三階の大会議室を更衣室にすれば足りるらしく、中会議室五室を追加したことはあっても、小会議室十室すべてを更衣室にした例はかつて一度もないそうだ。よって僕が第十小会議室にいても問題ないのだけど、それでも落ち着かないのが年頃男子というもの。二時間で王冠を完成させれば、時刻は八時十分。大会議室が更衣室になってまだ十分しか経っていないから、混雑に辟易した女の子が二階を訪れる可能性は極小のはず。という訳で着席早々、神経感度を五割増しにする翔刀術の技を発動し、ジルコニアの接着を開始した。

 その、一時間五十分後。
 神経感度五割増しのお陰か、予想より十分早い八時丁度に王冠は完成した。咲耶さんに出来栄えを確認してもらい、太鼓判を押された僕は、その旨をクラスHPの掲示板に上げる。その途端、
 ・・・ウオオオ――・・・
 二十組の方角から級友達の雄叫びが聞こえてきた。続いて怒涛の如く、
「やった!」「でかした!」「ありがとう!」「ばんざ~い!!」
 系の書き込みがなされたため、視界がぼやけて困ってしまった。だが書き込みはすぐさま、
「接着を始める前も教えろよ!」「気が気じゃなかったじゃねーか!」「王冠とジルコニアを受け取ったよとか」「学校に着いたよとか」「家を出たよとか」「寝坊せず五時に起きたよとか」「いや五時は、まだ書き込み不可じゃね?」「あ、そうだった」「なら、朝ご飯ちゃんと食べたよとか」「テメーは母ちゃんか!」
 系にとって代わり、僕は腹を抱えて笑った。視界も元に戻り、もう大丈夫と安心したのも束の間。
「だって心配じゃん」「まあ、確かに」「私は今も心配」「どういう事?」「アイに聞いたの。猫将軍君は昨日、午前は部活に出て、午後は接着の練習に掛かりきりだったって」「私も聞いた。練習を終えた昨夜の猫将軍君は、疲れ切ってたって」「それ大変じゃない!」「猫将軍君、今の体調は?」
 戻ったはずの視界が、さっき以上にぼやけてしまう。まあでもこれは映像のない掲示板だから誤魔化せるだろう、と踏んでいたけど甘かった。会議室の扉が開き智樹たち実行委員がわらわら入って来て、僕の顔を覗き込むなり、暴露したのである。
「眠留の状態を確認した。掲示板を読んでいたから俺が答える。眠留は疲労困憊ではないが、眠くて仕方ない顔をしている。教育AIへ直ちに申請する」
 智樹はそう書き込むやアイを呼び、僕を十時まで休ませる理由を話し始めた。驚いて阻止しようとするも、デザイン工芸部の西村と岡崎に「王冠を美術品運搬箱に入れるよ」「注意点はある?」と問われ、反射的に接着剤の乾燥時間を説明しているうち、申請は受理されてしまった。僕は頭を抱えたが、教室棟の接客責任者代行を買って出てくれた久保田と石塚に「そんなに頼りないかな?」「何、お前は俺らを信用しないのか!」とグイグイ来られたら、諦めざるをえない。その諦めた瞬間を逃さず四人の女の子に、
「「「ちゃんと休むって約束して」」」
 と懇願された僕は、体を小さくして頷くしかなかった。
 男子五人が椅子とテーブルを脇に寄せ、空いた場所に女子四人が休憩スペースを作ってゆく。那須さんと香取さんが、登校前に多目的ホールへ行き借りて来た二枚の断熱マットを、一列に並べて床に敷く。続いて秋吉さんが断熱布をマットにずらして被せ、ずらした場所に水谷さんが保健室の枕を置くと、立派な寝床が完成してしまった。自分としては非常に恐縮したつもりだったけど、はたから見るとそれは違ったらしい。那須さんが強い口調で「眠れる場所ができたら猫将軍君の眠たげな気配が激増した。すぐ横になって」と、眼光鋭く命じたのである。最も頭が上がらないタイプの女性に突如なった那須さんに抗えるはずもなく、僕はいそいそと寝床にもぐりこんだ。その途端、意識活動が急に減速した。実を言うと神経感度五割増しには、使用時間に等しい意識不活性時間が直後にやって来るというデメリットがある。慣れた作業に五割増しを用いればさほどでもないが、付け焼刃の接着作業は揺り戻しが予想以上に大きかったようだ。僕は皆にお礼を言う余裕もなく、眠りの世界へ急降下してゆく。会議室を去る皆の足音が聞こえ、そしてその最後に、
「この文化祭でおしまいにするね」
 額に置かれた掌の感触と共に、那須さんの声が耳朶を震わせた。
 意味はわからずとも僕は一心に詫びながら、眠りの境界を越えたのだった。
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