僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 場がシン、と静まった。楽しい時間はいつまでも続かないと頭では理解していても、それでも寂しさを感じずにはいられない。人とは、そういう生き物なのだ。
「恥を忍び申し上げます。湖校の三戦士がサタンに勝利した仕組みを、私は未だ解明できていません。物理的な技量のみでシミュレーションした場合、湖校の三戦士がサタンに勝つ確率は、10%を下回っています。しかしそこに昨日の連携技術を加えると、勝率は50%に跳ね上がります。そして今日の連携技術は昨日をも上回り、今日のそれを土台とするシミュレーションでは、勝率90%という驚くべき数値になります。勝率を十倍にする三戦士の連携がいかに成されたかを、AIの私はどうしても解明できないのです。言葉にするのは難しいかもしれません。仕組みを非公開にしておきたい気持ちも理解できます。この問いに答えなくとも評価を減点することはありません。ですからどうか、心の赴くままになさってください」
「理路整然と話せないことをお許し下さい」
 そう前置きし、真田さんは答えた。
「練習は本番のように、本番は練習のように。俺たち湖校新忍道部はこれを座右の銘とし、部活に励んできました。それ自体は珍しくないのでしょうが、本番の定義は珍しかったのかもしれません。湖校新忍道部にとっての本番とは、敗北が死に直結する戦闘、を指していたのです」
 翔人と魔想の戦いを日記に書くさい、敗北が死に直結する戦闘という表現を、僕は頻繁に使っていた。そのせいで、真剣勝負について先輩方と議論している最中、僕はそれをうっかり漏らしてしまった。先輩方はそれを、僕の神社に伝わる古武術に関連する言葉と感じたのだろう。先輩方に気に入られたそれは、湖校新忍道部にとっての本番を説明する言葉として、定着したのである。
「敗北が死に直結するという表現も、命懸けや真剣勝負という語彙を日常的に使う日本人にとって、さほど珍しくないのかもしれません。しかし3DGで、人を凌駕するモンスターを目の当たりにすると、この表現の的確さを実感せずにはいられませんでした。けれどもそれが、有益なのか無益なのかを俺達は判断できませんでした。モンスターとの戦いをただのお遊びとするより、真剣に臨んだ方が上達は早まりますが、真剣になればなるほどモンスターを虚像と思えなくなり、恐怖に体が支配されやすくなるからです」
 次元爪を今にも振るおうとしている巨大なサタンの3D映像を、メインAIが観客席のすぐそばに出現させた。根源的恐怖と呼ぶべきものに身をすくませた観客達は、真剣度合いと身体制御率が反比例することを、肌で感じたようだった。
「幸運にも湖校には、モンスターとの真剣勝負を楽しめてしまう後輩がいたので、俺達はその後輩を手本とし、真剣度合いを日々増してゆきました。率直に言うと、弱虫な先輩になることの恐怖が、モンスターの恐怖に、勝ってくれたんですね」
 観客達は笑っていたが、僕は恥ずかしさに縮こまってしまった。その後輩ってやっぱ僕だよな、役に立てたのは嬉しいけどこれ以上この話題に触れないで欲しいなあ、なんて縮こまりつつ僕は考えていたのだけど、それは叶わなかった。真田さんに代わり荒海さんが、
「可愛い後輩が誤解されないよう、一応述べます。そいつはバカの付くレベルの度胸を持っているだけで、マゾではありません。モンスターに屠られて喜んでいるのではないのだと、ご理解ください」
 と言うや、
「ギャハハッ」「誰だそれ!」「俺らもあやかりたい!」「その後輩の戦闘を映してくれ!」
 という体育会系部活のノリが炸裂したからである。恥ずかしさのあまり気が遠のくも、翔化中に気絶する訳にはいかない。これは聴衆を飽きさせないプレゼン技術なんだ、荒海さんはそれを身をもって示してくれているんだと自分に言い聞かせ、僕は冷静さを何とか取り戻した。丁度そのとき、真田さんが説明を再開した。
「真剣さが増すにつれ、恐怖に変化が現れました。俺達はおそらく、この変化を足掛かりに、連携を成長させていったのだと思います」
 プレゼンターに戻った真田さんがそう述べたとたん、体育会系のノリはピタリと収まった。研究学校生のプレゼン巧者ぶりを称える感嘆が、会場のあちこちから上がっていた。
「敗北が死に直結するという言葉を、俺達は当初、自分に当てはめていました。自分が死ぬことを、俺達は恐れていました。しかし時が経つにつれ、それは仲間の死への恐怖に代わってゆきました。未熟な自分が招いた失敗のせいで、かけがえのない戦友を死なすわけにはいかない。俺達はそれを恐怖し、そしてそれを足掛かりに、連携を成長させていったのだと思います」
 かけがえのない戦友の個所で、会場にいる新忍道部員達が一斉に相槌を打った。そこに普通学校と研究学校の区別がなかったことを、神崎さんと紫柳子さんは、一体どれほど喜んだのだろうか。そう思うだけで、僕は涙があふれて仕方なかった。
「連携は、目や耳による意思疎通から始まります。連携が深まるにつれ視覚や聴覚の必要性は減ってゆき、テレパシーじみた意思疎通が可能になっていきます。しかしテレパシーも、仲間と自分の物理的な距離をゼロにする事はできません。各々の体が、別の場所に存在しているという距離感を拭うことはできません。その距離感を、この二日間の戦闘中、俺達は感じませんでした。三人の心が、一つに融合していたからです。一つに融合した心は、一人の耳が聞いた音を、一人の眼が見た光景を、一人の五感が捉えた信号を、残り二人へ瞬時に伝えることができました。意志力も共有していたので、俺達はいつもの三倍の意志力を発揮してモンスターと戦えました。体のどの器官がどのように働いたかは解りませんが、俺達はこのような連携を昨日と今日、経験したのです」
 空を見上げた三戦士に釣られ、観客達も同じ空の一点を見上げた。そこに水晶はいなかったが、それでも大勢の人がサタン戦直後の感動を呼び覚ますことで、三戦士の成した連携を感覚的に理解したようだった。
 そんな会場の空気の中、僕だけは落ち込んでいた。それも、かなり深刻に落ち込んでいた。体のどの器官がどのように働いたのかは解らないという真田さんの話を聴いて初めて僕は、僕もそれを知らないことに気づいたからだ。それはまさしくソクラテスの説いた不知の自覚で、不知である己を自覚する心を真田さんは持っていたが、僕は持っていなかった。それがあれば、輝夜さんと昴と美鈴が同種の連携を成功させたとき、その解剖学的な説明を水晶はしてくれただろうに、無かったせいで僕はその機会を逃してしまったである。次の機会はいつ訪れるかな、逃したチャンスはそうそう巡って来ないから何年も先になるんだろな、バカにも程があるなあ。なんて感じに、僕はかなり深刻に落ち込んでいたのだ。
 でも、と僕はそれを振り払った。後ろを向くより前を向いた方が、機会はやって来るだろう。過去の失敗をかてに未来を築けば、チャンスはきっと巡ってくるだろう。ならば僕はそれを行い、そしていつの日か、三戦士と同じ連携を戦友達と成し遂げよう。僕はそう、心に誓ったのである。
 すると何となく、新忍道本部のメインAIも、僕と似た心境にある気がした。空を見上げていた観客達が顔を戻し、フィールドへ意識を戻したタイミングを見計らい、メインAIは真田さんに感想を伝えた。
「一万円を十人で分けたら、一人が受け取るお金は十分の一の、千円になります。しかし夜のキャンプで一人一人が明かりを持ち寄り、十人で十倍の光を作ったら、十人全員が十倍の光をそれぞれ受け取ることになります。人の心には、暗がりを照らす明かりに似た性質が、あるのかもしれませんね」
「ほうほう、うまい譬えじゃな」
 鳳さんとの会話を終えた水晶が、メインAIの譬え話に感心しつつ観客席から戻ってきた。あの初魄しょはくもようできた子じゃ、とニコニコする水晶は、なんとも福々しいまん丸顔になっていた。
「評価のランクを伏せて話します。サタン一体へ三人で挑みそれを倒した場合、評価にプラスが付くことはありません。新忍道の評価基準は3DG米国本部の定めた基準に則っており、そして今回のサタン戦の条件で、プラスに手が届くことはないのです」
 米国の3DG本部は、条件による評価の上限を定めている。例えば獅子族やヒグマ族ではどんなに優れた戦闘をしても、上限であるAプラスを越えることはない。Sマイナス以上を勝ち取るには、狒々や黒猿に勝利するほか無かったのである。
「しかし私は今回、ある提案を3DG本部にしました。本部AIはそれに、妥当であるとの判断を下しました。判断理由を要約して述べます」
 背後と遥か彼方の湖校で、つばをゴクンと飲む音が一斉に立ち昇ったのを僕の翔化聴力が捉えた。撫子部を始めとする数多の部が、この会場の様子をリアルタイムで観ていたのである。いや僕には聞こえなかっただけで、同じ人達はきっと世界中にいるのだろう。メインAIはそれら全ての人達へ向け、朗々と述べた。
「我々3DG本部がサタン戦で想定していた武器は、銃のみだった。したがって、銃に頼らずサタンを倒した世界初のチームにボーナスを贈るという提案を、我々は妥当と判断した」
 ぷにぷに、と肉球が肩に二度触れた。まん丸顔で頷く水晶に頷き返し、僕は心の二分割を止め控室へ飛んで帰った。翔体と肉体が重なる寸前誰かの視線を感じた気がしたが、
「それでは湖校の評価を発表します」
 という声にその感覚は吹き飛んでいった。メインAIの、喜びそのものの声が鼓膜を震わせた。
「湖校の評価、Sプラス。銃に頼らず世界で初めてサタンを倒したボーナスにより、上限を超えこの評価となりました。三戦士の戦闘は日本の新忍道本部のみならず米国の3DG本部でも殿堂入りが決定しており、サタン戦の新たな可能性を拓いた革新的戦闘として長く称えられる事でしょう。湖校の皆さん、おめでとうございます!」
 控室にいた湖校新忍道部の十二人は、メインAIの譬え話が正しかったことを知った。
 一人一人が喜びを持ち寄り、十二人で十二倍の喜びを造り、そしてその巨大な喜びに、十二人全員が照らされていたからである。
 然るに僕らは、十二倍の心で噛みしめていた。
 この部の一員になれた、幸せを。
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