僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

方針決定と、里芋夕食会

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 とまあそれはさておき、共通認識を得られた僕らは次の段階に進んだ。久保田が所作の見本になり、僕がそれを解説するという第二段階を始めたのだ。木彫り八人衆が久保田の所作を率先して学んだ事もあり、第二段階はサクサク進行していった。そんな仲間達の友情に久保田が目元を赤くしているのを、皆で気づかぬ振りをしたのは、野郎共の結束をより高めてくれた。
 それら諸々が重なったからか、フォーマル関連の接客の基本を全員が覚えても、時間が五十分ほど残っていた。とりあえず休憩しようという話になり、ワイワイやりながら男子全員でトイレに向かった。しかし用を足し、大会議室に戻って来た僕らの中に、先程と同じ空気をまとっている者は一人もいなかった。男子達は廊下を進むにつれ、気づいたのである。接客訓練に臨む女子の真剣さは、男子の数倍上なのだと。
 会議棟三階の大会議室へ行くには、教室棟三階西端に設けられた連絡通路を使うのが一般的と言える。そして二十組の教室は、まさしくその教室棟三階西端にあるため、僕らは大会議室を「お隣さん」として認識していた。よって教室に隣接する大会議室の南側で旧十組のHRを視聴し、視聴を終えたらそこを女子に受け渡し、男子は大会議室の北側へ移動するのは、僕らにとって至極普通のことだった。つまり男子のいる北側から最も近いのは実技棟のトイレなのだけど、多少遠くても女子のいる会議室南側を経由し、教室棟のトイレを目指すことを僕らは選んだ。廊下と会議室が壁に隔てられていても、女の子たちが頑張っている場所の近くを通るだけで「俺らも頑張るぞ!」と闘志を燃え上がらせるのが、年頃男子というものだからね。
 予想どおり、男子は闘志を燃え上がらせた。だがそれは、予想外の理由によって成された。女の子たちが頑張っている場所に近づき、聞こえてくる音が大きくなるにつれ、気づいたのである。女子は男子の何倍も真剣に、接客訓練に臨んでいるのだと。
 よくよく考えれば、それは当然だった。危機に直面しているのは、男子ではなかった。文化祭で嫌な思いをしないよう、高度な接客技術を習得せねばならないのは、男子ではなかった。序列戦争が勃発しやすい環境に赴き、人の負の面と戦わねばならないのは、男子ではなかった。そう、それらすべてを背負っているのは、クラスの女の子たちだったのである。
 今ふり返ると、壁越しに聞こえてきた音で女子の真剣さを悟れたのは、教育AIの計らいだったのだろう。廊下と会議室を隔てる物理的な壁に相殺音壁を重ねれば、完璧な遮音は容易いはず。にもかかわらず音が壁越しにはっきり聞こえ、かつそのお陰で、会議室内の様子を悟ることが出来たのだ。これは偶然や、遮音ミスでは決してない。十万人以上の生徒の成長を見守ってきた教育AIなればこその、計らいだったに違いないのである。したがって野郎共は咲耶さんの思惑に見事ハマり、
 ザッッ
 のんびり歩きを一瞬で早歩きに替え、教室棟のトイレを目指した。そして可及的速やかに用を足し大会議室に戻って来て、真剣度合いを一段も二段も引き上げた接客訓練を、再開したのだった。

 その日の夜八時、ニ十組の男子は男子専用掲示板で会合を開いた。議題は言うまでもなく、「どうすれば女子を守れるか」だ。野郎共は競い合うように意見を述べ、基本方針を決定した。それは、
 ―― 真山と北斗の真似はしない
 だった。去年の十組の喫茶店で真山と北斗がギャルソンとして成した偉業は、真に卓越したあの二人にのみ可能な事。それを凡人が表面だけ真似ても、女子生徒を不快にするだけと僕らは判断したのだ。何カ月もかけて本格的な訓練をすれば、才能を開花させる男子がいるかもしれないが、残り十日のこの時期にそれを期待するのはバクチでしかない。それよりも、相手を不快にさせない所作を自然にできるよう基本を愚直に磨いてゆくことを、男子全員で決定したのである。という次第で、
 ―― 話し合いよりとにかく練習
 との方針を打ち立てた僕らは、八時四十五分に会合を終えすぐそれを実行した。とはいえ僕は睡眠時間の関係もあり、十分しか練習できなかったんだけどね。

 
 翌土曜の午後六時、夕食会メンバーで里芋パーティーを開いた。穫れたての里芋を大量提供してくれる那須さんがいないのに里芋パーティーをするなど言語道断だったから、一週間遅れて里芋尽くしの夕食会を開いたんだね。
 と言っても献立は、蒸かし里芋と里芋の煮っころがしと里芋汁の三種類だけだったが、あれはひょっとすると、三種類の献立だけで行う最高の夕食会だったのかもしれない。特に那須さんの実家に代々伝わる、皮を半分だけ剥く蒸かし里芋は凄かった。里芋を地球に譬えるなら、北半球の皮だけむき、南半球の皮は残す。この残した方をしっかり蒸すのが難しいのだけど、那須家の秘伝と昴のお陰で百点満点の仕上がりとなった。その蒸しあがった里芋の、皮をむいた方にかぶりつき、旬の里芋を堪能しつつ、残り半分の皮をむく。熱を通した後だと、皮は指で簡単にむけるんだね。そして口の中の里芋を呑み込んでから、残りの半分を口に放り込む。すると、皮によって封じ込められていた里芋の風味が、口の中いっぱいに広がるのだ。という二段構えの蒸かし里芋に、みんなメロメロになったのである。それにしても、水蒸気で蒸して塩を振っただけなのに、あの里芋はなぜああも美味しかったのかな・・・
 美鈴が夜明け前から作り始め、完成まで十二時間を要した里芋の煮っころがしも、神がかり的に美味しかった。僕は昔からジャガイモの煮っころがしより里芋の煮っころがしの方が好きで、それを夕食会の男性陣に打ち明けたところ、食事前の時点では、里芋派は僕と真山の二人しかしなかった。だが夕食会の終盤、
「ダメだ、もう動けん」「食いすぎて動けない」「でも食べたい、食べ続けたい」「俺、この煮汁の中なら溺れ死んでもいい」「「「だよな~~」」」
 と歓喜の悲鳴を上げる野郎共に再度訊いてみたところ、ジャガイモ派の全員が里芋派に鞍替えしていた。そりゃ個人の好みもあるだろうけど京馬が言っていたように、里芋は煮汁が超絶美味しい。里芋特有の、あのヌルっとした成分が染み出た煮汁は里芋だけでなく、一緒に煮込む鶏肉と人参も超々美味にする。ご飯との相性も絶妙という他なく、蒸かし里芋を沢山食べたはずなのに、夕食会が終わったら二升のお米がすべて空になっていた。
 煮汁の美味しさは、汁物にも適用されるのだろう。里芋汁も、僕の大好物の一つだ。こちらも余裕を持って作ったのに、いつの間にかすっからかんになっていた。
 女の子たちのニコニコ度合いも、普段より高かったように思う。日本では昔から、芋栗南瓜を女性の好物としていたのは知ってたけど、それは正しかったようだ。今年は猛の実家から、栗を送ってもらう手筈になっている。栗の皮を剥くのは男の役目にして女の子たちにたっぷり食べてもらおうと、満腹のお腹を抱えて後ろにひっくり返った僕は、天井を見つめながら考えていた。
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