僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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「「「ほほ~~」」」
 皆の称賛を集めた智樹はバツの悪い表情をしていたが、「私も手伝うね」と香取さんに微笑まれた途端、ふにゃふにゃ顔の見本になった。そんな智樹にひとしきり笑い合ってから、久保田のプレゼンは再開した。
「去年の十組のように文化祭の準備と腰痛対策を同時進行させられる組は、二年では少数派でしょう。よって髪飾りの台座を疎かにすべきではなく、そしてそれに適う品質を求めるなら、段ボールでは不可能という結論に至りました」
 ヒューッ! と僕は心の中で唇を鳴らした。香取さんの体験と台座の重要性を力技で結び付けたその強引さに、久保田が新たな一面を獲得したと思えたのである。人は人と関わることで成長するって、ホントなんだなあ。
「台座の横幅と奥行きが25センチを超えると、髪飾りより大きくなりすぎて見た目のバランスが悪くなります。また腰に負担をかけないためには、台座の高さは25センチ以上なければなりません。湖校に運び入れられる段ボールの中からこの三つの条件を満たし、かつ文化祭用に工作可能なものを教育AIに手伝ってもらい探しましたが、それは失敗に終わりました。湖校に納品されるほぼ全ての段ボールは条件より大きく、またサイズは近くとも全ての段ボールにはリサイクル義務があるため、工作するには高額の違約金を払わねばならなかったのです」
 仕草は異なれど、久保田と秋吉さんを除く八人全員が一斉に頭を抱えた。生徒数五千を誇る湖校には、日々無数の段ボールが届けられている。よって台座に適した箱など幾らでも見つけられると考えていたが、それは完璧な間違いだったと思い知らされたのだ。
「仮に、条件を満たす段ボールを八個入手したとしても、傾斜部分の工作は困難と言えます。それを乗り越えたとしても、四角い台座より丸い台座の方が見栄えは良いと思われます。自画自賛ではありますが、丸太を削った僕の台座にシャンパンゴールドの布をかぶせると、このように美しいシルエットを作り出せます。その他にも丸太には、無視できないメリットがあります。それは、重さです。充分な重さを有する丸太台座は、テーブルに置くだけでこと足ります。しかし3Dプリンターで作った樹脂製台座は軽すぎ、重りを付ける機能もしくはテーブルに固定する機能を追加せねばなりません。つまりそのぶん、費用も追加されるという事ですね」
 西村と岡崎が挙手し、デザイン工芸部員として意見を述べた。二人は、直方体の段ボールに高品質の傾斜を設けるのは困難なこと、髪飾りが似合うのは四角台座より円形台座であること、そして円形台座を3Dプリンターで作ると安定性確保にお金がかかることをデザイン工芸部員として解説し、久保田の主張を全面的に肯定した。肯定意見は女性陣からも出て、シャンパンゴールドの布を木製台座にかぶせた時のシルエットを称える声が多数寄せられた。したがって木製台座で決まりと言いたいところなのだけど、久保田はまだ、最重要要素について語っていない。それを重々承知している僕ら八人は期待を込めた眼差しを久保田に向け、そして久保田は任せておけとばかりに、自信に満ちた声を放った。
「それでは最後に、木製台座の経費について説明します」
「おおっ!」「待ってました!」「ヒュ~ヒュ~~!!」
 歓声とヤジが会議室にこだました。それに負けじと、久保田は高らかに言った。
「丸太工作に必要な彫刻刀は、僕が無料で貸し出します。父と奈良の伯父に頼み、中古の彫刻刀を七セット用意しましたから、ご安心ください」
「やるじゃん!」「太っ腹!」「いよっ、できる漢!」「「「せ~の、久保田君ステキ~!」」」
 散々持ち上げられて若干ひるむも、久保田は眉をキリリと上げ、記念すべき最初の一歩を踏み出した。
「しかし肝心の丸太の無料提供は、僕の力では無理でした。すみません」
「「「どわっっ!!」」」
 この展開はお約束だったので、久保田を除く男子全員が息を合わせて盛大にぶっ倒れた。自説を自信たっぷり述べたくせに、肝心の場面で「無理でした」と謝罪するのは、湖校伝統のお約束だったのだ。しかしそれは、二番目の理由にすぎなかった。男子全員がこうも息を合わせられた最大の理由は、久保田の踏み出した一歩が、純粋に嬉しかったのである。
 お約束を利用して場を盛り上げる久保田を、僕らは教室で一度も見ていない。久保田はどちらかと言うと大人しいグループに属し、先陣切って笑いを取るタイプではなかった。しかし昨日のパワーランチを境に、それが変化した。自説を自信たっぷり述べる事でお約束を皆に頼み、場を率先して盛り上げる自分に、久保田は進んでなったのだ。そんな友人を目の当たりにして、嬉しくない訳がない。よって男子五人は盛大にぶっ倒れ、女子四人は華やかな笑い声を上げて、記念すべき一歩を踏み出した久保田を称えたのである。厳密には、恋心が変化の原動力なことに気づいていない人が、一人だけ含まれているんだけどね。久保田、負けるな~~!!
 とまあそれはさて置き、皆の協力によって笑いを取れたのだから、協力を呼びかけた人がオチを付けねばならない。湖校生としてそれを一年半見てきた久保田は己の役目を果たすべく、口を開いた。
「僕一人の力では不可能でも、皆に意見を求めて力を合わせれば、可能になるかもしれません。というわけで猫将軍、何とかならないかな?」
「ちょっと待て久保田、そこはもう少し場を温めてだな・・・」
「でもお昼休みは、もうすぐ終わるよね。猫将軍はこういう場合、議長権限を行使して会議を円滑に進めてきたじゃないか。僕にもそれを、真似させてよ」
「そうだそうだ」「自分だけ権力を行使するな」「職権乱用反対~!」
 復讐の機会を逃してなるものか的な感じに、僕を糾弾する声が会議室に立ち昇った。職権乱用はまだしも議長権限を行使してきたのは事実だし、何よりこの流れは事前に分かっていたから、僕は昨夜の電話で決めたセリフを淡々と述べた。
「あ~、鎮守の森を定期的に伐採しているから、丸太なら用意できるかな」
 その瞬間、
「「「おめでとう久保田!」」」
 久保田を称える言葉が会議室に溢れた。湖校生以外には不可解かもしれないが、場を盛り上げる協力を皆に呼び掛け、そしてそれにオチをきっちり付けたのだから、最も称賛されるのは久保田であって僕ではない。セリフを与えられただけの僕より、シナリオを書き主役を張った久保田が称えられて当然なのである。僕が最後のセリフをあえて淡々と言ったのも、「自分は脇役だって弁えております」という、皆へのアピールだったんだね。
 まあ正確には僕と久保田は昨夜の電話の最後に、
「猫将軍の神社には、文化祭で使える丸太はある?」
「沢山あるよ、じゃんじゃん使ってね」
 というやり取りをしただけなのだが、そんなのは小さな事。いやむしろ、たったそれだけの会話で十全な意思疎通ができたのだから、それは友情の証として喜ぶべきものなのである。よって、
「うおお、おめでとう久保田~!!」
 新しい自分になる第一歩を成功させた友へ、僕は拍手とお祝いの言葉を、シャカリキになって贈ったのだった。
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