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十二章
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「なるほど、素晴らしいです。凄まじいの方が適切と思えるほど、抜きんでたお二人なのだと実感しました」
視線を下げ口元に指を当て、熟考しつつそう呟いたエイミィは、それでも足らぬとばかりに瞑想を始めた。僕は耳に入ってきた「抜きんでたお二人」を「抜きんでているのは輝夜さん一人」に訂正したかったが、エイミィの瞑想の邪魔をするなどもっての外なのである。加えてエイミィは瞑想と並行して誰かと通信している節があったので、僕は会話が再開するのを静かに待ちながら、エイミィの通信相手とその内容へ推測を巡らせていた。
推測の基準になったのは、美夜さんだった。去年の十二月、CランクAIではなくAランクAIであることを初めて明かした美夜さんは、開示されていないAIの秘密を僕に幾つも教えてくれた。その折の、全AIの承諾を得て話しているかのような美夜さんと、今のエイミィは、どこが似ていてどこが異なるかを目安にしたのである。正直言うと「全AIの承諾を得て」の箇所も推測にすぎず、てんで的外れな事をしているのかもしれないが、それはそれで「推測に費やした時間と労力を惜しまない」という訓練になってくれるから、僕はむしろ気合いを入れて思索を重ねていった。なぜなら僕ら研究学校生は、常々こう教えられているからだ。
世界に通用する研究者を目指すあなた達の行く手を阻む最大の障壁の一つは、思索に費やす時間と労力を惜しむことです。学問的未開領域へ分け入り、そこに眠る宝物を世界で初めて発見するという偉業が、一切の無駄なく成し遂げられるなど、ゆめゆめ考えてはなりません。
エイミィが瞑想しつつ誰とどのような通信をしているかを推測するのは、僕の将来に無関係なのかもしれない。それでもそれに全力を注ぎ、そして全力を注ぎつつも費やした時間と労力に未練を残さない事は、学問的未開領域へ分け入ってゆく胆力を育ててくれる。教育AIのこの教えは真実だと思えたし、またこれは巧く使えば、様々なことをアレコレ悩む僕の性格の有効利用法になってくれるはずだ。したがって推測に推測を重ねるような局面でも、僕は気合いを入れてそれを行うことにしていた。そしてそれが一段落ついたまさにその時、
「眠留さん、咲耶さんが先日と今のどちらも、とても喜んでいましたよ」
瞑想を止め瞼を開けたエイミィは、瞼を開けたと表現してよいのか危ぶまれるほど目を細めてそう言った。そんな笑顔を見られただけでも嬉しかったのに、「先日」は輝夜さんが量子AIに重大な考察をした日を指し、「今」は僕が思索に気合を入れていたことを指していると直感したので、僕はエイミィに負けぬほど目を細めてしまった。二人の笑い声だけがこだまする時間を経て、確認作業へ移る必要性を感じた僕は、「先日」と「今」への直感が正しかったかを尋ねてみる。湖校入学以降見かける機会が急増した、「友達を褒められたことが嬉しくてたまらない表情」を満面に浮かべて、エイミィは答えた。
「はい、どちらも合っています。私が目を閉じている間の眠留さんの過ごし方を、咲耶さんはたいへん褒めていました。輝夜さんが量子AIプログラムの三次元性に気づいたあの晩、輝夜さんの指導教官を務める咲耶さんが眠留さんの自室を訪れた際も、それは同じでした。失神していたのが幸いし関連機密をすぐさま開示できた事を、『ヘタレ弟の失神がこんなふうに役立つとはねえ』と見事表現した美夜さんへ、輝夜さんと咲耶さんは最大級の賛辞を贈っていましたよ」
あの日あっけなく失神してしまったことを、歴代トップ3落ち込みの一つに数えていたけど、失神している最中の出来事を知った今、そんなものは影も形もなく消し飛んでいた。僕の失神は、輝夜さんの機密開示の時間を早めていた。重大な気づきを得た興奮の冷めぬ間に機密を開示された方が輝夜さんは絶対喜ぶはずで、そして僕はなんと、その助けをしていた。たった数分だったとしても僕の失神時間はそのまま、指導教官である咲耶さんの来訪を早めていたのである。その方が咲耶さんも嬉しかっただろうし、そしてそれは、二人の様子を目にした美夜さんも同じだったはずだ。これを喜ばずして、なにを喜ぶと言うのか。僕はここが屋内だったせいで歓喜大爆発の五連続宙返りを行えなかった事を、しこたま残念に思ったのだった。
それを話すと、
「眠留さんは午後の新忍道部で、いつにもまして大活躍されるのでしょうね。私も嬉しいです」
エイミィが百点満点のストレス発散法を教えてくれた。思わず、
「ああ、任せて!」
そうガッツポーズすると、
「キャ――ッッ!!」
エイミィもノリノリで応えてくれた。顔をほころばせ、僕は胸中呟いた。
エイミィも輝夜さんを名前で呼ぶようになったんだな、良かった良かった、と。
輝夜さんは去年の十二月、エイミィを実験サンプルにした。実験サンプルなんて言葉を使ったら「輝夜さんは冷徹非道なマッドサイエンティストなの?」系の誤解を招きかねないが、実情はもちろん違う。輝夜さんがそれをした理由はエイミィを破棄させないためだし、また輝夜さんがエイミィに課した義務も、「破棄に繋がる一切の行動をしない」のたった一つしかなかったからである。その証拠に、実験サンプルの契約がなされた直後のパジャマパーティーで二人はたちまち仲良しになり、咲耶さんも加えたパジャマパーティーを三人は度々開いていた。パーティー予定日が決まると三人は必ずそれを教えてくれて、翌朝を三人は普段よりハイテンションで過ごしていたから、年頃娘たちは心ゆくまでおしゃべりを楽しんでいるに違いない。その日々が「白銀さん」を「輝夜さん」に変えたのだろうとしみじみ思ったことも、連続宙返りの衝動が湧き起こった動機の一つなのだった。
とここまで考えたところで、僕はある可能性に気づいた。それは、エイミィは輝夜さんの学校生活もモニターしているのではないか、という可能性だった。
『僕と北斗と京馬の申請を受けた際、女性型AIが男子生徒の学校生活のみをモニターするのはバランス上好ましくないと、咲耶さんは判断したのではないか?』
『よって咲耶さんは女子生徒の候補者を探し、量子AI開発者を目指す超絶優秀な生徒であると共にパジャマパーティーを通じてエイミィと友情を結んだ、輝夜さんが選ばれたのではないか?』
この二つの可能性に、僕は今やっと気づいたのである。
視線を下げ口元に指を当て、熟考しつつそう呟いたエイミィは、それでも足らぬとばかりに瞑想を始めた。僕は耳に入ってきた「抜きんでたお二人」を「抜きんでているのは輝夜さん一人」に訂正したかったが、エイミィの瞑想の邪魔をするなどもっての外なのである。加えてエイミィは瞑想と並行して誰かと通信している節があったので、僕は会話が再開するのを静かに待ちながら、エイミィの通信相手とその内容へ推測を巡らせていた。
推測の基準になったのは、美夜さんだった。去年の十二月、CランクAIではなくAランクAIであることを初めて明かした美夜さんは、開示されていないAIの秘密を僕に幾つも教えてくれた。その折の、全AIの承諾を得て話しているかのような美夜さんと、今のエイミィは、どこが似ていてどこが異なるかを目安にしたのである。正直言うと「全AIの承諾を得て」の箇所も推測にすぎず、てんで的外れな事をしているのかもしれないが、それはそれで「推測に費やした時間と労力を惜しまない」という訓練になってくれるから、僕はむしろ気合いを入れて思索を重ねていった。なぜなら僕ら研究学校生は、常々こう教えられているからだ。
世界に通用する研究者を目指すあなた達の行く手を阻む最大の障壁の一つは、思索に費やす時間と労力を惜しむことです。学問的未開領域へ分け入り、そこに眠る宝物を世界で初めて発見するという偉業が、一切の無駄なく成し遂げられるなど、ゆめゆめ考えてはなりません。
エイミィが瞑想しつつ誰とどのような通信をしているかを推測するのは、僕の将来に無関係なのかもしれない。それでもそれに全力を注ぎ、そして全力を注ぎつつも費やした時間と労力に未練を残さない事は、学問的未開領域へ分け入ってゆく胆力を育ててくれる。教育AIのこの教えは真実だと思えたし、またこれは巧く使えば、様々なことをアレコレ悩む僕の性格の有効利用法になってくれるはずだ。したがって推測に推測を重ねるような局面でも、僕は気合いを入れてそれを行うことにしていた。そしてそれが一段落ついたまさにその時、
「眠留さん、咲耶さんが先日と今のどちらも、とても喜んでいましたよ」
瞑想を止め瞼を開けたエイミィは、瞼を開けたと表現してよいのか危ぶまれるほど目を細めてそう言った。そんな笑顔を見られただけでも嬉しかったのに、「先日」は輝夜さんが量子AIに重大な考察をした日を指し、「今」は僕が思索に気合を入れていたことを指していると直感したので、僕はエイミィに負けぬほど目を細めてしまった。二人の笑い声だけがこだまする時間を経て、確認作業へ移る必要性を感じた僕は、「先日」と「今」への直感が正しかったかを尋ねてみる。湖校入学以降見かける機会が急増した、「友達を褒められたことが嬉しくてたまらない表情」を満面に浮かべて、エイミィは答えた。
「はい、どちらも合っています。私が目を閉じている間の眠留さんの過ごし方を、咲耶さんはたいへん褒めていました。輝夜さんが量子AIプログラムの三次元性に気づいたあの晩、輝夜さんの指導教官を務める咲耶さんが眠留さんの自室を訪れた際も、それは同じでした。失神していたのが幸いし関連機密をすぐさま開示できた事を、『ヘタレ弟の失神がこんなふうに役立つとはねえ』と見事表現した美夜さんへ、輝夜さんと咲耶さんは最大級の賛辞を贈っていましたよ」
あの日あっけなく失神してしまったことを、歴代トップ3落ち込みの一つに数えていたけど、失神している最中の出来事を知った今、そんなものは影も形もなく消し飛んでいた。僕の失神は、輝夜さんの機密開示の時間を早めていた。重大な気づきを得た興奮の冷めぬ間に機密を開示された方が輝夜さんは絶対喜ぶはずで、そして僕はなんと、その助けをしていた。たった数分だったとしても僕の失神時間はそのまま、指導教官である咲耶さんの来訪を早めていたのである。その方が咲耶さんも嬉しかっただろうし、そしてそれは、二人の様子を目にした美夜さんも同じだったはずだ。これを喜ばずして、なにを喜ぶと言うのか。僕はここが屋内だったせいで歓喜大爆発の五連続宙返りを行えなかった事を、しこたま残念に思ったのだった。
それを話すと、
「眠留さんは午後の新忍道部で、いつにもまして大活躍されるのでしょうね。私も嬉しいです」
エイミィが百点満点のストレス発散法を教えてくれた。思わず、
「ああ、任せて!」
そうガッツポーズすると、
「キャ――ッッ!!」
エイミィもノリノリで応えてくれた。顔をほころばせ、僕は胸中呟いた。
エイミィも輝夜さんを名前で呼ぶようになったんだな、良かった良かった、と。
輝夜さんは去年の十二月、エイミィを実験サンプルにした。実験サンプルなんて言葉を使ったら「輝夜さんは冷徹非道なマッドサイエンティストなの?」系の誤解を招きかねないが、実情はもちろん違う。輝夜さんがそれをした理由はエイミィを破棄させないためだし、また輝夜さんがエイミィに課した義務も、「破棄に繋がる一切の行動をしない」のたった一つしかなかったからである。その証拠に、実験サンプルの契約がなされた直後のパジャマパーティーで二人はたちまち仲良しになり、咲耶さんも加えたパジャマパーティーを三人は度々開いていた。パーティー予定日が決まると三人は必ずそれを教えてくれて、翌朝を三人は普段よりハイテンションで過ごしていたから、年頃娘たちは心ゆくまでおしゃべりを楽しんでいるに違いない。その日々が「白銀さん」を「輝夜さん」に変えたのだろうとしみじみ思ったことも、連続宙返りの衝動が湧き起こった動機の一つなのだった。
とここまで考えたところで、僕はある可能性に気づいた。それは、エイミィは輝夜さんの学校生活もモニターしているのではないか、という可能性だった。
『僕と北斗と京馬の申請を受けた際、女性型AIが男子生徒の学校生活のみをモニターするのはバランス上好ましくないと、咲耶さんは判断したのではないか?』
『よって咲耶さんは女子生徒の候補者を探し、量子AI開発者を目指す超絶優秀な生徒であると共にパジャマパーティーを通じてエイミィと友情を結んだ、輝夜さんが選ばれたのではないか?』
この二つの可能性に、僕は今やっと気づいたのである。
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