僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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「まめと気働きは、見返りを度外視する働き者への、称賛の言葉でもあったの。まめの方は、スケコマシの手管てくだの一つとしても、使われる事があったけどね」
 叱られてはいずとも正座を崩せる雰囲気では決してないのは、そうかこのスケコマシにあったのかと、僕は膝をポンと叩いた。そんな僕へ、美鈴が語気と眼光を鋭くする。
「あのねお兄ちゃん。まめには漢字がなくて、どうしても必要な時は『忠義』にルビを振るのが一般的だけど、死後になりつつある最大の理由は、忠義という当て字が不適切だからと私は考えているの。お兄ちゃんは自覚がないけど、お兄ちゃんが周囲の女性全員に心の赴くまま『まめ』に振る舞ったら、あっという間にハーレムが形成されてしまうんだよ。女の子にとって自分がどんなに危険な存在か、ホントわかってるのお兄ちゃん!」
 反射的に土下座しそうになった。が、
「待った、待ちなさい眠留。美鈴も、今夜は控えてあげて」
 翔子姉さんがまたもや取りなしてくれた。そうする動機の全ては、ここにいる二人とここにいない二人の、計四人の睡眠時間への憂いなのだと痛いほど理解している僕は、敬愛する姉に教えを受ける気構えを全力で造り上げた。微笑む翔子姉さんに、美鈴は恭しく腰を折ったのち、場所を移動して僕の隣にやって来る。愛おしくて堪らない弟と妹に笑み崩れ、姉は本命の言葉を放った。
「輝夜の心は、明日を素晴らしいデートにする、工夫で溢れています。その99%は、こんなお世話を眠留にしたら眠留は喜んでくれるかな、という想いなのです。眠留、あなたが大切な人にしてあげたい事があるように、相手もあなたにしてあげたい事があるの。明日はゆめゆめ、これを忘れてはなりませんよ」
 台所の床に額をつけ、僕は姉に謝意を示した。姿勢だけ見れば土下座と大差なくとも、胸の内がこれほど異なることは、そうないのかもしれない。だから多少恥ずかしくとも、よしよしと僕の後頭部を撫でる翔子姉さんの手を、僕は甘んじて受け入れていた。
 それがその後、役立った。上体を起こした僕につと身を寄せ、美鈴がこう請うたのである。
「昴お姉ちゃんが妹にならなかったから、私はお兄ちゃんの妹になれたの。お兄ちゃん、昴お姉ちゃんを、大切にしてあげてね」
 この時ほど、人の心の無限性を実感したことが僕には無い。美鈴を大切に想う気持ちも、昴を大切に想う気持ちも、輝夜さんに翔子姉さん、そして数多の人達を大切に想う気持ちも、どこまでも無尽蔵に、まさしく無限に湧いて来たのである。僕は美鈴の頭を両手で撫でながら誓った。
「ああ、約束する。兄ちゃんは、大切な人達を大切にするからな」
 これが昨夜、僕が受け取った助言の、全貌なのだった。

 神社のAICAが、僕と輝夜さんを乗せ幹線道路をひた走ってゆく。
 この道の先には高速道路の入り口があり、そこはインハイに向かうバスが利用した入り口で、薙刀部のバスも同様にそこを利用していたから、話題は自然とインハイの想い出に移って行った。といっても、
「いや~、輝夜さんがプログラムした無音糸ノコギリ、大好評だね」
 全国大会の想い出の中から輝夜さんに直接関わるものを、意図的に選んだんだけどね。
 湖校新忍道部はインハイ本選の第一戦で、自校の生徒が独自開発した無音糸ノコギリを使用し、最強モンスターの一角を占める黒猿に勝利した。その後の質疑応答で無音糸ノコギリが話題に上った際、真田さん達は糸ノコギリの設計図を無料公開することを約束した。もちろんそれは実行され、プログラム及び材料等の全ては無料公開されたのだが、にもかかわらずそれは、プログラム関連の特許を取得するに至った。輝夜さんの組んだ基幹プログラムが、とにかく凄まじかったそうなのだ。既存の常識を覆すシンプル極まるそれは、シンプルだからこそ汎用性が高く、様々な分野に応用可能なのだと言う。インハイ会場に来ていた他校の研究学校生の多くがそれに気づき、それぞれの教育AIにプログラムの素晴らしさを説き、多数の教育AIが経済産業省に働きかけた結果、無料公開済みであってもオリジナル製品として正式に認可されたのである。ただ、
「ちょっと眠留くん、あれは北斗君と協力して作ったんであって」
 輝夜さんは北斗との共同制作だったことを強調し、自分一人の功績ではないと懸命に説いた。うんうん解ってる、解ってるよ輝夜さん。
「大丈夫、僕は理解できる。北斗は、全体の流れを決めるのと、フォローがとにかく巧い。理に適う計画を始めに示され、それに則って作業を進めているうち、この仕事は納期までに必ず完成するって、輝夜さんは確信するようになったんじゃない?」
「そうなの!」
 我が意を得たりと、輝夜さんはそれから暫くまくしたてた。北斗の立てた五段計画の一段目が終わるころには、残り四段を堅実にこなしていく自分達の姿をまざまざと見るようになり、二段目が終わるころには、決められた未来を進んでいる気になり、そして三段目が完了するころには、この楽しい時間はもうすぐ終わってしまうから悔いの残らぬよう全力を尽くすぞと、心はやる気で煮えたぎっていたそうだ。そのやる気が糸ノコ制作の枠を超えてあふれ出し、生活全般に行き渡ったから、翔薙刀術の訓練も、薙刀全国大会の練習も、学校と神社ですごす楽しい時間も、一周して糸ノコ制作も、全部ひっくるめて駆け抜けられたのだと、最後は涙ぐみながら輝夜さんは話した。僕はハンカチを輝夜さんに手渡し、目尻の雫が消えるのを待ってから明かした。
「輝夜さんと北斗に糸ノコ制作を依頼した日の夜、僕と昴は、北斗の立てた真の全体計画を3D電話で教えられた。真という言葉が添えられている理由は、僕と昴が輝夜さんにするフォローも、そこには書かれていたからだね。北斗は誠実さの結晶のような顔で言ったよ、『俺のフォローだけでは絶対足りないから協力して欲しい』ってさ」
 あの日、僕と北斗と昴の三人は、自分の等身大3Dを正三角形に配置して話し合った。その一角を成す昴が、返答は予想つくけど一応聞かせてと前置きし、北斗に尋ねた。「私と眠留のフォローを輝夜に伏せる理由は?」 返答次第ではアンタを叩き斬るという、矛盾も甚だしい眼力でそう問う昴へ、北斗は答えた。
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