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十二章
爆渦軸閃の仕組み
しおりを挟む翔刀術の理論 〔肉体技術編〕
② 爆渦軸閃の仕組み
爆渦軸閃はリミッターを解除した筋肉によって成されるが、筋肉のリミッターを外しさえすれば可能になる技ではない。なぜなら爆渦軸閃とは、「爆発」させた力を「渦」となし「軸」に集め、一方向へ「閃光」の如く放出する言わば複合技術であり、そして筋肉のリミッターを解除することは、冒頭の「爆発」のみを指すからである。ならば残りの、渦と軸と閃光は何を指しているのか。そのためには、爆渦軸閃の成り立ちを説明する必要があるだろう。
爆渦軸閃は、合戦で戦刀を操る技術から生まれた。重厚な甲冑を破壊すべく設計された戦刀は、江戸時代の武士が腰に差していた打刀より厚く重く、そして長く作られていた。このような戦刀は腕の筋肉だけで振れるものではなく、また仮に振れたとしても、合戦では通用しなかった。合戦は「多数」の敵兵士と「長時間」に渡り「命のやり取り」をするため、腕の筋肉だけに頼っていては、最後まで戦い抜くことができないからだ。よって古の武士たちは、戦刀を全身で振る技を編み出した。腕に加え、腕より筋肉の多い胴体と、胴体より更に筋肉の多い足腰を使うことにより、生きるか死ぬかの戦闘を長時間こなせる技術を確立した。これが前述した「渦」と「軸」と「閃光」の、元になったのである。
翔人は、正確には翔人の候補生たちは、刀を用いる鍛錬を始める前の座学で、短い木刀と長い木刀の破壊力の違いを質問される。この論文の執筆者である私の低性能頭脳でも、切先を高速で振り下ろせる長い木刀は、短い木刀より大きな破壊力を得られるという正解に、すぐ辿り着けた。だが「大きな破壊力を長所とするなら短所はなにか」という問いへは正解を得られず、そして得られぬまま、自分の身長と同じ長さの木刀を私は振った。鳩尾の高さに張った凧糸を頭に思い描き、それを断ち切るイメージに沿って長い木刀を振り下ろすと、たった一振りで正解が手中に転がり込んできた。それは、木刀を操りにくくするのは重さより長さである、という事だった。祖父にそう告げるや、重量が三倍の特別な木刀を渡され、それを振るよう命じられた。その結果、先程の正解をより深く理解することができた。重量三倍の木刀は、長い木刀と重さは同じでも、操りやすかったのは断然、重量三倍の木刀だった。長い木刀は遠心力によって大きな破壊力を容易く生み出せるが、その遠心力が仇となり、動かしづらく、そして止めにくかった。振りかぶるのも困難なら、振り下ろした木刀を止めるのはもっと困難だったのである。それを己が体で理解した私は、腕だけでなく体全体で木刀を振ることを、以前とは比較にならぬほど強く意識するようになった。短い木刀は脇が少々開いていても動かせたが、身長と同じ長さの木刀は、脇が開いたとたん動かせなくなった。また脇を閉じても、腕と胴体を連動させ、胴体で発生させた力を土台にして腕を使わないと、長い木刀を素早く動かせなかった。また素早く動かせても、足腰と胴体を連動させ、足腰の力を土台にして胴を使わないと、長い木刀を複雑に操作できなかった。そして複雑に操作できても、それを繋ぎ合わせた連続技を発動するには、体全体を渦にせねばならなかった。体中の筋力を渦にし、渦の中心の軸に全筋力を集中させ、その軸でもって木刀を操る。軸を持ちつつも滑らかに揺れ動く竜巻の如く、軸の形を自在に変えることで、軸の延長たる木刀を自在に動かす。ひいては、足腰の力により渦の回転方向を暫時変え、回転方向の連続切り替えによって、剣技の連続発動を可能ならしめてゆく。それを私は、長い木刀を用いる鍛錬を通じて身に付けて行った。そしてその日々が、爆渦軸閃の要諦である股関節の円運動へと、私を導いたのである。
想像してもらいたい。あなたは今、独楽の軸を親指と人差し指で摘み、右へ左へクルクル回している。その独楽には直径が描かれていて、その直径の両端が、回転に合わせて右にクルクル左にクルクル回っている。では、考えて欲しい。独楽の軸を摘んで回せば、直径を表す二つの点は、同じ円周上を自動的に動いてくれる。ならそれを、独楽なしで行うとしたらどうだろうか。右手の人差し指と左手の人差し指で、円周上を動く二つの点を再現できるだろうか。正解は、「極めて困難」だ。まず、人差し指の先端で円を描くのが難しい。正確な円を指でなぞれるようになるには、かなりの練習を必要とする。しかもそれを、右手と左手で同時に行わねばならない。左右の人差し指を、同じ速度で、同じ距離だけ動かさないと、独楽を真似られないのだ。しかもそこに、力加減も加わるとしたらどうだろうか。独楽の両端の点には、同じ遠心力がかかっている。よって左右の人差し指を、同じ力加減で動かさないと、二つの点を真似たことにはならない。つまり左右の人差し指の、力加減と速度と移動距離を等しくし、同じ円の両端になるよう動かさなければ、独楽を再現した事にはならないのである。「極めて困難」を正解とした理由を、ご理解いただけたと思う。そして我々翔人は刀を操る際、その人差し指の動きを、股関節で行っているのだ。
翔刀術では左右の股関節を、同じ速度と距離と力加減で動かし、股関節の中心に確固たる軸を形成する。その軸に、胴の筋力を上乗せし、更に腕の筋力を上乗せして刀を振る。足腰で力を生み出し、胴体で力を増幅しつつそれに大まかな方向を与え、腕と手首で微調整を施して、素早く正確に力強く刀を操る。最も筋肉の多い足腰が最も大きな力を担当し、胴は足腰より弱い力を、腕は更に弱い力を受け持つことにより、長時間の戦闘を可能にする。翔人の先祖は、このような刀術を編み出したのだ。そしてそれに、リミッターを解除した脚力を加えることによって、翔人は爆渦軸閃を発動するのである。
翔人は、不動と呼ばれる鍛錬を経て大腿四頭筋のリミッターを外す。不動はその名の通り、同じ姿勢を保ち続ける鍛錬であるため、筋肉への負荷が二字曲線的に増えて行く性質を持っている。不動は限界直前の一瞬で、強大な負荷を筋肉にかける事ができるのだ。その日々が、一瞬で強大な力を発生させる筋肉を作り上げてゆく。筋繊維を総動員するという通常ではあり得ない状態を、十分の一秒にも満たない時間で成す大腿四頭筋を、翔人は数年かけて育ててゆく。その脚力をもって、翔人は股関節を動かす。しかも脚自体を渦にし、渦の先端を股関節にすることで、左右の股関節を正確に素早く動かす。それによって生じた、人の限界を超える力を脚へ戻すことにより、翔人は己が体を四方八方へ高速移動させる。これが爆渦軸閃の、仕組みなのだ。
ただ、力学的な説明のつきにくい箇所が、爆渦軸閃には一つだけある。それは前述の、
『それにより生じた人の限界を超える力を脚へ戻すことにより、翔人は己が体を四方八方へ高速移動させる』
の中にある。上記を時系列に並べると、まず股関節で円を描き、円の中心に人の限界を超える力を生じさせ、その力を脚に戻し体を移動させるという、三つの手順が浮かび上がってくる。「円を描くという原因が限界を超える力という結果を生み、それが原因となって高速移動という結果を生み出す」との因果関係に基づく時間経過が、そこに見て取れるのだ。そのはずなのに、翔人はこの三つを同時に行う。一つ目と二つ目に時間差を作らないことならまだ説明つくが、それと並行して三つ目をするとなると、理から外れてしまう。にもかかわらず翔人はそれをなし、またそれはハウスAIによる計測でも証明されたため、私はその仕組みを数カ月間研究してきた。そしてようやく、それを解明することができた。その突破口となったのは、脚の軸運動だったのである。
脚は棒状ゆえ、その両端は、足の裏と股関節になる。よって脚に軸運動をさせれば股関節だけでなく、足の裏も素早く正確に力強く動かすことができる。それを元に、一年前の私と今の私の爆渦軸閃を精査したところ、脚の軸運動の上達と両端の時間差に、明確な関係を発見した。脚の軸運動に上達すればするほど、両端の時間差を少なくできていたのだ。いやおそらく、両端の時間差をほぼゼロにしないと、爆渦軸閃は発動不可能なのだろう。その立証のためにも、新たな翔人候補生の誕生を私は切望している。
以上をもって、爆渦軸閃の仕組みを終りとする。
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