僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十章

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「女の子を励ますため進んで罰則を受けようとする男の子に罰則を言い渡さねばならない、私の身にもなってみなさい」
 そう咲耶さんは、許可できない理由に、規則違反を掲げなかったのである。
 咲耶さんは校章の姿でこの場にやって来ていたが、それでも僕の目には咲耶姫の落ち込む姿がありありと映り、普段なら脊髄反射で頼みを取り下げていたと思う。
 けど今の僕には、確信があった。咲耶さんと那須さんを救えるなら罰則を度外視する覚悟を貫くべきだと、確信していたのだ。僕は土下座し、咲耶さんに食い下がった。
「教育AIに負担を掛けた分を追加し、学食清掃を二週間しますから許してください」
 すると、 
「罰則の種類と期間を自ら決め私の負担を軽くしてくれたことと、大会に臨む女の子を励ますという動機だったことを考慮し、その願いを無罰則で叶えましょう」
 喜ぶエフェクトを燦々と輝かせ、校章は宙に消えて行った。負けぬほど喜んだ僕は、那須さんの3D映像に体を向けプレゼンデータを早速送ってもらおうとした。のだけど、
「猫将軍君が学食清掃をしたら私も手伝えたのに、残念だった」
 那須さんは表情を更に曇らせ俯いてしまう。僕はパニックになりかけるも、那須さんの背後に美夜さんと咲耶さんが素早く現れ、刃物のような文字を僕に突き付けた。
『詳細は明日話すから、早くプレゼンを見なさい!』
『みっちゃんにこっぴどく叱ってもらいなさい、このスケコマシ!』
 二人は、氷の眼差しでこちらを睨みつけている。悪寒に顔が引きつるも那須さんはそれを、落ち込む女性を目にした時のいつもの僕と勘違いしたのだろう、表情を改めデータを手早く送ってくれた。美夜さんと咲耶さんの3D映像は消えていたが4D映像なる未知の姿で引き続き僕を睨みつけている気がしきりとしたため、僕はカチンコチン状態でプレゼン視聴を始める。だが十秒を待たずカチンコチンは去り、心身に安らぎが広がって行った。那須さんのプレゼンから放たれる充足感が、それをもたらしてくれたのだ。
 どんなに言葉を濁しても湖校入学時の那須さんは、プレゼンりょくとコミュりょくを重視する現代社会に、逆行する性格の持ち主だった。それは深刻なレベルと言うほかなく、寮のパーティーに欠席を望むほど那須さんは追い詰められていた。水晶によると、幼馴染かつ親友の兜さんの存在が那須さんに依存心を芽生えさせ、それが人生に悪影響を及ぼしていたのだと言う。然るにあの状態が続けば良くて退寮、悪くて退学という暗然たる未来が那須さんには待ち受けていた。彼女はまさしく、人生の崖っぷちに立っていたのだ。
 しかし那須さんは、そんな自分を変える決意をした。彼女は今までの自分に背を向け、反対の方角へ体を向けた。すると目の前に、切り立った壁があった。天に続く壁が、目の前に立ちふさがっていたのだ。那須さんは決意を胸に、壁を少しずつ登って行った。そして遂に、それを登り切った。那須さんは今、壁の先に開けていた広々とした場所で、充足感を存分に味わっている。その充足感で視聴者をも包むプレゼンを、那須さんは大会用に完成させていたのだ。
 という感想を、心に浮かぶまま僕は話した。
「それは褒め過ぎ」
 那須さんは言葉数の少なかった昔に戻り、そう呟く。しかしそこに吹いていたのは以前の木枯らしではない、夏の高原を吹き抜ける爽やかな風だった。追加しそれも伝えると、彼女は言葉数の少なさを通り越し無言になってしまったので、僕は別の角度から説明してみた。
「運動音痴だった僕と、運動を禁止されるほど脚を痛めていた猛も、壁を越えたのは同じだよ。先輩風を吹かせちゃうけど、僕には分かるんだ。那須さんは今、壁を越えた先の安全な場所で、一休みしているんだって」
 厳密に言うと、登っても登っても目の前に新たな壁が出現し続ける僕は、那須さんとは異なる状況にいるのだろう。しかしそれでも、己と闘ったのちの休息がいかに満ち足りているかなら、僕らは想いを一つにしているのだ。
「那須さんとの共通点はまだあるよ。それは、昔の自分と今の自分を比較することで、両者の違いを具体的に説明できる事。例えば僕は、以前の僕と今の僕を比較して、運動音痴克服法を皆に説明している。でもそれは、運動神経万能に生まれた人には、難しいらしいんだよ」
 運動神経万能だった母は、運動音痴に苦しむ僕へ有効な働きかけを何もできず、自責の日々を送っていた。その頃の僕も自分を責めていたが、母のそれは僕よりずっと大きかったのである。
「僕らの年齢はややもすると、走り続ける事のみを価値あるものとしてしまう。それは、期間を設ければ正しいと思う。五分プレゼンを完成させるため、皆が走り続けたようにね。そんなみんなに、那須さんは絶妙なタイミングで休息を与えた。プレゼン制作に追われ、採点に追われていたクラスメイトに、那須さんはほっと一息つかせた。それはプレゼン技術ではない、那須さんの内面からにじみ出るものだと、クラスメイトはすぐ理解したと思う。変わろうとする那須さんの決意とその努力を一番近くで見ていたのは、クラスメイトだからね」
 那須さんは変わった。去年の秋ごろから、視界を横切る那須さんの周囲には、いつもクラスの女の子たちがいた。那須さんはその子たちと一緒に、朗らかな笑みを浮かべていた。それは夏休み以前は、一度も見たことのない光景だったのである。
「なんて話すと、那須さんの研究には魅力がないように聞こえるかもしれないけど、それは真逆。『自然環境と内分泌腺の連鎖作用』、凄く面白かった。僕だったら社会貢献性と先見性の二つを、絶対満点にするよ」
 今僕らは第二次成長期にいるが、内分泌腺の成長は決して一律ではない。この器官は全力疾走していてもあの器官はジョギングで、その器官に至ってはのんびり歩きと言うほど、成長速度に差が生じているのだ。その差が開きすぎると健康に害を及ぼすため、適切な自然環境に身を置くことで差を小さくする研究を、那須さんはしていた。これは体調改善と旅行ビジネス活性化の両方に秀でた研究だと、僕は感じたのである。
「しかもそれを、夏の高原の気配薫る那須さんに説明されたから、僕は旅行に行きたくて堪らなくなった。うずうずワクワクして、それだけで体が健康になっちゃったんだよ。那須さんのプレゼンはクラス代表にまこと相応しいと、僕は思うよ」
「猫将軍君」
 僕の話をずっとだまって聞いていた那須さんが、そわそわした素振りで口を開いた。
「うん、なあに」
 ピンと来た僕は、ことさら能天気に返事をする。
 それを受け、それこそ以前からは想像できない、茶目っ気たっぷりの表情と口調で那須さんは言った。
「さっきから将子がもの凄い形相で画面の猫将軍君を睨みつけているから、ここらで止めておいた方がいいと思う」 
「ちょっ、ちょっと夏菜なに言ってるのよ! 猫将軍君そんなこと無いからね、これは夏菜の冗談だからね!」
「あれれ、将子が般若の顔になってるって、私も思ったけど」
さきまでなに言ってるの! ああもう、それもこれも猫将軍君のせいよ!」
 その時、パシャッというシャッター音がして、3D画面が那須さんから兜将子さんに切り替わる。そこには、
「はい、これがその形相」
「ほらね、般若顔でしょう」
 那須さんと大和さんの発言を裏付ける、般若の形相が映っていたのである。
「あなたたち覚悟しなさい!!」
 兜さんの宣言のもと、くすぐられ悶えまくる那須さんと大和さんの笑い声がこだまする。夏休み最終日の寮のパーティーから四か月半を経て、僕と兜さんの仲は、あの日のことを笑い話にできるほど改善していたのだ。
 それがたまらなく嬉しく、その気持ちのまま三人との歓談を九時丁度に終えた僕は、心身共に最高の状態で寝ることができたのだった。
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