僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

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 体育祭の翌日の夜以降、旧十組の四十二人は学内ネットの秘密掲示板で三度の会合を開いた。だがその話題の前に、五月の出来事を二つだけ記しておこうと思う。
 一つ目は、騎士会について。見習い騎士が受講する座学メインの講義は四月で終わり、五月からは受け身メインの講義となった。その受け身に合格できず苦労する一年生が、今年も続出した。藤堂さんによると、二年生の見習い騎士は自主練を一年間続けたのが活き五月上旬に全員合格しても、一年生の見習い騎士の半数は六月末日まで苦しむのが、毎年の恒例なのだそうだ。そうは言っても美鈴の同級生が難儀しているのを見ていられず、僕は請われたら必ず手本を示した。新忍道部が行った一年生部員選考会は一年生達に広く知れ渡っているらしく、また美鈴の兄でもあったから、きっと話しかけ易かったのだろう。藤堂さんと岩手さんは六月から始まる全中予選に忙しかった事もあり、準部員の僕は月火と木金の週四日を、騎士会の後輩達とすごしていた。
 二つ目は、大勢の六年の先輩方と知り合えたことについて。騎士長と円卓騎士の方々が自分達の友人知人を、なぜか僕に沢山紹介してくださったのだ。その先輩方の一人とは、お会いしたら立ち話をするようになった。美術部のその先輩は新忍道部の観覧席を度々訪れ、部活の様子を熱心にスケッチしており、そしてそのスケッチが、戦慄すべき内容だったのである。先輩自身が「ナイショだからね」と教えてくれたところによると、先輩は紫外線と赤外線を捉えられる特殊な視力を有しているらしい。「猫将軍君が仲間達の生命力を知覚しつつ戦っているのも、秘密にするから安心してね」 僕にとっては大人の女性となんら変わらない、優しくそう仰ってくれた先輩へ、僕は額が膝に付くほど頭を下げたのだった。

 さてでは、体育祭に関する旧十組の会合について。
 けど先ずは、体育祭の結果から。
 二年生体育祭を制したのは、昴と一条さんのいる九組だった。昴が女子100メートルで、一条さんがストラックアウトでそれぞれ優勝したのももちろん大きかったが、九組は自己ベストを更新した生徒が一番多かったことから窺えるように、二人の女傑がクラス全体を引っ張り上げたのが九組優勝の主理由であるのは誰の目にも明らかだった。だがそれを、気安く口にする同級生はほとんどいなかった。二人が傑出した女性であることは間違いなくとも、それを短縮して女傑とし、そこに昴と一条さんの姿を重ねるなり、「女傑を表立って使っていいのかな?」とほぼ全ての生徒が首を傾げたのである。個人的には、一条さんなら秘かに女傑を使えても、昴には絶対無理。いかなる状況であろうと昴に同じことをした途端、女王様に土下座する従僕の自分を、思い浮かべずにはいられなかったからだ。
 少々脱線したので、話を体育祭に戻す事とする。
 準優勝したクラスは、真山のいる六組だった。六組も自己ベストを更新した生徒の多いクラスだったが、その比率が女子に傾いていたため、優勝に一歩及ばなかったのである。ここまでは、つまり傑出した生徒の存在がクラスメイトの能力を向上させたことまでは優勝した九組と似ていても、「自己ベストを更新した女子生徒が一番多かったのは王子様のお陰だ」という事実を誰もが気安く口にできるのは、九組と違っていた。べらぼうなモテ男なのにそれを一切鼻に掛けないどころか、女子への正しい接し方を身をもって教えてくれる真山へ、僕ら男子達は敬意より親しみを覚えていたのである。
 三位は輝夜さんと白鳥さんのいる八組だった。八組が三位になったことへ二年生がどう対応しているかを、旧十組の四十二人はどれほど話し合ったのだろう。学内ネットの秘密掲示板で開いた正式な会合だけでも三度を数え、しかもその都度、綿密な情報収集と意見交換を事前に必ず行っていたから、四十二人の延べ時間は数百時間に達していたはずだ。ではなぜ、それほどの時間と労力を費やしたのか。それは八組への対応が旧十組の悲願に、直接関係していたからである。
 研究学校は基本的に、公平な学校運営を行っている。だが、公平とは言い難いことも幾つか存在していた。その一つに、一年時と六年時のクラス分けを一致させる年が数年に一度ある、というものがあった。その仕組みが公表されていたなら、また同じクラスになるよう努力できたのに、公表されていなかったので、無念な想いをする生徒が大勢いたのである。だが僕ら旧十組は、「序列意識の強弱が最終学年のクラス替えを決定する」という確信を一年時の終了間際に得ることができた。その序列意識こそが、九組と八組への対応差を生み出していると直感したため、僕らは多大な時間と労力を費やして議論を重ねたのだ。そして三度目の正式会合の、午後八時半。議長に割り当てられた特別発言欄へ、北斗が書き込みをした。
「意見が出つくしたと判断し、議長権限による総括を始める。異論があれば言ってくれ」
 その、総括という文字にいいしれぬ寂寥を覚え、僕は自分の見落としに気づいた。
 最終学年でまた同じクラスになるという悲願の他にも、皆がこの議論に熱中した理由はあった。
 それは、嬉しかったから。
 そして、楽しかったから。
 皆とまたこうして心を一つにできたことが、僕らは嬉しくて楽しくて、仕方なかったのである。
「では総括する。仮に、体育祭を制した九組に雪姫が二人いて、三位の八組に雪姫が一人いたなら、体育祭の話は気楽にできた。だが逆だったことが、気を遣う話題にした。体育祭後、一条さんを雪姫に加える動きが男子掲示板に生じるも立ち消えとなったのは、一条さんの功績を称えるより、雪姫の人数と順位の整合性を計ろうとしたのが原因と言える。これが優勝クラスと三位クラスの話題をより微妙にし、その結果、六組を準優勝に導いた真山の活躍ばかりが持ち出されるようになった。然るに旧十組の生徒は、決断を迫られた。今回の体育祭で発生したこの現象を、『序列意識の強弱が最終学年のクラス替えを決定する』を公表する、契機とするか否かを」
 これまでの嵐の如き書き込みは、どこへ行ったのだろう。 
 掲示板は、シンと静まりかえっていた。
 その沈黙の重さに身じろぎする寸前、議長発言欄へ文字が再び綴られてゆく。
「契機とする派としない派は、一度目の会合でも二度目の会合でも、完全な均衡を保っていた。だがそれは、両派の人数が不変だったという意味ではなかった。左右へ傾く天秤のように、両派の支持者数は増減を繰り返していた。しかもそれは、移り気な一部の生徒によってなされていたのではなかった。人数表示だけの皆の画面とは異なる、氏名表記もされる議長画面を見ていた者として、公表しよう。およそ九割の生徒が、対立する派への移籍を、少なくとも一度は経験したという事を」
 先ほどの沈黙では身じろぎを免れたが、今回はそうはいかなかった。両手で髪の毛をかき回し、次いで顔をゴシゴシこすり、最後に背伸びを目一杯して、僕はやっと気を落ち着かせることができたのである。映像も音声もない文字のみ会議でも、全員が全員似たり寄ったりの事をしていると感じられたのも、気持ちを静められた大きな理由だった。
「思い出してほしい。俺達は二か月前、先の六年生の卒業式が執り行われた日の一限目、同じように議論を重ねた。あの時も俺達は、相反する二つの意見の両方に正当性を感じて、揺れ動いていた。だからみんな、協力してくれ。揺れ幅は前回の方が大きいと感じたなら前回、今回の方が大きいと感じたなら今回と、アンケートに答えてくれないだろうか」 
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