僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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「実際どうなるかは別として、文化祭のクラス展示が、一組と二十組の一騎打ちになったと仮定して話すね。文化祭の三つの部門賞のうち、二十組が最も取りやすいのは集客部門だと思う。対して一組は、売り上げ部門と考えて間違いないだろう。その訳は・・・」
 僕は旧十組の、文化祭とクリスマス会を一纏めにした北斗の壮大な計画を二人に説明した。そのぶっ飛び振りに、「一つの行事だけでも普通は手に余るのに」「二つ纏めて計画して、二つともトップを勝ち取ったなんて」と二人は目を丸くしていた。だが北斗を長年見てきた身としては、
 ――それは過小評価だよ
 としか思えなかった。僕は二人に、現実を突きつけた。
「ううん、北斗は十中八九、今年の文化祭とクリスマス会も去年の内から計画していたはず。去年十組がクリスマス会で食べていた豪華料理を、二人は覚えてる?」
「忘れる訳ないだろ!」「そうよ、どんなに羨ましかったことか!」
 久保田と秋吉さんは、食べ物の恨みは恐ろしい、の体現者となった。そんな二人に思い描いてもらう。
「二人とまったく同じ状態になったクラスメイトに、北斗は自信たっぷりこう言うんだよ。『文化祭で稼ぎまくり、豪華絢爛なタダ飯を、クリスマス会でたらふく食おうぜ』ってさ」
 二人の喉が、同時にゴクンと動いた。続いて、
「うおおっ、タダ飯~!」「あの料理を、今年こそ無料で食べてみせる~!」
 厳密には大間違いなことを二人は口々に叫んだ。クリスマス会の料理は学校の無料提供だから、湖校十九年の歴史の中で自腹を切った生徒など、実際は一人もいない。にもかかわらず二人がこうも声高に叫ぶのは、去年の十組の料理が群を抜いて豪華だったからだ。に食べ物の恨みは、怖ろしいのである。
「今の二人なら、北斗のげきで一組の生徒がどうなったかを、容易に思い描けるよね。それを去年の九月の時点でありありと想像でき、そしてその未来を実現すべく学年をまたいで計画を立てられるのが、北斗なんだよ」
 二人同時にハッとし、思案顔になり揃って沈思したのち、久保田が口を開いた。
「一組の、インパクト部門と集客部門の戦術を、猫将軍はどう読む?」
「まず言えるのは、北斗が狙っているのは売り上げ部門の一位だけで、四冠は目標にしていないって事。でもこの売り上げってのは、店舗運営の最高のモチベーションになってさ。去年経験したんだけど、売上額がザクザク増えて行くのは、得も言われぬ快感をもたらすんだよ。しかもお客さんが美味しい美味しいっておにぎりを食べてくれて、お礼を言いたいのはこっちなのに『ありがとう』って言ってもらえたら、働くのが楽しくて仕方なくなる。そういう雰囲気のお店には人が自然と足を向けるから、北斗は副次的目標として、集客部門二位を掲げていると僕は予想するよ」
 秋吉さんが十指を閃かせ、

 集客    二十組  一組
 売上げ    一組
 インパクト

 という2D表を空中に映し出した。お礼を言い、先を続ける。
「次は、インパクト部門。育ち盛りの僕らにとって、食事は最高に興味をそそるものの一つと言える。しかも一組が販売するのは、日本人の魂、お米なんだよ。したがって北斗はインパクト部門でも、三位以内は確実と考えていると思う」
 重々しく唸る久保田と、切れ長の目を更に鋭くした秋吉さんに、心の中で「ライスとカレー」と呟いたのは僕だけの秘密だ。
「でも二人とも安心して。二十組の湖校写真館のインパクトは、一組の上を行くと僕は予想している。僕らの『二カ所開催』に比肩しうるものを、一組は高確率で持っていない気がするんだよ。高確率と言える根拠は、店舗経営の最大の敵は『欲張ること』だって北斗は知っているから。去年の十組の喫茶店が成功したのは、北斗が欲張らなかったからだしさ」
 店舗経営の最大の敵は、欲張ること。
 刹那的な利益に目がくらみ、長期的視野を失うこと。
 これらについては香取さんが詳しく文書化しており、それを二人とも去年と今年の計二回読んでいるから、息の合った首肯デュエットを僕は目にする事となった。思わず頬がほころぶも、それを目にしたのは幸か不幸か久保田だけだった。丁度その時、秋吉さんは空中に映し出した2D表に、一組を一つ、二十組を二つ、そして「?」を三つ書き込んでいたからである。秋吉さんはちょっぴり恥ずかし気に「蛇足だろうけど一応ね」と前置きして、2D表を更新した。

 集客    二十組  一組  ?
 売り上げ   一組  ?  二十組
 インパクト  ?  二十組  一組     

 この表を見て僕がまっさきに思ったのは、秋吉さんの数学センスの高さだった。書き込まれた「?」が代数、あるいはゼロとして働くことにより、勝敗の行方に関する考察が飛躍的に容易くなっていたからだ。これと同種の数学センスに、もしくは論理的思考方法に、僕は小学三年生から触れて来た。それは言うまでもなく、北斗だった。そう北斗と秋吉さんは、心と能力の一部が非常に似ていたのである。そこに、真逆だからこそ生まれる調和ではない、同種だからこそ生まれる調和を感じた僕は、ある推測を立てそうになった。でも僕はそれを、首を横に振って跳ね除けた。その推測について考えるのは、今ではない。僕はその確信のもと、空中に映し出された2D表へ改めて目を向ける。秋吉さんが、2D表の更新理由を説明した。
「二十組がインパクト部門一位になったら、総合優勝は二十組で確定だから考察の必要はない。これは売り上げ部門も同様で、二十組が二位なら私達の優勝確定になる。よってハテナマークを三つ使い、優勝の行方が分からない唯一の状況を、表にしてみました」
「秋吉さん頭イイ!」「いよっ、仕事のできる女!」「お願い、恥ずかしいから止めて!」「「「あははは~~!!」」」
 僕らは腹を抱えて爆笑した。そうこうする内、夕ご飯の準備をする時間になったので、久保田と秋吉さんを夕食に誘ってみた。二人は大層恐縮するも、そのセリフを吐いている口以外は「食べたい」と断固主張していたのでそれを指摘すると、
「「お御馳走になります!」」
 シンクロ率100%で腰を折った。再び爆笑し、僕らは嬉々として夕飯の準備に取り掛かったのだった。

 木彫りが趣味の久保田は手先が器用なのだろう、食材を切り分ける系の下準備に多大な貢献をした。秋吉さんは何となくそうかなと思っていたとおり、確かな料理技術を習得していた。それを男子組で称えたところ、秋吉さんは年の離れた弟達の話をしてくれた。正確には弟は一人なのだけど、弟と同年代の従弟が隣の家に二人いて、二人とも男の子だったから、秋吉さんは弟が三人いる長女同然の生活を送ってきたと言う。それがいかにも秋吉さんらしくて男子組で盛り上がっていると、
「久保田君も教えなさいよ」
 マスクをした姐御が不機嫌もあらわにそう言った。会話を楽しみつつ料理できるよう僕らは揃ってマスクをしており、それを気に掛けることは別段なかったが、男子組はようやく己の間違いを悟った。マスクには目元を強調する性質もあるから、もともと目元の鋭い姐御がマスクをしている時は、決して不機嫌にしてはならなかったのである。直立不動になった久保田は鬼上官に命令された新兵の如く、お姉さんについて報告した。
「はい、自分には去年湖校を卒業した、おっとり系の姉がいます。姉と朝露の白薔薇は小学校の同級生で幾度かクラスが同じだったこともあり、二人はお互いの家をしばしば訪れる仲でした。自分も小学二年生の時、姉に連れられ白薔薇姫の自宅へお邪魔し、広大な敷地と立派な道場にとても驚いたことを覚えています」
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