僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十八章

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「で、それに関してさっき閃いた案があってさ・・・」
 僕は声を潜め、実技棟でシュバッとやって来た閃きを二人に話した。千家さんと、新忍道部元副部長の荒海さんが付き合っていることなら、髪飾り係の女の子を介してクラス中に広まっていたから、興味を示してくれるだろうと僕は踏んでいた。けどそれは、大間違いもいいとこだった。閃きについて話すや遠山さんが、サーチライトの如き感情の光を頭上へ放ったのだ。遠山さんの脳内に感情の大爆発が生じ、それが頭頂の少し後ろにある頂眼址ちょうがんしを窓として、上空へ放出されたのである。もちろんこれは通常視力では知覚できず、僕としても学校で特殊視力を使わぬよう注意していたのだけど、生命力の倍化を不意打ちで喰らい、咄嗟にそれへ切り替えてしまった。十代半ばの女の子は平均を倍する生命力を保有していて、それに慣れているつもりだったが、同年齢男子の倍の倍つまり四倍を至近距離で浴びた途端、あっけなく禁を破ってしまったのである。とどのつまり、僕はまだ未熟って事なんだろうな。
 ただ言い訳になるがこれほどの放出となると、訓練せずとも本能的に知覚可能らしい。サーチライトが放たれると同時に十人前後のクラスメイトが遠山さんへギョッとした眼差しを向け、そしてそれに釣られる形で、クラス全体が無音の静止状態になっていたのだ。リーダーとして如何いかに優れた資質を持っていようと年頃娘の遠山さんは恥ずかしさに耐えきれず、顔を真っ赤にして俯いてしまった。しかしそれでも、やはり今の遠山さんは、人生屈指の強運の時期にいるのだろう。隣に座る小池がすくっと立ち上がり、
「みんな、仕事の邪魔をしてすまない。遠山はいささか度を越して喜んだだけだから、安心してくれ」
 朗らかにそう言い、ビシッと腰を折ったのである。それは男の僕から見ても惚れ惚れする男っぷりだったので見とれていたら、
「小池君の説明のように、少々度を越してしまいました。申し訳ございません」
 今度は遠山さんが立ちあがり、皆へ深々と頭を下げた。二人は窓辺にいて、僕は二人の正面に座っていたから、教室の様子を背中越しに察知していたに過ぎない。だがそんなのお構いなしに、クラスメイト全員の訴えを僕は背中で明瞭に聞いた。
「コイツらもう夫婦だから、新カップルイジリを我慢する必要なくね?」と。

 その後、落ち着きを取り戻した遠山さんとくだんの案について意見交換した結果、明日からの学期間休暇を利用し、ある試みを秘密裏に進める事となった。途中から出した2Dキーボードに、僕は十指を走らせる。
「じゃあ僕は、荒海さんと千家さんの気持ちを二人に悟られることなく、聞きだしておくね」
「それとは別枠で、俺と遠山はアレのプログラムを、できれば二つ組んでおくよ」
「猫将軍君には釈迦に説法だろうけど、最も大切なのは千家さんの気持ちだってこと、くれぐれも忘れないでね」
 僕らは無言で目配せし頷き合い、三人だけに見える指向性2D画面を消した。こうして、サプライズウエディングドレス作戦の第一回秘密会議は、幕を閉じたのだった。

 それから久保田を訪ね、木彫りの進捗を訪ねた。すると、予想外の言葉が返って来た。
「彫りは終わって、今はニスを塗るか塗らないかを話し合っているとこだよ」
 僕は床に膝を着き、改めて台座を見つめた。素人の僕にも、それが台座として既に完成されている事がはっきり見て取れた。また同時に、ニスを塗るか否かを皆が真剣に話し合っている理由も腑に落ちた。布をかぶせて使う単なる台座で終わらせるか、それとも工芸品として更なる高みを目指すかを、皆は決めかねていたのだ。僕がそれに思い至ったことを察したのだろう、熱心に討論する台座係七人の輪から抜け出した久保田が、万感の想いを声に込めて言った。
「文化祭の前までは、父と父方の親戚だけが、木を彫る面白さを分かち合える人達でさ。同年代とこんなに話せたのは、これが初めてだったよ」
 過半数の小学生は、彫刻刀を使う図画工作の授業を、楽しく感じると思う。けどそれを趣味にする人は木材入手の困難さも相まって、ほぼいないのが現実だろう。台座係の七人にもそれは当て嵌り、それは久保田自身も重々承知しているはずだが、それでも生まれて初めて同年代の人達と語り合えたのは、久保田にとって問答無用で楽しいひと時だったみたいだ。その日々を、必死に努力して淡々と語る久保田を眺めていたら、文化祭の本質を勘違いしていたことを僕は唐突に悟った。
 ――僕は文化祭を、将来の訓練と認識し過ぎていた。また議長の役目をまっとうしようとする余り、求道者のように硬直した心理状態になっていた。文化祭に臨む研究学校生として、これらは間違いでは決してないと思う。けどこれらは、最善ではない。間違ってなくとも、文化祭の本質ではない。文化祭の本質、それは文化を楽しむ事。文化を実際に体験し、楽しさを仲間と共有して、満喫する事だったのだ――
 不意に、
「どうした猫将軍、ボ~っとして」
 台座係の一人が、僕を案じて問いかけてきた。頭を掻き掻き、物思いに耽っていたことを素直に明かすと、別の奴が大声を出した。
「去年十組だったヤツに聞いたことがあるぞ! コイツが物思いに耽っているのは、重要な何かを閃いた時だって!」「俺も聞いた。コイツは戦闘センスの塊だから、無下にするなって!」「無下にするなって、じゃあ何をすればいいんだ?」「香取さんが言ってたじゃんか、コイツは旧十組の決め役だったって」「おおあれか。つうかコイツは、今年も二十組の決め役だったよな」「そうだった、決め役よりイジラレ役の方ばっか目立ってて、忘れてたぜ」「ブハッ、俺も忘れてた!」「「「俺も!」」」「「「ギャハハハハ~~~」」」
 二年に進級してそろそろ半年が過ぎようとしている今日この頃、僕はしばしば思うようになった。なんか最近、みんな急に仲良くなったよなあ、と。
 それが顔に出ていたらしく、「イジラレてるのになぜニコニコしてるんだ?」と問われたので、「みんな急に仲良くなって嬉しいんだよ」と正直に答えたら、七人の照れまくり集団が出現した。「一矢報いたぜ」「報いられたぜ」 なんてワイワイやったのち、文化祭の本質を勘違いしていたことを皆に明かした。
「僕は、堅苦しく考えすぎていた。それを教えてくれたのは、台座係のみんななんだよ。だってみんな、本当に楽しそうだったからさ」
 今度は照れつつも、皆こぞって木彫りの楽しさを挙げて行った。「おい、久保田が涙ぐんでるぞ」「耐えろ、耐えろクボッチ~」 という一幕を経て、木製台座を見た時の第一印象を皆にぶちかました。
「久保田に詳細を聴かなくても、みんなが何を話し合っているか、台座を改めて見たら解ったよ。布をかぶせて使う単なる台座で終わらせるか、それとも工芸品として更なる高みを目指すかを、決めかねているんだよね」
 次の瞬間、僕は言葉の大波に襲われた。音は空気の波なので、全員が僕に向かって一斉に大声でまくし立てた結果、大きな波となって押し寄せてきたのだ。まあでもこれは、文化祭を皆が楽しんでいる証拠だから、良いことなのである。よって引き続きニコニコしていると、言いたいことを全部言って冷静になったのか、
「猫将軍はどう思うよ」
 一人がそう訊いてきた。
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