僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

入会試験、1

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 騎士会本部は表面に白いタイルを施された、奥行きの方が長い地上二階地下一階の、小振りの体育館ほどの建物だった。といっても研究学校の体育館は前世期の大学の体育館より大きいから、小振りと感じるのは研究学校生だけなのかもしれない。
 湖校の騎士会本部は騎士長同様、公式文書に「騎士会本部」とだけ記される唯一の本部と言える。全国六十の研究学校から六十人の騎士長が年一回集まるなんて催しはなくとも、騎士発祥の地としての名誉をこの建物は賜っていた。
 その一つとして先ず挙げるべきは、高い天井だろう。概して日本の建築物は欧米より天井を低く作られているものだが、湖校の騎士会本部には他校より50センチ高い、6メートルという天井が与えられていた。体育館と同程度の大きさなのに地上二階建てなのは、そういう訳だね。
 次に挙げられるのは、切妻屋根になっている事。他校の本部は普通のビルと同じ平らな陸屋根でも、湖校だけはそれらと異なる切妻屋根が用いられているのだ。とはいえ他校の本部を知らない大部分の生徒にとってそれは単なる知識でしかなく、それより見上げるほど高い天井を、湖校生は違いの最たるものとしていた。
 最後の違いは二番目と深く関わるので、二番目と三番目を一つに纏める人達もいるらしい。それは、切妻屋根がそのまま二階の天井になっていることだ。ただでさえ天井が高く作られているのにそれが取り払われ、傾斜のある屋根の裏側がむき出しになっている二階の天井は、南北を貫くむねの箇所で12メートルの高さに達している。二階には騎士長室、円卓騎士室、幹部会議室、そして大会議室しか設けられておらず、建物の南側を占める大会議室は12メートルの天井と相まって、偉大な場所という印象を騎士達に抱かせていた。
 もっとも、今の僕にその印象はまだない。騎士でも准士でも見習い騎士でもない、単なる「見習い騎士希望者」にすぎない僕は、大会議室のある二階へ足を踏み入れることがそもそも不可能だからだ。見習い騎士もそれは変わらず、騎士の許可がない限り二階へ続く階段を上ることは禁止されていた。三年生と四年生の准士すら不要不急の立ち入りを禁じられている二階は今の僕にとって、知識として存在を知っているだけの外国と、何ら変わらない場所だったのである。
 然るにそれより、高さ3メートルのガラス扉を開けた先で見上げた天井に、僕は深い感銘を受けた。寮の食堂の天井はここより更に1メートル高く作られていても、あっちは食堂そのものが大きく、奥行きや横幅へも意識が均等に向けられる。だがこの騎士会本部では、意識は上のみへ行く。床と壁の質感を校舎と同じにし、高い天井のみに高級素材を使っているという違いに、どうしても意識が向いてしまうのだ。頭の中を、初代騎士長の言葉が駆け巡った。
 こころざし高く、と。
 本部へ入る際に押し開けた重い扉も、湧き上がる感銘に一役買っていた。建物がロボット化しつつあるこの時代、扉を自ら開ける機会は減少の一途を辿っている。その中で学校だけは、扉の開閉をマナー教育にすることで時代の潮流に逆らってきたが、それでも扉は極々軽く作られるのが一般的だった。しかしこの騎士会本部には、古式ゆかしい重厚な扉が使われていた。アクリルではない分厚いガラスを、クロームメッキを施した金属で囲った巨大な扉は、重量はもちろん空気抵抗も大きく、取っ手を両手でしっかり握り腰を落として操作せねばならなかったのである。高学年の男子はまだしも低学年の女子には相当きついはずだが、僕を先導した昴がそうだったように、女の子たちは厳かにその作業を行っていた。どれほど扉が重くとも、気品を忘れず扉を開閉していた。なぜならこの建物を利用する者達は皆、こう教育されているからだ。
 人生の扉は自ら開けるものであり、そしてそれは決して楽な作業ではないのだ、と。
 昴に続き両手でつかんだ取っ手から、代々の先輩方が胸に抱いていたその教えを、僕は微かに感じた気がしたのだった。
 
 板張りの大会議室を除き、騎士会本部は外履きでの出入りが可能となっている。好天に恵まれた今日、僕らは中央廊下の左側をサクサク進んで行った。
 騎士会本部には原則として、更衣室がない。春夏秋は胸に白羽根を付け腕に腕章を通すだけだし、冬は騎士専用コートを上から着るだけなので、本格的な更衣室を設置する必要がないのだ。その代わり出入り口側から騎士、准士、見習いの順に詰め所が設けられており、騎士達の親交の場になっていた。
 きっと、そのお蔭なのだろう。僕と昴の進む廊下は、開け放たれた詰め所から漏れ出てくる、柔和な気配で満たされていた。成長期真っ盛りの僕らも、常時ワイワイガヤガヤ状態でいる訳ではない。友と静かに語り合うことこそが疲れを癒し、親密さを増す場合も多々あるのだ。騎士会本部はそれを叶える最高の場所の一つだと、僕は感じた。
 中央廊下を三分の二ほど進み、階段スペースに着いた。ちなみにトイレは階段手前にあり、階段の向こうは備品室になっていた。男子が騎士の六割を占めるのに東の男子備品室と西の女子備品室に同等の広さが与えられているのは、備品室は簡易更衣室も兼ねるかららしい。たとえ冬にコートを羽織るだけでも、そのための場所を女性にさりげなく設けるのが、研究学校の教育理念なのである。
 その階段スペースの、地下へと続く階段を僕らは降りた。といっても階段スペースはとても広く開放的で日差しがふんだんに降り注ぐよう設計されているからか、地下の暗がりに潜っていく印象はない。それでも通常は人のいない寂しげな場所であることは否めないが、四月から五月にかけての二か月間に限り、それは薄れると昴は話していた。その理由は一目瞭然だった。八十人ほどの同級生男女が、地下一階の廊下に並べられた椅子に腰かけていたのである。男女の比率は女子の方が若干勝っていて、二列に並べられた椅子の東側に男子が、西側に女子が座っていた。日のあたる階段北側に会議室が二つあり、その会議室を臨むよう椅子は並べられているから、二つの会議室は備品室と同じく東が男子の面接会場で西が女子の面接会場なのだろう。と僕が当たりを付けたところで、
「私は詰め所にいるから、終わったら声を掛けてね」
 昴は小声でそう言い残し、一階へ帰って行った。取り残された感を多分に抱いていた僕は、去りゆく昴の後ろ姿を目で追いたかった。しかしスカートをはいた女性が階段を上る様子を下から眺めるなんてもってのほかだし、八十人超えの同級性が手元の2D画面を見つめつつ意識だけをこちらに向けているのがありありと感じられたため、昴が離れるや僕は皆のいる方へ歩いて行った。僕が最初に通過するのは女子の前であり、本来ならガチガチに緊張したはずだが、見知った女の子が一人いてその子が小さく手を振ってくれたので緊張せずにすんだ。後であの子にお礼のメールを送らなきゃな、あの子も見習いになれたらいいなあなどと考えつつ、男子側の末席に僕は着席した。
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