僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 この話を聴いた時は、北斗が表現しているものへ如何なる推測も立てられなかったが、一昨日の夕方の打ち明け話のお蔭で、その壁をやっと越えることができた。北斗は己の能力を、素直な自分を素直に表現する努力を経て高めてきたのだと、今は思えるのである。
 ならばそれは、香取さんも同じではないか。人の心に多大な関心を寄せる北斗と、作家の目で周囲の人達を見てきた香取さんは、同種の情報を脳に入力し、そしてそれを同種の方法で出力してきたのではないか。それが二人を、同系列かつ同級の知恵者へと育てて行ったのではないか。僕には、そう感じられたのだ。
 然るにそれを、お弁当の力を借りて話してみた。プライベートに関わる事柄なので危険を伴う賭けだったが、今がその時と訴える勝負勘に従い、踏み出してみたのである。北斗と同系列かつ同級の知恵者であるという前提こそ否定したものの、北斗と共通する経験ならあることを、香取さんはあっさり認めた。
「小説家になるための知識と技術ばかりを求めた時期。それじゃダメだと気づいたきっかけ。そしてその気づきを具現化するための努力。この三つが、私にもあるなあ」
 猫将軍君に指摘されるまでは思いもよらなかったけどね、とおどけて笑いを取ったのち、香取さんは瞼を閉じる。それを受け、僕と智樹と那須さんの三人はお弁当を机に置き、姿勢を正した。音を立てぬよう細心の注意を払ったため僕らの意図を聴覚だけで察するのは難しかったはずなのに、香取さんは伏せた双眸で周囲を観ていたが如く、話し始めた。
「私の分身達が私に都合よく動いてくれる世界の小説を、私は書きたくない。登場人物一人一人がその世界で実際に生活している話を書くのが、私の夢なの。だから私が伸ばすべきは、独創的なストーリーを閃く能力でも、人や社会の真実をえぐる能力でもない。その世界のありのままを文字で素直に表現する、そんな単純な能力なのね」
 感嘆し思わず息を呑んだ僕に、香取さんが瞼を開く。話を中断させてしまったせめてもの償いとして、前回聴いた時はなぜか思い浮かばなかった、香取さんの夢と武術の共通点を説明した。
「武術は敵に勝つ技術を体系化したもののはずなのに、少なくない数の武術がその境地を、敵に勝とうとする気持ちを手放すこととしている。敵と対峙してもその人を敵と認識せず、あるべきように体が動き、あるべき状態へ帰結することを、技の頂点に置いているんだよ。その境地と、香取さんの夢は似ていると僕は感じた。敵と対峙してもその人を敵と認識しないのは、小説を書いていてもそれを小説と認識しない事。あるべきように体が動くのは、登場人物一人一人が実際にその世界で生活している事。そしてあるべき状態へ帰結するのは、その世界のありのままを文字で素直に表現する事。そんなふうに、僕は感じたんだよ」
 ある仕組みを心の目で観ながら、僕はこの話をした。それは出力は入力より、波長が高くなる仕組みだった。
 入力した知識や技術を、すべての人が同様に出力することは無い。ある人はそれを善行として出力しても、別の人はそれを悪行として出力するという差が、人には生じるのだ。つまり、出力方法によって波長に違いが出ることなら本能的に理解していたのだけど、出力方法に関係なく出力は入力より波長が高くなる仕組みを理解したのは、今回が初めてだったのである。
 知識や技術の入力は受動性に分類されても、人はその行為を能動的選択によって成す。然るに入力は、受動性能動行為と表現できる。対して知識や技術の出力は、世界に働きかけるという能動性の能動的行為だから、能動性能動行為になる。つまり出力とは、積極性に積極性を重ね掛けする行為であり、それゆえ出力は、入力より波長が高くなるのだ。そしてこれは人生に、以下のような現象をもたらすのである。
『知識や技術を吸収するだけより、それを用いて世界に働きかけた方が、人は波長の高い道を歩ける。だが波長の高さは波長の強さと同義ゆえ、知識や技術を悪行に用いると、その悪果も自動的に強化されてしまう』
 敵に勝つという行為が、善行なのか悪行なのかを判断する力を、僕はまだ持っていない。
 だが持っていずとも、敵に勝つ努力を怠らなかった人達の人柄なら、僕は知っている。
 八百六十年以上の歳月を魔想に打ち勝つために費やしてきた、水晶。
 六十年以上の月日を魔想討伐に捧げてきた、祖父母。
 新忍道サークルを青春をかけるに値する場とすべく努めてきた、先輩方。
 素直さという新たな要素に磨きをかける、北斗。
 膝の大けがを克服し更なる高みへ邁進する、猛。
 女の子の顔が案山子に見えようと女の子を大切にしてきた、真山。
 洗脳を克服し洗脳のない世界を造ろうと尽力する、京馬。
 輝夜さんも昴も芹沢さんも、那須さんも青木さんも白鳥さんも、一年十組で出会ったクラスメイトも陸上部とサッカー部で出会った友人達もその他大勢の人達も、未熟な自分という敵に克つため努力し続ける人達は皆、素晴らしい人間性を獲得していた。
 信念でも願いでもなく、直接関わってきた無数の人達が、僕にそう断言させてくれる。
 そんな、素晴らしい人達との出会いに溢れた人生を、僕は生きてきたのだ。
 その中の一人であり、かつこの気づきを得るきっかけを創ってくれた香取さんは、僕の話を聴き沈思する。そしてそののち、まぶしい程の光をその瞳に宿して言った。
「猫将軍君の今の話を、私が書いているファンタジー小説に使っていいかな?」
「もちろんいいよ。香取さんに全部任せるから、自由に使って」
 今とは異なる姿をした数十年先の僕と肩を並べて、僕はそう答える。
 そして知った。
 僕らが湖校で過ごした六年間を本にして後世へ伝えてゆくのは、この人なのだと。
 
 その後も僕らは時間を忘れて様々な話をした。これからの一年間を、最も仲の良いクラスメイトとして過ごすことになる僕らは、一歩踏み込んだ自己紹介を無意識にしていたのだと思う。出身地や家族や子供時代の話を紹介せずとも人は友達になれるから、それらは必要不可欠な情報では決してないのだけど、それでも生い立ちに関する話に、人と人の距離を一気に縮める力があるのは事実。春の日溜まりで美味しいお弁当を食べながらそれをすれば、その力は更に増すものなのである。昼休み終了五分前の予鈴を聞き、お昼休みだけでは知ってもらいたいことを到底伝えきれないとようやく悟った僕らは、第八寮の食堂に集合し心ゆくまで語り合える時間をなるべく早く設けることを、満場一致で可決したのだった。
 続く清掃時間、西階段の箒掛けを終える間際まぎわ、心労が突如蘇った。三階から始めた箒掛けが最後の一段を残すのみとなり、足の裏が二階の廊下に触れた瞬間、それはやって来たのだ。ここからほど近い場所に、輝夜さんと昴はいる。したがって心労が蘇ったのは、僕の超感覚が二人を察知したからなのだろう。智樹達の助けを得られない状況で心労を追い出す方法を一つしか思い付けなかった僕は、すぐそれを実行した。ハイ子を取り出し、竹中さんにメールを送ったのである。清掃時間中の私信は短文の単発のみ許可されるため「部活に参加させてください」という理由の少しも書かれていないメールになってしまったが、それでも「許可する」と竹中さんは即座に返信してくれた。真田さんと荒海さんと黛さんが新忍道埼玉県予選に集中できるよう、竹中さんが部長代理を務めているとはいえ、余計な仕事をさせてしまったことに変わりはない。参加許可を突発的に求めるのはこれを最後にしなきゃダメだぞと、僕は自分に厳しく言い聞かせた。
 こうして別の事柄に集中したのが功を奏し心労をどうにか誤魔化せた僕は、竹中さんへ胸中謝罪しつつ、二階を後にしたのだった。
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