僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 そこへ、
「お兄ちゃん、久保田さんと秋吉さんが心配して来てくれたよ」
 美鈴の声がかかった。咄嗟に目をやった時計は、休憩時間がそろそろ終わる時刻を示していた。僕は頭を抱えて玄関にすっ飛んで行き、頭を抱えたまま二人に謝罪し事情を話すと、秋吉さんは浮かれ騒ぎ、久保田は考察を冷静に始めた。心に、一抹の不安がよぎる。その数瞬で考察を終えた久保田が、神楽殿に戻って岬さん達を迎え入れる準備をしようと秋吉さんを促した。秋吉さんは不満たらたらだったが、僕らのやり取りを見ていた美鈴がつと前に出て、自分も神楽殿に行くから私を守ってくださいと秋吉さんにお願いした。秋吉さんは俄然やる気になり、美鈴を絶対守ると誓ってくれたけど、今僕が最も案じているのは美鈴ではなく、久保田と秋吉さんの実力差だった。
 神楽殿へ向かう三人を見送り、踵を返す。久保田を美鈴が助けるのだから、鋼さんと岬さんについて知っても、一分もあれば級友達は落ち着くはず。僕は台所に戻り、皆に事情を説明し、簡単な打ち合わせをした。そしてカートに神崎さん達のジュースとお菓子を追加し、台所を後にした。
 神楽殿のカート搬入口は、人の出入口のすぐ隣に設けられている。カートから四十六人分のジュースとお菓子を降ろした僕、智樹、那須さん、香取さん、鋼さん、岬さんの六人は、打ち合わせどおり僕を先頭に神楽殿の敷居をまたいだ。休憩時間を自然に過ごす演技をしてくれている級友達へ、僕は心の中で手を合わせた。
 久保田が玄関でちらっと言っていたように、級友達は飲み物とちょっとした食べ物を各々持って来ていた。「猫将軍はジュースとお菓子を用意するはずだが、頼りすぎるな」を合言葉に、文化祭実行委員が僕に内緒で皆をまとめてくれたのである。床に座る皆の膝元に飲み物やフルーツバーが置かれているのを目にした僕は、この級友達なら失礼なことはしないだろうと安堵の息を吐いた。
 その皆の気配が突然変わった。ある者はボケ顔をさらし、ある者は全身を硬直させ、またある者は感極まるといった具合に、各自が個別の状況に身を置いていたが、六人の最後尾にいる岬さんを一心に見つめているのは全員に共通していた。それは予想していた事だったので僕はお構いなしに歩を進め、三十八人のクラスメイトが半円を描いて座っている中心にジュースとお菓子の乗ったお盆を置いた。僕に続いて智樹、那須さん、香取さん、鋼さんが同じ動作をするも、三十八対の瞳は鋼さんの後ろの岬さんただ一人を食い入るように見つめていた。そしてお盆を持っているのが岬さんのみとなった時、久保田が正座に座り直した。一瞬の間を置き、三十七人がそれに続いてゆく。お盆を置くべく床に膝を着いた岬さんが、久保田に気づいて柔らかく微笑んだ。鋭利な槍と化した三十七本の視線が、久保田にザクザク突き刺さる。予想していたとはいえ、野郎共の追求から久保田を守る未来を思い描いただけで、僕は頭痛を覚えずにはいられなかった。
 それはさて置き、お盆を置いた順に右詰めで並んでいた列に岬さんが加わるのを待ち、僕ら六人は腰を下ろした。僕が代表し、鋼さんと岬さんを紹介する。お客様として神社を訪れていたお二人がジュースとお菓子を運ぶ手伝いを申し出てくれたことは皆に伝えても、お付き合いしている等は伏せた。その代わり二人が同学年なことと、鋼さんが成田の研究学校を今年三月に卒業したことを告げると、
「プリンスウルフ」 
 との呟きを漏らした女の子がいた。皆の注目を浴びたその子は真っ赤になって鋼さんに謝罪しつつ、成田の研究学校に通う従妹からプリンスウルフの逸話を度々聞いていたことを明かした。クラスメイトは色めき立ち、その空気に負けぬよう必死になって平静を保っていた鋼さんへ、岬さんがさも嬉しげに話しかけた。
「鋼さん、後で私にも教えてね」
「改まって話すようなことではない」
「ううん、教えてほしい。私はあなたのことを、どんなことでも知りたいの」
「むっ、わかった。帰り際にメールしよう」
 ありがとうとニコニコする岬さんに、鋼さんは朗らかな笑みを浮かべる。その朗らかさに包まれ安堵した岬さんに、二人の女の子がハンカチを顔に押し当てた。岬さんの正面に座るその二人は、薙刀部の部員だった。二年生以上の薙刀部員にとって今の岬さんは、目にしただけで嬉し涙を流さずにはいられない、幸せいっぱいの女性だったのである。
 薙刀部の二人があの位置に座るよう取り計らったのは、おそらく美鈴だろう。岬さんが腰を下ろす場所を推測した美鈴は咲耶さんに頼み、薙刀部の二人を教えてもらった。美鈴は二人に事情を説明し、岬さんが座るはずの場所の正面に二人を連れて来たのである。
 岬さんも、自分のすぐ前に座る二人が部の後輩であることに、もちろん気づいていた。岬さんは立ち上がり、後輩達のもとへ赴く。そして床に膝をつき、二人を優しく抱き寄せた。「おめでとうございます」「ありがとう」を繰り返す三人に、神楽殿は結婚披露宴の感涙シーンの如き状態になっていった。
 感涙シーンに水を差すのを避けるべく、僕と智樹は静かに立ち上がり、お盆が置かれている場所へ歩を進めた。そして六人分のジュースとお菓子を手に戻って来て、鋼さんの膝元に四人分を、那須さんと香取さんの膝元に一人分ずつを置いた。久保田と小池も静かに立ち上がり、秋吉さんと遠山さんの膝元にジュースとお菓子を並べる。意図を察した男子達が周囲の女の子に、「ハンカチで前が見えないだろ、俺が持って来るから座ってて」的なジェスチャーをして、次々立ち上がってゆく。鋼さんが僕と智樹に顔を向け、「いいクラスだな」とニカッと笑ったのが、なんとも嬉しかった。
 神楽殿に落ち着きが粗方戻ったのを機に、僕と智樹は打ち合わせどおり、冒険者の3D映像を身にまとって鋼さんと岬さんに披露した。オリハルコンの全身鎧を装着した智樹が、神槍グングニルを僕に向かって一突きする。グングニルから放出されたエネルギー波が僕に襲い掛かるも、忍者コスプレの僕が妖刀で居合斬りをするや、エネルギー波は断ち切られ霧散していった。といった感じの演武を、3Dエフェクト付きで幾つか見てもらったのである。鋼さんと岬さんは非常に感心し、冒険者の武具と武器から放たれるエフェクトの出来を手放しで褒めてくれた。
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