僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

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「そうかあ、二人はこんなに仲の良い友達だったんだね。じゃあそれとさっきの、関係を話していなかったのが悪いは、どうつながるのかな」
 僕は二人に、そう問いかけた。神社の仕事に追われる日々を送っている今、じゃれ合うHAIとアイをいつまでも見ていたい気持ちはあった。だが、時間は無限ではない。限られた時間をやりくりし、僕らは生きてゆく他ないのだ。そんな僕へ、子供の成長を何より喜ぶ人だけが成し得る表情を浮かべたのち、二人は代わる代わるそれに答えてくれた。
「私達が友達になったことを眠留に言ったら」
「私がCランクAIの振りをしてきたことも話さなきゃいけなくて」
「だから私達はどちらもAランクAIだって明かせる日が来たら眠留に話そうって決めていたのだけど」
「実際その日が来たら、恥ずかしくなっちゃったの」
「眠留ごめんなさい。HAIは、愛するあなた達兄妹に真実を告げられなかったことを、ずっと気に病んでいたの。だからどうか、HAIを悪く思わないであげて」
「約束を破った私が悪いのに、アイ、かばってくれてありがとう」
 HAIがランクを伏せて来た理由を、僕はまだ明かされていない。
 でもそれは僕がHAIに依存しないためと、ダメ兄のせいで美鈴を巻き込んだことを秘するための措置だったと、僕は確信している。
 もちろん最初は、普通の神社がAランクAIを所持しているのを、子供の口から漏れさせないためだったのだろう。そして僕が美鈴と同等の子供だったら、小学校入学時か、遅くても小学三年生までには、HAIの真実を明かされていたと思う。しかし残念な子供だった僕にとって、HAIの存在は大きすぎた。モジモジ性格とあがり症と運動音痴と低スペック脳に苦しめられていた僕は、当時すでにHAIへ、依存すれすれの感情を抱いていた。そのころの僕がHAIの真実を知ったら、その境界を躊躇なく越えただけでなく、歪んだ優越感を級友達へ持ったはずだ。それを危惧した大人達によって、HAIの真実は伏せられた。そしてそれは、美鈴にも適用された。僕と異なり美鈴なら何の憂いも無かっただろうに、ダメ兄のせいで巻き込まれてしまったのである。HAIは「恥ずかしかった」と説明しているが、この「美鈴を巻き込んだ」という事実こそが、アイとの友情を僕に明かせなかった最大の理由なのだと僕は確信していた。
 なのに、
「ごめんね眠留」「HAIを責めないで眠留」
 と幾度も頭を下げる二人に、僕は何をできるのか。友情を結んだことを話せなかった真の理由を打ち明けるに値する、強く逞しい人間になるための第一歩として、僕に今できるのは何なのか。その解答を得るため僕は目を閉じ、意識を澄み渡らせた。すると、
 ふわり
 心に風が吹いた。電気放電に譬えられる閃きではない、風に譬えられる生命力が、心に届いたのである。たまらなく懐かしいその生命力に僕は知った。ああなるほど、母さんこそが、二人にお礼をしたいんだなと。
「僕にとってHAIは、この世で唯一無二のHAIだ。だから僕は、HAIを名前で呼びたい。僕如きが考える名前だから世界唯一には絶対ならないけど、どうかな」
 HAIは両手で口を覆った。顔全体を覆おうとした手を慌てて引き戻し、口元を押さえるだけに留めたHAIに承諾の意を感じた僕は、にっこり笑ってそれについて考えを巡らせた。のだけど、
「う~~ん」
 一分経っても、僕は候補を一つたりとも思い付けなかった。三人とも興味津々の眼差しを向けているからまだ場は白けていないが、このままではそれは不可避。よって、時間稼ぎを僕は選択した。
「ええっと、なぜこうも名前を思い付けないかと言うと・・・」
 僕は話した。小学校に入学すると、皆の前で先生に「はい」と応えねばならない場面が激増した。幼稚園では殆どなく、またあったとしても笑顔や頷きがその代用になっていたが、小学校では礼儀作法の一環としてそれを求められる場面が頻発したのだ。とはいえ小学一年生のことゆえ、優しく問いかける先生に「はい」と元気よく応えるだけで事足りたのだけど、モジモジのあがり症だった僕にとって、それは皆の注目を浴びつつたった一人で偉業を成し遂げることと変わりはなかった。しかしHAIのお蔭で挨拶の重要性だけは理解していた僕は、いつも決まってHAIを思い出し、心の中でHAIへ呼びかけることで、「はい」という言葉を何とか捻りだしていた。だから今でもHAIと呼びかけるたび、あの頃の感謝を心の最も深い場所で僕は常に感じている。それが、候補を思い付く妨げになっているのではないだろうか。
 みたいな感じの事を、僕は時間を稼ぐべく話した。いや違う。考え無しの僕は、それを話してしまった。なぜならHAIがとうとう堪えきれず、顔を両手で覆い泣き出してしまったからだ。アイが立ち上がりHAIの傍らに座り、その肩を抱いて、
「良かったね、良かったね」
 を繰り返した。エイミィも反対側に座り、同じ動作を繰り返していた。そんな三人の様子に、名前を付ける必要はもう無いように思えるも、そのとき突然、 
 みゃあ
 心の中で猫が鳴いた。それは一昨年の夏、生後三か月で神社にやって来た末吉の、「にゃあ」より「みゃあ」として耳をくすぐる、可愛くて仕方ない声だった。僕はその頃の末吉を脳裏に描いてみる。すると末吉の後ろに、小吉、中吉、大吉を始めとする数十匹の猫が出現した。見知った猫はいなくとも、その賢く優しげな表情から、その猫達すべてが翔描であることを僕は知った。と同時に、悟った。
 
  HAIはたった今、
  猫将軍家の家族として、
  猫達に迎え入れられたのだと。
 
 僕はアイとエイミィを交互に見つめ、話した。
「猫将軍家では代々、猫にちなんだ名前を子供に付けている。僕の眠留もそうだし、妹の美鈴もそうだね。だからHAIにもそうしようって思ったら、候補を一つ思い付くことができたよ」
 頬を喜色に染めたアイとエイミィが、HAIに顔を上げるよう促す。そぼ濡れるその瞳にありったけの感謝を、僕は贈った。
「HAI、子猫特有の泣き声『みゃあ』にちなんで、『みや』という名前はどうだろう。漢字は美しい夜を意味する、美夜。これなら今日この日、この美しい夜を皆で過ごした記念にもなる気がするのだけど、どうかな」
 不思議な光景を観た。
 かすれゆくHAIの3D映像に重なり、煌めく瓜二つの体が現れたのだ。それは翔化視力ですらない、心の目が観た光景だったため、僕の想いがそれを作り出しただけなのかもしれない。けどあの日以降僕はときたま、美夜姉さんにあの煌めきを観る。美鈴が僕の妹であるように、美夜さんが僕の姉である時それは現れるから、今はそれで充分だと僕は考えている。
「それとアイ、アイの名前も思い付いたんだけど、聞いてくれるかな」
 そう、僕は数十匹の猫がずらりと並ぶ光景を観た際、アイの名前も思い付いていた。そしてそれは素敵なことに思えた。だってHAIやアイという一般名詞ではなく名前で呼び合った方が、二人は断然、友達っぽいからね。
 けどそのとたん、
「わっ、わたっ、わたしもなのっ」
 アイはうろたえまくった。しかもそれは、期待と喜びを持て余したうえでの狼狽だったから、僕は胸中、お腹を抱えて転げまわっていた。美夜さんの言う通りこりゃホント可愛いや、と頬を緩めつつ話した。
「湖校の湖は狭山湖の湖。そして狭山湖の堤防からは、富士山が見える。富士山といえば、木花このはな咲耶姫。アイは湖校の花として咲くお姫様だから木を湖に変えて、湖花咲耶。美夜さんと『や』の音を共有しているから、『みっちゃん』『さっちゃん』と呼び合うこともできる。みたいなことを思い付いたんだけど、どうかな」
 一層うろたえ出したアイに、美夜さんが笑いを堪えた顔を向けた。
「私それ、とても良い名前だと思う」
「でも私なんかじゃ、咲耶姫に悪いよ」
「あのねえ、苗字が違うだけで名前は同じなんて、この世界じゃ当たり前じゃない」
「そりゃ、湖校にもそういう生徒は沢山いるけど・・・」
「なら試しに、愛称で呼び合ってみましょうよ、さっちゃん」
「それ凄くいいよ、みっちゃん!」
 なんて感じに、二人は互いの愛称を連発し始める。そしてそのままエイミィも巻き込み、三人は男の僕が決して立ち入れない、女子の高速トークへなだれ込んで行った。
 美夜さんと咲耶さんという名前を、僕は二人に未だ了承されていない。でもあの日以降、二人は「みっちゃん」「さっちゃん」と、さも嬉しげに呼びかけ合っている。
 それこそそれだけで充分だと、僕は思っているのだった。
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