僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
736 / 934
二十章

方針決定と、里芋夕食会

しおりを挟む
 とまあそれはさておき、共通認識を得られた僕らは次の段階に進んだ。久保田が所作の見本になり、僕がそれを解説するという第二段階を始めたのだ。木彫り八人衆が久保田の所作を率先して学んだ事もあり、第二段階はサクサク進行していった。そんな仲間達の友情に久保田が目元を赤くしているのを、皆で気づかぬ振りをしたのは、野郎共の結束をより高めてくれた。
 それら諸々が重なったからか、フォーマル関連の接客の基本を全員が覚えても、時間が五十分ほど残っていた。とりあえず休憩しようという話になり、ワイワイやりながら男子全員でトイレに向かった。しかし用を足し、大会議室に戻って来た僕らの中に、先程と同じ空気をまとっている者は一人もいなかった。男子達は廊下を進むにつれ、気づいたのである。接客訓練に臨む女子の真剣さは、男子の数倍上なのだと。
 会議棟三階の大会議室へ行くには、教室棟三階西端に設けられた連絡通路を使うのが一般的と言える。そして二十組の教室は、まさしくその教室棟三階西端にあるため、僕らは大会議室を「お隣さん」として認識していた。よって教室に隣接する大会議室の南側で旧十組のHRを視聴し、視聴を終えたらそこを女子に受け渡し、男子は大会議室の北側へ移動するのは、僕らにとって至極普通のことだった。つまり男子のいる北側から最も近いのは実技棟のトイレなのだけど、多少遠くても女子のいる会議室南側を経由し、教室棟のトイレを目指すことを僕らは選んだ。廊下と会議室が壁に隔てられていても、女の子たちが頑張っている場所の近くを通るだけで「俺らも頑張るぞ!」と闘志を燃え上がらせるのが、年頃男子というものだからね。
 予想どおり、男子は闘志を燃え上がらせた。だがそれは、予想外の理由によって成された。女の子たちが頑張っている場所に近づき、聞こえてくる音が大きくなるにつれ、気づいたのである。女子は男子の何倍も真剣に、接客訓練に臨んでいるのだと。
 よくよく考えれば、それは当然だった。危機に直面しているのは、男子ではなかった。文化祭で嫌な思いをしないよう、高度な接客技術を習得せねばならないのは、男子ではなかった。序列戦争が勃発しやすい環境に赴き、人の負の面と戦わねばならないのは、男子ではなかった。そう、それらすべてを背負っているのは、クラスの女の子たちだったのである。
 今ふり返ると、壁越しに聞こえてきた音で女子の真剣さを悟れたのは、教育AIの計らいだったのだろう。廊下と会議室を隔てる物理的な壁に相殺音壁を重ねれば、完璧な遮音は容易いはず。にもかかわらず音が壁越しにはっきり聞こえ、かつそのお陰で、会議室内の様子を悟ることが出来たのだ。これは偶然や、遮音ミスでは決してない。十万人以上の生徒の成長を見守ってきた教育AIなればこその、計らいだったに違いないのである。したがって野郎共は咲耶さんの思惑に見事ハマり、
 ザッッ
 のんびり歩きを一瞬で早歩きに替え、教室棟のトイレを目指した。そして可及的速やかに用を足し大会議室に戻って来て、真剣度合いを一段も二段も引き上げた接客訓練を、再開したのだった。

 その日の夜八時、ニ十組の男子は男子専用掲示板で会合を開いた。議題は言うまでもなく、「どうすれば女子を守れるか」だ。野郎共は競い合うように意見を述べ、基本方針を決定した。それは、
 ―― 真山と北斗の真似はしない
 だった。去年の十組の喫茶店で真山と北斗がギャルソンとして成した偉業は、真に卓越したあの二人にのみ可能な事。それを凡人が表面だけ真似ても、女子生徒を不快にするだけと僕らは判断したのだ。何カ月もかけて本格的な訓練をすれば、才能を開花させる男子がいるかもしれないが、残り十日のこの時期にそれを期待するのはバクチでしかない。それよりも、相手を不快にさせない所作を自然にできるよう基本を愚直に磨いてゆくことを、男子全員で決定したのである。という次第で、
 ―― 話し合いよりとにかく練習
 との方針を打ち立てた僕らは、八時四十五分に会合を終えすぐそれを実行した。とはいえ僕は睡眠時間の関係もあり、十分しか練習できなかったんだけどね。

 
 翌土曜の午後六時、夕食会メンバーで里芋パーティーを開いた。穫れたての里芋を大量提供してくれる那須さんがいないのに里芋パーティーをするなど言語道断だったから、一週間遅れて里芋尽くしの夕食会を開いたんだね。
 と言っても献立は、蒸かし里芋と里芋の煮っころがしと里芋汁の三種類だけだったが、あれはひょっとすると、三種類の献立だけで行う最高の夕食会だったのかもしれない。特に那須さんの実家に代々伝わる、皮を半分だけ剥く蒸かし里芋は凄かった。里芋を地球に譬えるなら、北半球の皮だけむき、南半球の皮は残す。この残した方をしっかり蒸すのが難しいのだけど、那須家の秘伝と昴のお陰で百点満点の仕上がりとなった。その蒸しあがった里芋の、皮をむいた方にかぶりつき、旬の里芋を堪能しつつ、残り半分の皮をむく。熱を通した後だと、皮は指で簡単にむけるんだね。そして口の中の里芋を呑み込んでから、残りの半分を口に放り込む。すると、皮によって封じ込められていた里芋の風味が、口の中いっぱいに広がるのだ。という二段構えの蒸かし里芋に、みんなメロメロになったのである。それにしても、水蒸気で蒸して塩を振っただけなのに、あの里芋はなぜああも美味しかったのかな・・・
 美鈴が夜明け前から作り始め、完成まで十二時間を要した里芋の煮っころがしも、神がかり的に美味しかった。僕は昔からジャガイモの煮っころがしより里芋の煮っころがしの方が好きで、それを夕食会の男性陣に打ち明けたところ、食事前の時点では、里芋派は僕と真山の二人しかしなかった。だが夕食会の終盤、
「ダメだ、もう動けん」「食いすぎて動けない」「でも食べたい、食べ続けたい」「俺、この煮汁の中なら溺れ死んでもいい」「「「だよな~~」」」
 と歓喜の悲鳴を上げる野郎共に再度訊いてみたところ、ジャガイモ派の全員が里芋派に鞍替えしていた。そりゃ個人の好みもあるだろうけど京馬が言っていたように、里芋は煮汁が超絶美味しい。里芋特有の、あのヌルっとした成分が染み出た煮汁は里芋だけでなく、一緒に煮込む鶏肉と人参も超々美味にする。ご飯との相性も絶妙という他なく、蒸かし里芋を沢山食べたはずなのに、夕食会が終わったら二升のお米がすべて空になっていた。
 煮汁の美味しさは、汁物にも適用されるのだろう。里芋汁も、僕の大好物の一つだ。こちらも余裕を持って作ったのに、いつの間にかすっからかんになっていた。
 女の子たちのニコニコ度合いも、普段より高かったように思う。日本では昔から、芋栗南瓜を女性の好物としていたのは知ってたけど、それは正しかったようだ。今年は猛の実家から、栗を送ってもらう手筈になっている。栗の皮を剥くのは男の役目にして女の子たちにたっぷり食べてもらおうと、満腹のお腹を抱えて後ろにひっくり返った僕は、天井を見つめながら考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日咲かせた緋色の花は

棺ノア
キャラ文芸
「私、負けるのキライなの」 「そんなのでボクに勝とうとしたの?」 荒れ果てた世界の片隅で、今日も彼女たちは暴れ狂う。 一見何の変哲もない高校生の上城 芽愚(わいじょう めぐ)と中学生の裕璃(ゆり)は、特殊な性質を持ちあわせた敏腕な殺し屋である。殺伐とした過去を持つ2人の未来で待つのは希望か、絶望か。 "赤を認識できない"少女と"殺しに抵抗を感じない"少女が描く、非日常的日常の、悲惨で残忍な物語。 ※何やら平和そうなタイトルですが、流血表現多めです。苦手な方は注意してください

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。 ★シリアス8:コミカル2 【詳細あらすじ】  50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。  次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。  鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。  みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。  惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

【完】私の従兄弟達は独特です 

yasaca
キャラ文芸
 この物語は、独特な性格をそれぞれ持つ従兄弟達を白梅莉奈の視点で見るお話。彼女の周りにはいつも従兄弟たちがいた。男兄弟しかいない彼らにとって莉奈は、姉でもあり妹でもあるからか、いかなる時でも側を離れる気はなかった。  いくら周りから引っ付きすぎだと言われようと。  そんな彼女は彼ら従兄弟と別れる時、いつもお守りを貰っていた。ミサンガであったり、別れを惜しむかのように抱きしめられたり。そうする理由を彼女は聞こうともしなかった。小さい頃からの彼女と従兄弟たちの習慣だったからだ。  そうやって一日が過ぎていく中、その裏で従兄弟たちは彼女に内緒の話し合いを毎日しているのだった。 01/24に完結しました!応援ありがとうございます!

これは校閲の仕事に含まれますか?

白野よつは(白詰よつは)
キャラ文芸
 大手出版社・幻泉社の校閲部で働く斎藤ちひろは、いじらしくも数多の校閲の目をかいくぐって世に出てきた誤字脱字を愛でるのが大好きな偏愛の持ち主。  ある日、有名なミステリー賞を十九歳の若さで受賞した作家・早峰カズキの新作の校閲中、明らかに多すぎる誤字脱字を発見して――?  お騒がせ編集×〝あるもの〟に目がない校閲×作家、ときどき部長がくれる美味しいもの。  今日も校閲部は静かに騒がしいようです。

便利屋リックと贄の刑事

不来方しい
キャラ文芸
便利屋と刑事がタッグを組む!事件を解決!謎の男を追う! 家に届く花や手紙。愛を語る恋人もおらず、誰かも分からないXからだった。エスカレートしていく一方的な愛は、いつしか怨恨へと変わっていく。 リックは警察に相談するが、近くで空き巣もあり疑われてしまう。ウィリアム・ギルバートと名乗る刑事は、訝しげな目で全力で疑ってくるのだった。警察はアテにならない、自分で動かなければ──。 だが動けば動くほど、リックの周りは災難が降りかかる。自動車爆発、親友の死、同じ空気を吸っただけの人間のタイミングの悪い病死。 ストーカーと空き巣は同一人物なのか。手紙や花を送ってくる人間は誰なのか。 刑事としてではない、全力でリックのために動こうとするウィリアム・ギルバートは何を考えているのか。

処理中です...