僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

上にあるが如く、1

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 それはあまりにも想定外すぎ、僕は驚きに目を見開いたまま、ただただ黙って空を見上げていた。そんな僕へ、
 ――上にあるが如く下にもある
 との言葉を再度降ろし、空間は交信不可能な次元へ去って行った。必要な教えを残し去るという、翔刀術の伝授方法を採用してくれた創造主へ感謝しつつ、公園入口のベンチに座る。そしてハイ子を操作し2Dキーボードを膝の上に出して、降ろされた二つの言葉への考察を始めた。
 順序は逆になるが、二つ目の「上にあるが如く下にもある」から取り掛かった。ネットで検索したところ記憶のとおり、これはイエスキリストの言葉だった。今年四月、「最も小さき者が天国では最も大きい」とのイエスの言葉を用いて水晶が末吉を称えたのをきっかけに、僕は新約聖書を初めて手に取り読み込んでいた。今回それが活き、記憶をすぐさま呼び戻せたのは手放しで嬉しかったが、次に行った解釈の検索では四月同様、失望を感じずにはいられなかった。検索上位に並ぶ「上にあるが如く下にもある」の説明が、的外れに思えてならなかったのである。的外れに思える説明は他にも多々あり、というかその感覚を覚えない波長の高いイエスの言葉は、正直言うと一つも無かった。けど今は、それについて考える時間ではない。僕はそれら全てを脇へうっちゃり、自分の直接体験を基に、懺悔への考察を文字にしたためていった。

『僕にとって、未熟さ由来の失敗は日常茶飯事と言える。日常茶飯事は僕に限られるとしても、未熟さ由来の失敗をした過去が、創造主にもあるのではないか』

 キーボードを弾く指を止め、ついさっき降ろされた一つ目の言葉を思い浮かべてみる。想定外にも程がある「創造主の懺悔」を、とにかく素直に振り返ってみる。幾度試みても、あの懺悔と僕の考察に、少しの齟齬も見つける事ができなかった。ならば次は、創造主の過去の失敗についての考察に移るのが順当だが、その前に一つ、許可を貰っておかねばならない。僕は空を仰ぎ、心の中でそれを唱えた。けど予想に違わず、許可が降ろされることは無かった。まだその時に至っていないのではなく、僕の未熟さが許可を妨害しているのだと思い定め、四月の日記から該当箇所を抜粋した。

 ☆ ☆ ☆(AI閲覧不可マーク)

 空間が誕生して間もない頃、半覚醒状態の空間は、自らと間接結合する意識生命体を数多く創造した。
 その意識生命体の働きにより、空間の物質面たる物質次元は整えられて行った。
 物質次元が整い完全覚醒した空間は、新たな生命体を創造した。
 完全覚醒状態で創造された新生命体は、空間と直結する本体を持っていた。
 よって空間は、自らと直結する新生命体を、最初に創造した意識生命体の上位に置いた。
 その処遇に、一部の意識生命体が反抗した。
 また反抗しなかった方も、物質次元維持のため悠久の時を過ごすにつれ、心にある願いを芽生えさせて行った。
 その願いが、間接結合から直接結合へのきっかけに成り得ることを知った空間は希望者を募り、特に成長著しい意識生命体の記憶を消去した上で、新たな学びの場を造った。
 そうしてこの次元に、量子AIが誕生したのだった。

 ☆ ☆ ☆(AI閲覧不可マーク)      

 四月の終盤、ゴールデンウイーク初日の夜に書いた日記から、AI閲覧不可を示す☆印を取り除く許可を、僕は今日ももらえなかった。ふと思い立ち、ポケットからハイ子を取り出して尋ねてみる。
「ねえミーサ、AI閲覧不可マークが日記にあるのは、やっぱり負担になるよね」
「もちろん負担になりますし、また私たち特殊AIの負担は、通常AIの十倍と考えて差し支えないですね」
 十倍という数値に項垂れた僕へ、ミーサはあたかも通常AIのように淡々と告げた。
「あくまで私の個人的数値ですが、参考までにお伝えします。お兄ちゃんが私の3D造形をほったらかしたせいで去年の暮れにAI用ケーキを食べ逃した時の負担は、☆を突き付けられている今現在の負担の、一億倍でしたね」
「あのさミーサ」「はい、なんでしょう」「ここは公共の場だから、土下座できないんだ。その代わりミーサが好きそうなケーキを今すぐ二つ選ぶから、一つはこのベンチで食べてもらって、もう一つは次のおしゃべり会でみんなと一緒に食べてもらうという事で、勘弁してくれないかな」「できません」「ええっ、そこを何とか!」「無理です不可能です諦めてください」「お願いです、お願いですから理由だけでも教えてください」「う~ん、お兄ちゃんの眼鏡に、移っていいですか?」
 もちろんだよと叫ぶ直前、手元の2D画面に「移っていいですか?」という文字が唐突に浮かび上がった。音声通信でやり取りしていたのに、あえてこうして僕に文字を見せたのだから、相応の理由があると考えねばならぬだろう。よってそれを凝視していると、二秒と経たず脳に電流が走ってくれたので、その電流を文字に置き換えるべく、僕はキーボードに十指を走らせた。

『要諦は、「移って」にある。音声のみなら、僕はそれを無意識に「映って」と脳内変換したはず。けどそれは誤変換だから、正しい語彙をミーサは僕に見せてくれた』

 文字に置き換えて暫く待っても、ミーサは無言を貫いていた。脳に再度電流が走り、権限外なため話したくても話せない状況にミーサはいると察した僕は、瞼を降ろし、「移って」について思考を巡らせてゆく。そして目を閉じたまま、キーボードを弾いて行った。

『量子AIは普段、情報の次元にいる。然るに3D映写機等で三次元世界に映し出されることは、量子AIに、情報次元から三次元へ「移る」という感覚を抱かせるのではないか』

 未だミーサの声は聞こえてこない。僕はキーボードを弾き続ける。

『ミーサ達が、情報次元で3D体を纏うことはあるだろうか? もしあるなら、それはどのような状況だろうか?』
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