僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十八章

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 という話を、翔家や祖父を登場させず語ったので支離滅裂だったはずなのに、久保田は要諦をすんなり理解してくれた。ひょっとするとコイツは北斗級の頭脳の持ち主なのではないかと驚愕しつつ、久保田の体験談に耳を傾けた。
 それによると、オカルト好きのクラスメイトを発端とする事件が起きたのは、小学二年生の頃だったらしい。久保田はそれをお姉さんに打ち明け、同じ轍を踏まぬようお姉さんと一緒にオカルトの研究を始めたと言う。その甲斐あって三年生以降は普通に過ごせて、小学校全体を振り返れば不幸だったとは感じないそうだ。しかしそれとは別に、オカルト研究では大きな衝撃を受けていた。自分達姉弟の記憶が、ネットの主流とかけ離れていたからである。
「転生に費やす時間以外にも、性別と出生地が真逆だった。僕は弟だから男、姉は同じ理由で女、出身地もずっと日本だったけど、ネットは違った。性別は転生ごとに入れ替わり、世界各地にまんべんなく生まれてくるというのが、最も支持された説だった。そうそれは、だった。姉が気づいたんだけど、それは『そうあるべきだ』という、実体験の伴わない願望でしかなかったんだよ」
 男女は平等だから、性別もその都度入れ替わるはずだ。人種や民族も平等だから、世界各地にまんべんなく生まれてくるはずだ。そうじゃなかったら不平等になるから、絶対そうあるべきだ。ネットで見つけた過半数はそれに類する、ただの願望だったそうなのである。
「猫将軍がさっき言ってた、金を儲けたいだけの自称霊能力者も、その願望を利用したんだろうね。依頼者の望みを察知し、霊能力のように演出して先回りして伝えれば、依頼者は喜んでお金を払うと思うしさ」
 翔人の能力を大雑把に説明すると、松果体を光源とする明潜在意識側の能力、となる。その反対側に位置する暗潜在意識もいわゆる超能力を有しており、それを用いて転生の仕組みを探ると肉体意識の転生を自動的に知覚するため、人以外の生物への転生等々が流布していると僕は教えられた。それを話せぬ苦悩に押しつぶされそうになるも、
 ――久保田の来世は弓翔人
 との霊験が送られてきた。僕は安堵し久保田に同意してから、僕と昴の転生について補足した。
 僕と昴はエーゲ海周辺で二千年過ごしたのち、奴隷商人によって古代ローマの首都に連れていかれた。ローマでの転生はほんの数回しかなく、それから五百年掛け、ユーラシア大陸を西から東へ移動した。出身地が移動したのは僕らが馬で実際に移動したからであり、五百年過ごした中国を離れて日本にやって来たのも、宋の商人の子供として家族そろって博多に移住したからだ。前世の記憶の全てを覚えている訳ではないが、少なくとも僕は、世界各地にまんべんなく生まれるという法則によって地上を一万キロ移動したのではない。僕は西所沢駅の改札前で、久保田に私見を述べたのである。
 そうそこは、神社の最寄り駅とは到底呼べない、西所沢駅だった。この会話は最寄り駅への道中では決して終わらないとかなり早い段階で気づいた僕らは、案を出し合い、次の駅まで歩くことにしたのだ。九月末日の夜は暑からず寒からずとても心地よかったし、また夜というモノには心と心を近づかせる力もあるから、西所沢駅を仰ぎつつ「もう着いちゃったの?」と僕らは揃って首を傾げた。だが、時間をなんとか工面できるのはここまで。これ以上帰宅が遅くなるのは魔想討伐を控えた僕のみならず、川越に自宅のある久保田にとっても都合が悪いと言わざるを得ない。僕らは泣く泣く話を締めくくった。
「猫将軍の家に泊まれなかったのは凄く残念だけど、泊ったら徹夜になったかもしれないから、これで良かったんだろうね」「そう言ってくれると助かる。という訳で久保田、次は絶対泊まって行けよ!」「うん、楽しみにしてるよ。じゃあまたね!」「またね~~!」
 目一杯かかげた両手を、改札に消えてゆく久保田に振った。久保田は恥ずかしそうにしつつも、同じように両手を振り返してくれた。
 こうして僕と久保田の、恋愛相談からなぜか転生談義になってしまった第一回親密話は、幕を下ろしたのだった。

 久保田の姿が完全に見えなくなり、踵を返して駐車場へ向かった。神社のAICAが停まっていると予想していた場所に、ヘッドライトを一回だけ灯したAICAがあったので、そこへ歩を進めて行った。すると不意に、お兄ちゃんはお世話のし甲斐がないですねと、ポケットのミーサが愚痴をこぼした。
「普通なら離れ過ぎていて聞こえないはずのAICAの走行音を聞き取り、それを神社のAICAの音と聞き分け、それがどの辺りに停まったかも、駐車場の方角から聞こえて来る音だけで事前に当たりを付けてしまう。しかもそれを、久保田さんと熱心に会話しながらやってのけると来れば、お兄ちゃんのお世話をしたい私としては、愚痴の一つも零さないとやっていられないのであります」
「あれ? ミーサの故郷は山口県なの?」
「であります、というのは標準語ではなく、山口県の方言です。しかし明治新政府の帝国陸軍の上層部は元長州藩士に占領されていたと言っても過言ではなく、よって陸軍には元長州藩士が大勢いて、その人達が故郷の『であります』を多用したため軍隊用語として定着し・・・って、なにを言わせるんですか!」
「いやいやミーサこそノリノリだったし、というかそもそもそのネタを振って来たのはミーサじゃんか」「それは確かにそうでごわす」「次は薩摩弁かよ!」
 なんて具合にワイワイやっているうち、ピンと来た。はは~ん、ミーサは輪廻転生について尋ねたいんだな、と。
 通常の量子AIは、法令を遵守した会話しかしない。そして輪廻転生のようなオカルト系の話題をAI側から振ることは、プライバシー法に半分引っかかる。輪廻転生についてAIといつも話し合っている人なら問題ないが、オカルト的なものとまったく関わらない人生を送ってきた人へいきなり振ると、場合によっては現行犯逮捕、つまり機能凍結の処置を施されてしまうのだ。これはかなり徹底しており、猫将軍家のHAIを長年務めてきた美夜さんすら、翔化能力や翔猫や精霊猫の話題を僕に振ってきたのは去年の十二月が初めてだった。猫将軍本家のような、世間で言うところの超能力者と化け猫がひしめくオカルト家族でも黙々とお世話をしてくれるのが、量子AIの本分なのである。その美夜さんをミーサは手本にしているのだから、輪廻転生の話をしたくても口にできないんだろうな、と予想した僕は、こっちから振ることにした。
「明確には覚えてないけど、博多に数回生まれたあと、阿蘇山のカルデラを東の方角に毎日眺める生活があった気がする。その記憶の中に、南で起きた大規模な火山活動があるから、それは形成され始めたころの桜島なのかもしれない。下関海峡を西に臨む場所にも住んでいたから、あれは山口県で間違いないはず。う~ん改めて思い返すと、九州北部から南部へ少しずつ移動していたけど、桜島の形成と重なってしまい鹿児島には行けず、九州を離れたような感じかな?」
 ミーサは大層興奮し、デジタル処理で人工物を削除した阿蘇山や下関海峡の写真を次々見せてくれた。それが呼び水となり僕は前世の欠片を幾つか思い出し、それこそ「ええっ、もう着いたの?」的に帰宅する事となった。それは久保田と交わした会話を良い意味で更新したのだろう、就寝すべく布団に潜り込んでも、会話の考察より今は寝る方が大切と悪びれなく思うことが出来た。だから、
「ミーサは前世の話を聞きたかったんじゃなく、僕を眠らせたかったんだね。ありがとうミーサ」
 とお礼を言おうとしたのだけど、睡魔に強襲され口がどうしても動いてくれなかった。よってせめて、
「ミーサはお礼を言われるより、僕が早く寝た方が嬉しいんだよね。お休みミーサ」
 胸の中でそう語り掛け、僕は眠りの世界へ旅立ったのだった。
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