僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 輝夜さんや昴の薙刀道とは異なり、新忍道は四十七都道府県から四十七の代表を選出して高校総体に臨んでいた。それは新忍道がマイナースポーツだからではなく、大会規約に従っただけの事だった。他校との直接対決により敗者を振るい落としてゆく試合形式の競技は六十四校を選出し、そうでない競技は四十七校を選出するのが、全国大会の原則だったのである。もっともこれは原則とされているとおり、長距離走のような「選手全員が一斉にスタートする競技」では、特例がしばしば認められていた。世界ランキング上位の選手がいる都道府県や極めて人気の高い競技も、二人目の代表を選出することが多かった。大会の運営効率より、有望選手に貴重な経験をさせる事を、文科省は重視していたのである。
 然るに新忍道も近いうち、全国大会出場数を四十八へ増やすかもしれなかった。なぜなら四十八校だと、時間的に最良の日程を組めるからだ。四十八校を四つの会場へ十二校ずつ振り分け、一校三十分の昼食休憩四十分、そして開会式を二十分と定める。すると九時から開会式を行い、戦闘は九時二十分スタートで、十二時二十分に前半が終わる。そして午後一時から後半を始めて、午後四時に一日目が終了する。こんな理想的な日程を、四会場全てで組めるようになるのだ。文科省はインハイ初の新忍道大会となる今回もそれで一向にかまわなかったらしく、レベルは高くとも僅差で代表を逃した学校があれば、特別枠を設ける旨を新忍道本部へ伝えていたと言う。しかし残念ながら、それに該当する学校はなかった。その結果、湖校の出場するこの第四会場だけは他の会場より一校少ない、十一校が振り分けられていたのだった。
 もっとも、それが有利に働くことは無かった。会場ごとに決勝進出校を決め二日目を戦わせると言った試合形式を、新忍道は採用していなかったからだ。ただそれでも、二日目へ駒を進める可能性の高い四校を四つの会場に振り分けるという措置は講じられていた。都道府県予選の詳細は本部HPで閲覧可能だったし、そしてその上位四校が四会場へ振り分けられている事は、インハイのHPで確認できたからである。よって、
 ザワッ
 湖校新忍道部が運動場に現れるや、他校の選手達がざわめいた。観客席にいる一般客の中には、湖校が来たぞと大声で叫ぶ人もいたほどだった。僕は体表を覆う厚さ3センチの感覚体を受信モードに切り替え、湖校へ向けられる負の感情を探った。センサーに引っかかった人がフィールドに五人、観客席に二人いた。目に生命力を集め、会場を見渡してみる。思わず漏れそうになったため息を呑み込み、僕は胸中呟いた。「負の感情を送ってくるフィールドの五人が全員監督だなんて、お約束にも程があるぞ」と。

 二時間前の、朝食後の休憩時間。
 二年生と一年生に割り振られた、旅館の一室。
 僕は畳に仰臥したまま、2Dキーボードに十指を走らせた。間を置かずOKのメールが二つ返って来たので、二年生トリオのチャットに質問を綴った。
「研究学校生は温室育ち、に類する侮辱をしてくる人達が、会場にいると思う?」
 隣に寝転ぶ京馬とその隣の北斗から、臨戦態勢の殺気がほとばしった。「ちょっとそれマズイよ」「むっ、スマン」「悪い悪い、真田さん達がそんな事を言われている光景を思い描いたら、ムカついちまったぜ」「おい眠留、今度は俺達の番だ。それマズイぞ」「気持ちは痛いほど解るが、今は休憩時間だからな」「ごめん二人とも、反省してます」 そんなやり取りを経て、僕らは何気なさを装いチャットを進めていった。
「先ずは眠留に礼を言わねばならん。俺はそれを、完全に失念していた」
「北斗にしては珍しいな。だからそれを訊こう。なぜ忘れていたんだ?」
「うん、何となく僕も、そこに今回のこたえがある気がするよ」
 北斗は眠たげな顔のまま指に分身の術を掛け、十指を二十本にしてみせた。
「研究学校を侮辱する人は高齢者に多く、年齢が下がるにつれ減少する。俺らの世代にもいないではないが、他校の生徒と直接戦わない新忍道では、問題視しなくて良いと俺は考えていた。埼玉予選も、いい人達ばかりだったしな」
 大きな大きな欠伸をしつつも、誤字脱字の一切ない整然とした文を綴る北斗がそう言うのだから、この件は問題視せねばならない重要案件なのだと僕と京馬は改めて思った。
「埼玉予選では昼食休憩以降、出場校の部員全員が一塊になり、交流を深めていった。俺が見たところ、敵情視察の任に当たっていた少数の部員は、途中からそれを放棄していた。俺はそれを喜んだ。そして喜ぶ余り、あの部員達のその後を案じなかった。敵情視察を命令された頭の切れる部員が、時代遅れで的外れな自分達の監督へ、不信感を抱かないはず無かったんだ。俺はそれを、完全に失念していたんだよ」
「いや、洗脳と教育を研究している俺は、誰よりもそれに気づくべきだった。俺は相変わらずの、駄馬だな」
「京馬は駄馬じゃない。僕と北斗が、それを幾らでも証明するよ。だから今は、項垂れずひた走ろう。ねえ北斗、他校の監督達はなぜそんな、時代遅れで的外れなことをしたのかな」
 北斗は2D画面の右上へ一瞬視線を飛ばし、十指の速度を一段引き上げた。僕と京馬も同じ場所を視野に収め、残り時間が三十分もないことを確認した。
「AIと深く係わる新忍道は、指導者を必須としない。いやそもそも、東京湾岸研究学校の卒業生のみで創設した新忍道本部は、大人の指導者を必要としないスポーツを最初から考案していた。だが研究学校以外は安全上の理由により、大人の責任者がいないと部の新設は不可能だった。それら諸々を理解している優秀な教師は、他の部の指導教員として既に働いていたため、そうでない教師に監督を頼むしかなかったんだろうな」
 僕ら二年生トリオが寝転ぶ場所に降りた暗澹たる気配を、複数の部員が察知したのだろう。周囲で交わされていた小声の会話がプツリ、プツリと途絶えてゆき、数秒と経たず三つ続きの和室全体が静寂で覆われてしまった。僕らは泡を食いそうになるもその寸前、
「トイレに行ってくらあ」「自分もお供します」「俺はデカイ方だぞ」「自分はそれごときで弱音は吐きません!」「俺もめげません!」「俺も耐えてみせます!」「バカ野郎、嘘に決まってるだろうが!」「「「解ってますって荒海さん!」」」
 静寂なぞどこ吹く風でワイワイやりながら、荒海さん、加藤さん、緑川さん、森口さんの四人が部屋を去っていった。部屋に残った部員達も、当然のように普通の声量で会話を楽しむようになっていた。この素晴らしい湖校新忍道部の一員になれた喜びを胸に、僕と北斗と京馬は第四会場での対応策を決定すべく、チャットを再会した。
「つまり北斗、インハイ出場校の監督にも、そのテの監督がいるって事か?」
「そうだ、100%いると俺は考えている」
「なら、敵情視察を命じられた部員もいるのかな?」
「もちろんいるだろう。心理的揺さぶりをかける指示を出された部員も、いるかもな」
「研究学校の悪口で盛り上がっている様子を、偶然の振りをして見せつけるとかか?」
「忘れてた、薙刀の試合について二人に聞いてもらいたい事が、あるんだった!」
 僕は大急ぎでキーボードを弾いた。埼玉予選に続き全中でも輝夜さんが準優勝に終わった理由の一つは、他校選手による侮辱的行為に慣れていなかったせいで、心労を覚えていたのではないかと。
「どわっ、白銀さん慣れていなそうだな!」
「昴と白銀さんは去年の六年生に試合の駆け引きを教わっていたが、突き詰めるとそれは、湖校生同士の戦いでしかない。悪感情むき出しの他校生との戦いに心労を覚え難かったのは、大会慣れしている昴で間違いないな」
「そうなんだよ、だから僕は思ってしまうんだよ。3Dモンスターとの戦闘に特化した湖校新忍道部は、試合時間外の心理戦に、慣れていないんじゃないかって」
「そこを突いてくる他校の監督が、いるって事か!」
「ああ俺はなぜ、そんな重要案件を失念していたんだ!」
 その時、 
「俺達も混ぜてくれるか」
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