僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

サッカー談義、1

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 パンと手を軽快に打ち鳴らし、
「ごちそうさま美味かった~」
 体全体でそう言うと、智樹はそのまま後ろにゴロンと転がった。長野での僕同様、心ゆくまで食べさせてあげられたみたいだ。なら次にすべきは、食後の休憩。片づけを簡単に済ませて部屋に帰ってきた僕は、インハイで訪れた信州の自然と、旅館の料理と、そして小笠原姉弟について話した。水生生物が沢山いる清らかな小川、料理人が腕を振るったアスリート用の食事、利発な豆柴と鈴蘭の姫君、そのどれもに智樹は魅了され無意識に身を起こし話に聴き入ろうとしたので、僕は幾度も「気持ちは解るけど今は横になって消化を促進しなよ」と言わなければならなかった。
 そんな感じだったから瞬く間に二十分が過ぎた。運動するには少し足りないが、座った状態で脳を使うぶんには支障ないだろう。身を起こし姿勢を整えた智樹は、同じく姿勢を正した僕へ、活力漲る声を放った。
「連携は基礎中の基礎であると共に、奥義でもある。真田さんのこの言葉に、俺は体の震えが止まらなかったよ」
 智樹によるとサッカー部は一昨日、部活を午前十一時半に切り上げ、十一時五十分に始まった新忍道部の戦闘を皆で観戦したと言う。当初はお弁当を食べながらの観戦だったが数分を待たず全ての箸は動きを止め、食事が再開したのは、戦闘後の質疑応答が終わってからだったそうだ。
「サッカーは仲間と連携して敵陣を攻め、仲間と連携して自陣を守るスポーツだ。だから真田さんがあの受け答えをしたとき部室は大騒ぎになって、連携について皆と時間を忘れて語り合ったよ」
 新忍道部は一昨日の昼以降、お祝いの映像を多数受け取っていた。サッカー部も祝ってくれたのは知っていたし、それに関するメールも個人的に沢山やり取りしていたが、本人の口から直接聴いたのはこれが初めてだった。あの言葉にどれほど共感し、考えさせられ、意気込みを覚えたかを熱く語る智樹の姿をぼやけさせぬためには、テーブルの下でこっそり三度、太ももをつねらなければならなかった。
「昨日の質疑応答も震えが止まらなかった。未熟な自分の失敗のせいで、かけがえのない戦友を死なすわけにはいかない。それを聴くなり、部員全員が背筋を伸ばしてな。仲間が必死になって繋いだボールを、自分の未熟さのせいで台無しにした経験がない奴などいやしない。昨日の午後の部活は、みんな気合いの入り方が半端なかったよ」
 サッカー部は一昨日に続き、昨日も戦闘を観戦したと言う。戦闘ももちろん面白かったが、サッカーと新忍道に類似点を見いだした部員達は、見学も兼ねて部室に集合したのだそうだ。
「昨日の部活後、俺は真山達とサッカー談義をしながら寮に帰ってきた。洗濯を済ませたらすぐ食堂に降りて続きをするつもりだったが、ベッドに寝転んでいたら、去年の夏の光景がふと蘇ってきた。それは八月末の練習試合でドリブルとパスをする、眠留の姿だった。それを思い出しているうち、ある推測を立てた俺は教育AIに頼み、あの日の眠留の映像を見せてもらった。眠留、俺はあの日から一年経って、やっと気づいたよ。一年前のお前は今の俺より、サッカーが上手うまかったんだな」
 僕は整えていた姿勢を更に整え、智樹に頭を下げた。
「それに関する話を、夏休みの直前に真山から聞いていた。智樹、黙っててすまなかった」
「悪いことなど何もないのに、眠留も真山も俺に謝るんだな。まあ俺もお前達の立場なら、同じことを絶対したけどさ」
 僕が智樹の立場だったら「悪いことなど何もない」と、それこそ絶対言っただろう。よって必要以上に悪びれず、かといって楽観もせず、僕は真山と交わしたやり取りを話していった。
「約三週間前の、七月十七日の午後。僕は真山から、愚痴を聞いてくれるかい、という電話を受けた。不謹慎だけど嬉しくてたまらないと返す僕に、真山はひとしきり笑ってから、思いもよらぬことを明かしたんだ」
 僕と真山は先ず、去年の夏休みの思い出話に花を咲かせた。真山に連れられサッカー部を訪れた日から始まった思い出話は楽し過ぎていつまでもそれに浸っていたかったが、時間は有限。名残惜しいけど本来の目的に移るよと真山は溜息交じりに言い、映像を二つ送ってきた。できれば大画面で比較して欲しいという真山に従い、大離れに移動して映し出したところ、一つは思い出話にあった去年八月末日の練習試合の映像で、もう一つは今年七月に他校と行った練習試合の映像だった。ここで真山の意を読み解かないと、真山に苦い言葉を吐かせる事になる。二つの映像を食い入るように見つめた僕は三十秒後、首を傾げて問いかけた。「去年の僕はこんなに上達してたの?」と。
「智樹も知っているように、以前の僕は運動音痴でさ。小学四年の四月に何とか克服したけど、球技は小学校在学中、ずっと苦手だったんだよね。それは去年の夏も同じで、サッカー部の皆に迷惑かけない事ばかりを僕は考えていた。その記憶と、八月末日の練習試合の映像が、まるで違ってさ。いつの間にか上達してたんだなって、映像を見て僕は初めて知ったんだよ」
 去年の僕はこんなに上達してたのという問いかけに、八月最終日の練習試合でいきなり覚醒したと真山は答えた。繰り返しになるが、サッカー部の皆に迷惑かけない事ばかりを考えていた僕は、3対3の練習に混ざるのが上限で、練習試合への参加は控えていた。夏休み末日の恒例行事である三時間耐久試合が、参加した唯一の試合だったのだ。その時いきなり覚醒したと答えた真山は、重点的に見る個所を三つ教えてくれた。それは仲間にパスする際の予備動作の有無と、蹴ったボールの速度及び軌道と、そして狙った場所に届いたかの三つだった。その三つを目に焼き付けた僕に、真山は各々のパスの適時有用性を説明した。もちろん真山は、僕が良いパスをした時だけを取り上げてくれたが、それでもそれは客観的に見て、なかなかのパスに思えた。サッカー独自の戦術に詳しくなくとも、仲間と連携して死角から不意打ちするという基本戦術は新忍道と酷似していたから、真山の説明を僕はすんなり理解できたのである。
「真山はこう言ったよ。サッカーは仲間と連携して、敵陣地に死角を創造する。その死角を突ける仲間へ素早く正確なパスを出し、仲間を敵陣地に食い込ませ、そしてそれを繰り返すことでゴールを決める。守備もまったく同じで、敵が創造しようとしている死角を察知し皆でそれを事前につぶすか、もしくは気づかぬ振りをして敵を陽動し、仲間と共にカウンターを仕掛けてゆく。真山のその話は新忍道とまるっきり同じだったから、また盛り上がっちゃってさ。名残惜しいけど本来の目的にってセリフを、真山はまた呟いていたよ」
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