僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 あんぐり口を開けてしまった僕に慌てて子細を話した輝夜さんによると、白銀家の中級翔人には、見習い翔人の教師になる義務があると言う。半ば勘当されていた輝夜さんにその義務が課せられる事はなかったが、今年六月上旬に僕の祖父母が白銀本家を訪れたさい勘当が解かれたため、休日の3D授業という形で小学校低学年の見習い翔人の教師に輝夜さんはなっていたのだそうだ。改めて振り返ると思い当たる節が確かにあり、六月中旬の輝夜さんはどこか落ち着きがなかった。しかし週が明けるとそれは無くなっていて、そしてそれ以降の土日は部活を午前で終え、イソイソと自宅に帰っていたのだ。帰宅しても土曜日は戻ってきて夕飯を共にしていたし、また翔人関連の修業をしている気配がどことなくしたためそっとしていたが、こんな素敵な理由なら教えて欲しかったと僕はちょっぴり不平を漏らした。すると輝夜さんは予想以上に項垂れてしまったので、今度はちょっぴりの不平ではない、心の大半を占める真情を僕は伝えた。
「輝夜さんの師匠の水晶は、汲めども尽きぬ無限の愛情で輝夜さんに接しているよね。だから輝夜さんは、自分も水晶のような教師になれるか不安だったんじゃないかな。けど蓋を開けてみると、子供達の成長を助けられることが、輝夜さんは嬉しくてならなかった。またそんな輝夜さんを、子供達もたいそう慕ってくれた。という光景が脳裏に浮かんだんだけど、凛ちゃんどうかな?」
 ★わあ凄い、まるで見ていたみたい★
 凛ちゃんは白銀の光を煌めかせ、僕の周りをクルクル回った。ああ凛ちゃんは、まこと輝夜さんの妹なんだなあとしみじみ思いつつ、真情を凝縮した言葉を僕は放った。
「輝夜さん、素晴らしい仕事に恵まれて、良かったね!」
 僕と輝夜さんは、極めて高度な以心伝心を確立している。しかし今は、それをも越えて想いを伝えやすいように僕は感じた。それは間違いなく、凛ちゃんがここにいるからなのだろう。物質世界を濁った水に譬えるなら、凛ちゃんはそれとは異なる透明な水で、その透明な水を介して輝夜さんをいつもよりはっきり認識しているような、そんな気が僕はしきりとしていたのである。
 その、どこまでも透きとおる清らかな水のイメージを、凛ちゃんはとても喜んでくれた。僕としてもそれは嬉しいことだし、また凛ちゃんが喜び余って元気になるのも重々理解できたけど、感情表現の手本にしたのが女王様だったことを僕は完全に失念していた。
 ★輝夜、私は何度も言ったじゃない。旦那様は絶対喜んでくれるから、勇気を出して打ち明けなさいって!★
「ちょっと凛ちゃん、たしかに私が間違ってたけど、旦那様って・・・」
 ★言いわけ無用、早く旦那様に謝る!★
「はっ、はい!  黙っていて申し訳ございませんでした、だんなさ・・・・・ま……」
 ――ヘタレの僕は一杯一杯の状況に慣れているつもりだったけど、それがこれほど連続してやって来るのは、今日が生まれて初めてなのかもしれないなあ――
 などと胸中冷や汗まみれになりつつ、輝夜さんに笑顔で頷いた。輝夜さんもそれは変わらず、胸中冷や汗まみれになりながらも笑顔で頷き返してくれた。とたんに嬉しくなった僕は、月鏘の授業が待ち遠しくてたまらない旨を素直に伝える。輝夜さんは少し照れるも、新米教師ならではの瑞々しい声でそれを叶えてくれた。
「万物は、意識と生命力を宿しています。それを白銀家では、自我生命力と呼んでいます」
 輝夜さんは2Dファイルを一枚めくり、様々な動植物の自我生命力を空中に映し出した。動物が最も多く、次いで植物が多く、それに比べて鉱物は微々たる量でしかなかったが、例外的に大量の自我生命力を保有している金属があった。それこそが貴金属として尊ばれている、金や銀だったのである。
「太古の偉人達は貴金属の自我生命力を鉱気と名付け、鉱気を液体として抽出し、それを様々なものに利用する技術を有していました。この技術は遥か昔に世俗から隠されましたが、欲に駆られた人達によって、鉛を金に変える魔法として後世に伝えられてしまいました。それがいわゆる錬金術だと、白銀家では語り継がれています」
 質問したくてウズウズしていると先生がニッコリ微笑んでくれたので、僕はかつてない速度で右手を天に突きあげた。
「先生!」
「はい、なんでしょう」
「太古の偉人達と先生は仰いましたが、それは何年くらい前の、どの場所に住んでいた人達なのですか」
「非常に良い質問ですね。けどそれは、クライマックスに取っておきたいの。いいかな」
 フレンドリーな口調で語尾を結んでもらうという特別待遇を賜った僕に、否などあろうはずがない。十四年と三カ月の人生のうち最も良い生徒となるべく、僕は姿勢を正した。
「白銀家にも、太古の技の全ては伝わっていません。しかし始祖が総本家から伝授された、抽出した鉱気を魔想戦のパートナーに育てる技術は、今でも継承されています。中級翔人の私が知っているのは育てる技術のみですので、それをお話ししましょう」
 輝夜さんは、宙に映し出されたファイルを新たにめくった。
「抽出された自我生命力は、鉱漿こうしょうと呼ばれています。白銀家の翔人候補生は、三歳の誕生日に鉱漿の入ったペンダントを授与され、肌身離さず身に付け、友漿ゆうしょうとして孵化させるよう言い渡されます。そう、鉱漿を育てるのは翔人候補生自身の、生命力と心根なのです」
 孵化という言葉のとおり、子供達の溢れる生命力とはち切れんばかりの意志力を浴びて鉱漿は育つため、ペンダントがそれらを子供達から吸い取ることは決してないと言う。またペンダントをもらった子供達は、卵を温める親鳥の役を担っていることを本能的に悟り、そしてそれが、善行や優しさを尊重する心を育んでゆくのだと、輝夜さんは両手を胸に添えて話していた。末吉が老夫婦の愛情をたっぷり浴びた日々を今でも覚えているように、輝夜さんの生命力と心根に温められた日々を凛ちゃんも覚えているのかなと思うと、頬が緩み目尻が下がるのを僕はどうしても阻止できなかった。
「鉱漿はだいたい、七年から十年で友漿として孵化します。しかもほとんどの場合、朝の目覚めと共にペンダントから煌めく星が浮き出てきて、美しい鈴の音を奏でながら楽しげに自分の周りを飛ぶという孵化をします。ですから候補生たちは我を忘れて浮かれ騒ぎ、親に叱られてしまいます。でもその叱責は形だけのものですし、友漿と並んで親に叱られているうちに強固な連帯感が芽生えてくるため、それも併せてあの朝は、見習い翔人と友漿にとって生涯忘れられない朝になるんですね」
 気づくと僕は盛大な拍手をしていた。それを受け凛ちゃんは輝夜さんの隣へ移動し、同時に輝夜さんも立ち上がり、二人でペアになってダンスを披露したものだから、僕は我を忘れて浮かれ騒いでしまった。それを、先生に戻った輝夜さんにたしなめられ、と同時に凛ちゃんも生徒に戻り僕の隣に移動したので、並んで親に叱られる連帯感も味わわせてもらった。緩んだ頬と下がった目尻をゴシゴシこすり、僕は心の汗を堪えなければならなかった。
「友漿としての目覚めの朝は陽鏘が力を貸すため三次元世界に自分を映せますが、それ以降は魔想訓練をする時のみ、友漿は肉眼での目視が可能になります。また生まれたての友漿はイメージを伝達できずリンリン鳴るだけですが、候補生は鈴の音の微妙な差異による意思疎通をすぐ確立します。友漿が生まれると翔人の訓練が待ち遠しくなると言われており、そしてそれを、私もすぐ実感しました。訓練をあれほど悲しく感じていた私にとって、凛ちゃんは悲しみの時間を喜びの時間に変える、救い主だったのです」
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