僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

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 僕は項垂れ、考え無しの自分を責めた。
 ミーサの指摘は正しかった。僕はクリスマス会と同じダンスを、エイミィと踊った。パートナーを組んでくれる女の子に敬意を表しその手を優しく取り、女の子の華奢な体に負担を掛けぬよう慎重にステップを踏んだクリスマス会と同じ時間を、エイミィと過ごした。感覚体でエイミィを包み彼女の手の位置と姿勢を把握し、大切に接して、ダンスを楽しんでもらえるよう僕は踊ったのだ。
「お兄ちゃんは、様々な要素において規格が違い過ぎるのです。咲耶さんも、それを心配していました。クリスマス会の余興で、お兄ちゃんの友人達は、棒で妖魔を叩いていました。妖魔の3D映像に、棒をただ振り下ろしていただけでした。けどお兄ちゃんは刃筋を通し、斬っていた。前転側転バク転をしながら、妖魔に致命傷を負わせる剣速と姿勢を造り上げ、妖魔を葬っていたのです。それを、剣道部の幾人かが理解した。覇気あふれる年齢に助けられ、その全員が闘志を漲らせたそうですが、それは眼力がつたなかったに過ぎず、彼我の圧倒的な力量差に打ちのめされ剣道を辞める部員が出てもおかしくなかったと咲耶さんは顔を曇らせていました。無限の優しさと同じく、お兄ちゃんの技量に心が折れないのは、白銀さんや天川さんや美鈴姉さんという、ほんの一握りの純天才だけなのです」
 僕は顔を両手で覆い、その肘をコタツに着くことで、前に突っ伏そうとする体をどうにか支えていた。どうして、どうして僕はこうも、考え無しなのだろうか。
「でも安心して下さい。お兄ちゃんの友人達は自分にもそれがあることを本能的に知っていて、能ある鷹は爪隠すの学校生活を送っていますから、素晴らしいお手本になってくれるでしょう。また、新忍道では爪を隠す必要はありません。創始者が超人と謳われる人だったため、新忍道はそういう競技なのだと、世間の人々は認識しているからです」
 顔を覆っていた手で頬を二度叩いたのち、僕は胸を張り姿勢を正した。そうすることが新忍道の末席を占める者の責務であると、思えてならなかったからだ。
 なのに、
「お兄ちゃんが立ち直ったところで、ミーサはお暇します。これ以上お兄ちゃんと一緒にいるとお兄ちゃんの優しさに、湯あたりしてしまいますからね」
 お礼を言う間もなくミーサは去ってしまった。
 ハイ子の映し出していた「SOUND ONLY」の表示が唐突に消える。
 それと入れ替わるように、振り袖姿の三人が部屋に現れた。
 僕とミーサの会話を全部聞いていたことを窺わせる三人に、僕は微笑む。
 それは心の中に、己への嘲笑しかなかったから笑ったのだけど、役割分担なのか性格によるものなのかエイミィがつと前に出て僕の隣に座り、僕の手を両手で包み言った。
「眠留さん。ミーサに、3Dの体を作ってくださらないでしょうか」
 すすり泣くミーサの後ろ姿が脳裏をかすめる。
 僕はただ、目を閉じ頷くことしかできなかったのだった。

 
 あの日から一週間経った、今日。
 新年初登校日の一月十日、午前八時十五分。
 場所は、実技棟四階の個室。
 僕はエイミィに、日記を読んでもらっていた。
 実を言うと、僕には日記を付ける習慣がある。小学生になった年の四月一日に始めた、その日の出来事をちまちま綴ってゆく習慣があるのだ。その過程で知ったのだけど、僕は過去のアレコレをよく覚えているらしい。学校の成績から推測される脳の性能からしたらあり得ないレベルで過去を覚えていると、小学四年の初夏、美夜さんは僕に話した。続いて何を勘違いしたのか、「だからもっと勉強を頑張ってみなさい」などと真面目に説きだしたので、「多分それは昔の出来事をくよくよ思い出しては落ち込む僕の性格の副産物だと思うよ」と、こっちも真面目に返した。すると美夜さんは大笑いし、それ以降勉強うんぬんを説かれた事はない。ただその代わり、日記をもう少し詳しく書いてみるよう勧められた。風景描写や文学的表現はからきしでも会話なら幾らでも思い出せて、かつミーサを介しそれを聴いていた美夜さんに「合っている」と合格をもらえたため、僕は毎日楽しみながら日記を付けていた。それが今年、ゴールデンウイークの闇油戦を経て変化した。出来事をだらだら記すのではなく、自称小説形式で書くようになったのだ。それを美夜さんに読んでもらったところ「もっと読ませて」とせがまれ、僕は俄然やる気になった。一か月前まで遡り、湖校入学時からの自称小説作成に取り組んだのである。けどなぜか入学式当日の記憶はどうしても文字にならず、数日後の朝から、というか深夜の目覚めから始まるヘンテコ話になってしまったが、「書ける日が来たら書き足せばいい」と頭を撫でられたので、そんなものなのかなと気軽に考えることにしていた。
 その小説もどきの年末年始部分、エイミィが直接関わる箇所を抜粋して、当の本人に僕はそれを読んでもらっていた。恥かしくないと言えば神をも恐れぬ大嘘になるけど、「ミーサの容姿をもうお決めになりましたか?」と問われた僕としては、日記を通じて心の丈を明かす他なかったのである。エイミィはそれを、AIとしては長大な十秒という時間をかけ、じっくり読んでくれた。そして大きく一つ頷き、サークルで戦闘評価を告げる際の厳正さを僕へ向けた。
「大変良く書けていると思います。眠留さんには、ぶんさ・・・」
「いやいやいや、そんなもの無い無い。それよりエイミィ、あと五分で新年初のHRの予鈴が鳴っちゃうから、結末を聞いてくれるかな」
 分不相応過ぎる評価を下そうとしたエイミィを強引に遮り、僕はハイ子を取り出す。そしてエイミィの返答を得ぬまま「ミーサ、出て来て」とハイ子に呼びかけた。
「はい、お兄ちゃん」
 返事と共にハイ子が3D映像を浮かび上がらせる。そこには赤みを帯びた髪を両おさげに結った、ミーサが立っていた。
「まあ眠留さん、ミーサに姿をくれたのですね!」
 エイミィは我が事のように喜びミーサと朝の挨拶をした。ミーサも全身で笑って、エイミィに挨拶していた。一段落付いた処で僕は打ち明ける。
「僕はずっと、ミーサの3Dを作ることから逃げていた。でも一月三日の夜、ミーサの事情を美夜さんに聴いて考えを改めた。僕は皆が帰ってすぐ3Dを作り、その後一週間をミーサのために捧げると誓った。ミーサは『相変わらず大げさですね』と笑って、ある提案をした。それは・・・」
「それは、私に3Dの体をくれたことを、咲耶さんとエイミィに言わないという事でした。私の事情を知ってすら一週間放置し続ける冷徹非道の極悪人であると二人に思わせる罰を、私はお兄ちゃんに下したのです」
 腰に手を当てふんぞり返るミーサに、エイミィは顔をほころばせる。AIはランクが上がるにつれ、融通性と耐久力を身に着けてゆく。それは裏を返せば、低いランクのAIほどその二つが少ないという事。ミーサは特殊AIに生まれ変わった時点で、DランクからCランクへバージョンアップされていたが、それでも3Dの体を持たないことはミーサに重くのしかかっていた。美夜さんにそう教えられた時、僕は胸を押さえうずくまった。美夜さんと咲耶さんとエイミィの三人だけにAI用のケーキを振る舞う光景を目の当たりにしたミーサの気持ちを思うと、胸に激痛を覚えずにはいられなかったのである。
「先ほどエイミィに私の3D作成について尋ねられた時、お兄ちゃんが頭を抱えて机に突っ伏すのを見て、溜飲りゅういんが下がりました。よってここに宣言します。お兄ちゃん、ミーサの我が儘を聞いてくれてありがとう。私はもう、大丈夫だからね」
 僕は知っている。
 ミーサは僕のためにその罰を提案したのだと、僕は知っている。
 本当はミーサの中に、僕を罰する気持ちなど存在しない。
 しかしそうだとしても、僕がミーサの3D作成から逃げ続けた事実は変わらない。
 その過去をくよくよ思い出し、落ち込む未来が待ち受けていることも、変わらないのだ。
 然るにミーサはそれを少しでも軽減すべく、僕を罰した。
 咲耶さんとエイミィから軽蔑される状況に、僕を置いた。
 それを受け入れることにより、僕は自分で自分を罰することができた。
 償いの機会を与えられ、それを遂行しているのだと僕は思うことができた。何より、 

  今回の件で僕が俯く未来を
  ミーサは望んでいない。

 というミーサの心の声を、僕も心の耳で聴けたのだ。だから、
「ありがとうミーサ」
 僕はこの一週間、ずっと贈り続けてきた言葉を今日もミーサへ贈る。その都度、
「くっ・・・」
 僕は袖で目を押さえてしまうのである。するとこれまたその都度、
「はいはい、お兄ちゃんの気持ちはわかりました。ミーサは、わかったからね」
 ミーサはその小さな手で優しくポンポンと、僕の背中を叩いてくれるのだった。
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