僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

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 一年から二年のクラス替えは、少なくとも一人の元級友と同じクラスになる。そのたった一人の元級友が、プレゼン委員として親交を深めた香取さんだった事は、打ちひしがれていた僕をとても元気付けてくれた。明るく陽気な香取さんがいるこの新しいクラスも、去年がそうだったように、楽しい場所にきっとなるはず。僕は顔をくしゃくしゃにして、同じクラスになれた喜びを香取さんと共有しようとした。だがそれは成されなかった。友人の某男子が、
「テメエ猫将軍、嬉しいじゃねえかコノヤロウ!」
 と後ろから僕を羽交い絞めにし、かつくすぐり攻撃をしかけてきたからである。その感触に去年の夏をありありと思い出した僕は、コイツと同じ組になれた幸せを噛みしめつつ懇願した。
「こら福井やめろ、止めろって福井ギャハハハハ!」
 そうそれは、去年の夏を同じサッカー部で過ごした、福井だったのだ。
 八カ月前、僕は一夏限定で、新忍道サークルと陸上部とサッカー部を掛けもちした。短距離走はまあまあ得意だから陸上部はまだしも、球技全般が苦手な僕にとって、サッカー部にお邪魔するのは大層気のひける事だった。けどそんな僕に「猫将軍来いよ」と快く声を掛けてくれる奴らがいた。湖校入学を機にサッカーを始めた奴らが1対1などの練習に僕を誘い、仲間に加えてくれたのである。そんな恩人達を思い出すさい、真っ先に脳裏に映し出されるのが、この福井。猫将軍来いよと最初に声を掛けてくれたのも、1対1や3対3を最も多くこなしたのも、この福井なのだ。
「福井、これからヨロシク~!」
「こら猫将軍やめろ、止めろって猫将軍ギャハハハハ!」
 スキを突きバックを取り、今度は僕が福井をくすぐりまくってやる。そして思った。
 新しいクラスでこんなことが出来るのは今のところコイツだけだけど、これからもっと増やして行けそうだな。だって僕らを楽しげに見つめている野郎共が、意外と大勢いるもんなあ、と。

 それから四時間経った、お昼休み。
 僕と福井と那須さんと香取さんは、机を寄せ合い四人でお弁当を食べていた。那須さんと香取さんは第八寮の同性として既に友情を結んでいたし、同じく第八寮生の福井とも二人はすぐ意気投合したみたいだったから、僕はかなり早い時点でこの四人による会食を決めていた。一年時の仲間達のもとを訪れお昼を一緒に過ごしたいという気持ちが無かったと言えば嘘になるけど、それをして良いのはまだ先の話。今は新しいクラスに馴染むのが先決と、僕は判断したのだ。
 四人が集まったのは、那須さんの席の周囲だった。那須さんの席は窓際で心地よく、隣接する机も丁度三つ空いていたから僕ら三人はお弁当を片手に彼女のもとへやって来たのだけど、それが意外だったのか、那須さんは驚きを隠せないでいるようだった。おそらく去年までの那須さんはクラス替え初日のお昼を、幼馴染の兜さんが同じ組にいたら彼女と、同じ組にいなかったなら一人で過ごしていたのだろう。お昼休みが近づくにつれその光景が脳裏をよぎり、那須さんは四限終了を告げるチャイムを、暴れる心臓を押さえながら聴いたはずだ。現に僕はチャイムが鳴ると同時に顔を向けた先で、胸に手を添え俯く那須さんを目にしていた。トップクラスの長距離走者として強健な心臓を持っているにもかかわらず、胸を押さえ俯かずにはいられなかったその姿に、痛みを伴う彼女の心内こころうちを観た気がした僕は、自然な歩調を装うことに全力を尽くさねばならなかった。それは香取さんも同じで、福井もそれを察していたため、僕ら三人は借りた机を那須さんの机にくっつけ、嬉々として昼食の準備をした。そんな僕らに那須さんは目をギュッと閉じ、そして表情を笑顔に替えて目を開けた。その瞳に感謝と喜びを見て取った僕と福井は照れまくり、香取さんは「夏菜~」と言って那須さんに抱き付いた。ハッとしたのち那須さんは顔をほころばせ、香取さんに「ゆい」と呼びかける。友人同士が名前で呼び合う瞬間に立ち会った男子組も、負けてはいられない。「飯にするか、智樹ともき」「そうだな、眠留」と、僕らは互いの名前を初めて口にした。そして四人で手を合わせ、声を揃える。
「「「いただきます!!」」」
 同じ食卓を初めて囲む高揚を胸に、僕ら四人は同じ時間を共有したのだった。

 五限目はロングHRを開き、前期委員と体育祭実行委員を決めた。去年は湖校に入学したばかりだった事もあり一週間の猶予を与えられていたが、二年時からは始業式当日に、演説と投票を経て委員を選出することが義務付けられていた。幸い投票の必要のない九人が前期委員に立候補し、栗山さんという女子生徒がクラス代表にすんなり収まったので、余計な気苦労をせずに済んだ。けどなぜか腑に落ちない気がして首を傾げていると、香取さんがメールで真相を教えてくれた。
『立候補した六人の女子のうち、三人は北斗ファンクラブの会員。そして残り三人の内の一人は、栗山さんの友人なの。北斗君が前期委員に立候補するつもりでいると知ったファンクラブの子たちは、建前上は北斗君を委員長にするため、本音は北斗君とお近づきになるため、クラス代表をなるべくファンクラブ会員にする決定をした。だから三人はクラスの友人に前期委員立候補者がいないか探し、栗山さんだけに該当者がいたから、栗山さんが擁立された。六人の女子のうち四人が栗山さん派と知った残りの二人は流れに逆らわず、それを察した三人の男子も、女子六人を敵に回すことを避けた。これが二十組の代表誕生の、真相ね』
 不覚にも、僕は頭を抱えてしまった。ただそれは一瞬にすぎず、頭を抱えた手をすぐ顔に移し、顔を眠たげにゴシゴシこする演技をすることができた。去年と同じ教壇前の席だったら、クラス代表として体育祭実行委員選出の議長をする栗山さんに気付かれたかもしれないが、今年はその右斜め後ろに座っているからバレていないはず。身長が8センチ伸び「二番目」に背の低い男子になれたことへ、僕は今日何度目か知れない感謝をささげていた。のだけど、
 クルン クルン クルン
 僕だけに見えるよう立ち上げていた指向性2D画面に、メール着信を示す三つのアイコンが表示された。クルクル回るアイコンを上から順にタッチすると、
 香取「私も同意」
 那須「猫将軍君、どうしたの?」
 智樹「何があったか話せ、眠留」
 という文面がそれぞれ浮かび上がってきた。とたんに顔がふやけるも、今はそれどころではないと己を叱咤し、代表誕生の真相を智樹と那須さんに説明可能か否かを香取さんに問うた。「もちろんOK」の返信が届くや、三人へのメール作成に取りかかる。十指を閃かせ、僕は文字を打ち込んでいった。
『北斗は去年、学年代表の仕事のすべてを他の委員達へ移譲し、委員全体の能力を底上げした。確認した訳ではないけど北斗は今年もそれを実行し、なるべく大勢の生徒に、前期委員として成長してもらいたいと願っていると思う。だから僕にとってファンクラブの子たちの行いは、北斗の願いを無駄にし、北斗の生徒会長就任を邪魔しているように感じられるんだよ』
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