僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 それから休憩を兼ね、僕は鳳さんの話題を提供した。仮に鳳さんと僕が二人だけで会話していたらプライバシー法に抵触したかもしれないが、大勢の人が聞き耳を立てるスタジアムでの会話だったためその心配はなかった。あの愛すべきおバカっぷりを、オーバージェスチャーを忠実に再現しつつ僕は智樹に話していった。
 意外と言ったら失礼だが、智樹は鳳さんの人柄にいたく感心し、その性格の特異性と貴重性を学術的に説明してくれた。そっち方面に疎い僕にも理解できるよう専門用語を省いたそれは、犬と猫と鳥を用いたこんな感じの話だった。
『人類の三大ペットの犬と猫と鳥は、人の性格に似た特性を持っている。これが転じて人の性格分類に、犬と猫と鳥を用いる場合がある。例えば犬型の人は、忠節を重んじる義の人。猫型の人は、我が道をゆく自由人。鳥型の人は、俯瞰的視野を有するリーダー。このように人は、三大ペットの特性に類似する性格を、持っているのだ』
 これを聴くなり僕は頬を緩め、そしてその数秒後、疑問を覚えて首を傾げた。頬を緩めたのは長野の豆柴を思い出したからで、颯太君は確かに義の人だと納得したのだけど、それと同時にリーダーの資質も持っているように感じられた。僕にとっては可愛い後輩でも、最上級生になった颯太君が優れたリーダーシップを有する部長になっていたとしても、なんら不思議はなかったのである。それを智樹に話したところ、こんな返答をされた。
「人の心は、この世で最も複雑なものの一つだから、犬型一辺倒の性格の人や猫型一辺倒の性格の人は滅多にいないのだろう。よって、メインは猫型だが犬型の性格も持っていると言うように、割合を変えた複数の動物で考えてみてくれ」
 言われるまま考えたとたん、僕は噴き出してしまった。颯太君はまさしく、鳥を含む犬だったのだ。「だろ!」「ホントだ!」としばし笑い転げたのち、仲間と自分達の性格分類を僕らは次々決定していった。
「北斗は、犬を含む鳥」
「真山は、猫を含む鳥」
「猛は、鳥を含む犬」
「京馬は、猫を含む犬」
「僕は、犬を含む猫」
 こんな具合に僕まではすぐ決定したが、智樹は少々難航した。鳥を含む犬と主張する僕に対し、猫を含む犬と智樹は主張したのだ。しかしこの対立は、少々という修飾語が付いたように長引かなかった。犬と猫と鳥をすべて含む人も、いたのである。
「なるほど、智樹は三つのすべてを用いた、『猫と鳥の面もある犬』なんだね。あれ? 何か重要なことを忘れている気がするぞ・・・」
 僕は再び首を捻るも、今回は自力でそれを元に戻せた。僕らは鳳さんの話題で盛り上がっていたのだから、犬と猫と鳥を用いた性格分類は鳳さんに深く係わっていて、そして話の流れから、鳳さんと智樹は同類と思ったのである。それを基に鳳さんの性格分類を試みたところ、智樹におずおず問いかける事となる。
「なあ智樹、三つの性格の一つ一つが強烈で、かつ三つが拮抗している人なんて、この世にいるのかな?」
「極めて少数だが、いる。そして鳳さんはその一人だと、俺は感じたよ」
 改めて考えると智樹の主張どおりだった。鳳さんは間違いなく自由人だが、鳳さんの自由さと猫のそれは異なっていた。広大な空の遥か高みを飛ぶ鳥の自由さを、鳳さんは持っていたのだ。と同時に、鳳さんは優れたリーダーでもあった。それについては竹中さんが、所沢に帰るバスの中で大いに語っていた。「鳳は中途入部なのに、将来の部長と目されているそうです。義理人情の厚さは信頼を、しがらみに囚われない自由さは憧れを、そして確かな技術と教え方の巧さは尊敬を、部員達は鳳に抱いていました。しかもアイツは変人で、近寄りがたさが微塵もないらしく、後輩達にとても慕われていました。いやはや、眠留にそっくりですね」 最後にそう付け加えた竹中さんに皆爆笑し、それは帰りのバスに漂う悲しみを取り除いてくれた。帰宅後、美夜さん経由で鳳本家のHAIに頼み、バスの出来事のお礼を鳳さんにメールで伝えたところ、真田さんと荒海さんの偉大さを綴ったメールが返信されてきた。その文面に、英雄は英雄を知るという言葉を、僕は思い出さずにはいられなかった。
 犬と猫と鳥を用いた性格分類はその後も続いた。犬を狼やチワワ、猫をライオンや子猫、鳥を鷹やスズメのように細分化するとピッタリ度合いがもっと増える人達がいると二人で盛り上がったり、爬虫類系の人達がいることについて慎重に話し合ったりしたのち、僕らはサッカーの話題に戻ったのだった。

「僕は三章を、より格闘技的に書いた。わからない箇所があったら遠慮なく言ってね」
 智樹は決意みなぎる眼差しで首肯した。僕も頷き返し、三章の説明に移る。
「まずは真山のこれらの映像を、脚ではなく頭部に着目して見て」
 ドリブルからシュートを打つ真山の複数の映像を、智樹は食い入るように注視した。この三章だけは、パスの届け方という題名以外を閲覧不可にしていたので、真山の頭部の特徴に智樹が気づかない限り先に進むことはない。智樹が映像に傾注できるよう、僕は高速ストライド走法の研究ファイルを開け、資料の整理を始めた。
 だがここで悪い癖が出て、僕は資料整理に没頭する十数分を過ごしてしまった。とはいえそこは、気の置けない者同士。「眠留が俺そっちのけだったお陰で、正解に辿り着けたぞ」「そっちのけじゃないけど、結果オーライって事にしておいて」 なんてやり取りを経て、智樹は縦線二本と横線二本の計四本を入れた真山の映像を、大画面のスローモーションで再生した。
「真山の頭部の特徴は二つある。一つは、ぶれない事だ。高速ドリブルをしても渾身のシュートを打っても、真山の頭部は固定されていて、ぶれる事がないな」
 大画面のスローモーション映像には、真山の頭部を上下左右から挟む、四本の線が加えられていた。その四本線が成す長方形の内部に、真山の頭部は必ず収まっていた。
「ぶれないという一つ目の特徴はすぐ気づけたが、二つ目は時間がかかった。二つ目の確証を得るには、別の人物の映像を検証しなければならなかった。その検証映像は」
 智樹は正解に辿り着くと確信していたからここまではニコニコしながら聴いていたけど、独自の検証映像を見せてもらえるのは想定外だったので、僕は身を乗り出してそれを待った。だが次の瞬間、
「恥ずかしいから止めてくれ――!」
 僕はちゃぶ台に突っ伏してしまった。身を乗り出して待ったそれは、去年のクリスマス仮装会の、牛若丸の映像だったのである。
「眠留、恥ずかしがる事ないだろう」「そう言われましても」「お前の牛若丸に感動した俺は応援し過ぎて、しばらく声が出なかったんだぞ」「そうだったね、ありがとう」「だから今年も、牛若丸を楽しみにしているからな」「そっ、そんな無理だよ!」「お前知らないのか? クラスの了承を得て香取さんは既に、牛若丸の台本を書き始めてるぞ」「ウギャ――ッ!」
 慌てふためく僕を不憫に思ったのか、智樹は香取さんに口添えすることを約束してくれた。平常心を取り戻した僕は、話を中断させてしまったことを智樹に詫びた。今は智樹の検証を優先する時間だと思い出したのである。それはまこと正しく、頭部のみならず体軸や重心にまで及ぶ智樹の検証結果に、僕はグイグイ引きこまれていった。
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