僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
434 / 934
十二章

2

しおりを挟む
「なるほど、素晴らしいです。凄まじいの方が適切と思えるほど、抜きんでたお二人なのだと実感しました」
 視線を下げ口元に指を当て、熟考しつつそう呟いたエイミィは、それでも足らぬとばかりに瞑想を始めた。僕は耳に入ってきた「抜きんでたお二人」を「抜きんでているのは輝夜さん一人」に訂正したかったが、エイミィの瞑想の邪魔をするなどもっての外なのである。加えてエイミィは瞑想と並行して誰かと通信しているふしがあったので、僕は会話が再開するのを静かに待ちながら、エイミィの通信相手とその内容へ推測を巡らせていた。
 推測の基準になったのは、美夜さんだった。去年の十二月、CランクAIではなくAランクAIであることを初めて明かした美夜さんは、開示されていないAIの秘密を僕に幾つも教えてくれた。その折の、全AIの承諾を得て話しているかのような美夜さんと、今のエイミィは、どこが似ていてどこが異なるかを目安にしたのである。正直言うと「全AIの承諾を得て」の箇所も推測にすぎず、てんで的外れな事をしているのかもしれないが、それはそれで「推測に費やした時間と労力を惜しまない」という訓練になってくれるから、僕はむしろ気合いを入れて思索を重ねていった。なぜなら僕ら研究学校生は、常々こう教えられているからだ。

 世界に通用する研究者を目指すあなた達の行く手を阻む最大の障壁の一つは、思索に費やす時間と労力を惜しむことです。学問的未開領域へ分け入り、そこに眠る宝物を世界で初めて発見するという偉業が、一切の無駄なく成し遂げられるなど、ゆめゆめ考えてはなりません。
 
 エイミィが瞑想しつつ誰とどのような通信をしているかを推測するのは、僕の将来に無関係なのかもしれない。それでもそれに全力を注ぎ、そして全力を注ぎつつも費やした時間と労力に未練を残さない事は、学問的未開領域へ分け入ってゆく胆力を育ててくれる。教育AIのこの教えは真実だと思えたし、またこれは巧く使えば、様々なことをアレコレ悩む僕の性格の有効利用法になってくれるはずだ。したがって推測に推測を重ねるような局面でも、僕は気合いを入れてそれを行うことにしていた。そしてそれが一段落ついたまさにその時、
「眠留さん、咲耶さんが先日と今のどちらも、とても喜んでいましたよ」
 瞑想を止め瞼を開けたエイミィは、瞼を開けたと表現してよいのか危ぶまれるほど目を細めてそう言った。そんな笑顔を見られただけでも嬉しかったのに、「先日」は輝夜さんが量子AIに重大な考察をした日を指し、「今」は僕が思索に気合を入れていたことを指していると直感したので、僕はエイミィに負けぬほど目を細めてしまった。二人の笑い声だけがこだまする時間を経て、確認作業へ移る必要性を感じた僕は、「先日」と「今」への直感が正しかったかを尋ねてみる。湖校入学以降見かける機会が急増した、「友達を褒められたことが嬉しくてたまらない表情」を満面に浮かべて、エイミィは答えた。
「はい、どちらも合っています。私が目を閉じている間の眠留さんの過ごし方を、咲耶さんはたいへん褒めていました。輝夜さんが量子AIプログラムの三次元性に気づいたあの晩、輝夜さんの指導教官を務める咲耶さんが眠留さんの自室を訪れた際も、それは同じでした。失神していたのが幸いし関連機密をすぐさま開示できた事を、『ヘタレ弟の失神がこんなふうに役立つとはねえ』と見事表現した美夜さんへ、輝夜さんと咲耶さんは最大級の賛辞を贈っていましたよ」
 あの日あっけなく失神してしまったことを、歴代トップ3落ち込みの一つに数えていたけど、失神している最中の出来事を知った今、そんなものは影も形もなく消し飛んでいた。僕の失神は、輝夜さんの機密開示の時間を早めていた。重大な気づきを得た興奮の冷めぬ間に機密を開示された方が輝夜さんは絶対喜ぶはずで、そして僕はなんと、その助けをしていた。たった数分だったとしても僕の失神時間はそのまま、指導教官である咲耶さんの来訪を早めていたのである。その方が咲耶さんも嬉しかっただろうし、そしてそれは、二人の様子を目にした美夜さんも同じだったはずだ。これを喜ばずして、なにを喜ぶと言うのか。僕はここが屋内だったせいで歓喜大爆発の五連続宙返りを行えなかった事を、しこたま残念に思ったのだった。
 それを話すと、
「眠留さんは午後の新忍道部で、いつにもまして大活躍されるのでしょうね。私も嬉しいです」
 エイミィが百点満点のストレス発散法を教えてくれた。思わず、
「ああ、任せて!」
 そうガッツポーズすると、
「キャ――ッッ!!」
 エイミィもノリノリで応えてくれた。顔をほころばせ、僕は胸中呟いた。
 エイミィも輝夜さんを名前で呼ぶようになったんだな、良かった良かった、と。

 輝夜さんは去年の十二月、エイミィを実験サンプルにした。実験サンプルなんて言葉を使ったら「輝夜さんは冷徹非道なマッドサイエンティストなの?」系の誤解を招きかねないが、実情はもちろん違う。輝夜さんがそれをした理由はエイミィを破棄させないためだし、また輝夜さんがエイミィに課した義務も、「破棄に繋がる一切の行動をしない」のたった一つしかなかったからである。その証拠に、実験サンプルの契約がなされた直後のパジャマパーティーで二人はたちまち仲良しになり、咲耶さんも加えたパジャマパーティーを三人は度々開いていた。パーティー予定日が決まると三人は必ずそれを教えてくれて、翌朝を三人は普段よりハイテンションで過ごしていたから、年頃娘たちは心ゆくまでおしゃべりを楽しんでいるに違いない。その日々が「白銀さん」を「輝夜さん」に変えたのだろうとしみじみ思ったことも、連続宙返りの衝動が湧き起こった動機の一つなのだった。
 とここまで考えたところで、僕はある可能性に気づいた。それは、エイミィは輝夜さんの学校生活もモニターしているのではないか、という可能性だった。
『僕と北斗と京馬の申請を受けた際、女性型AIが男子生徒の学校生活のみをモニターするのはバランス上好ましくないと、咲耶さんは判断したのではないか?』
『よって咲耶さんは女子生徒の候補者を探し、量子AI開発者を目指す超絶優秀な生徒であると共にパジャマパーティーを通じてエイミィと友情を結んだ、輝夜さんが選ばれたのではないか?』
 この二つの可能性に、僕は今やっと気づいたのである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる
キャラ文芸
小学六年の夏 夏休みが終わり登校すると クオラスメイトの少女が1人 この世から消えていた ある事故をきっかけに彼女が亡くなる 一年前に時を遡った主人公 なぜ彼女は死んだのか そして彼女を救うことは出来るのか? これは小さな勇者と彼女の物語

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい
ファンタジー
 メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ  超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。  同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

伊賀忍者に転生して、親孝行する。

風猫(ふーにゃん)
キャラ文芸
 俺、朝霧疾風(ハヤテ)は、事故で亡くなった両親の通夜の晩、旧家の実家にある古い祠の前で、曽祖父の声を聞いた。親孝行をしたかったという俺の願いを叶えるために、戦国時代へ転移させてくれるという。そこには、亡くなった両親が待っていると。果たして、親孝行をしたいという願いは叶うのだろうか。  戦国時代の風習と文化を紐解きながら、歴史上の人物との邂逅もあります。

処理中です...