僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

最重要ミッション、1

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 年が明けた一月五日。
 水曜日の、午前八時十分。
「行ってきます」
「お兄ちゃん行ってらっしゃい」
 サークルに出るべく、僕は玄関を後にした。
 十二月二十六日から昨日までの十日間、年末年始という神社が最も忙しい時期、僕はサークルを休んだ。神社の長男に生まれたのだから仕事を手伝って当然だと先輩方は言ってくれたが、休日と長期休暇しかサークルに参加できない僕にとって、この十日間はつらかった。学校のない日はサークルに打ち込むのが心身に染み渡っていたらしく、新忍道がしたくて堪らない衝動に、幾度も駆られたのである。それを経て僕は知った。戦友達と語らい、笑い、背中を預けて戦う時間がどれほど素晴らしく、そして掛け替えのないものだったのかを。
 だから、
「うおりゃ~!」
 僕は走った。幾十幾百の衝動を一纏めにしたが如く、ペース配分もサークルに残す余力も何もかも忘れて、僕は突っ走った。
 ――新忍道に没頭したい。
 それだけを胸に、全身の筋肉を全力で使い続けた。その甲斐あって、いつもより十分早くプレハブの扉を開ける事ができたのだけど、
「おはようございます!」
 と挨拶するなり、僕は床にへたり込んでしまったのだった。

「ったくお前は、叱るべきなのか褒めるべきなのか、判断付かん事をするな」
 副長の荒海さんが後輩の不始末を叱る口調で、けど頬はしこたま緩めて、クーラーボックスから冷たいタオルを取り出し僕に放った。これは本来、激しい練習をした後に使うタオルだったため、僕は大いに躊躇った。だがサークル長を務める真田さんの逞しい笑みに促され、ありがたく使わせて頂くことにした。顔と首周りの汗を拭き、胸にあてて心臓を冷やす。最も酷使され暑がっている心臓を、こうして冷やしてあげるのが、発汗を押さえ呼吸を整える近道なのだ。
「眠留、準備開始まで残り八分だ」
「残り四分になったらタオルを受け取るから、今は回復に集中しろよ」
 北斗と京馬がそう囁き、練習服に着替え始めた。母屋の掃除を済ませてから家を出る僕は、二人が練習服に着替え終わったあと、プレハブの敷居をまたぐのが常と言える。確かに僕は今日、いつもより十分ちょい早くここに着いたけど、二人がまだ制服姿でいたのは少し遅い気がした。もしかすると二人は、今年初めてサークルに参加する僕を待ち、三人揃って練習服を身に着けたかったのかもしれない。それを思うと僕の頭は、寄りかかっていた壁を離れ、前へ傾斜せずにはいられなかった。
 その頭を、
「こらこら、副長に同じことを二度言わせるんじゃないよ」
 四年の黛さんが撫でた。顔を上げるとそこに、優しく微笑む黛さんがいた。
「眠留は気持ちが顔にそのままでるから、一目で分かったよ。サークルに出たくて出たくて、無我夢中で走って来たんだろ」
 背筋を伸ばし僕は頷いた。黛さんは苦笑するも首を縦に振り、元日の想い出話をした。
 今年は真田さんと荒海さんが新忍道の全国大会を目指す最初の年であると共に、お二人がサークルに籍を置く最後の年でもある。よって皆は話し合い、神社に参拝することを決めた。毎日の通学は無理でもお昼に待ち合わせるくらいなら難しくない緑川さんと森口さんも加わっていたので、サークルメンバー全員が、揃って初詣をしてくれたのである。祖父母はそれを大層喜び、新忍道サークルの優勝祈願を急遽執り行った。元日の飛び入りだったため略式の祈願ではあったが、先輩方は祖父母へ深々と腰を折り、心のこもった謝意を述べていた。その光景に貴子さんは目元を赤くし、「友達だけでなく先輩にも恵まれているなんて、ボンはどこまで果報者なんだい」と、僕の髪をぐちゃぐちゃにしていた。
「眠留のご家族は清々しい方々で、眠留がどれほど大切な仕事をしているかを俺達は肌で感じた。しかしそれでも、サークルを始める日が待ち遠しくてならず、お前はここまで走って来た。練習前に過度の運動をしたのは責任者として叱らねばならないが、同じ道をゆく仲間として、副長は頬を緩めずにはいられないんだ。だから顔を上げて、今は回復に専念するんだよ」
 今年、サークル唯一の五年生になる黛さんは、次期サークル長への就任が決定している。真田さん、荒海さん、そして黛さんという素晴らしい上級生に恵まれた僕は、まこと貴子さんから髪の毛をぐちゃぐちゃにされて然るべき、果報者なのだった。
 
 その後、九時から正午まで新忍道に打ち込んだ。射撃訓練、潜入訓練、実戦、そのどれもが楽しく、どれか一つを選べと言われたら苦悶する他ないが、何が一番嬉しかったと問われたら、自信を持って答えることができた。それは北斗が受け身の試験を、十一日間連続で合格したことだった。危険性の極めて高い新忍道は受け身の試験を毎回必ず実施していて、それに合格しないとモンスターとの戦闘に参加できない規則になっている。北斗は決して運動音痴ではないが、要求される受け身の水準が凄まじく高いため、当初の合格率は5%にも満たなかった。だが北斗は負けなかった。風の日も雨の日も北斗は自主練を続け、七月中に合格率を33%にし、冬休み前にはそれを90%まで引き上げていた。そして僕が十日間の休みに入る前日、彼は密かに決意した。「眠留が休む十日間、受け身の試験にすべて合格するぞ」と。
 翌日以降、北斗は合格を勝ち取り続けた。
 全校休校日となる元日もアイに事情を話し一人練習場に現れ、合格をもぎ取っていた。
 そして昨日、十日連続合格を得て決意を成就させた北斗は、それを皆へ打ち明けた。すると、予想外の事が起こった。先輩方の誰もが厳しい表情をして、明日も合格しろと命じたのである。北斗はすぐ理解した。密かに決意し誰知れず過ごした十日間は自己完結の練習でしかないが、明日は違う。皆にそれを打ち明け、皆の注目のもと試験に臨む明日は、公式戦とも呼べる本番なのだと、北斗は悟ったのである。
 そして今日、北斗はサークルメンバー全員の前で受け身の試験を受けた。いつもは受け身の練習が試験を兼ねるのだが、今日は公式AIによる「試験開始」の号令のもと、たった一人で試験に臨んだ。事情を聴かされとても緊張していた僕とは裏腹に、北斗はいつも通りの北斗で受け身をしていた。「合格!」という声と歓声が轟いたのち、真田さんが北斗の肩に手を置いて言った。
「練習は本番のように、本番は練習のように。それをお前は今日、皆の前で示してくれた。サークル長として、礼を言うぞ北斗」
 個人的に感極まり涙を流すことは、沢山あった。
 そういう皆を目にすることも、数限りなくあった。
 だが、メンバー全員の男泣きを見たのは、サークル発足から七か月と五日を経た今日が、初めてだった。
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