僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

クリスマス会後半、1

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 クリスマス会は、十組の余興を午前の部の最終プログラムにしていた。よって男子と女子で立ち話に熱中している最中、
 ピンポンパンポ~ン♪
 なんとも陽気な電子音を級友達は聞くこととなる。
「はいは~い。みんな、お昼休みが始まるよ。食べて踊っておしゃべりして、楽しいひとときを過ごしてね」
「「「ヒャッハ――!!」」」
 僕らは浮かれ騒いだ。わけても男子ははしゃぎまくっていた。妖魔との戦闘で体を酷使し腹ペコになっていたのだから、はっちゃけて当然なのである。そんな僕らを、
「「さあ、こちらへどうぞ」」
 姫君たちがエスコートしてくれた。余興を見事成功させ、「ただいま」「お帰りなさい」なんて甘酸っぱいやり取りをしたお姫様に促された男子達は、達成感と充実感を幸せでくるんだ顔をしていた。僕なんて殊更そうだろうな、と思い顔を触ってみると、それは間違いだった。まるで夫婦のような挨拶を輝夜さんと交わし、そして十二単を着た輝夜さんにフライドチキンやサンドイッチを取り分けて貰っている今の僕は、「僕の鼻の下ってこんなに長かったっけ」と思わずにはいられぬほど鼻の下を伸ばしていたのである。こりゃいかんと慌てて顔をこする僕へ、遥か平安の世の禁裏におわす姫皇女ひめみこもかくやとばかりに、輝夜さんは微笑んでくれた。魂を射抜かれ呆けた数秒後、せめて飲み物の用意をせねばと思い立ち、輝夜さんの大好きなみかんジュースを手に取る。食堂でついさっき絞ったばかりの、加熱処理していない本物の生ジュースの入ったグラスを、僕らは合わせた。
「「メリークリスマス!」」
 稚児服を着た牛若丸と十二単のお姫様は、心ゆくまで食事を楽しんだのだった。

 食事は美味しく、かつ豪華だった。他のクラスには申し訳ないが、十組のテーブルには量も質も学年一の料理がところ狭しと並べられていた。湖校を始めとする研究学校は、文化祭で得た利益を様々な用途に使うことができる。僕ら十組は文化祭後、「一流ホテルでディナーしてみない?」や「豪華客船でナイトクルーズしちゃう?」なんて感じに、夢のような計画を皆で語り合った。そう僕らが稼いだのは、ディナーやクルーズを可能にする金額だった。喫茶店と売店の収益だけでも相当だったのに、それに集客賞、インパクト賞、売り上げ賞、総合優勝の賞金が加わったので、AICAを一台購入できるお金になっていたのである。学生割引と団体割引を活用すれば一流ホテルのディナーも豪華客船クルーズも充分賄えるその額に、僕らは先を争い夢を披露し合った。なぜなら皆、知っていたからだ。こうして級友達とワイワイできるのが一番のご褒美であり、文化祭で獲得したお金は、その殆どを湖校へ寄付する事になるのだと。
 仮にこれが、資金と労働力を共同出資した事業による利益だったなら、それを旅行等に費やすことを僕らは躊躇わなかっただろう。だがこれは、文化祭のクラス展示で得たお金。学校から無償提供された場所と設備を使い、文化祭に訪れた人達を相手にし、しかも税金も免除されているという恵まれ過ぎた商売だったのである。にもかかわらずそれらを一切忘れ「稼いだ金はすべて自分のものだ」とがめつくなることを、僕ら研究学校生は避ける。非常に狭い分野を専門とする何万という研究者が集まりプロジェクトを遂行してゆく現代社会において、お金に見苦しくなることは、様々な計画に招待され長期的な収入を得てゆく人生の、障害の一つになるのだ。その先頭を走るのが研究学校生なのだから、文化祭の利益の大部分を学校へ寄付するのは、僕らにとって至極自然な流れだったのである。
 よって夢を語りつくしたのち、僕らは現実的な話をした。一人一人が専門家の卵か、もしくは既に専門家である皆の話はとても面白く興味が尽きなかったが、最後は猛と昴の案が可決された。医療に詳しい猛と料理に詳しい昴は、栄養学と食文化の両方に優れる、見るからに美味しそうな山盛り料理を3Dで映し出したのである。成長期の食べ盛りである僕らが、それに抵抗できるワケがない。十組は満場一致で、猛と昴の案を採用することになったのだった。
 二人の案にはオマケが付いていたのも非常に魅力的だった。それこそが方々から聞こえてくる、
「十二単を着ていて、疲れない?」
「ううん、少しも疲れないよ。戦闘服も、着ていて大変じゃない?」
「大丈夫、まったくそんなこと無いよ」
 という男子と女子の会話だった。そう二人の案には、衣装に使う高級素材の激安提供も含まれていたのだ。
 戦闘服も兼ねる男子のド派手衣装と、女子が身に付けている十二単は、植物樹脂をもとに3Dプリンターで制作したプリント衣服。現代文明を支える工業素材の一つである植物樹脂はリサイクルが容易なため比較的安価だが、それでも「高品質の物ほど軽く柔らかでそして高価」という衣服の原則に、この樹脂も準じていた。そして猛と昴の案には、高品質樹脂の格安購入というオマケが付いていた。それは実家が大規模果樹園を営んでいる猛と、父親が植物樹脂の世界的権威である昴だからこそ可能なことだった。大規模果樹園は樹脂の原料となる植物を大量に保有しているし、世界的権威は往々にして幅広い人脈を持っているもの。その二つが力を合わせた結果、激安価格でそれを購入することができたのである。もちろん二人は自分達の案が採用されなくても樹脂を提供すると言ったが、それが追い風となったのも事実。学校への寄付額も最も多いというその案を、十組は採用したのである。
 後になって判ったことだけど、というか今日初めて知ったのだけど、二人のオマケには僕以外の昼食会メンバーが全員関わっていた。江戸幕府が宮崎へ派遣した大身旗本を先祖に持つ芹沢さんの家は地元では知らぬ人のいない名家らしく、樹脂の運搬等を援助してくれたと言う。広大な山林を所有する真山の実家も樹脂と関わりが深かったし、政財界に巨大なパイプを持つ白銀家も様々な便宜を図ってくれたし、湾岸大学の准教授である二階堂夫妻も各方面へ働きかけてくれたそうだ。そして、その協力体制を着想し皆にその話を持ち掛けたのが、北斗だった。余興の衣装には華やかさと機能性の両方が求められるため、高品質樹脂の入手がどうしても必要。よって北斗はその方法を考え、皆に協力を仰いだのだ。いや、大策略家である北斗の遠望深慮は、そんなものではなかった。北斗は高級樹脂の格安入手が不可能な未来も想定し、通常価格でもそれを購入できる手段を講じていた。それこそが文化祭の、喫茶店営業だったのである。
 改めて振り返ると十組の文化祭は、でき過ぎていた。輝夜さんの紅茶と昴のお菓子と芹沢さんの接客に奮い立たぬ級友がいるはずなく、真山と北斗のギャルソンが話題を呼ばぬはずがなく、来店したお客様が喫茶店に満足せぬはずがない。客の回転を速くする一品だけのメニュー、客席数に縛られない売店の存在、級友を疲れさせない三交代制、それら諸々は全て北斗の頭脳が考案したことであり、しかもそれを自分一人の案と公言しないことで、十組全体を最高の状態へ導いてゆく。高級樹脂の自力購入が可能な未来のため、北斗はそれを秘密裏に行っていたのだ。
 といっても彼のことゆえ、それは時代の風潮に則ってなされた。前世紀の勘違い経営学なら「この額の購入資金を稼ぐため喫茶店はこのような営業形態とする」という金銭主体の計画を立てただろうが、北斗はそれをせず、「級友達が充実して働ける労働環境と、良き想い出を作る」という人間主体の計画を立てた。
 ――利益を得るために人を動かすのではなく、人に有益な環境を作り、その結果として利益を得る。
 希代の傑物はこれを実践し、僕らの学校生活をかけがえのないものにしてくれたのである。北斗は、そういうヤツだからね。
 という、文化祭とクリスマス会の裏事情を初めて知った僕は、盛大に項垂れた。樹脂の提供に猫将軍家だけが関わっていなかったのもさる事ながら、北斗を知っているつもりで実はまったく知っていなかった事実に、打ちのめされたのである。輝夜さんが取り分けてくれた大好物のシーフードキッシュさえ喉を通らぬほど、僕は肩を落としていた。そんな僕の背中を、
「眠留、あれを見ろ」
 北斗が叩く。促されるまま顔を向けるとその先に蹴鞠の四人と、四人の女の子たちがいた。
「眠留は知らないでしょうけど、川端君達と一緒にいる子たちは、さっきまでずっと泣きっぱなしだったのよ」
「あの四人の女の子たちは、私と同じ運動音痴なの。だからあの子たちが『私も頑張る、運動音痴に負けない』って泣いている様子に、私もらい泣きしちゃって」
「うん、私ももらい泣きしたし、他の子たちもみんなそうだったみたい。眠留くんは気づいていないようだけど、眠留くんは団長として、クリスマス会に素晴らしい貢献をしたの。だから胸を張ってね、眠留くん」
 僕の視線の先で川端達と四人の女子はとても楽しそうに、そして打ち解けて会話を楽しんでいた。ふと、ある光景が脳裏をよぎった。それはあの八人が初詣にやって来て、神社のオリジナルお守りをお揃いで買っていく光景だった。立て続けに、大勢のクラスメイトがペアになり、男性用お守りと女性用お守りをプレゼントし合っている光景が映し出されてゆく。改めて周囲を見渡すと、初々しい空気に包まれたカップルが、そこら中に出来上がっていた。頬がみるみるほころんでいくのを、僕ははっきり感じた。
「そうそう、テメエはそういう顔してろ」
「眠留がシケた顔してたら、後を引き継いだ俺の立つ瀬がないからな」
「眠留に元気がないと、俺だって立つ瀬がないよ」
ぬえを退治して数百人の女子を酸欠状態に追い込んだヤツが、何ほざいてやがる」
「そうだそうだ。ダンスの申し込みが殺到して振動しっぱなしのハイ子をポケットに入れている学年一のモテ男が、そんなこと言うな」
「そういう京馬だって、さっきハイ子をこっそり見て、ふやけた顔をしていたじゃないか」
「何っ、こらテメエ、どの子にダンスを申し込まれたんだ!」
「そうだ、白状しろ京馬!」
「キャーそうなの!」「京馬君、教えて!」「私にも教えて!」
 なんて感じで皆は京馬をダシに騒ぎ始めた。逃げる振りをしつつも、京馬は満更でもない顔で皆にイジラレている。そんな仲間達を眺めながら、僕は北斗のグラスにジュースを注いだ。北斗も僕のグラスをジュースで満たしてくれた。二人同時にグラスを手に取る。そして、
「お疲れ北斗」
「ああ、お疲れ眠留」
 と、乾杯したのだった。
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