僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

ほかほかご飯、1

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 翌月曜の、朝のHR。
 二十組は教室と実技棟の二カ所同時開催で文化祭に挑戦することを、連絡事項の時間を借りて智樹が正式に発表した。万雷の拍手を浴び、智樹は付け加える。
「研究学校には、画期的なアイデアは自由で楽しい場を好む、という言葉があります。二十組の掲示板は今、まさしくその状態にあると言えるでしょう。皆さん、魔法エフェクトや3D衣装のみならず、何でもどしどし投稿して、文化祭を楽しんでください」
 着席した智樹に向けられた拍手はさっきより若干少なかったが、それは大多数の生徒が拍手しながら独り言を呟いていたからに他ならない。独り言の内容はどれもこれも変わらず、「楽しい文化祭はもう始まっていたんだ」だったのである。
  
 その日のパワーランチは、朝のHRの智樹を皆で褒めちぎる事から始まった。昨夕の真山が瞼に残っているのだろう、智樹は称賛の集中砲火を浴びても、客観性を手放さぬよう努めていた。だが香取さんに「文化祭を楽しんでください」の個所を褒められた途端、
 ――水泡に帰す
 のただの見本に智樹は成り下がってしまった。まあこの学校の女の子たちはみんな優しいから、我を忘れて照れまくる智樹を冷やかしたりはしなかったけどね。
 僕らの学年では珍しいことに、今日のパワーランチは男子が主役になる場面が多かった。主役の二番手を担ったのは、石塚だった。智樹の件が一段落着くや、男子実行委員の石塚と西村と岡崎がそろって挙手し、石塚が代表してこう提案したのだ。
「水谷さんは、青の髪飾りの制作と、従業員制服責任者を兼任しているよね。俺達三人の誰かが、従業員制服の副責任者になろうか?」
 四人の女の子たちは、石塚らの勇気ある行動を手放しで称賛した。智樹に倣ったのか三人の男子は客観性を維持するよう努めていたが、これまた智樹に倣ったのか、特定の女子に褒められると努力を放棄する男子が一人いた。それを年頃女子が見逃すなど、決してないのである。特定の女子を除く三人の女子は目配せし合い、秋吉さんがサッと挙手した。
「副委員長として、石塚君を推薦します」
「副議長の私も、秋吉さんに同意します」
「書記の私も、秋吉さんと夏菜に同意します」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「まあまあ水谷さん」「そう硬くならずに」「まずは友達からでいいじゃない」「だから何でそうなるのよ、ちょっと待ってったら~~」
 てな具合に、従業員制服の副責任者は石塚に決定した。推薦があっただけで話し合いも投票も何もかもすっ飛ばしたのは、暗黙の了解で無かった事になっている。
 まあでも、石塚が制服担当になることを、西村と岡崎も望んでいたと思う。その証拠に二人は安堵の表情を浮かべ、次いでそれを引き締め、西村が皆に請うたのだ。
「デザイン工芸部の俺と岡崎は、魔法エフェクトや冒険者の武器にとても興味がある。俺達は、その担当になっていいかな?」
 3D映像と3Dプリンターが全盛を迎えたこの時代、デザイン工芸部は実利の高い部として人気を博している。その二年長を務める西村が立候補したのだから、否などあろうはずがない。またもや投票等を全てすっ飛ばし、西村が責任者で岡崎が副責任者になったのだった。
 そして満を持し、と言うのは冗談でそれ系の気配を欠片もまとわず、男子実行委員の久保田が挙手した。久保田はつかみ処がないと言うか飄々としていると言うか、悪い意味では決してないのだけど、クラスメイトと言葉を交わしている場面をあまり見かけない生徒と言える。けど僕は久保田と、けっこう会話していた。騎士会で仲良くなった宇喜多さんが同じ弓道部員として久保田を紹介してくれて、自分でもよく分からないのだけど何となく僕らは気が合い、折々に言葉を交わす仲になっていたのだ。そんな僕だからこそ知る情報の一つに、
 ――久保田は芸術家
 というのがあった。久保田は稀に僕をジ~っと見ており、理由を尋ねたら「猫将軍の木像を掘ってる」と返された。正直言って意味不明だったから再度理由を尋ねたところ、久保田は芸術家の眼差しになって「手が勝手に動いた」と答えたのである。霊験を語る芸術家に、理路整然を求めてはならない。僕は笑ってやり過ごし、それ以降その話題が交わされる事はなかった。なのになぜか、
「はい」
 と挙手した久保田が木工関連の話をする気がしたのは、いささか奇妙であっても僕らが互いを友達と思っているからなのだろう。その想いが、相手に通じたのかもしれない。
「髪飾りの台座は、段ボールより木が適していると思う」
 久保田は教室ではあまり耳にしたことのない、自分の気持ちを仲間達に知ってもらおうとする声で、予算的にも期日的にも重要な発言をしたのだった。

 それから暫く、僕は仲間に恵まれているなあ、という幸せな気持ちに浸るひと時を過ごさせてもらった。
「何、それはどういう意味だ!」
 智樹が真っ先に放った興味津々の第一声に続き、
「ちょっと待って。ひょっとして久保田君、台座を木で既に作ってみたとか?」
 姉御肌の秋吉さんが木製台座に伴う労力を何より気遣ったので、二人のその豊かな人間性に、
「うん、作ってみた」
 久保田はとても良い笑顔で答えた。そういう笑顔はただでさえ人の心を揺さぶるのに、教室のいつもの久保田とはまるで異なるそのギャップに、会議室は大変な盛り上がりを見せた。女の子らが黄色い声で久保田を褒め、それに分け入る形で智樹が写真はないかと訊き、映し出された木製台座の出来栄えにデザイン工芸部の西村と岡崎が驚き、それに久保田が照れ、そんな久保田に爆笑が沸き上がるといった具合に会議室はなったのである。弓道部の学年長を務める宇喜多さんの、「クボっちは根は明るい人なの」という紹介時の言葉を思い出しながら、僕は久保田に事の経緯を話してくれるよう頼んだ。
 それによると、髪飾りを乗せる台の話題がパワーランチで出たさい、木製の台座が久保田の脳裏に浮かび上がって来たらしい。しかし段ボール案が優勢だったため、木製台座を実際に作り確信を得てから皆に話してみようと久保田は考えた。台座は昨日の夕方に完成し、そんな自分に疑問を感じたことはなかったが、今朝の智樹の言葉に久保田は己の間違いをやっと悟ったのだと言う。
「木の台座を掘るのは楽しかったけど、それは僕一人が楽しんでいただけだった。その案をもっと早くみんなに打ち明けていたら、みんなと僕はもっと早くから文化祭を楽しめたんだって、朝のHRで委員長に教えてもらったんだよ」
 それから再び、仲間に恵まれているなあという幸せな時間をしばし過ごさせてもらった。「教えたなんて大層なことはしてない」という智樹の反論に、「そう照れるなって」と久保田は論旨をすり替える作戦で挑み、させてなるものかと智樹はすり替えの不条理さを訴えるも、皆は「さっきあれほど照れたのに今更恥ずかしがるな」と訴えを一蹴した。それでも智樹は形勢逆転を諦めていなかったが、木製台座の出来栄えに香取さんが小説家の卵として霊験を得たと知るや、態度を一変させた。久保田と香取さんがスムーズに会話できる場を、智樹はたちまち造り上げたのである。そんな智樹に笑いを堪える様子が最初こそ見られたが、それは久保田の語る先祖の歴史を傾聴する光景にすぐさま代わった。
「香取さんが小説家の卵として感じ取ったように、僕にとって木工は、ただの趣味に収まらない。僕の父方の先祖は北海道で、アイヌ関連の工芸品を造っていた、アイヌだったんだよ」
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