僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

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 剣道部と柔道部と空手部の男子部員を合計すると二十人になり、翌日から彼らは二人一組で通学路に立つこととなった。これにより二週間に一度のローテーションが確立し、少年は休部を解き剣道部へ戻る。だがそこに顧問の姿はなく、また剣道場に部員の姿もなかった。自分の失言で部員達との間に修復不可能な溝ができたことを知った顧問は、少年が休部した一週間後、湖校を去っていたのだ。顧問不在となった剣道部へ、教育AIは一週間前、大胆な提案をしていた。
「救命救急三級の資格を持つ部員が少なくとも一名必ずいるなら、顧問不在の部活動を試験的に認めます」
 提案を聴くや、剣道部員は職員室を訪ねた。そして救命救急に詳しい先生がいないか探すと、その分野の専門家が一人いた。然るに部員達は部活動を一切せず先生の実習室へ日参し、資格習得の猛勉強に励んでいたのだ。主将が戻ってからは実習室での勉強は二日に一度となったが、剣道場を使わずグラウンドで走り込み等の基礎体力作りのみに励んだため、顧問不在でも部活を続けることができた。そして三か月後、満を持して臨んだ救命救急三級の試験で全員合格を成し遂げた剣道部は、研究学校初の顧問不在の部となったのである。
 時間は前後するが同年十月一日、陸上部やサッカー部を始めとする体育会系部活の主将たちが剣道部主将のもとを訪れ、通学路の警備に自分達も加えてくれと頼んだ。「ひょっとしてお前らも、律儀に二週間待ってくれたのか」「そりゃ俺らは三番煎じだからな」という、明るさと気骨を融合させた会話を経て、彼らも警備に参加することとなった。百人近い大所帯となった騎士会は警備場所を三か所に増やし、三週間に一度のローテーションを組むこととなる。すると三週間に一度では物足りないという声が噴出し、剣道部主将は皆へある提案をした。
「有事の際、負傷者を助けられるよう、皆も救命救急の勉強をしてみないか」
 湖校生を守るという騎士道精神に燃えていた少年達は、こぞってそれに賛成した。彼らはそれぞれの部の顧問に自分達の想いを告げ、救命救急の勉強の許可をもらいそれに励んだ。部員達がその勉強をする許可を顧問からもらう必要は本来ないのだが、顧問不在の部を望んでいる訳ではないという意思表示をすべく、彼らはそれをしたのだ。その結果、翌年三月までに湖校の全体育会系部活の主将が救命救急三級に合格し、そしてそれは長い年月を経て、その有資格者でない部員は部長や副部長になれないという部の決まりへと発展して行った。これは湖校のみならず、騎士会の存在する全国六十の研究学校の全てに共通する決まりに、今はなっている。
 騎士会が百人近い大所帯になった約一か月後の十一月三日も、誉れ高き日として研究学校史に刻まれた日だ。その日は、警備当番の生徒が専用のコートを始めて着た日だった。制服とセットになっている研究学校のコートを、礼服風に縫製し直したのは女子生徒たちだった。日ごと寒さが厳しくなってゆくこの季節、女子生徒を守るため屋外で立ち続ける騎士達に何かをしてあげたいという気持ちが、彼女達の心の中に募って行った。学内ネットを通じ意見を求め、冬の寒さから彼らを守るコートをプレゼントする案を採用した彼女達は、協力者と資金援助を呼びかけた。翌日の朝、女子専用掲示板に設けられた協力者カウンターは、一年女子全員の人数である420を示していた。その下に表示された寄付額も、驚くべき数字になっていた。湖校へ娘を通わせる親たちにとって、夏休みの事件は不安と怒りに胸を掻きむしらずにはいられない事件であり、そして九月一日から続く少年達の行いに、親たちは深い感謝を抱いていた。その彼らへコートを贈る計画があることを知った親たちは、どうか彼らのために使って下さいと、教育AIへ寄付をしたのだ。女子全員が協力を申し出たことと、親たちの想いに心を動かされた彼女達は一丸となり、コートを制作して行った。そして十一月三日、月曜日のお昼休み、予備の十二着を含む十八着のコートを携えた彼女達は、剣道部主将のいるクラスを訪れた。そこには騎士会に参加している運動部の全主将も揃っており、彼女達は女子全員の感謝の印としてコートを贈った。コートの他にも手袋と、傘とレインコートとブーツを進呈された主将達は感極まり、皆あらぬ方角へ目をやり口をへの字に結んでいた。その中心でただ一人、遥か彼方にそびえる富士の如く、狭山湖を渡ってくる風の如く贈り物を受け取った少年へ、少年の想い人である少女は言った。
「騎士長、どうかこれらの品々で、その身を労わってください」
 騎士が騎士装を始めて身に付けたその日は、研究学校に騎士長が誕生した日でもあったのだった。 
 
 翌2043年、四月十日。湖校の二期生となる一年生が入学してきた二日後のお昼休み、運動部に所属する女子生徒の代表が三名、騎士長のもとを訪ねた。
「私達も、騎士会に加えてくれないだろうか」
 騎士長を囲んで座っていた騎士たちが立ち上がり、三人の代表へ席を譲る。彼女達は、そう願うようになった経緯を語った。
『自分達は騎士の気持ちを理解しているつもりでいたが、後輩ができ、それが間違いだったと知った。私達を先輩として慕ってくれるこの子たちを、守りたい。それが胸に芽生えて初めて私達は、騎士の気持ちを理解できた。騎士長、どうか私達にも、後輩を守らせてくれないだろうか』
 騎士長は立ち上がり、手を差し伸べた。
「ようこそ、我ら騎士会へ」
 三人の代表も立ち上がり、中心にいた女子生徒が騎士長と握手を交わす。
 かくして研究学校に、女性騎士が誕生したのである。
 同日放課後、大阪、愛知、福岡、そして最初の研究学校の帯広にも女性騎士が誕生した。後の交流で判ったことだが、帯広校は同年一月十日に、大阪と愛知と福岡に新設された三校は開校日の四月八日にそれぞれ騎士会が発足しており、その初会議で女性も加えるべきかを議題として取り上げていた。だがそれは議題というより、皆が同じ想いを述べ合う確認作業でしかなかった。女性騎士候補も多数出席していたその会議で確認し合ったのは、「湖校に女性騎士が誕生するまで待つ」という想いだった。湖校の騎士の行いに共感し、何より感動していた若者達にとって、剣道部と柔道部と空手部の騎士達が自らを二番煎じと呼び、その他の騎士達が率先して三番煎じと名乗ったことは、遵守すべき規範となっていたのである。湖校騎士会から女性騎士誕生の連絡を受け、その過程で語られた言葉を知った他校の騎士たちは、自分達の判断の正しさを騎士会最初の名誉としてその歴史に記したと伝えられている。
 女性騎士の誕生は、騎士則も誕生させた。それは「騎士は正しきを守るべし」「性別表記が必要な場合のみ騎士の前に男性女性を付けるべし」「騎士は正しきを行うべし」のたった三つからなる規則だった。だがその数の少なさに反し、この規則は大勢の生徒をうならせ、そして無数の議論を生じさせた。最も議論が集中したのは「正しき」だった。この規則を作った騎士会創設メンバーに尋ねても、微笑み頷くだけで誰も答えようとせず、よって生徒達はこの言葉の意味を自ら考えるしかなかったのだ。正しきについては騎士則が制定され十七年経った今も議論が重ねられており、騎士会も黙して語らぬため、未だ意味は確定していない。ただ、湖校開校以来一瞬も途切れることなく生徒を見守ってきた教育AIは、こう明かしている。「正しきを一心に遵守してきた騎士はある日を境に、規則について議論する生徒達へ、創設メンバーと同じ微笑みを浮かべるようになる」と。
 正しきの次に議論されたのは、「守るべし」と「行うべし」の違いについてだった。だがこれは、ほんの数年で解答に辿り着いた。『研究者とは確かな知識を土台に新たな可能性を絶えず模索し、創造を前進させる者』という研究学校の理念が、意味解明に役立ったのだ。いや役立ったというより、世界に通用する研究者を目指し過ごした日々が、「守るべし」と「行うべし」の違いを自ずと教えてくれたと伝えられている。正しきを仮に正義とするなら、それはこういう意味だった。
『正義は時代と地域によって変化してゆくため、騎士は正義を守りつつも正義の新たな可能性を模索し、それを自ら行うことによって、正義を進化させてゆくべし』
 この正否を、生徒達は騎士会へ問わなかった。しかしそれでも、これが解答であることを疑う生徒は誰もいなかった。なぜなら研究者としての実力と自覚が深まるにつれ、「守るべし」と「行うべし」の違いを、一人一人がより明瞭に感じられるようになって行ったからである。
 一期生が二年生となった年は、騎士則以外にも様々な決まりが生まれた。「騎士は救命救急三級の有資格者である事」「身体能力と護身術の二つが、十段階評価の七以上である事」「それに満たない者と一年生は、騎士見習いとする事」 主だったものを挙げるなら、この三つになるだろう。また決まりではないが、騎士発祥の地を男女ペアで警備するようになったのもこの年からだった。その提案は女性騎士によってなされた。
「騎士長があの場所に一人で立ち続けた日々を知っている私達二年生は別でも、それを知らない後輩の女子の中には、あの場所に男性がいるだけで身構えてしまう気弱な子がいるかもしれない。よって校門に近い方を女性騎士の立ち位置とし、下校する子が先ず女性騎士を目に留めるようしてはどうだろうか」
 男子だけでは決して気づかないか、もしくは気づくまで長い歳月を要したであろうその提案に、騎士長は姿勢を正し謝辞を述べ、頭を下げたという。その一事だけでそれは可決され、その日の放課後から直ちに実施された。後日騎士会のHPへ、一年女子の感謝文が数件寄せられたことから、女性騎士の提案が正鵠を射ていたことが証明されている。
 そして同年九月一日、研究学校史に残る出来事が起こった。体育会系の部活に入っていない生徒が騎士会本部を訪れ、騎士会への参加を希望したのだ。教育AIの下した身体能力と護身術の評価を提出し、できれば検討して欲しいと願い出た彼らへ、騎士長は即断した。
「お前達が運動系の選択授業を多く取り、身体能力と護身術の向上に努めてきたことを、俺は去年の秋からずっと見てきた。体育会系部員ではないのに、俺たち以上に日焼けしていることからも、お前たちが夏休みをどう過ごしてきたかが窺われる。そんな奴らを、騎士会は決して拒まない。ようこそ、我ら騎士会へ」
 騎士長は立ち上がり、彼らに手を差し伸べた。だが彼らはその手を取らず、込み上げてくるものを必死で堪える形相で腰を折った。
「騎士長、頼みがある。俺達をぜひ、騎士見習いにしてくれ。どうか、このとおりだ」
 騎士長は応えず、本部にいた一年生達へ向き直り、言った。
「皆、この姿を心に留めよ。これこそが、騎士の姿である」
 まごつく騎士見習いの中でただ一人、まとめ役の少年が宣言した。
「先輩方が騎士になった一年後、俺は騎士になります」
 表情を一変させた一年生達が次々と同じ口上を述べてゆく。騎士長は頷き、体の向きを元に戻し、再度手を差し伸べた。会への参加を希望した少年達が、今度は力強くその手を取る。こうして運動部に所属していない生徒にも、騎士への道が開かれたのだった。
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