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十二章
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香取さんはその後、とても穏やかな表情で持論を淡々と述べた。それは、小学校で習った人の成長の基本をお浚いする事から始まった。
人は成長と共に、他者に育ててもらう割合と自分で自分を育てる割合を、逆転させていく。
乳児期(0~1歳)、人はあらゆる面で他者に育ててもらっている。
幼児期(1~6歳)、身の回りの始末を習い、ようやく自分で自分を育て始める。
児童期(6~9歳)、生活に学校が加わり、自分を育てる割合が増えてゆく。
そして学童期(9~12歳)、異性からの評価と将来の目標という要素が新たに加わり、割合は加速度的に増加してゆく。
この基本を、香取さんは理解しているつもりでいた。世界に通用する専門家を目指して研究学校に入学したのだから、きちんと理解できていると考えていた。だが本人の弁によると、それは間違いだったと言う。未熟者にありがちな、一知半解の領域をまだ出ていなかったそうだ。香取さんはこのお昼休みに、一知半解を超える新たな概念を得た。その概念は、これだ。
自分の中に眠る才能に気付き、才能を目覚めさせ、それを育んでゆけるのは、宇宙で自分しかいない。
それができるのは宇宙でただ一人、自分だけなのだ。
香取さんはそう、悟ったのである。
「剣道の授業中に閃いた『磨いてゆく』は、語彙力に由来するのか。それとも、電気放電を翻訳した結果なのか。猫将軍君のこの質問は、私の能力を完全に超えていてね。脳が負荷に耐えられなくなり、何も考えられなくなってしまったんだ。でも・・・」
香取さんは一旦言葉を切り、真っ直ぐな視線を智樹に向けた。智樹は一瞬怯むも背筋を伸ばし、胸を勇ましくドンと叩いて見せる。それに乙女の微笑みで応え、香取さんは話を再開した。
「福井君が話してくれた、閃きと思い付きの定義の違いに、電気放電がまた起きたの。けどそれは剣道の授業中のものと比べると静電気くらいの弱さしかなくて、そしてその電気が消えた時、もどかしい想いが心の中にあった。あとちょっとで言語化できるのにどうしても言語化できず、それでいてこれこそが正解なんだって直感している、そんなもどかしい想いがあったの。だからジェスチャーで先を続けてもらうよう頼んだら・・・」
香取さんは再度言葉を切り、今度は那須さんを真っ直ぐ見つめた。心得たとばかりに那須さんは智樹を真似て、勇ましく胸を反らせる。四人の明るい笑い声がこだましたのち、先が語られた。
「夏菜が『身に付ける』と『磨いてゆく』の違いを明確にしてくれた。それは暗記した知識ではない、陸上走者としての経験に基づく区別だったから、福井君もサッカーを通じてそれにすぐ同意した。しかもそれは間を置かず、閃きを基に体を動かす精度の向上は『磨いてゆく』に該当する、という話に発展して行った。そのお蔭で、心の中にあったもどかしい想いを、ほぼ翻訳することができた。私は小躍りしそうだった。でもその小躍りこそが、慢心に染まった未熟な私の最後の抵抗だったの。トリオ漫才のツッコミ役を見事成功させた夏菜は、小躍りとはまったく異なる、純粋な喜びを全身で表していたわ。その純粋さが、慢心の最後の抵抗を打ち砕いてくれたのね。夏菜がツッコミ役の才能に気づき、それを育てているように、私も自分の文才を育てていこう。それが出来るのは自分しかいないんだから、頑張るぞ。そう決意したら、私は自分が新しい場所にいることを悟った。この私なら、猫将軍君の問いに答えられる。だから、言うね」
香取さんは深呼吸し、一段強い光を放つようになった瞳で答えた。
「剣道の授業で心中叫んだ『磨いてゆく』は、電気放電を翻訳した結果です。いわゆるビギナーズラックなのか、電気放電の巨大さに助けられたのかは判断できないけど、あれは翻訳だったと私は言い切れる。私は剣道を通じて、自分自身を磨いていくの。だってそれは、文才を育み伸ばしてゆく私を支える、主要な柱の一つだからね」
パチパチパチ――ッと先ずは拍手が鳴り、
「頑張って!」
「僕応援するね!」
「俺も負けないぞ――!!」
等々の言葉が矢継ぎ早に贈られてゆく。その一つ一つに満面の笑みで応えたのち、香取さんは顔を覆って泣き始めた。
けどそれは哀しみとは正反対の涙だし、寄り添ってあげられる那須さんもすぐ隣にいたため、僕と智樹は安心して、涙を流す香取さんを見守ることができたのだった。
その後、ちょっとしたサプライズがあった。なんと先々週の月曜の段階で、選択授業に剣道を選び申請を終わらせていたことを、那須さんが打ち明けたのである。
「結、黙っててごめんね。結の判断を邪魔したくなかったの」
「夏菜どうしよう」
「どうしたの?」
「なぜ黙ってたのよって責める気持ちと、私のためを思ってくれたのねって感謝の気持ちと、話したかったろうに我慢させちゃったねってお詫びの気持ちと、夏菜と一緒に授業を受けられて嬉しいって気持ちが、混ぜこぜになって収集つかないんだけど」
百面相でそう打ち明ける香取さんに、皆で笑い転げた。新しい香取さんに、僕は胸中語り掛ける。「香取さんは本当に、一歩を踏み出す人になったんだね。以前の香取さんなら今の言葉を情感たっぷり伝えるだけで、百面相を添えて笑いを取ろうとはしなかったからさ」
そしてそれは即時、証明される事となった。智樹が喜びの余り、
「俺も剣道の選択授業を取るぜ!」
と脱線したのだ。すると香取さんは、
「福井君ありがとう。でも福井君が救命救急三級に合格してくれたら、私もっと嬉しいな」
微笑み一つで智樹を元のレールに戻し、
「福井君、応援してるね」
そして更に一歩踏み出した。そうすることで、
「全力を尽くすことを、香取さんに誓います!」
智樹の脱線を、目標成就の原動力に昇華させてしまったのである。かけがえのない女性の前で尻尾を千切れんばかりに振る豆柴と化した智樹に、「とうとうお前もこっちに来たか」と、僕は憐憫を覚えずにはいられなかった。しかしそれでも、智樹が救命救急三級の授業を受けるに相応しい漢であることに変わりはない。それを知ってもらうべく、
「そうそう香取さん聞いて、那須さんも!」
選択授業の様子を僕は張り切って女の子たちに話した。けど、翔人の話を筆頭として明かせない事柄が複数あったため、消化不良のような感覚が心に残ってしまう。よって、
「さて、救命救急三級に関する箇所を日記から抜粋して、まとめてみるかな」
僕は五限が始まるなり、2Dキーボードに指を走らせたのだった。
人は成長と共に、他者に育ててもらう割合と自分で自分を育てる割合を、逆転させていく。
乳児期(0~1歳)、人はあらゆる面で他者に育ててもらっている。
幼児期(1~6歳)、身の回りの始末を習い、ようやく自分で自分を育て始める。
児童期(6~9歳)、生活に学校が加わり、自分を育てる割合が増えてゆく。
そして学童期(9~12歳)、異性からの評価と将来の目標という要素が新たに加わり、割合は加速度的に増加してゆく。
この基本を、香取さんは理解しているつもりでいた。世界に通用する専門家を目指して研究学校に入学したのだから、きちんと理解できていると考えていた。だが本人の弁によると、それは間違いだったと言う。未熟者にありがちな、一知半解の領域をまだ出ていなかったそうだ。香取さんはこのお昼休みに、一知半解を超える新たな概念を得た。その概念は、これだ。
自分の中に眠る才能に気付き、才能を目覚めさせ、それを育んでゆけるのは、宇宙で自分しかいない。
それができるのは宇宙でただ一人、自分だけなのだ。
香取さんはそう、悟ったのである。
「剣道の授業中に閃いた『磨いてゆく』は、語彙力に由来するのか。それとも、電気放電を翻訳した結果なのか。猫将軍君のこの質問は、私の能力を完全に超えていてね。脳が負荷に耐えられなくなり、何も考えられなくなってしまったんだ。でも・・・」
香取さんは一旦言葉を切り、真っ直ぐな視線を智樹に向けた。智樹は一瞬怯むも背筋を伸ばし、胸を勇ましくドンと叩いて見せる。それに乙女の微笑みで応え、香取さんは話を再開した。
「福井君が話してくれた、閃きと思い付きの定義の違いに、電気放電がまた起きたの。けどそれは剣道の授業中のものと比べると静電気くらいの弱さしかなくて、そしてその電気が消えた時、もどかしい想いが心の中にあった。あとちょっとで言語化できるのにどうしても言語化できず、それでいてこれこそが正解なんだって直感している、そんなもどかしい想いがあったの。だからジェスチャーで先を続けてもらうよう頼んだら・・・」
香取さんは再度言葉を切り、今度は那須さんを真っ直ぐ見つめた。心得たとばかりに那須さんは智樹を真似て、勇ましく胸を反らせる。四人の明るい笑い声がこだましたのち、先が語られた。
「夏菜が『身に付ける』と『磨いてゆく』の違いを明確にしてくれた。それは暗記した知識ではない、陸上走者としての経験に基づく区別だったから、福井君もサッカーを通じてそれにすぐ同意した。しかもそれは間を置かず、閃きを基に体を動かす精度の向上は『磨いてゆく』に該当する、という話に発展して行った。そのお蔭で、心の中にあったもどかしい想いを、ほぼ翻訳することができた。私は小躍りしそうだった。でもその小躍りこそが、慢心に染まった未熟な私の最後の抵抗だったの。トリオ漫才のツッコミ役を見事成功させた夏菜は、小躍りとはまったく異なる、純粋な喜びを全身で表していたわ。その純粋さが、慢心の最後の抵抗を打ち砕いてくれたのね。夏菜がツッコミ役の才能に気づき、それを育てているように、私も自分の文才を育てていこう。それが出来るのは自分しかいないんだから、頑張るぞ。そう決意したら、私は自分が新しい場所にいることを悟った。この私なら、猫将軍君の問いに答えられる。だから、言うね」
香取さんは深呼吸し、一段強い光を放つようになった瞳で答えた。
「剣道の授業で心中叫んだ『磨いてゆく』は、電気放電を翻訳した結果です。いわゆるビギナーズラックなのか、電気放電の巨大さに助けられたのかは判断できないけど、あれは翻訳だったと私は言い切れる。私は剣道を通じて、自分自身を磨いていくの。だってそれは、文才を育み伸ばしてゆく私を支える、主要な柱の一つだからね」
パチパチパチ――ッと先ずは拍手が鳴り、
「頑張って!」
「僕応援するね!」
「俺も負けないぞ――!!」
等々の言葉が矢継ぎ早に贈られてゆく。その一つ一つに満面の笑みで応えたのち、香取さんは顔を覆って泣き始めた。
けどそれは哀しみとは正反対の涙だし、寄り添ってあげられる那須さんもすぐ隣にいたため、僕と智樹は安心して、涙を流す香取さんを見守ることができたのだった。
その後、ちょっとしたサプライズがあった。なんと先々週の月曜の段階で、選択授業に剣道を選び申請を終わらせていたことを、那須さんが打ち明けたのである。
「結、黙っててごめんね。結の判断を邪魔したくなかったの」
「夏菜どうしよう」
「どうしたの?」
「なぜ黙ってたのよって責める気持ちと、私のためを思ってくれたのねって感謝の気持ちと、話したかったろうに我慢させちゃったねってお詫びの気持ちと、夏菜と一緒に授業を受けられて嬉しいって気持ちが、混ぜこぜになって収集つかないんだけど」
百面相でそう打ち明ける香取さんに、皆で笑い転げた。新しい香取さんに、僕は胸中語り掛ける。「香取さんは本当に、一歩を踏み出す人になったんだね。以前の香取さんなら今の言葉を情感たっぷり伝えるだけで、百面相を添えて笑いを取ろうとはしなかったからさ」
そしてそれは即時、証明される事となった。智樹が喜びの余り、
「俺も剣道の選択授業を取るぜ!」
と脱線したのだ。すると香取さんは、
「福井君ありがとう。でも福井君が救命救急三級に合格してくれたら、私もっと嬉しいな」
微笑み一つで智樹を元のレールに戻し、
「福井君、応援してるね」
そして更に一歩踏み出した。そうすることで、
「全力を尽くすことを、香取さんに誓います!」
智樹の脱線を、目標成就の原動力に昇華させてしまったのである。かけがえのない女性の前で尻尾を千切れんばかりに振る豆柴と化した智樹に、「とうとうお前もこっちに来たか」と、僕は憐憫を覚えずにはいられなかった。しかしそれでも、智樹が救命救急三級の授業を受けるに相応しい漢であることに変わりはない。それを知ってもらうべく、
「そうそう香取さん聞いて、那須さんも!」
選択授業の様子を僕は張り切って女の子たちに話した。けど、翔人の話を筆頭として明かせない事柄が複数あったため、消化不良のような感覚が心に残ってしまう。よって、
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