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十章
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「考えようによっては、プレゼン委員の中に未提出者がいた方が、みんなも相談しやすいんじゃない? 同じ立場の龍造寺君と猫将軍君なら、自分の焦りを理解してくれるって、思ってもらえるかもよ」
「いいねそれ!」「さすが香取さん!」「いよっ、未来の大作家!」
パチパチパチ~、と野郎三人で香取さんを褒め称えた。
「そんなに褒めても何も出ないぞ~」
なんておどける香取さんの面に、「小学校のころも元気だったけど、あれはカラ元気だったの」と円陣メンバーに明かした際の陰は、もう無い。陽気で元気な今の香取さんこそが僕らにとってのいつもの香取さんであることを伝えるべく、猛と僕はこれまたいつもの、三島と青木さんの話題に移っていった。
「なあ三島、青木さんは俺ら委員の中で、十組の皆からプレゼンの相談を一番多く受けているよな。青木さんのフォローとして、気づいたことはあるか?」
「何もないなら、いつものノロケ話でいいからね、三島」
ノロケ話とは失礼な、と三島は怒る素振りをする。が、
「いやマジ青木さんは凄い人でさ」
まずは青木さんの能力を褒めそやし、
「それに真面目で一所懸命でさ」
次いで青木さんの心根を褒めそやし、
「かと思うと不意打ちでスッゲー可愛くてさ」
そして最後は青木さんの可愛さに目じりを下げ、三島は必ずノロケ話をしまくるのである。パワーランチを毎日開いても毎回必ず新ネタを披露できるのだから、二人は相手を知りたくてたまらず、かつ自分を相手に知ってもらいたくてたまらない、恋の始まり特有の時間を過ごしているに違いない。そんな二人に入学当時の輝夜さんとの日々が思い出され、僕はいつも胸を温かくしてもらっている。恋バナが大好きな芹沢さんと付き合っている猛も、きっと同じなのだろう。猛は三島へ、議長ではなく友人として感想を述べるのが常だった。
「なるほど、青木さんは仕事を多数抱えながらも三島にフォローされ、充実した日々を送っているんだな。しつこいが三島、二人で抱えきれなくなったら、俺達に必ず言うんだぞ」
三島は、青木さんの能力と心根を褒めることで彼女の現在の状況を、そして可愛さを挙げてゆくことで自分が万全のフォローをしている事を、毎回しっかり報告している。しかもそれをノロケ話を土台に、皆を楽しませつつやってのけるのだから、三島はまこと青木さんに相応しい漢なのだ。それもあるので、
「うん、絶対言うんだぞ三島」
「女の子についての悩みごとは女の子に訊くのが一番。もしもの時は、私に相談してね」
僕と香取さんは協力を惜しまないことを三島に今日も告げた。すると三島は決まって、
「ああ俺は、十組で幸せだぜ」
しみじみそう呟くのである。三島はつい先日、「故郷という文字を目にすると、思い出したくない過去って無意識に翻訳しちまうんだ」と俯きつつ明かした。然るに僕らは、三島が幸せそうにしみじみ呟くたび、『社会に出る準備を五年生の三月までに終えてみせる』の話題に決まって突入するのだった。
芹沢さん委員長就任計画というあの最高のパワーランチを開いた一月十二日以降、『社会に出る準備を五年生の三月までに終えてみせる』を、円陣メンバーが話題にしなかった日はない。僕らは仕事の合間を縫い、時には仕事そっちのけで皆の意見を聴き、そしてそれへの意見を述べていった。どんなに多角的な見方をしてもどんなに重箱の隅をつついても、「クラス替えは準備の最たるもの」という北斗の推測は覆されず、よって僕らはそれを基に議論を深めて行った。その頻度があまりに高く、かつその時間があまりに濃密だったからだろう、輝夜さんと昴と京馬が円陣メンバーの情熱に気づいた。京馬が代表し「おいお前ら、なんか熱い想いを共有してないか?」と尋ねてきたので、北斗がそれを詳しく説明した。三人が地団駄を踏んだのは言うまでもない。京馬が強烈なヘッドロックで男達を締め上げたのはお約束だったが、輝夜さんと昴が両側から芹沢さんを羽交い絞めにし「くすぐりの刑」に処したのは胸を打った。入学から十カ月を経て、この三人の間にも、遠慮のなさと篤い友情が芽生えていたのである。それを知った僕と猛は思わず涙ぐんでしまい、そんな僕らを今度は全員で「くすぐりの刑」に処することで、場はようやく収まった。それ以降は三人もこの議論に加わり、それぞれが自分の得意分野を活かし斬新な意見を提供したため、議論は白熱の様相を帯びて行った。その、赤を通り越し白く輝く高熱の議論を、同じく十カ月を共に過ごしてきた級友達が気づかぬ訳がない。一昨日の土曜の夜、大勢の級友から「隠しごとは良くないぞお前ら」「白状しやがれお前ら」のメールを受け取った僕らは、『社会に出る準備を五年生の三月までに終えてみせる計画』を皆へすぐさま送信した。十組の皆が地団駄を踏んだのは、それこそまさに言うまでもない。これがメールのやり取りでなかったら、準備終了計画の面々がどんな処罰を受けたかを想像するだけで冷汗が出るほどの大議論がクラスHPに湧き起り、それは今も継続している。書き込み量が多すぎて僕には全体像を掴めなかったが北斗によると、さすが十組の一言に尽きるそうだ。四十二人の力を結集することで準備終了計画が刻々と完成していく様子に興奮し眠れなくなった北斗は、二日連続で睡眠導入剤を服用し、教育AIからこっぴどく叱られたと言う。なんて話を今朝のHR前にしたとたん、「この大馬鹿者!」と昴に一喝された北斗は、しょげるやら喜ぶやらで大忙しになった。昴の気持ちも北斗の気持ちも痛いほどわかる僕らはとりあえず皆で昴に謝り、そして皆で北斗を叱りつけることで、二人の間に流れる面映ゆい空気を和らげたのだった。
とまあこんな次第で、パワーランチに出席している四人は、今日も今日とて議論を重ねていた。「クラスメイトが進めている準備終了計画をどう助けてゆくか」を議題にした猛の機転により、僕らはプレゼン実行委員としての職務を遂行していると言えた。昔の日本人はディベートと議論を混同しがちだったそうだが、現代では議論を「プレゼンの応用たる双方向プレゼン」と定義していて、級友達は定義を遵守しているから、それを助けることはプレゼン委員として胸を張れる仕事だったのである。そんな十組の動向を、教育AIも温かく見守ってくれていた。昨夜のAIお茶会の最中に咲耶さんが紅茶を楽しみつつこう諭したのが、何よりの証拠だろう。
―― 眠留、皆で進めている計画を率先して助け、必ず成し遂げるのですよ――
すまし顔でありながらもその奥に、紅茶の温かさに負けない笑みを隠し、咲耶さんは僕を励ましてくれた。僕は咲耶さんに感謝と決意を伝えようとしたが、それは成されなかった。「もう、さっちゃんたら照れ屋ねえ」「眠留さん、咲耶さんは見てのとおり恥ずかしがり屋さんなので、ここは聞かぬ振りをしてあげて下さいね」「お兄ちゃんの、スケコマシ!」と女性陣三人が口を挟んできて、そのうえミーサのスケコマシ発言は看過できるものでは到底なかったため、返事の機会を逃したのである。だが、言葉ではなく行動で意を示し、そして計画を成し遂げることこそを咲耶さんは喜ぶのだと確信している僕は、仲間達の議論へ今日も臆さず挑んで行った。
「僕の個人的意見だけど、僕らに要求される二歩目の課題は、二年時のクラスメイトと仲良くなる事なんじゃないかな」
研究学校は、世界に通用する専門家を育成する学校。よってこの学校では専門分野だけでなく、人付き合いの技能も非常に重視される。国境と生活習慣と歴史的背景を越えて信頼を構築してこそ、世界を股にかける活動が可能になるからだ。その最初の一歩を、一年時のクラスメイトと仲良くなることで僕らは達成した。ならば二歩目は、二年時のクラスメイトと仲良くなる事なのではないか。僕はそう主張したのである。すると、
「うん、私もそう思う。その肝となるのが猫将軍君の、頭を抱える姿よね」
香取さんが同意しつつも意味不明な発言をした。困惑する僕に微笑み、長くなるけどいいかなと皆にお伺いを立ててから、未来の大作家はその説明を始める。
「芹沢さんと青木さんの論文を読み、私なりに気づいたことがあるの。それは、心の壁のオンオフ。初対面の人と交わす形式ばったやり取りは青木さんの主張する、道具としての心の壁に該当すると思う。その道具でもって相手の人となりを知り、信頼できる人と判断したなら、少しずつ壁を薄く低くしてゆく。つまり壁を、オンからオフに切り替えるのね。でも壁を取り払ったむき出しの心は、傷つきやすいのも事実。かと言って壁を巡らせたままだと、心の本体の強化は叶わない。よって機を計り、オフにしても良い人の前ではなるべくオフにして心を強くして行くべきなのだけど、慣れないうちは些事が大事になりがちなもの。芹沢さんが明かしてくれた体験を、私も二年生以降、この身で味わってゆくことになると思う。その時は、猫将軍君が頭を抱える姿を思い出し、頑張っていくつもり。小学校のころの自分に後戻りせず、前に進んで行くつもりなんだ」
「いいねそれ!」「さすが香取さん!」「いよっ、未来の大作家!」
パチパチパチ~、と野郎三人で香取さんを褒め称えた。
「そんなに褒めても何も出ないぞ~」
なんておどける香取さんの面に、「小学校のころも元気だったけど、あれはカラ元気だったの」と円陣メンバーに明かした際の陰は、もう無い。陽気で元気な今の香取さんこそが僕らにとってのいつもの香取さんであることを伝えるべく、猛と僕はこれまたいつもの、三島と青木さんの話題に移っていった。
「なあ三島、青木さんは俺ら委員の中で、十組の皆からプレゼンの相談を一番多く受けているよな。青木さんのフォローとして、気づいたことはあるか?」
「何もないなら、いつものノロケ話でいいからね、三島」
ノロケ話とは失礼な、と三島は怒る素振りをする。が、
「いやマジ青木さんは凄い人でさ」
まずは青木さんの能力を褒めそやし、
「それに真面目で一所懸命でさ」
次いで青木さんの心根を褒めそやし、
「かと思うと不意打ちでスッゲー可愛くてさ」
そして最後は青木さんの可愛さに目じりを下げ、三島は必ずノロケ話をしまくるのである。パワーランチを毎日開いても毎回必ず新ネタを披露できるのだから、二人は相手を知りたくてたまらず、かつ自分を相手に知ってもらいたくてたまらない、恋の始まり特有の時間を過ごしているに違いない。そんな二人に入学当時の輝夜さんとの日々が思い出され、僕はいつも胸を温かくしてもらっている。恋バナが大好きな芹沢さんと付き合っている猛も、きっと同じなのだろう。猛は三島へ、議長ではなく友人として感想を述べるのが常だった。
「なるほど、青木さんは仕事を多数抱えながらも三島にフォローされ、充実した日々を送っているんだな。しつこいが三島、二人で抱えきれなくなったら、俺達に必ず言うんだぞ」
三島は、青木さんの能力と心根を褒めることで彼女の現在の状況を、そして可愛さを挙げてゆくことで自分が万全のフォローをしている事を、毎回しっかり報告している。しかもそれをノロケ話を土台に、皆を楽しませつつやってのけるのだから、三島はまこと青木さんに相応しい漢なのだ。それもあるので、
「うん、絶対言うんだぞ三島」
「女の子についての悩みごとは女の子に訊くのが一番。もしもの時は、私に相談してね」
僕と香取さんは協力を惜しまないことを三島に今日も告げた。すると三島は決まって、
「ああ俺は、十組で幸せだぜ」
しみじみそう呟くのである。三島はつい先日、「故郷という文字を目にすると、思い出したくない過去って無意識に翻訳しちまうんだ」と俯きつつ明かした。然るに僕らは、三島が幸せそうにしみじみ呟くたび、『社会に出る準備を五年生の三月までに終えてみせる』の話題に決まって突入するのだった。
芹沢さん委員長就任計画というあの最高のパワーランチを開いた一月十二日以降、『社会に出る準備を五年生の三月までに終えてみせる』を、円陣メンバーが話題にしなかった日はない。僕らは仕事の合間を縫い、時には仕事そっちのけで皆の意見を聴き、そしてそれへの意見を述べていった。どんなに多角的な見方をしてもどんなに重箱の隅をつついても、「クラス替えは準備の最たるもの」という北斗の推測は覆されず、よって僕らはそれを基に議論を深めて行った。その頻度があまりに高く、かつその時間があまりに濃密だったからだろう、輝夜さんと昴と京馬が円陣メンバーの情熱に気づいた。京馬が代表し「おいお前ら、なんか熱い想いを共有してないか?」と尋ねてきたので、北斗がそれを詳しく説明した。三人が地団駄を踏んだのは言うまでもない。京馬が強烈なヘッドロックで男達を締め上げたのはお約束だったが、輝夜さんと昴が両側から芹沢さんを羽交い絞めにし「くすぐりの刑」に処したのは胸を打った。入学から十カ月を経て、この三人の間にも、遠慮のなさと篤い友情が芽生えていたのである。それを知った僕と猛は思わず涙ぐんでしまい、そんな僕らを今度は全員で「くすぐりの刑」に処することで、場はようやく収まった。それ以降は三人もこの議論に加わり、それぞれが自分の得意分野を活かし斬新な意見を提供したため、議論は白熱の様相を帯びて行った。その、赤を通り越し白く輝く高熱の議論を、同じく十カ月を共に過ごしてきた級友達が気づかぬ訳がない。一昨日の土曜の夜、大勢の級友から「隠しごとは良くないぞお前ら」「白状しやがれお前ら」のメールを受け取った僕らは、『社会に出る準備を五年生の三月までに終えてみせる計画』を皆へすぐさま送信した。十組の皆が地団駄を踏んだのは、それこそまさに言うまでもない。これがメールのやり取りでなかったら、準備終了計画の面々がどんな処罰を受けたかを想像するだけで冷汗が出るほどの大議論がクラスHPに湧き起り、それは今も継続している。書き込み量が多すぎて僕には全体像を掴めなかったが北斗によると、さすが十組の一言に尽きるそうだ。四十二人の力を結集することで準備終了計画が刻々と完成していく様子に興奮し眠れなくなった北斗は、二日連続で睡眠導入剤を服用し、教育AIからこっぴどく叱られたと言う。なんて話を今朝のHR前にしたとたん、「この大馬鹿者!」と昴に一喝された北斗は、しょげるやら喜ぶやらで大忙しになった。昴の気持ちも北斗の気持ちも痛いほどわかる僕らはとりあえず皆で昴に謝り、そして皆で北斗を叱りつけることで、二人の間に流れる面映ゆい空気を和らげたのだった。
とまあこんな次第で、パワーランチに出席している四人は、今日も今日とて議論を重ねていた。「クラスメイトが進めている準備終了計画をどう助けてゆくか」を議題にした猛の機転により、僕らはプレゼン実行委員としての職務を遂行していると言えた。昔の日本人はディベートと議論を混同しがちだったそうだが、現代では議論を「プレゼンの応用たる双方向プレゼン」と定義していて、級友達は定義を遵守しているから、それを助けることはプレゼン委員として胸を張れる仕事だったのである。そんな十組の動向を、教育AIも温かく見守ってくれていた。昨夜のAIお茶会の最中に咲耶さんが紅茶を楽しみつつこう諭したのが、何よりの証拠だろう。
―― 眠留、皆で進めている計画を率先して助け、必ず成し遂げるのですよ――
すまし顔でありながらもその奥に、紅茶の温かさに負けない笑みを隠し、咲耶さんは僕を励ましてくれた。僕は咲耶さんに感謝と決意を伝えようとしたが、それは成されなかった。「もう、さっちゃんたら照れ屋ねえ」「眠留さん、咲耶さんは見てのとおり恥ずかしがり屋さんなので、ここは聞かぬ振りをしてあげて下さいね」「お兄ちゃんの、スケコマシ!」と女性陣三人が口を挟んできて、そのうえミーサのスケコマシ発言は看過できるものでは到底なかったため、返事の機会を逃したのである。だが、言葉ではなく行動で意を示し、そして計画を成し遂げることこそを咲耶さんは喜ぶのだと確信している僕は、仲間達の議論へ今日も臆さず挑んで行った。
「僕の個人的意見だけど、僕らに要求される二歩目の課題は、二年時のクラスメイトと仲良くなる事なんじゃないかな」
研究学校は、世界に通用する専門家を育成する学校。よってこの学校では専門分野だけでなく、人付き合いの技能も非常に重視される。国境と生活習慣と歴史的背景を越えて信頼を構築してこそ、世界を股にかける活動が可能になるからだ。その最初の一歩を、一年時のクラスメイトと仲良くなることで僕らは達成した。ならば二歩目は、二年時のクラスメイトと仲良くなる事なのではないか。僕はそう主張したのである。すると、
「うん、私もそう思う。その肝となるのが猫将軍君の、頭を抱える姿よね」
香取さんが同意しつつも意味不明な発言をした。困惑する僕に微笑み、長くなるけどいいかなと皆にお伺いを立ててから、未来の大作家はその説明を始める。
「芹沢さんと青木さんの論文を読み、私なりに気づいたことがあるの。それは、心の壁のオンオフ。初対面の人と交わす形式ばったやり取りは青木さんの主張する、道具としての心の壁に該当すると思う。その道具でもって相手の人となりを知り、信頼できる人と判断したなら、少しずつ壁を薄く低くしてゆく。つまり壁を、オンからオフに切り替えるのね。でも壁を取り払ったむき出しの心は、傷つきやすいのも事実。かと言って壁を巡らせたままだと、心の本体の強化は叶わない。よって機を計り、オフにしても良い人の前ではなるべくオフにして心を強くして行くべきなのだけど、慣れないうちは些事が大事になりがちなもの。芹沢さんが明かしてくれた体験を、私も二年生以降、この身で味わってゆくことになると思う。その時は、猫将軍君が頭を抱える姿を思い出し、頑張っていくつもり。小学校のころの自分に後戻りせず、前に進んで行くつもりなんだ」
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