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十四章
サタン、1
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煌々たる光で世界を照らす善の神と、世界を闇で覆う悪の神。
これは地域性に左右されない、人の本能に基づく善神と悪神の姿と言えるだろう。
翔体の背中越しに感じる幾百の人々が、それを証明していた。
サタン族の姿に悪神を連想し地にひれ伏そうとしている人々が、背後に数百人いたのである。
その人達の存在を知覚したサタンが歩くのを止め、可聴域ギリギリの重低音を発った。ピアノの鍵盤の左端に新たな鍵盤を十個作り、その十個で和音を奏でたかのような音が次々したのち、サタンの頭上におどろおどろしい文字が浮かび上がる。
愚かな裸猿どもよ、
なぜ神にひれ伏さぬのか
弾かれたように体を痙攣させ、数百人が上体を前へ投げ出そうとした。
それを阻止すべく僕は翔体を震わせ叫んだ。
「騙されるな、あれは神ではない!」
音が光としても存在する次元で叫んだ僕を、サタンが咢を上げ睨みつける。
水晶の原光を右に、双葉のエメラルド色を左にサタンを睨み返し、僕は宣言した。
「僕らが裸猿でないことは、人類代表の三戦士が証明する!」
面白い……
暗黒が眼の形に空間を侵食した、サタンの双眸。
その二つの暗黒から三次元の逆位相の次元が溢れ、両腕を伝い十指の先端に集まり、巨大なかぎ爪を形成した。
空間を切り裂く次元爪に残忍な笑みを浮かべたサタンは、体を覆う外骨格を振動させ、重低音の和音を再度響かせる。
この社の一柱たる我の、
暇つぶしとなれ
サタンは10メートルを一蹴りで跳ぶ。
そして三戦士のいた場所を空間ごと、右手の次元爪で切り裂いたのだった。
空間に生じた五つの次元断裂は三戦士を捉えなかった。
飛び込み受け身で次元断裂を躱した三戦士は続けざまに受け身をとり、かぎ爪の間合いの外に逃れる。それを目で追うことなく、サタンは自身の左腕の方角へ跳躍し次元爪を振るった。サタンの外骨格は音を発生させる振動器官であると同時に、空気の振動を感知する聴覚器官でもあるのだ。サウンドセンサーを兼ねるこの全身鎧も、サタン族が最強最悪の魔族とされる理由の一つだった。
そうこの魔族は、素の状態で全身鎧を身に纏っていた。巨人族の王がそうであるように、全身鎧を装備するモンスターはさほど珍しくないと言える。だがサタン族の身を守る生来の鎧は他種族の鎧とは異なり、身体能力を損なうことが一切なかった。外骨格の性能も頭抜けていて、昆虫族のそれを青銅の鎧とするなら、サタン族のそれは多層炭素プロテクターに等しいとされていた。いやそれどころか、この魔族の外骨格は空気より軽く浮力を発生させており、それが驚異のスピードと持久力を生み出していると信じられていた。火炎放射器の放つ炎より素早く地を駆け、黒猿の猛毒袋に怯まない耐毒性を有し、全身が耳なため隠密行動も叶わず、空間を切断する次元爪を防ぎうる物質を人類は未だ開発できていない。唯一有効な攻撃方法として重火器の一斉掃射が挙げられるも、そのようなチームには多数のサタンが詰める砦が出現するため、火力のみでこの魔族を倒すのは不可能とされていた。それを逆手に取った新忍道本部直属チームが、拳銃を主火力とする五人チームを編成し、サタン二体だけが詰める砦を出現させ、超人的な身体能力を駆使しそれに勝利したのは、3DG関係者のみならず格闘家や軍隊にも影響を及ぼしたと言われている。
真田さん達三人も影響を受けたのは同じだった。インハイ二日目にサタン族と対戦する可能性があることを公式AIに告げられた真田さん達は、一日目の作戦立案を四年生以下に任せ、二日目のサタン戦に全力を投じた。その結果、自分達三人でサタン二体を相手取るのは不可能という結論を得て、一体のみに絞る方法を考えた。そのさい参考にしたのが本部チームであり、拳銃を主火力とする五人チームで二体なら、最弱拳銃を主火力とする三人チームなら一体なのではないかというかなり強引な仮説を立て、真田さん達は3DGに臨んだ。結論を言うと、これは大当たりだった。軽量コンパクトな最弱拳銃を装備して3DGを始めると、サタン一体の砦が100%出現したのである。だがその砦を攻略できない確率も100%だった真田さん達は、同一条件下でサタン一体に勝つ作戦を湖校新忍道部全員で考えるよう方針を変えた。それに否などあろうはずがなく、僕ら十五人は六週間を費やし、対サタン作戦を立案した。それが実り、自身に迫りくる次元断裂を、
タンッ
飛び込み受け身で回避した荒海さんは起き上がりざま、
パンッ
拳銃の引き金を引いた。
これは六週間の賜物の一つだった。
通常のスパイクを履き、盾とバッグを装備し、かつ重くて長い高威力銃を手にしていたら、荒海さんと言えど今の回避と射撃は難しかった。一回や二回はできても、そんな短時間で勝機をたぐり寄せるのは不可能だった。然るにサタンの次元爪を数分間凌ぎきる方法を僕らは探し、そして辿り着いたのがシューズの変更と、盾とバッグの放棄だった。サタン戦では壁越えをしないのだから、摩擦力の大きなシューズに履き替えれば、筋力の消費量を抑えられるのではないか。次元爪を防ぐ防御装備はなく、耐毒性に優れたサタンに麻酔ガスは効かず、マキビシも外骨格には用をなさないのだから、盾とバッグは不要なのではないか。それらの仮説を実際に試した結果、大摩擦力を得られる釘のシューズへの変更と盾とバッグの放棄という新忍道史上初の作戦を、湖校新忍道部は採用したのである。だからこそ荒海さんは次元爪を回避し反撃の引き金を引けたのだけど、サタンはその銃弾を、
キュンッ
瞬間移動であっけなく避けてしまった。そう、なんとこの魔族は、瞬間移動能力も有していたのだ。そのあまりの最強ぶりを不公平と感じたのだろう、背後に幾百のブーイングが立ち昇るも、それは3DGの知識不足からくる早とちりと言えた。その証拠に新忍道関係者の大部分はブーイングではなく、驚愕と感嘆の声を漏らしていた。
「十回前後しかできない準テレポーテーションを、たった一発の銃弾で、湖校はサタンにさせたのか」と。
サタン族は確かに瞬間移動能力を持っていた。しかしそれを、準テレポーテーションと呼ぶ人が近年増加していた。理由の一つは、異次元を経由していないからだった。仮にサタンが異次元の入り口を自身のすぐそばに作り、出口を10メートル離れた場所に設置し、入り口に身を投じたとたん出口から現れたら、「準」を付ける人はいなかっただろう。だが、サタンの移動方法はそうではなかった。サタンは三次元空間を圧縮し、その圧縮された空間を移動することにより、目にも止まらぬ速度を生み出しているだけだったのだ。もちろん次元圧縮という人類には不可能な能力を、最初は誰もが疑いなくテレポーテーションと呼んでいたが、後に出現したある存在の移動方法が広まるにつれ、区別の意味で準を付ける人が増えていったのである。異次元の出入口を任意に創造する、全世界の3DGプレーヤーが未だ勝利できていない、真に恐るべきその存在の名は・・・・
パンッ
キュンッ
真田さんの放った銃弾により、サタンが二度目の瞬間移動を行った。肩甲骨から腰にかけて二列に並ぶ突起物への着弾を避けるため、十回前後しか使用できない瞬間移動を、サタンは再度選択したのだ。たった二発の銃弾で使用残数を二つ減らした三戦士の偉業を称えるべく、あの存在の名を思い出すのを止め、僕は目の前の戦闘に集中した。
これは地域性に左右されない、人の本能に基づく善神と悪神の姿と言えるだろう。
翔体の背中越しに感じる幾百の人々が、それを証明していた。
サタン族の姿に悪神を連想し地にひれ伏そうとしている人々が、背後に数百人いたのである。
その人達の存在を知覚したサタンが歩くのを止め、可聴域ギリギリの重低音を発った。ピアノの鍵盤の左端に新たな鍵盤を十個作り、その十個で和音を奏でたかのような音が次々したのち、サタンの頭上におどろおどろしい文字が浮かび上がる。
愚かな裸猿どもよ、
なぜ神にひれ伏さぬのか
弾かれたように体を痙攣させ、数百人が上体を前へ投げ出そうとした。
それを阻止すべく僕は翔体を震わせ叫んだ。
「騙されるな、あれは神ではない!」
音が光としても存在する次元で叫んだ僕を、サタンが咢を上げ睨みつける。
水晶の原光を右に、双葉のエメラルド色を左にサタンを睨み返し、僕は宣言した。
「僕らが裸猿でないことは、人類代表の三戦士が証明する!」
面白い……
暗黒が眼の形に空間を侵食した、サタンの双眸。
その二つの暗黒から三次元の逆位相の次元が溢れ、両腕を伝い十指の先端に集まり、巨大なかぎ爪を形成した。
空間を切り裂く次元爪に残忍な笑みを浮かべたサタンは、体を覆う外骨格を振動させ、重低音の和音を再度響かせる。
この社の一柱たる我の、
暇つぶしとなれ
サタンは10メートルを一蹴りで跳ぶ。
そして三戦士のいた場所を空間ごと、右手の次元爪で切り裂いたのだった。
空間に生じた五つの次元断裂は三戦士を捉えなかった。
飛び込み受け身で次元断裂を躱した三戦士は続けざまに受け身をとり、かぎ爪の間合いの外に逃れる。それを目で追うことなく、サタンは自身の左腕の方角へ跳躍し次元爪を振るった。サタンの外骨格は音を発生させる振動器官であると同時に、空気の振動を感知する聴覚器官でもあるのだ。サウンドセンサーを兼ねるこの全身鎧も、サタン族が最強最悪の魔族とされる理由の一つだった。
そうこの魔族は、素の状態で全身鎧を身に纏っていた。巨人族の王がそうであるように、全身鎧を装備するモンスターはさほど珍しくないと言える。だがサタン族の身を守る生来の鎧は他種族の鎧とは異なり、身体能力を損なうことが一切なかった。外骨格の性能も頭抜けていて、昆虫族のそれを青銅の鎧とするなら、サタン族のそれは多層炭素プロテクターに等しいとされていた。いやそれどころか、この魔族の外骨格は空気より軽く浮力を発生させており、それが驚異のスピードと持久力を生み出していると信じられていた。火炎放射器の放つ炎より素早く地を駆け、黒猿の猛毒袋に怯まない耐毒性を有し、全身が耳なため隠密行動も叶わず、空間を切断する次元爪を防ぎうる物質を人類は未だ開発できていない。唯一有効な攻撃方法として重火器の一斉掃射が挙げられるも、そのようなチームには多数のサタンが詰める砦が出現するため、火力のみでこの魔族を倒すのは不可能とされていた。それを逆手に取った新忍道本部直属チームが、拳銃を主火力とする五人チームを編成し、サタン二体だけが詰める砦を出現させ、超人的な身体能力を駆使しそれに勝利したのは、3DG関係者のみならず格闘家や軍隊にも影響を及ぼしたと言われている。
真田さん達三人も影響を受けたのは同じだった。インハイ二日目にサタン族と対戦する可能性があることを公式AIに告げられた真田さん達は、一日目の作戦立案を四年生以下に任せ、二日目のサタン戦に全力を投じた。その結果、自分達三人でサタン二体を相手取るのは不可能という結論を得て、一体のみに絞る方法を考えた。そのさい参考にしたのが本部チームであり、拳銃を主火力とする五人チームで二体なら、最弱拳銃を主火力とする三人チームなら一体なのではないかというかなり強引な仮説を立て、真田さん達は3DGに臨んだ。結論を言うと、これは大当たりだった。軽量コンパクトな最弱拳銃を装備して3DGを始めると、サタン一体の砦が100%出現したのである。だがその砦を攻略できない確率も100%だった真田さん達は、同一条件下でサタン一体に勝つ作戦を湖校新忍道部全員で考えるよう方針を変えた。それに否などあろうはずがなく、僕ら十五人は六週間を費やし、対サタン作戦を立案した。それが実り、自身に迫りくる次元断裂を、
タンッ
飛び込み受け身で回避した荒海さんは起き上がりざま、
パンッ
拳銃の引き金を引いた。
これは六週間の賜物の一つだった。
通常のスパイクを履き、盾とバッグを装備し、かつ重くて長い高威力銃を手にしていたら、荒海さんと言えど今の回避と射撃は難しかった。一回や二回はできても、そんな短時間で勝機をたぐり寄せるのは不可能だった。然るにサタンの次元爪を数分間凌ぎきる方法を僕らは探し、そして辿り着いたのがシューズの変更と、盾とバッグの放棄だった。サタン戦では壁越えをしないのだから、摩擦力の大きなシューズに履き替えれば、筋力の消費量を抑えられるのではないか。次元爪を防ぐ防御装備はなく、耐毒性に優れたサタンに麻酔ガスは効かず、マキビシも外骨格には用をなさないのだから、盾とバッグは不要なのではないか。それらの仮説を実際に試した結果、大摩擦力を得られる釘のシューズへの変更と盾とバッグの放棄という新忍道史上初の作戦を、湖校新忍道部は採用したのである。だからこそ荒海さんは次元爪を回避し反撃の引き金を引けたのだけど、サタンはその銃弾を、
キュンッ
瞬間移動であっけなく避けてしまった。そう、なんとこの魔族は、瞬間移動能力も有していたのだ。そのあまりの最強ぶりを不公平と感じたのだろう、背後に幾百のブーイングが立ち昇るも、それは3DGの知識不足からくる早とちりと言えた。その証拠に新忍道関係者の大部分はブーイングではなく、驚愕と感嘆の声を漏らしていた。
「十回前後しかできない準テレポーテーションを、たった一発の銃弾で、湖校はサタンにさせたのか」と。
サタン族は確かに瞬間移動能力を持っていた。しかしそれを、準テレポーテーションと呼ぶ人が近年増加していた。理由の一つは、異次元を経由していないからだった。仮にサタンが異次元の入り口を自身のすぐそばに作り、出口を10メートル離れた場所に設置し、入り口に身を投じたとたん出口から現れたら、「準」を付ける人はいなかっただろう。だが、サタンの移動方法はそうではなかった。サタンは三次元空間を圧縮し、その圧縮された空間を移動することにより、目にも止まらぬ速度を生み出しているだけだったのだ。もちろん次元圧縮という人類には不可能な能力を、最初は誰もが疑いなくテレポーテーションと呼んでいたが、後に出現したある存在の移動方法が広まるにつれ、区別の意味で準を付ける人が増えていったのである。異次元の出入口を任意に創造する、全世界の3DGプレーヤーが未だ勝利できていない、真に恐るべきその存在の名は・・・・
パンッ
キュンッ
真田さんの放った銃弾により、サタンが二度目の瞬間移動を行った。肩甲骨から腰にかけて二列に並ぶ突起物への着弾を避けるため、十回前後しか使用できない瞬間移動を、サタンは再度選択したのだ。たった二発の銃弾で使用残数を二つ減らした三戦士の偉業を称えるべく、あの存在の名を思い出すのを止め、僕は目の前の戦闘に集中した。
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