僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

サタン、3

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 三戦士の放った銃弾がサタンの腰に命中するたび、サタンの動きは目に見えて鈍くなって行った。それに気づいた人々が、銃弾の命中を願うようになってゆく。人々は握りしめていた手をほどき、それを祈りの形に変え、着弾を一心に願った。三戦士の足が疲労の余り動かず、チャンスとばかりに次元爪が振るわれるも、着弾によってサタンのバランスが大きく崩れ、次元爪を紙一重で躱した以降は、銃弾発射も祈りに加えられた。その祈りがなかったら、サタンの背後に回り込み銃を構え精密射撃をするという、気力と体力を大量消費する動作を、三戦士は最後まで続けられなかったかもしれない。三戦士は、それほどまでに疲労していたのである。しかしついに、それが報われる時が来た。背後に回り込んだ真田さんが、ある事に気づき距離を一歩詰め、眼光鋭く放った銃弾が、
 ガギーンッ
 腰の外骨格を打ち砕いたのだ。サタンの外骨格は最弱拳銃の銃弾を五発六発受けてもびくともしないが、ほぼ同じ場所に銃弾を十一発も命中させられたら、やはり無事では済まなかったのである。そしてその最大の功労者は、黛さんだった。着弾一発目を担った黛さんは持ち前の正確無比さを存分に発揮し、続く銃弾を1センチと違わぬ場所に命中させた。親指の爪より小さな面積に銃弾を二発受けたサタンは動きがめっきり鈍くなり、また二発の銃弾は明瞭な印を外骨格に付けたため、真田さんと荒海さんもその印に銃弾を次々命中させていった。黛さんが命中させた二発目の銃弾は、一発目に勝るとも劣らぬ価値を有していたのだ。然るに、亀裂に気づき距離を詰め外骨格を見事粉砕した真田さんだけでなく、最大の功労者である黛さんの名も、僕らは声の限りに叫んでいた。それを受け、
 シュバッ
 疲労を忘れたかのように荒海さんが駆けた。忘れることなど到底不可能な疲労を気力でねじ伏せ、荒海さんがサタンの背後へ駆けた。外骨格を失い露わになったサタンの腰に銃弾を叩き込み戦闘を終らせるべく、荒海さんは最後の力を振りしぼって賭けに出たのだ。そして、
 パンッ
 荒海さんは銃に残っていた最後の銃弾を放った。三戦士の銃は八連発ゆえ合計二十四発であり、内十発で瞬間移動残数をゼロにし、続く十一発で外骨格を粉砕したため、残弾は三発となる。その三発を各自一発ずつになるよう、三戦士は最上級の連携によって調整していたのだ。荒海さんの最後の一発が、露わになった腰へ吸い込まれてゆく。勝利を確信した僕らは、握りしめた拳を天に突き上げようとした。が、
 キュンッ
 信じがたい音が空気を切り裂いた。
 サタンが、瞬間移動したのだ。
 残数0だったはずなのに瞬間移動し、命中寸前の銃弾を避けてしまったのである。
 最後の力を振り絞った荒海さんが、膝の崩れるまま全身を地に叩きつけた。
 人々は息を呑み悲鳴を上げようとした。
 しかし悲鳴を上げた者はいなかった。
 荒海さんの膝が崩れると同時に真田さんが駆け、サタンの腰へ引き金を引いたからだ。
 皆の祈りを背負い、真田さんの最後の銃弾が突き進む。
 その先にいるサタンの足は、もう動いていない。
 誰もが勝利を確信した。
 が、
 キュ
 空気を切り裂く音とはかけ離れた、弱弱しい音が鼓膜に届いた。刹那ののち、
 ガギ――ンッッ
 外骨格の砕け散る大きな破砕音が響き渡った。10センチの瞬間移動では体ごとの回避は叶わず、露わになった個所の周囲に広がる亀裂だらけの外骨格を、銃弾が粉砕したのである。再度の瞬間移動に人々は絶望するも、粉砕部分が倍の面積になったことと地に膝つき全身で息をするサタンの姿に、希望を奮い立たせた。銃弾はまだ一発残っている、それを命中させればサタンに致命傷を負わせることが出来る、人々は口々にそう言い合い希望を繋ごうとした。
 そう、人々は希望を無理やり繋ごうとした。
 なぜなら皆、知っていたからだ。
 次元爪を避ける体力と背後に回り込む体力を黛さんがもう、持っていない事を。
 命懸けの攻防を介しそれを十全に知るサタンが立ち上がり、正面へ一歩踏み出した。
 突進する必要はない。
 銃弾を避ける必要もない。
 突進せずとも黛さんは次元爪を回避できず、たった一発の銃弾では外骨格を貫くこともできない。
 正面へただ歩き、立ち尽くす黛さんを八つ裂きにすればよい。
 それを誰よりも知るサタンはまさしく悪魔の笑みを浮かべ、黛さんに歩を進めて行った。
 背後で荒海さんが立ちあがり、真田さんを助け起こしても関係なかった。
 体を支え合い二人が懸命に近づいて来ても、意に介さなかった。
 高周波カッターを内蔵した盾が二人の左腕にあったなら、違っただろう。
 ナイフを一本持っていただけでも違っただろう。
 露わになった腰を守るべく足を速め二人と距離を取り、正面の黛さんを屠ってから振り返り、真田さんと荒海さんを八つ裂きにしただろう。
 だがサタンは、それを選択しなかった。
 背後の二人は拳銃で殴りかかってくるしかなく、しがみ付いてきたら次元爪で切り刻めばよい。
 嘲笑に顔を歪ませ、サタンは正面の一人へ歩を進めた。
 正面の一人が恐怖の叫び声を上げ、サタンに銃口を向ける。
 だが恐怖に支配された体は震えるばかりで、銃の狙いを定めることができなかった。
 哄笑したサタンは体中から殺気を放ち、故意に大きな足音を立て正面の一人を脅す。それに釣られ、
 パンッ
 正面の一人は最後の銃弾を放ってしまった。外れる事こそなかったが、外骨格の最も厚い胸部に当たったため、サタンはバランスを少々崩しただけだった。サタンは愉悦し、絶望に打ちひしがれる正面の一人へ、暇つぶしの礼を述べるという破格の褒美を取らせようとした。その慢心したサタンの意識に、
 タタタッ
 背後の二人の駆ける音が届いた。と同時に、
 ヒュンッ
 糸を勢いよく引く音も届いた。サタンはその音をかつて聞いたことがあったが、まったく脅威にならなかった光景が脳裏に映し出されたので、慢心も手伝いその音への対策を施さなかった。その正しさは、
 プツン
 という糸の切れる音によって証明された。かつて戦った哀れな裸猿に、太さ0.01ミリの糸で自分を切断しようとした者達がいた。それは確かに極細の糸だったが、自分の外骨格を切断できるほどの強度はなく、その者達は見苦しく糸に引きずられたすえ別のサタンに切り刻まれていた。その光景を思い出したサタンは、裸猿どもはなぜこうも愚かなのかと憐憫の情を覚えた。
 が、何かが引っかかった。前回と今回は、何かが違っていた。サタンはその何かを特定しようとした。
 その直後、サタンはそれを特定した。
 しかしそれは考察によってではなく、自分の状態によって特定したに過ぎなかった。
 二本の極細糸のうち一本を外骨格の亀裂に食い込ませることに成功した二戦士が、
 スパンッ
 腰から腹にかけ自分を真っ二つにした、その状態によって。
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