僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

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 その後、今回の戦闘の名場面が空中に次々映し出され、客席は沸きに沸いた。本来ならAIによる質疑応答へすぐ移るのだけど、雨に濡れた戦闘服を着替えることを、大会本部が優先したのである。さすがは神崎さんと紫柳子さんだなあとニコニコしつつ、湖校チームも真田さん達の着替えをしっかり用意せねばならぬぞと、僕は自分に言い聞かせた。そしてそれは、一分半で着替えを完了させフィールドに再登場した武州高校の五人を見るや、負けてなるものかと言うライバル心へと変わった。そんな僕をよそに、質疑応答が始まる。
「武州高校の皆さん、おめでとうございました。それでは質問しますね」
 静粛に願いますとの3D表示が観客席上空を飛び交った。ほぼ全員がそれだけで私語を止めたが、止めなかった人達も少数いた。しかしその人達も、眼前に出現した表示へ目をやるなりピタリと私語を止めた。ただその表示はミラージュウォールで隠され、僕らは読むことができなかった。
「質問を始めます。建物の東西へ向かうさい、大きな足音をあえて立てているように見受けられました。理由があるなら教えてください」
「カマキリ族の触覚は雨に濡れると聴覚性能を落としますが、建物内で雨に降られることはありません。よって火炎放射の準備音を建物内のカマキリに聞かれぬよう、俺達はそれを相殺音壁の中で行いました。しかしその後は東西へ回り込む足音をあえて聞かせ、そして東西の窓が燃え上がる様子を見させることで、このままでは包囲され建物ごと焼かれるという恐怖心を、俺達はカマキリへ植え付けました」
 フィールド上空に、その時の内部映像が映し出された。弛緩したカマキリ達は北側出入り口が突然燃え始めたことに大層驚き、続いて聞こえてきた足音に合わせ顔を東西へ向け、その東西の窓が炎に包まれるや二匹が恐慌をきたし、耐炎盾を持たず屋外へ飛び出して行った。武州チームの作戦は、見事成功していたのである。
「建物ごと焼かなかった理由を教えてください」
「相殺音壁を駆使すれば、四方から同時に火炎を浴びせ建物全体を炎で包むことも可能でした。しかしそのせいで、二手に分かれたカマキリが二つの出入口から同時に飛び出てきたら、俺達五人では対処不可能でした。わずかな時間差であっても、五匹全てが南出入口から出てくるよう仕向ける必要が、俺達にはあったのです」
 上空に、その際のシミュレーションが映し出された。東西から火炎を浴びせた二人は南北へ走りつつ、濡れた手で銃を抜き、もしくは濡れた手で火炎放射カートリッジを交換していた。好天時でもそれは避けるべきなのに、雨に濡れこわばった手で走りながらそれをするのは危険すぎるのだと、観客も理解したようだった。
「東西の窓を担当した二人が狙撃を成功させるまでの陽動を、教えてください」
「俺達の射撃の腕では、散弾以外の選択肢はありませんでした。よって散弾の、着弾衝撃は貫通弾に勝るというメリットを活かす作戦を考えました。二人同時に散弾を打つことで先頭の盾に強烈な衝撃を与え、そのカマキリの行動を遅延させ、後続の二匹へ連射することで二匹を足止めしました。また恐怖にひきつった叫び声をあえてあげ、二匹の注意を俺達へ向けさせました。そうでもしないと、カモフラージュ越しに半身を建物から出しただけでも、全方位視野を持つカマキリに発見されかねないと、俺達は予想したのです」
 東西を担当した二人は先ず相殺音壁を発動させ、建物外壁の南側スレスレまで接近した。そしてカモフラージュ用の3D映像接着液を建物下部に噴射し、地に伏せ、半身をゆっくり出して、主戦場の二匹のカマキリへ銃口を向けた。上空に映し出された映像を見ていた観客達は、一様に感嘆の声をあげていた。
「北側出入り口へ最初に火炎を放った選手についても、お願いします」
「燃料を使い終わったら銃を抜き、出入口を狙う指示を出しました。そして狙いを定めたまま音を立てず東側へ移動し、出入口の死角に入ったら銃を収め、カートリッジを交換させました。そして相殺音壁をスタンバイ状態にし地に伏せた仲間のもとへ移動し、仲間の狙撃が成功するなり相殺音壁をオンにして、主戦場へ駆けつけさせました」
「東側を選んだ理由は?」
「鎌の操作を国技として非常に尊んでいるカマキリ族は、国民全員を強制的に右利きにし、右鎌と左鎌の役割分担を体へ叩き込みます。それゆえドアを蹴り破る時も、体を左側へ向け、右足を上にしてドアを蹴り破ろうとします。つまり、もし北側ドアを蹴り破りカマキリが飛び出てきたら、そのカマキリは西を向いているという事です」
 建物内にいた一匹のカマキリがドアへ突進し、ドアに跳び蹴りを喰らわす映像が映し出された。空中で体が左に向くようジャンプしたカマキリが、ドアを蹴り破り外に飛び出るや背後から散弾を浴びせられる光景に、観客達は大興奮していた。カマキリは全方位視野を持つので背後も死角にならないが、それでも背後は正面より、反応が一瞬遅れると言われていた。そして生きるか死ぬかの戦いではその一瞬が、生死を分かつ要素となるものなのである。
「という事は、丸太の陰から起き上がり五人が一塊になった時、相殺音壁を発動させたのは、二人だけだったという事ですか?」
「はいそうです。五人のうち二人だけが相殺音壁を発動させ横一列で走るのは基本技術の一つですから、俺達はそれをいつも練習していました」
 盾の相殺音壁は、バッテリーの関係で七秒しか保たない。よって集団行動時は、発動人数を少数に抑えることが推奨されていた。中心と両側の三人発動の五人横隊から訓練を始め、それに慣れたら次は二番目と四番目の二人発動とし、その状態でジグザグに走っても破綻しなくなったら、初級を卒業したとみなしてもらえた。だが、半径2メートルの無音球に収まる技術を伸ばすだけでは、それ以上の上達は望めなかった。なぜなら人が移動する際に生み出す振動は、空気振動だけではなかったからである。公式AIはそれを観客へ伝えるべく、武州高校の五人が地面へ伝えた振動について言及した。
「触覚を有する虫族は空気振動のみならず、地面を伝わってくる振動の知覚にも長けています。建物北側へ一列で駆けた武州高校の皆さんは、二つの振動の発生を高レベルで防いでいました。皆さんは無振動走りを、ずいぶん練習されたのですね」
「「「ありがとうございます!!」」」
 武州高校の五人が、一糸乱れぬ動作で腰を60度に折る。そんな五人へ、観客席の観客達は一斉に拍手を贈った。
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