僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

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 回復力テストの前半では動きは無かったが、残り二分三十秒が表示されると同時に、松井崇がムクリと立ち上がった。彼は全身を弛緩させ、主要関節をクルクル回したのち、両手を地面について逆立ちを始めた。
「こりゃマジ北斗系だ」
「あの運動神経の良さは、京馬系でもあるな」
 二人の友の会話に、僕は無言で二度頷いた。あまり知られていないが、逆立ちは心身を素早く目覚めさせる最善の方法の一つと言える。逆立ちの維持には全筋肉の連動が必須であり、二本の腕で歩くには全神経の集中が必須。この二つだけでも脳は多大な刺激を受けるのに、逆立ちによって脳に集められた血液が、酸素吸収を容易くするのだ。松井はこれらを見越し、二分半で呼吸を整えたのち、逆立ちを開始したのである。
 その見事な逆立ちに触発されたのだろう、大半の一年生が彼を真似て逆立ちを始めた。松井と同等の逆立ちを披露する二人に着目した僕は2D画面をタップし、二人を拡大して左右に並べてみる。左のたけすすむは名前の下に黄線が引かれ、右の梅原謙吾は名前の下に赤線と青線が引かれていた。ちなみに松井崇は青線一本だった事から、
「松竹梅は、臆さず臆するも対等か」
 なんて、自分でも意味不明な省略しまくりの独り言を僕は呟いていた。
 だが北斗と京馬にとって、その省略は簡単に復元できたらしい。
「ぶはっ」「眠留コノヤロウ」
 と、二人は両側から強烈なヘッドロックを噛まして来たのである。
 そんな僕らの元に真田さんと荒海さんがやって来て、僕の2D画面を興味深げに覗き込んだ。一年生の入会テスト中にふざけてしまった僕らを叱りに来たのだと思い三人で直立不動になるも、一向に怒る気配のないサークル長と副長にハッとした京馬が、自分の2D画面を操作し、左から松井、竹、梅原の松竹梅を作りあげた。それと同時に北斗も2Dキーボードを操作し終え、相殺音壁ONの表示が松竹梅の上に映し出される。その頃には先輩方全員が僕らの周囲に集まり、一年生三人の並んだ2D画面を納得顔で見つめていた。機を見計らい僕は背筋を伸ばし、後輩達の前で僕らを叱らないでいてくれたサークル長と副長の恩義に応えた。
「僕はこの三人を有力と感じました。そして松井崇は、億さなかった青線。竹進は、一瞬臆するもそれを乗り越えた黄線。対等な立場を獲得した梅原謙吾には赤線と青線が引かれていた事から、無意識に『松竹梅は臆さず臆するも対等か』と漏らし、北斗と京馬に付け入られる隙を作ってしまったのです」
「確かに眠留はそう呟きましたが、それに過剰反応し、不適切な行動を選択したのは俺と京馬です」
「真田さん、荒海さん、俺と北斗に、眠留の分の罰を引き受けさせてください」
 僕を擁護し、僕の分の罰を引き受けさせてほしいと頼む二人に胸が裂けそうになるも、ここでアレコレ言うと男がすたると思い定め、僕はただ頭を下げた。北斗と京馬もそれにシンクロし、僕ら三人は完璧に揃って真田さんと荒海さんに腰を折る。すると頭上から、偲び笑いが二つ聞こえて来た。顔を上げる僕らに、真田さんと荒海さんが語りかけた。
「俺も今、失笑したぞ」
「俺もだ。それに俺と真田も、後輩を持つなり先輩として振る舞えた訳ではない」
「お前達と同種の間違いを、俺と荒海も経験しているんだ」
「俺達はあの時してもらったことを、お前らに返しただけだ。お前らも、そうしてくれよ」
 偉大な長と副長へ、今の僕らは再度腰を折ることしかできなかった。
 でも未来は違う。
 いや、絶対違ってみせるぞ!
 今日で下っ端を卒業する僕ら三人は、胸に固くそう誓ったのだった。
 
 回復力テストが終わり、最終テストの受け身審査が始まった。日本の小学校は、受け身を体育の必須授業にしている。よって完全な素人はいないはずだが、受け身の練習をしたのは体育の授業だけという一年生は複数いるだろう。その後輩達の安全を確保すべく、先輩方は特別措置を講じた。
「受け身はある意味、新忍道の最重要技術と言える。なぜなら受け身の点数が悪いと、実戦訓練に参加できない規則になっているからだ。サークル発足時は、戦闘に必要な最低人数に届かず、モンスターと戦えない日もままあるくらいだった。新忍道にとって受け身はこれほど重要なのだと、理解してくれ」
 真田さんの太く落ち着いた声に続き、高く元気な「「「はいっ」」」が練習場にこだました。過半数の一年生がまだ声変わりを迎えておらず、また声変わりを終えていても、完全な大人の声になるには数年かかるのが普通。それゆえ新一年生達の返事は、雛のさえずりに似た初々しさを耳朶に残した。それが転じて、
「眠留、高速受け身の手本を示せ」
 との真田さんの指示に、声変わりをまだ済ませていない僕は、
「はい」
 常になく低い声で応えてしまう。けど動機はどうあれ、低い返事が場の緊張感を高めたのは事実だから、正解として良いんじゃないかな。
 などと考えているのがバレぬよう、僕は苦み走った表情を浮かべて、衝撃吸収ゴムの1メートル手前で立ち止まる。すると一年生のいる方角から、怪訝な気配が三つ伝わって来た。松竹梅の三人が、衝撃吸収ゴムまで1メートルという距離と、高速受け身という指示に、不整合を感じたのだ。入会テストに合格するであろうその三人だけでなく、ここに集まった一年生全員へ僕は胸中語りかけた。「これは、美鈴の同級生として六年間過ごすお前達に贈る、初めてのプレゼントだ。さあ、受け取ってくれ!」
 ダンッ!
 僕は静止状態から爆渦軸閃を発動し、爆発的な加速力を内在させた一歩を踏み出す。と同時に腰を落とし、踏み出した右足に体重を集中させ、その重みで地面をつかみ、腰から下の右半分を後方へ蹴り出した。そのエネルギーを利用して踏み出した左足で二度目の爆閃を発動し、
 タンッッ!!
 僕は地を蹴り宙へ飛び込む。そうそれは競泳のスタート時の飛び込みに等しい、体と地面が平行になる飛び込みだった。唯一違うのは、落下エネルギーの使い方。競泳では体が落下するエネルギーを少しでも短いタイムを出すために用いるが、僕は体の落下エネルギーを、前転姿勢を作るために用いた。そうすることで体の前進エネルギーを損なうことなく、
 クルン
 僕は衝撃吸収マットの上を高速一回転する。落下エネルギーで体を曲線と化し、右手の小指からマットに着地し、体が前へ押し出されるエネルギーを用いてクルンと前転したのだ。いや、違う。僕は体をゴムボールとして使うことで、地面への落下エネルギーを地面への反発力に変換し、その反発力を前進エネルギーに上乗せすることで、体を加速させたのである。前転受け身を取ることで加速した体を更に加速させるべく、僕は右、左、右と足を三歩踏み出す。その三歩目の右足で、
 ダンッッッ!!!
 今回の最大出力となる爆閃を発動。宙へ再度飛び込んだ僕は一回目の倍近い距離を飛行したのち、通常の前方回転受け身で前進エネルギーに制動をかけ、止まる。会心の高速受け身を成し遂げた僕は、大きく息を吐いた。そんな僕の後方で、
「「「ウオオ――ッッ!!」」」
 一年生五十四人の雄叫びが爆発した。とたんに気恥ずかしくなった僕は恐る恐る振り返り、にへらっと笑い頭を掻く。
 そんな僕に思わず吹き出してしまった一年生達は、一斉に手を叩き僕の名を連呼することで、拭き出したことを誤魔化したのだった。
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