僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
414 / 934
十二章

答はいつも、1

しおりを挟む
 翌、十二日のお昼休み。
 昼食時の話題として、運動系部員と文科系部員のノリの違いを香取さんが取り上げた。僕の予想ではこの話題に最も動揺するのは那須さんで、智樹はその次だったのだけど、実際は逆だった。あろうことか、僕は忘れていたのである。智樹が、香取さんに恋をしている事を。
「ええっ、そんなことない・・・いや、本人の主張を無視して決めつけるのは良くないな。でも、少なくとも俺は香取さんを・・・いや、大切なのは俺の考えじゃなく香取さんの考えだよな」
 身を乗り出し反対意見を述べるも、その直後客観性を取り戻し内省するという、起伏の激しい感情の波を智樹は二つ披露した。そしてそののち
「ごめん俺、香取さんは陽気で賢いクラスのムードメーカーだって安心しきってたよ・・・どわっ、ひょっとして香取さん、無理してムードメーカーになっていたとか!」
 自分の未熟さを盛大に恥じてから香取さんが無理をしていた可能性に気付き大慌てになると言う、ひときわ大きな感情の波でもって智樹は尋ねた。そうそれは、谷を深くえぐったのち空に向かって急上昇してゆくロケット発射台のような感情の波だったため、智樹は発射台から放たれたロケットよろしく椅子から跳び上がっていた。お弁当を粗方食べ終えていたとはいえ食事の席でこれほど激しく体を動かすのは本来ならマナー違反なのだろうが、心底純粋に香取さんを案じるその様子は、同じく香取さんを案じる那須さんの心に冷静さと好意を芽生えさせたらしい。那須さんは斜向かいに座る智樹に先ず体を向け、
「福井君、私の代わりに正直な想いを明かしてくれて、ありがとう」
 そうお礼を述べる。続いて体を再度左に回転させ、
「福井君の質問はもっともだわ。ねえ結、無理してムードメーカーをしていたの?」
 那須さんは穏やかな口調で香取さんに問いかけた。智樹の慌てぶりに丸くなっていた香取さんの目が、嬉しげに細められてゆく。それだけで安堵の息を吐いた智樹の純粋さが嬉しくてその背中を景気よく叩くと、智樹は盛んに照れながら椅子に腰を下ろした。それがいかにも可愛らしく、僕はこの友をイジリたくて堪らなくなってしまった。
「智樹って、可愛いのな」
「可愛いは言い過ぎだ。純粋って呼べ」
「いよっ、この純情ボーイ」
「いや待て、純情ボーイはニュアンスが違くないか?」
「ん? 僕は自分を、純情ボーイって思ってるけど」
「むっ、確かにそうだな。眠留と同じならまあいいか」
 なんて、互いを小突きワイワイやる僕らに笑みを零したのち、香取さんは仲間三人へ交互に顔を向ける。
「三人ともありがとう。それで三人に、聞きたい事があるんだ。湖校入学後の自分を改めて振り返ったら、小学校とは真逆だって気づけたの。明るく陽気でいることに、私は違和感が全然ないみたいなんだ。みんな、どう思う?」
 すると、
「良かった~~」
 智樹がこれまた心底純粋に無理していなかった事を喜ぶものだから、僕はコイツの恋の助けをとことんしたくなってしまった。「私も同じ」というオーラをキラキラ放つ那須さんに目配せし、僕らは芝居を始める。
「いや智樹、香取さんは違和感を覚えない仕組みを尋ねたんであって・・・あれ? 良かったっていう智樹の感想は、必ずしも間違いじゃないのかな?」
「ああ良かった。結、無理していたのでは無かったのね」
「なるほど。那須さんがそうであるように、友人としての第一声は、良かったで正しいんだ」
「うん、福井君の言うとおり、まずは何より良かっただと私も思う」
「ほら見ろ眠留、どんなもんだ!」
「でも福井君は、友人のままで良いの?」
「えっ、あっ、いやその、うわあっっ!」
「だよね那須さん。おい智樹、腹を括って答えるんだ。お前は香取さんを!」
「ちょ、ちょっと待った! 今は、香取さんの悩みを解決するのが第一だと思うんだが!」
「う~ん、残念だけど福井君に一理あるかな。結も、それでいい?」
「へ、はっはい。どうぞそれで、よろしくお願いします」
 香取さんは体を目一杯すぼめながらも、乙女の恥じらいに染まった頬でペコリと頭を下げた。
 そんな香取さんに、三島から猛アタックを受けていた頃の青木さんを思い出した僕は、今では公認の仲になった二人と同じ道を智樹と香取さんも歩むようになる気が、なぜかしきりとした。ふと脳裏を、咲耶さんの言葉がかすめる。
『異性の学友達と良好な関係を築くことは、学校生活をエネルギッシュにする最大の原動力の一つ』
 了解です頑張ります、と胸の中で咲耶さんに敬礼し、僕は口火を切った。
「仮に香取さんが無理して明るく振る舞っていたら、運動系部員と文科系部員のノリの違いを乗り越えるのは、もっと複雑になっていたと思う。けど香取さんは、両者の垣根を飛び越える天性の陽気さを持っているんだよ。これは香取さんの願いを成就させる追い風になるんじゃないかって、僕は思うんだ」
 畳みかけるように那須さんが続く。
「猫将軍君の意見に私も同意。結の陽気さには、垣根を超える力があると思う。もし結が陸上部員だったら、結の陽気さに私は絶対救われたはず。ほら私、もともと暗い性格だから」
「夏菜は暗い性格じゃないよ!」
 数秒前まで身をすぼめていたのはこの力を蓄えていたのです、と言わんばかりに香取さんはその身を弾けさせ、那須さんの手を取った。
「さっき夏菜が穏やかに問いかけてくれたとき、私はそれだけで落ち着けて、顔をほころばせる事ができたの。これは、暗い性格の人が自然に振る舞ってできる事じゃない。昨日の生い立ち話で感じたように、夏菜は生来の、穏やかなお嬢様なのよ!」
 それから香取さんは、那須さんの性格は決して暗くないという証拠を次々挙げていった。そんな香取さんに那須さんも様々な話をし、その過程で初めて知ったのだけど那須さんはどうも、日本屈指の製薬会社の創業者一族に連なるお嬢様らしい。らしいと言うのは那須さんがはっきりそう告げなかったからで、その意を汲み正確な情報を要求するようなことを僕らはしなかったが、小説家の卵の香取さんにとっては、那須さんの明かした僅かな情報で充分だったみたいだ。「夏菜はあの製品で有名な、製薬会社の創業者一族だったのね」と納得顔で頷く香取さんに、「確固たる専門分野と社会への広範な知識の双方が小説家には必要だって、言われている通りの人なのね結は」と那須さんも納得顔で頷いていたから、きっと香取さんは正解に辿り着いたのだろう。有名な製品も製薬会社の名前も僕には思い付けなかったが、那須さんが名家のお嬢様であることなら知り合った当初から確信していた事もあり、「夏菜は生来の穏やかなお嬢様」という香取さんの主張に、僕はもろ手をあげて賛同したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い鬼と呼ばれた少年〜世界有数の財閥の御曹司、ネット小説にハマって陰キャに憧れる〜

涼月 風
キャラ文芸
 世界有数の財閥の御曹司である貴城院光彦は、何不自由のない生活をおくっていた。だが、彼には悩みがある。そう、目立ちすぎるのだ。  貴城院という名前とその容姿のせいで、周りが放っておかない生活を強いられていた。  そんな時、とある小説投稿サイトに巡り合い今まで知らなかった『異世界』とか『ダンジョン』とかのある物語の世界にのめり込む。そして、彼は見つけてしまったのだ。『陰キャ』という存在を。  光彦は『陰キャ』に憧れ、お祖父さんを説得して普通の高校生として日常を送る事になった。  だが、光彦は生来の巻き込まれて体質でもあった為、光彦を中心としたいろいろな事件に巻き込まれる。  果たして、光彦は自分の前に立ち塞がる運命を乗り越えられるのだろうか?

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

ブラック企業を辞めたら悪の組織の癒やし係になりました~命の危機も感じるけど私は元気にやっています!!~

琴葉悠
キャラ文芸
ブラック企業で働いてた美咲という女性はついにブラック企業で働き続けることに限界を感じキレて辞職届けをだす。 辞職し、やけ酒をあおっているところにたまに見かける美丈夫が声をかけ、自分の働いている会社にこないかと言われる。 提示された待遇が良かった為、了承し、そのまま眠ってしまう。 そして目覚めて発覚する、その会社は会社ではなく、悪の組織だったことに──

あの日の誓いを忘れない

青空顎門
ファンタジー
 一九九九年、人類は異世界からの侵略者テレジアと共に流入した異界のエネルギーにより魔法の力を得た。それから二五年。未だ地球は侵略者の脅威に晒されながらも、社会は魔法ありきの形へと変容しつつあった。  そんな世界の中で、他人から魔力を貰わなければ魔法を使えず、幼い頃無能の烙印を押された玉祈征示は恩人との誓いを守るため、欠点を強みとする努力を続けてきた。  そして現在、明星魔導学院高校において選抜された者のみが所属できる組織にして、対テレジアの遊撃部隊でもある〈リントヴルム〉の参謀となった征示は、三年生の引退と共に新たな隊員を迎えることになるが……。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

ハバナイスデイズ!!~きっと完璧には勝てない~

415
キャラ文芸
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

あの日咲かせた緋色の花は

棺ノア
キャラ文芸
「私、負けるのキライなの」 「そんなのでボクに勝とうとしたの?」 荒れ果てた世界の片隅で、今日も彼女たちは暴れ狂う。 一見何の変哲もない高校生の上城 芽愚(わいじょう めぐ)と中学生の裕璃(ゆり)は、特殊な性質を持ちあわせた敏腕な殺し屋である。殺伐とした過去を持つ2人の未来で待つのは希望か、絶望か。 "赤を認識できない"少女と"殺しに抵抗を感じない"少女が描く、非日常的日常の、悲惨で残忍な物語。 ※何やら平和そうなタイトルですが、流血表現多めです。苦手な方は注意してください

一杯の紅茶の物語

りずべす
キャラ文芸
 カフェ『TEAS 4u』には日々、様々なお客様が訪れます。  大好きなテニスができなくなり、ぼんやりと毎日を過ごしていた少女。  バイトをいくつも掛け持ちし、写真を撮り続ける若者。  先生にずっと好意を寄せている少年。  突然来店した元店主。  間近に控えた結婚に不安を抱いている女性。  そんな彼、彼女たちが紡ぐ心満たされるストーリー。たった一杯の紅茶が、あなたの人生の転機になる――。

処理中です...