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十九章
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――加速装置だ!
との書き込みがネットに溢れた。六人は後頭部から尻までを覆う、厚さ1センチほどの板状の機械を装備していた。それはロケット噴射口を八つ設けた、装備者の初動をアシストする加速装置だった。バッタ等の跳躍系昆虫を除き、動物は動き始めが最も遅く、徐々に速度を上げてゆくもの。人ももちろんそれに漏れず、また長年の経験により、「どれほど訓練しても初動の速度はこの程度」という大まかな予想を人は立てることができる。したがって熟練兵は、その予想を踏まえてマシンガンを撃つが、それは裏を返せば、
――初動速度が予想を遥かに上回ったら一瞬とはいえ混乱する
という事。その遥かに上回る初動速度を、この加速装置は出してくれるのだ。兵器マニア達は、背中の加速装置が後頭部と頸部を覆っていることに着目し、急加速に備える頭部の動きに合わせてロケット噴射するのだろうと推測していた。爆発物を爆発させて推力を得るロケット推進は多大な衝撃を首にもたらすため、六人の兵士達はむち打ち症を防ぐべく胸鎖乳突筋(胸骨近辺と頭蓋骨の耳辺りを繋げる筋肉)を凄まじく鍛えているはずとの予想図が、ネットを飛び交っていた。
背中と尻の加速装置は軍服に巧くカモフラージュされ、特に前方から見えにくくなっていた。銃撃戦は前方の敵と成されるためそれが普通なのに、ネット視聴者の多くがいわゆる「にわか」だった事もあり、二本角対策として世間に認知されたことが非常に悔しかったと兵器マニア達は回想している。
そして午後三時、戦闘開始の巨大2Dが上空に現れた。それを受け、兵士達は周囲を警戒しつつゆっくり静かに歩き始める。これは加速装置のカモフラージュとは異なり、誤解を生まなかった。敵が潜む砦の門に大きな音を立てて殺到するなど、本物の戦争ではありえない事。前日に行われた二本角戦は3DG本部の協力の下、出現する敵を二本角一体に絞り、かつ砦にトラップを設けなかったからこそ、選手達は門に殺到しただけ。陸軍演習場で行われているこの二本角戦も前日の設定を踏襲しているそうだが、白兵戦における米軍のトップエリート達にとって、そんな設定は無意味。真の戦士は体に叩き込んだ訓練どおり、行動するのみなのだ。
六人の兵士達が門を通過し、広々とした、いや荒涼とした空間に足を踏み入れる。前日の戦闘より明らかに広く見える、建物も何もない地面だけの空間の寸法は公表されていないが、アメリカンフットボールのフィールドと同じ広さの正方形と言われている事から、75メートル四方ほどなのだろう。
その荒涼とした地面を、六人は横隊でも縦隊でもない、左傾隊でゆっくり進んでゆく。この「左に傾いた一直線の隊列」は、突発的な戦闘になっても同士討ちが最も少ない隊列とされている。
六人が目を向けている方角は、右側三人が前方、左側三人が後方を基本としていた。この陣形の急所は直線の延長上からの射撃ゆえ、両端に目の良い隊員を配置し、また右から三人目が隊長、左から三人目が副隊長である場合が多かった。その隊長が、
「正面25」
鋭く口ずさむ。一秒強で凹面鏡を造り上げた六人の、正面25メートルの次元の揺らぎに二本の角の先端が現れる。顔、上体、腰、右足、そして左足のつま先が現れ、しかし踵はまだ揺らぎの中にあるタイミングで、
ガチャッ
六挺の照準が一斉に二本角の腹部から眉間に替わった。そして掛け声もなく、
ズキューン
六挺が完璧にシンクロして銃弾を放つ。六発の銃弾が、腰から角の先端ギリギリまでを保護する次元窓へ吸い込まれて・・・行かなかった。その六発は銃口から派手な光を放つだけの、空砲だったのである。これは、
――二本角の視力は銃口の向きと引き金を引く指の動きを正確に捉える
という解析結果を、逆手に取った作戦だった。六挺の銃口が自分の眉間をピタリと狙い、六本の人差し指が一斉に引き金を引き、そして銃口から眉間に向かって火薬の爆発光が放たれれば、
――レーダーである二本の角
と頭部を重点的に守るため、次元窓は小型化すると解析班は予想した。そう二本の角は、触覚が進化したレーダーであると学者達は推測したのだ。理由は二つ。一つは、この新サタンはいつも決まって二本の角の先端から出現する事。そしてもう一つは、銃撃を吸い込む次元窓が、二本の角の先端を僅かに出す位置に必ず形成されていた事だ。これらは、角はレーダーであり、かつそのレーダー波を次元窓は遮断すると仮定すると辻褄が合う。サタン族が昆虫と同じ外骨格を持つことも、触覚が進化して角になったという説を後押ししたと言われている。
次元窓の小型化は、エネルギー節約の観点から予想された。従来のサタンには、瞬間移動回数の上限があった。また移動距離にも上限があるらしく、回数は異なっても移動距離の合計が同じなら、瞬間移動不可能になるサタンが多数見受けられた。新サタンは従来のサタンの上位者とはいえ、これらの上限をすべて克服した無限エネルギーの持ち主とは考えにくい。次元を操る仕組みは解らずとも、次元を圧縮する瞬間移動より、次元窓を二つ作ることの方が、よりエネルギーを消費するのではないか。ならばそれを逆手に取り、
――体を部分的に保護する小型の次元窓
へ誘導できないだろうか。これを基に立案されたのが、今の作戦。左足の踵が残っている内に照準を替え、踵が出るなり空砲を撃ち、次元窓を部分保護の小型形状に変えさせるという、作戦だったのである。
よって六人は空砲を撃つや、
ドバーンッ
加速装置を作動させ左右へ散ると共に、
ズダダダッ
露わになっている脚部へマシンガンを三点射した。いや違う、三点射したのは四人のみで内側の二人は加速装置を巧みに使い体の向きを四人とは逆方向へ向け、
「「アルファ!」」
同時に叫んだ。後に米軍広報官が明かした処によると、このアルファは「次元窓は固定式」との意味だったらしい。
前回までの計四回の二本角戦において、次元窓が右や左に向きを変えたことは無い。次元窓は現れてから消えるまで、同じ方角に固定されていたのだ。ただその四回とも、選手達は一か所に棒立ちしていた。然るに「方角を変える必要がなかった」だけなのかもしれないが、今回は状況が異なる。静止状態から瞬時の高速移動が可能な、加速装置を兵士達は装着しているのだ。ならば次元窓は移動する兵士に合わせて向きを変え、兵士を追尾し、銃弾を浴びせるのだろうか? 学者達は、
――その可能性は低い
と予測した。根拠は、従来のサタンの瞬間移動にあった。瞬間移動は必ず、同一直線上で為された。瞬間移動中に進行方向を変えて再出現することは、一度も無かったのである。この特性を、二本角も引き継いでいるのではないか。兵士の死角に現れた次元窓は、向きを変えようにも変えられない、固定式なのではないか。そう予想した学者達は、死角に現れた次元窓を隊長と副隊長に確認させ、固定式ならアルファ、可変式ならチャーリーと叫ばせるようにした。可変式をブラボーにしなかった理由は、可変式だと特殊部隊の死傷率が跳ね上がるため、上層部が却下したと伝えられている。
との書き込みがネットに溢れた。六人は後頭部から尻までを覆う、厚さ1センチほどの板状の機械を装備していた。それはロケット噴射口を八つ設けた、装備者の初動をアシストする加速装置だった。バッタ等の跳躍系昆虫を除き、動物は動き始めが最も遅く、徐々に速度を上げてゆくもの。人ももちろんそれに漏れず、また長年の経験により、「どれほど訓練しても初動の速度はこの程度」という大まかな予想を人は立てることができる。したがって熟練兵は、その予想を踏まえてマシンガンを撃つが、それは裏を返せば、
――初動速度が予想を遥かに上回ったら一瞬とはいえ混乱する
という事。その遥かに上回る初動速度を、この加速装置は出してくれるのだ。兵器マニア達は、背中の加速装置が後頭部と頸部を覆っていることに着目し、急加速に備える頭部の動きに合わせてロケット噴射するのだろうと推測していた。爆発物を爆発させて推力を得るロケット推進は多大な衝撃を首にもたらすため、六人の兵士達はむち打ち症を防ぐべく胸鎖乳突筋(胸骨近辺と頭蓋骨の耳辺りを繋げる筋肉)を凄まじく鍛えているはずとの予想図が、ネットを飛び交っていた。
背中と尻の加速装置は軍服に巧くカモフラージュされ、特に前方から見えにくくなっていた。銃撃戦は前方の敵と成されるためそれが普通なのに、ネット視聴者の多くがいわゆる「にわか」だった事もあり、二本角対策として世間に認知されたことが非常に悔しかったと兵器マニア達は回想している。
そして午後三時、戦闘開始の巨大2Dが上空に現れた。それを受け、兵士達は周囲を警戒しつつゆっくり静かに歩き始める。これは加速装置のカモフラージュとは異なり、誤解を生まなかった。敵が潜む砦の門に大きな音を立てて殺到するなど、本物の戦争ではありえない事。前日に行われた二本角戦は3DG本部の協力の下、出現する敵を二本角一体に絞り、かつ砦にトラップを設けなかったからこそ、選手達は門に殺到しただけ。陸軍演習場で行われているこの二本角戦も前日の設定を踏襲しているそうだが、白兵戦における米軍のトップエリート達にとって、そんな設定は無意味。真の戦士は体に叩き込んだ訓練どおり、行動するのみなのだ。
六人の兵士達が門を通過し、広々とした、いや荒涼とした空間に足を踏み入れる。前日の戦闘より明らかに広く見える、建物も何もない地面だけの空間の寸法は公表されていないが、アメリカンフットボールのフィールドと同じ広さの正方形と言われている事から、75メートル四方ほどなのだろう。
その荒涼とした地面を、六人は横隊でも縦隊でもない、左傾隊でゆっくり進んでゆく。この「左に傾いた一直線の隊列」は、突発的な戦闘になっても同士討ちが最も少ない隊列とされている。
六人が目を向けている方角は、右側三人が前方、左側三人が後方を基本としていた。この陣形の急所は直線の延長上からの射撃ゆえ、両端に目の良い隊員を配置し、また右から三人目が隊長、左から三人目が副隊長である場合が多かった。その隊長が、
「正面25」
鋭く口ずさむ。一秒強で凹面鏡を造り上げた六人の、正面25メートルの次元の揺らぎに二本の角の先端が現れる。顔、上体、腰、右足、そして左足のつま先が現れ、しかし踵はまだ揺らぎの中にあるタイミングで、
ガチャッ
六挺の照準が一斉に二本角の腹部から眉間に替わった。そして掛け声もなく、
ズキューン
六挺が完璧にシンクロして銃弾を放つ。六発の銃弾が、腰から角の先端ギリギリまでを保護する次元窓へ吸い込まれて・・・行かなかった。その六発は銃口から派手な光を放つだけの、空砲だったのである。これは、
――二本角の視力は銃口の向きと引き金を引く指の動きを正確に捉える
という解析結果を、逆手に取った作戦だった。六挺の銃口が自分の眉間をピタリと狙い、六本の人差し指が一斉に引き金を引き、そして銃口から眉間に向かって火薬の爆発光が放たれれば、
――レーダーである二本の角
と頭部を重点的に守るため、次元窓は小型化すると解析班は予想した。そう二本の角は、触覚が進化したレーダーであると学者達は推測したのだ。理由は二つ。一つは、この新サタンはいつも決まって二本の角の先端から出現する事。そしてもう一つは、銃撃を吸い込む次元窓が、二本の角の先端を僅かに出す位置に必ず形成されていた事だ。これらは、角はレーダーであり、かつそのレーダー波を次元窓は遮断すると仮定すると辻褄が合う。サタン族が昆虫と同じ外骨格を持つことも、触覚が進化して角になったという説を後押ししたと言われている。
次元窓の小型化は、エネルギー節約の観点から予想された。従来のサタンには、瞬間移動回数の上限があった。また移動距離にも上限があるらしく、回数は異なっても移動距離の合計が同じなら、瞬間移動不可能になるサタンが多数見受けられた。新サタンは従来のサタンの上位者とはいえ、これらの上限をすべて克服した無限エネルギーの持ち主とは考えにくい。次元を操る仕組みは解らずとも、次元を圧縮する瞬間移動より、次元窓を二つ作ることの方が、よりエネルギーを消費するのではないか。ならばそれを逆手に取り、
――体を部分的に保護する小型の次元窓
へ誘導できないだろうか。これを基に立案されたのが、今の作戦。左足の踵が残っている内に照準を替え、踵が出るなり空砲を撃ち、次元窓を部分保護の小型形状に変えさせるという、作戦だったのである。
よって六人は空砲を撃つや、
ドバーンッ
加速装置を作動させ左右へ散ると共に、
ズダダダッ
露わになっている脚部へマシンガンを三点射した。いや違う、三点射したのは四人のみで内側の二人は加速装置を巧みに使い体の向きを四人とは逆方向へ向け、
「「アルファ!」」
同時に叫んだ。後に米軍広報官が明かした処によると、このアルファは「次元窓は固定式」との意味だったらしい。
前回までの計四回の二本角戦において、次元窓が右や左に向きを変えたことは無い。次元窓は現れてから消えるまで、同じ方角に固定されていたのだ。ただその四回とも、選手達は一か所に棒立ちしていた。然るに「方角を変える必要がなかった」だけなのかもしれないが、今回は状況が異なる。静止状態から瞬時の高速移動が可能な、加速装置を兵士達は装着しているのだ。ならば次元窓は移動する兵士に合わせて向きを変え、兵士を追尾し、銃弾を浴びせるのだろうか? 学者達は、
――その可能性は低い
と予測した。根拠は、従来のサタンの瞬間移動にあった。瞬間移動は必ず、同一直線上で為された。瞬間移動中に進行方向を変えて再出現することは、一度も無かったのである。この特性を、二本角も引き継いでいるのではないか。兵士の死角に現れた次元窓は、向きを変えようにも変えられない、固定式なのではないか。そう予想した学者達は、死角に現れた次元窓を隊長と副隊長に確認させ、固定式ならアルファ、可変式ならチャーリーと叫ばせるようにした。可変式をブラボーにしなかった理由は、可変式だと特殊部隊の死傷率が跳ね上がるため、上層部が却下したと伝えられている。
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