僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 輝夜さんと昴のいない朝食は、覚悟していた以上に寂しかった。祖父母が常々言っていた向こうの御家族の気持ちを、これまでになく感じられた気がした。
 お昼前に昴の家を訪ね、おじさんとおばさんに長野のお土産を渡したところ、お二人はとても喜んでくれた。お二人はインハイの話を聞きたがり、任せて下さいと僕はそれを披露し、三人で大いに盛り上がっていたさなか、
「眠留君、お昼ご飯を食べていって」
 おばさんが唐突にそう請うた。すぐさま「喜んでお受けします!」と応え、お土産やインハイの話以上に喜んでもらう事ができたのは、祖父母の言葉のお陰なのだろう。
 言うまでもないが昴だけでなく、おばさんも料理上手だ。というか恥ずかしさを押しのけ白状すると、おふくろの味に一番近いのは、おばさんの料理だった。母は料理が苦手ではなかったが、得意というほどでもなかった。また嫁ぎ先でうまくやっていたが、歩いて数分の友人の家を、心休まる貴重な場所と感じていた。然るに母は月に二度ほど友人宅を訪ね、おばさんに料理を教えてもらっていた。実際は教えてもらっていたのではなく、おしゃべりを楽しみながら建設的な時間を過ごしていたのだけど、親しき中にも礼儀ありを忘れぬことが友情を長続きさせるコツと考えていた母は、教えて頂いているという姿勢を崩さなかった。それは人によっては、他人行儀や水臭いという感情を抱かせるのかもしれない。けどおばさんは、友情を長続きさせようとする友人の心を何より尊ぶ人で、また母もそんな友人の心を尊ぶ人だったから、その時間を共有すればするほど二人は絆を深め、そしてその絆が、二人の料理を似たものにして行った。台所に立っている時の想いが酷似していた二人は、技術や技量を度外視するほど似た料理を、作るようになって行ったのである。だからなのだろう、
「眠留君、美味しいかな?」
 微笑むおばさんにそう問いかけられると、おふくろの味をもう食べられなくなったあの日から四年半が経った今も、僕はただ頷くだけで、何も言えなくなってしまうのだった。

 食事のお礼と、今回もおばさんを泣かせてしまった事をおじさんに詫び、天川邸の玄関を後にした。門扉へ続く道から少し離れた場所に設えたベンチに着いたタイミングで、おじさんは今日も、いつもと同じ文面のメールを送ってくれた。
「眠留のために料理を作っているとき、今でも妻は、眠留のお母さんを肩の触れ合う場所に感じるようだ。今日もありがとう、またぜひ遊びにおいで」
 花をつける木々の観賞用に設置したこのベンチを、本来の用途で使ったことが僕にはまだない。おばさんの料理を食べても大人の対応ができるようになったら使えるようになるのかな、けどそれを、おばさんと母さんは喜ぶのかなあ・・・
 なんて考えながら僕は今日も、ハンカチを目に押しつけなくなるまでの時間稼ぎをすべく、このベンチを使わせてもらった。
 ただ今回は、おじさんから追伸メールをもらうことができた。追伸メールの前半は長野のお土産のお礼、そして後半は、昼食を共にすることを唐突に請うたおばさんに受諾の返事をすぐした事へのお礼だった。「駆け足で成長する眠留を見るのは嬉しい」 そう締めくくられたメールの後半に着目すると、ベンチを発つ時間が長引くこと必定だったので、お土産について書かれた前半に僕は思いを馳せた。
 インハイに向かう往路おうろ同様、所沢への復路でも、湖校新忍道部の乗ったバスは横川サービスエリアで休憩を取った。往路の横川サービスエリアは食欲との苦戦しか記憶に残さなかったが、復路ではまこと楽しい旅の想い出を作ってくれた。ああだこうだ言いながら、長野のお土産を皆で選んだのだ。ネット通販が主流の現在、商品を眼で見て手で触りながらお気に入りの一つを選ぶだけでも楽しいのに、大切な人達へ贈るお土産を気心の知れた仲間達とワイワイやりながら決めるのは、文句なしに心躍る時間だったのである。とここまで思い出したとき、今朝の疑問への回答を受け取ったことに気づいた。真夏の空を見上げ、それを言語化してみる。
「お土産売り場で自分が欲しい商品しか目に映らない人生より、お土産を贈りたい大切な人達が心に次々浮かんでくる人生の方が、幸せですよね」
 言語化してみるとこれは二者の比較でしかなく、これだけでは、大切な人の幸せを祈ってきたこの一年の幸福度を量る基準にはならなかった。ただそれでもそれは、
 
  僕にとっての早朝の拝殿と、
  母さんにとっての台所は、
  似ていたのかもしれないな。

 新たに脳裏をかすめたこの想いを、疑問ではなく気づきとして心に留めてくれた。
 立ち上がり振り返り、かけがえのない気づきをもたらしてくれたベンチへ、お礼を言う。
 そして足取り軽やかに、僕は神社へ帰って行ったのだった。


 足取りが軽すぎて調子に乗り、真夏の炎天下で大石段を駆け上ってしまったことを後悔しつつ境内を歩いていると、
 ピロパロポロロン♪
 ポケットからメールの着信音が届いた。僕はメールの着信音を聴いただけで、送信者と内容をだいたい当てることができる。よってミーサは緊急性のないメールの着信音をすべて同じにし、その能力を伸ばす手助けをしてくれているのだけど、今回はそれ以外にも心をくすぐるものがあった。ミーサの戸惑いが、着信音に加味されている気がしたのだ。メールの緊急性の有無にミーサは確証を得られなかったのかな、と推測した僕は、緊急性なしの判断が正しかったことを示すべく、ハイ子をポケットにしまったまま語り掛けた。
「送信者は智樹。文面は、遊びに来ていいかという気軽な問いかけ。でも智樹の真の来訪目的は、重要案件の相談だ。文面を尊重すべきか来訪目的を尊重すべきか、ミーサは悩んだのかな?」
 重大な相談があるのに気軽な文面を選んだ気遣いを尊重するなら緊急性なしにして、智樹の望んだとおり、僕に気軽な対応をさせる。
 しかし来訪目的を尊重するなら緊急性有りにして、返信を心待ちにしている智樹へ、僕に素早く対応させる。
 この二つのどちらを選ぶべきかを悩んだ末、インハイから帰ってきた翌日を邪魔してはならないと考えた智樹の気遣いを尊重することにミーサは決めた。しかし確証を得られず、それが着信音に戸惑いとして加味されてしまった。
 という推測を、母屋に向かいながら僕は話した。100%当たっていないにせよ大外れという事はないだろうと思っていたから、心穏やかに歩を進めていたのだけど、
「違います!」
 きっぱり否定され僕はすっころぶ寸前になってしまった。
 が、そうはならなかった。返信をこれ以上遅らせるわけにはいかないので一方的に告げますと前置きし、ミーサがこうまくし立てたのである。
「福井さんへの推測は憎らしいほど完璧ですが、私の戸惑いは的外れもいいとこです。しかし私の件はメールと無関係ですので、ただちに返信なさって下さい!」
 ミーサの命令に従うべく、僕は直ちにハイ子を取り出しメールを映し出した。だが文面が目に飛び込んだとたん僕は智樹へ電話をかけ、短いながらも腹を割ったやり取りをして、三十分後の十四時に会合を始める決定をした。そして電話を切るなり境内を駆け、玄関から風呂場へ直行し身を清め、サッカー関連の研究のおさらいを水風呂に浸かりながら頭の中でしたのち、
「美夜さん、ミーサと話せるかな」
 空中に顔を向け語り掛けた。サウンドオンリーの2Dが視線の先に表示され、ミーサの声が耳朶をそっとなでた。
「お兄ちゃん、さっきはごめんなさい」
「何を謝っているか詳しくはわからないけど、謝らなくていいよ。ミーサは僕の、妹だからね」
 押し黙るミーサに、サッカー関連の研究ファイルを表示してもらうよう頼んだ。三つのファイルと、2Dキーボードが即座に映し出される。水風呂から両手を出し十指を走らせ、会合に使う資料を整理し終えたとき、十四時まで残り十分となっていた。
 ミーサに礼を述べ、サウンドオンリーの2Dが消える。水風呂を出て、脱衣場でタオルを使っている最中ようやく気付いた。着替えの服が、ないじゃないか!
 すると絶妙なタイミングで、
「眠留、廊下に着替えを置いとくよ」
 貴子さんの声がドア越しに聞こえた。慌ててドアに手をかけ、顔だけ出して問いかける。「どうして着替えが無いって分かったの?」
 貴子さんは、子供を叱る親の面持ちで答えた。 
「ミーサに三つ指ついて頼まれたんだよ。『私はなんのお返しもできないのに頼み事をしてごめんなさい』って、小さい女の子にあんな悲痛な声を二度と出させるんじゃないよ」
 ドアから顔だけ出した僕の頭をピシッと叩き、風邪をひかないよう早く服を着なさいと付け加えて、貴子さんはその場を去って行った。
 その後、脱衣場で一回、台所で一回、自室で一回、そして玄関で一回の計四回、僕は頬を両手でひっぱたき気合を入れた。そうでもしないとミーサへの謝罪の気持ちが噴出してきて、智樹を出迎える準備ができなかったのである。けど幸い、四回ぶっ叩いたことが功を奏し、
「おじゃましま~す!」
「やあ、上がって上がって!」
 友人が遊びに来てくれた気持ちを素直に出して、僕は玄関で智樹を迎えられたのだった。
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