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七章
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きつく絞った布巾で、輝夜さんがコタツの天板を清めてゆく。天板の右上から左上、その下段を左から右、と先ずは横方向に布巾掛けし、続いてそれを縦方向に変えて、言葉の綾ではなく本当に天板を清めたのである。最後は上から下への一方通行で右上から始めるのがコツと輝夜さんは言っていたが、真のコツは手順にあるのではなく、「楽しい時間と温かさをありがとう」と胸の中で語りかけながら布巾を掛けることなのだと、僕には思えてならなかった。
などと見とれていたせいで後れを取るも、輝夜さんが縦方向の布巾掛けを始めたころ我に返り、コタツ布団と座布団を整える役を僕は担当した。目で観て学んだことを活かし左回りに行い、輝夜さんが立ちあがった場所を最後に整えると、見違えるほど綺麗になったコタツがそこにあった。「お風呂に入ってサッパリしましたって、コタツが喜んでいるみたいだ」 無意識にそう呟いた僕を、さすがは神社の跡取りねと輝夜さんは褒めたが、ならばこの女性を僕はどう称えればよいのか。まるで見当つかず、しかし胸に溢れるこの想いをどうにか伝えたいと逡巡しているうち、僕はタイミングを逸したらしい。
「ねえ眠留くん、この櫛を見せてもらっていい?」
タイミングを逸したどころか知らぬ間に本棚の前へ移動していた輝夜さんから、僕はそうお願いされたのだった。
この部屋には鏡台に類する、身繕い用の家具はない。しかしこれでもお年頃の男子なので、整髪道具一式を僕は本棚に置いていた。湖校入学日の朝までは立ったまま髪を整えられる位置に櫛や鏡を置いていたが、帰宅するなりそれらを下段へ移し、床に腰を据えてじっくり整髪できるよう変更したのは、知られたくない秘密の一つだ。以前の場所に研究関連の書籍を置くなどして、学業を優先したため道具を下段へ追いやったという演出を一応していても、「じっくり整髪したいと初めて僕に思わせた女の子に整髪道具をじっくり見られる」という状況は、やはり恥ずかしいもの。とはいえ、理由は定かでないがこれほどウキウキしている輝夜さんの願いに抗えるはずもなく、
「もちろんいいよ、存分にどうぞ」
僕は笑顔で返答した。輝夜さんは顔をパッと輝かせ、きちんと正座し背筋を伸ばして、毎朝使っているクロム櫛を手に取る。美しい櫛なのは確かだけど、両手を添え恭しく持ち上げ、煌めく瞳で矯めつ眇めつするほどの逸品ではないのも、同じく確かに思える。その理由を知りたくて、僕はクロム櫛の由来を話した。
「それは、じいちゃんに貰った櫛でね。高校時代のじいちゃんは一時期、金属コーティングの専門家と翔人を両立できないか、真剣に悩んだそうなんだ」
工業製品にコーティングを施すと、性能や耐用年数を格段に引き上げる事ができる。中でも祖父の大のお気に入りだったのがこの櫛の、鏡面仕上げされた硬質クロムメッキだ。摩擦係数の低い頑丈なクロム合金をコーティングした工業製品は寿命が延びるだけでなく、工芸品に等しい光沢を放つようになる。このクロムの特質に「万物を護る」や「完成された技術は美しい」といった持ち前の気質を刺激された祖父は、一時期真剣に、クロムメッキの専門家と翔人の両立を模索したそうだ。その夢は叶わなかったが、優れたクロムメッキ製品を見つけると祖父はそれを購入し、その素晴らしさが分かる人にプレゼントする。美鈴は祖母にもらった柘植の櫛を長年愛用していたので、祖父はこの櫛を僕に贈ってくれた。髪を梳く部分の銀色の鏡面仕上げと、それ以外の金色のチタン合金で豪華なツートンカラーを演出したこの大き目の櫛は、一生使い続けようと心に決めている、僕の大切な宝物なのだ。
という話を、櫛を胸に抱いた輝夜さんは、瞳を潤ませ聴いてくれた。良い話であるのは間違いなくとも、輝夜さんはなぜこうも心を動かされたのかな? その理由を尋ねるべく開けかけた僕の口は、
「素敵な物語をありがとう」
輝夜さんの感謝の言葉によって塞がれてしまう。でもまあこんなに喜んでもらえただけで僕は大感激だし、
「続きは私の部屋でね」
なんて魅力的すぎる提案を添えられたものだから、謎を多分に残しつつもこの話題はここでお開きになった。
と思っていたのだけど、
「そうそう眠留くん、あの櫛が私は好きで堪らないって、おじいちゃんには秘密にしてね」
「ええ~、じいちゃんが大はしゃぎする姿、久しぶりに見られると思ったのに」
「だからよ、おじいちゃんに気を遣わせちゃうじゃない」
「ん~、どうしようかなあ・・・」
「もう、眠留くんのイジワル!」
みたいな感じに引き続きその話題でワイワイやりながら、僕と輝夜さんは部屋を後にしたのだった。
その後、二人で社務所へ向かった。僕としては帰宅前の挨拶に軽い気持ちで同行しただけだったが、祖母は僕らの姿を認めるなり駆けてきて輝夜さんの手を取り、「昴の様子を見て来てね」と、幾度も幾度も頭を下げていた。こっそり僕に近づいてきた祖父によると、「心身良好に過ごしています」という昴のメールを十時と十四時に貰っても、祖母はずっとソワソワし通しだったと言う。どんなに心配でも昴の家を訪ねる訳にはいかない祖父母の気持ちを理解できた僕は、二人へ交互に顔を向けた。
「じいちゃん、ばあちゃん、僕も今から昴の様子を見に行ってくるよ」
自分が命懸けの戦いをしていることを知ったら、親はどう思うか。それを親の身になって考えられる昴は、両親への深い罪悪感を背負いつつも、両親の前で笑って過ごしているはず。そんな昴と昴のご両親を差し置いて「心配だったから来ちゃった」と、祖父母が天川家を訪ねる訳にはいかない。どれほど心配でも、心配で胸が張り裂けそうでも、それは大切な一人娘を御両親の承諾を得ず翔人にしてしまった自分への罰なのだと思い定め、祖父母は自らを鞭で打ち続けている。という祖父母の胸の内が分かった僕は、輝夜さんと一緒に様子を見て来るよと提案したのだ。
けどそんな僕へ、祖父母は怪訝な顔を浮かべた。
「眠留は、昴の家で夕食を頂戴する予定だと、儂は聞いたが」
「ええ私も、そう聞いていますけど」
そんなこと一言も聞いておらず真円を描いた僕の目が、「ごめんね眠留くん」と手を合わせる輝夜さんを捉えた。理由は解らないが、昴の家で僕が夕食を御馳走になることを知らなかったのは、どうやら僕だけだったらしい。僕は内心、がっくり肩を落とした。
そんな僕の様子から、祖父母もそれを察したのだろう。二人はクスクス笑い、僕と輝夜さんを「行ってらっしゃい」と送り出した。それを受け、
「おじいちゃん、おばあちゃん、行ってきます」
輝夜さんも笑顔で祖父母に手を振り返していた。
そんな三人の笑顔を見ているうち、天川邸訪問を伏せられていた理由が浮かび上がって来た。僕は心の中でそれを口ずさむ。
「輝夜さんと昴は祖父母の胸の内から、たとえ一瞬であろうと、自分を罰する気持ちを取り除きたかったんだな」と。
母屋の北東に設けられた駐車場に到着し、
「眠留くん、助手席へどうぞ」
輝夜さんがAICAの乗車を促した。僕は普段どおりを心掛けるも、
「おじゃまします、輝夜さん」
なんて妙な受け答えをしてしまう。しかもその上、AICAの助手席に身を落ち着けたとたん、僕はフニャフニャ顔になってしまった。天上の芳しさとしか表現しえない極上の香りに、全身を包まれたからである。「こりゃいかん!」と慌てて体を左に向け、通常の三倍の時間を費やしシートベルトを掛け、そして恐る恐る視線を右へやった。目の端に、メールを打っている最中の輝夜さんが映った。メールを打っていたのだからあのフニャフニャ顔は見られなかっただろうと安堵するも、輝夜さんの白磁の頬が明らかに紅潮していることに気づき、心臓が跳ね上がった。と同時に、輝夜さんのハイ子がメールの送信音を奏でる。この話題はこの送信音の直後に切り出すよう助言してくれた空間に手を合わせ、僕は打ち明けた。
「今回のことは、敷庭と呼ばれている場所で、空間に助言してもらったことなんだ」
僕は話した。翔刀術の自主練中、月に一度ほどの割合で空間が声を掛けてくれる事。そして敷庭で先週、質問に答えると空間に初めて言ってもらえた事。そのとき見せてもらった二つの映像がなかったら、多分エイミィに何もしてあげられなかった事。それらを包み隠さず話す僕を、輝夜さんは静かに見つめていた。
「眠留くん、私は空間の声を聴いた事がない。でも、ある光景を思い出したの。夏休みの朝、私達三人は空の彼方から、涼風を二回吹き降ろしてもらったよね。境内を拭き清めたあの風は、空間がしてくれた事なのかな」
僕は自信を持って首を縦に振った。輝夜さんは前を向き瞑目し、そして瞼を上げ前を向いたまま、不思議な話を始めた。
この宇宙は宇宙卵と呼ばれる極小の粒から発生したのではなく、ゼロから生まれたと輝夜さんは考えていると言う。それを数字で表現すると、「0が1になった」になるらしい。「0から1が突然生まれた」という事になるらしい。そうつまり、輝夜さんはこう主張しているのだ。
「この宇宙は、小数点を経ず生じたと私は考えているの。0が0.1になり、それが0.2になるような過程を経ず、完全な1がいきなり出現したのね。眠留くん、これはどういうことだと思う?」
こんな超難問を出されたら、普段の僕なら間違いなくパニックに陥ったはず。だがこれに類する問いかけに慣れさせてもらっていた今日の僕は、奇跡としか呼べない返答をした。
「宇宙の土台となる空間は本質的に、小数点を含んでいないって事かな」
輝夜さんは前を向いたまま頷いた。
「私もそう思う。もしそれが正しいなら、空間は小数点を持たない完全な曲線を創造することができる。そして同じ曲線を想像できる私達の心は・・・」
僕らは互いを見つめ瞳を交差させ、声を揃えた。
「「空間と人の心は、本質的に同じもので出来ている」」
やあ、私の子供たち
輝夜さんは目を見開く。
そして、親しさと礼儀を融合させた歴代最高の笑顔で、
「こんばんは、輝夜です」
空間へそう挨拶したのだった。
などと見とれていたせいで後れを取るも、輝夜さんが縦方向の布巾掛けを始めたころ我に返り、コタツ布団と座布団を整える役を僕は担当した。目で観て学んだことを活かし左回りに行い、輝夜さんが立ちあがった場所を最後に整えると、見違えるほど綺麗になったコタツがそこにあった。「お風呂に入ってサッパリしましたって、コタツが喜んでいるみたいだ」 無意識にそう呟いた僕を、さすがは神社の跡取りねと輝夜さんは褒めたが、ならばこの女性を僕はどう称えればよいのか。まるで見当つかず、しかし胸に溢れるこの想いをどうにか伝えたいと逡巡しているうち、僕はタイミングを逸したらしい。
「ねえ眠留くん、この櫛を見せてもらっていい?」
タイミングを逸したどころか知らぬ間に本棚の前へ移動していた輝夜さんから、僕はそうお願いされたのだった。
この部屋には鏡台に類する、身繕い用の家具はない。しかしこれでもお年頃の男子なので、整髪道具一式を僕は本棚に置いていた。湖校入学日の朝までは立ったまま髪を整えられる位置に櫛や鏡を置いていたが、帰宅するなりそれらを下段へ移し、床に腰を据えてじっくり整髪できるよう変更したのは、知られたくない秘密の一つだ。以前の場所に研究関連の書籍を置くなどして、学業を優先したため道具を下段へ追いやったという演出を一応していても、「じっくり整髪したいと初めて僕に思わせた女の子に整髪道具をじっくり見られる」という状況は、やはり恥ずかしいもの。とはいえ、理由は定かでないがこれほどウキウキしている輝夜さんの願いに抗えるはずもなく、
「もちろんいいよ、存分にどうぞ」
僕は笑顔で返答した。輝夜さんは顔をパッと輝かせ、きちんと正座し背筋を伸ばして、毎朝使っているクロム櫛を手に取る。美しい櫛なのは確かだけど、両手を添え恭しく持ち上げ、煌めく瞳で矯めつ眇めつするほどの逸品ではないのも、同じく確かに思える。その理由を知りたくて、僕はクロム櫛の由来を話した。
「それは、じいちゃんに貰った櫛でね。高校時代のじいちゃんは一時期、金属コーティングの専門家と翔人を両立できないか、真剣に悩んだそうなんだ」
工業製品にコーティングを施すと、性能や耐用年数を格段に引き上げる事ができる。中でも祖父の大のお気に入りだったのがこの櫛の、鏡面仕上げされた硬質クロムメッキだ。摩擦係数の低い頑丈なクロム合金をコーティングした工業製品は寿命が延びるだけでなく、工芸品に等しい光沢を放つようになる。このクロムの特質に「万物を護る」や「完成された技術は美しい」といった持ち前の気質を刺激された祖父は、一時期真剣に、クロムメッキの専門家と翔人の両立を模索したそうだ。その夢は叶わなかったが、優れたクロムメッキ製品を見つけると祖父はそれを購入し、その素晴らしさが分かる人にプレゼントする。美鈴は祖母にもらった柘植の櫛を長年愛用していたので、祖父はこの櫛を僕に贈ってくれた。髪を梳く部分の銀色の鏡面仕上げと、それ以外の金色のチタン合金で豪華なツートンカラーを演出したこの大き目の櫛は、一生使い続けようと心に決めている、僕の大切な宝物なのだ。
という話を、櫛を胸に抱いた輝夜さんは、瞳を潤ませ聴いてくれた。良い話であるのは間違いなくとも、輝夜さんはなぜこうも心を動かされたのかな? その理由を尋ねるべく開けかけた僕の口は、
「素敵な物語をありがとう」
輝夜さんの感謝の言葉によって塞がれてしまう。でもまあこんなに喜んでもらえただけで僕は大感激だし、
「続きは私の部屋でね」
なんて魅力的すぎる提案を添えられたものだから、謎を多分に残しつつもこの話題はここでお開きになった。
と思っていたのだけど、
「そうそう眠留くん、あの櫛が私は好きで堪らないって、おじいちゃんには秘密にしてね」
「ええ~、じいちゃんが大はしゃぎする姿、久しぶりに見られると思ったのに」
「だからよ、おじいちゃんに気を遣わせちゃうじゃない」
「ん~、どうしようかなあ・・・」
「もう、眠留くんのイジワル!」
みたいな感じに引き続きその話題でワイワイやりながら、僕と輝夜さんは部屋を後にしたのだった。
その後、二人で社務所へ向かった。僕としては帰宅前の挨拶に軽い気持ちで同行しただけだったが、祖母は僕らの姿を認めるなり駆けてきて輝夜さんの手を取り、「昴の様子を見て来てね」と、幾度も幾度も頭を下げていた。こっそり僕に近づいてきた祖父によると、「心身良好に過ごしています」という昴のメールを十時と十四時に貰っても、祖母はずっとソワソワし通しだったと言う。どんなに心配でも昴の家を訪ねる訳にはいかない祖父母の気持ちを理解できた僕は、二人へ交互に顔を向けた。
「じいちゃん、ばあちゃん、僕も今から昴の様子を見に行ってくるよ」
自分が命懸けの戦いをしていることを知ったら、親はどう思うか。それを親の身になって考えられる昴は、両親への深い罪悪感を背負いつつも、両親の前で笑って過ごしているはず。そんな昴と昴のご両親を差し置いて「心配だったから来ちゃった」と、祖父母が天川家を訪ねる訳にはいかない。どれほど心配でも、心配で胸が張り裂けそうでも、それは大切な一人娘を御両親の承諾を得ず翔人にしてしまった自分への罰なのだと思い定め、祖父母は自らを鞭で打ち続けている。という祖父母の胸の内が分かった僕は、輝夜さんと一緒に様子を見て来るよと提案したのだ。
けどそんな僕へ、祖父母は怪訝な顔を浮かべた。
「眠留は、昴の家で夕食を頂戴する予定だと、儂は聞いたが」
「ええ私も、そう聞いていますけど」
そんなこと一言も聞いておらず真円を描いた僕の目が、「ごめんね眠留くん」と手を合わせる輝夜さんを捉えた。理由は解らないが、昴の家で僕が夕食を御馳走になることを知らなかったのは、どうやら僕だけだったらしい。僕は内心、がっくり肩を落とした。
そんな僕の様子から、祖父母もそれを察したのだろう。二人はクスクス笑い、僕と輝夜さんを「行ってらっしゃい」と送り出した。それを受け、
「おじいちゃん、おばあちゃん、行ってきます」
輝夜さんも笑顔で祖父母に手を振り返していた。
そんな三人の笑顔を見ているうち、天川邸訪問を伏せられていた理由が浮かび上がって来た。僕は心の中でそれを口ずさむ。
「輝夜さんと昴は祖父母の胸の内から、たとえ一瞬であろうと、自分を罰する気持ちを取り除きたかったんだな」と。
母屋の北東に設けられた駐車場に到着し、
「眠留くん、助手席へどうぞ」
輝夜さんがAICAの乗車を促した。僕は普段どおりを心掛けるも、
「おじゃまします、輝夜さん」
なんて妙な受け答えをしてしまう。しかもその上、AICAの助手席に身を落ち着けたとたん、僕はフニャフニャ顔になってしまった。天上の芳しさとしか表現しえない極上の香りに、全身を包まれたからである。「こりゃいかん!」と慌てて体を左に向け、通常の三倍の時間を費やしシートベルトを掛け、そして恐る恐る視線を右へやった。目の端に、メールを打っている最中の輝夜さんが映った。メールを打っていたのだからあのフニャフニャ顔は見られなかっただろうと安堵するも、輝夜さんの白磁の頬が明らかに紅潮していることに気づき、心臓が跳ね上がった。と同時に、輝夜さんのハイ子がメールの送信音を奏でる。この話題はこの送信音の直後に切り出すよう助言してくれた空間に手を合わせ、僕は打ち明けた。
「今回のことは、敷庭と呼ばれている場所で、空間に助言してもらったことなんだ」
僕は話した。翔刀術の自主練中、月に一度ほどの割合で空間が声を掛けてくれる事。そして敷庭で先週、質問に答えると空間に初めて言ってもらえた事。そのとき見せてもらった二つの映像がなかったら、多分エイミィに何もしてあげられなかった事。それらを包み隠さず話す僕を、輝夜さんは静かに見つめていた。
「眠留くん、私は空間の声を聴いた事がない。でも、ある光景を思い出したの。夏休みの朝、私達三人は空の彼方から、涼風を二回吹き降ろしてもらったよね。境内を拭き清めたあの風は、空間がしてくれた事なのかな」
僕は自信を持って首を縦に振った。輝夜さんは前を向き瞑目し、そして瞼を上げ前を向いたまま、不思議な話を始めた。
この宇宙は宇宙卵と呼ばれる極小の粒から発生したのではなく、ゼロから生まれたと輝夜さんは考えていると言う。それを数字で表現すると、「0が1になった」になるらしい。「0から1が突然生まれた」という事になるらしい。そうつまり、輝夜さんはこう主張しているのだ。
「この宇宙は、小数点を経ず生じたと私は考えているの。0が0.1になり、それが0.2になるような過程を経ず、完全な1がいきなり出現したのね。眠留くん、これはどういうことだと思う?」
こんな超難問を出されたら、普段の僕なら間違いなくパニックに陥ったはず。だがこれに類する問いかけに慣れさせてもらっていた今日の僕は、奇跡としか呼べない返答をした。
「宇宙の土台となる空間は本質的に、小数点を含んでいないって事かな」
輝夜さんは前を向いたまま頷いた。
「私もそう思う。もしそれが正しいなら、空間は小数点を持たない完全な曲線を創造することができる。そして同じ曲線を想像できる私達の心は・・・」
僕らは互いを見つめ瞳を交差させ、声を揃えた。
「「空間と人の心は、本質的に同じもので出来ている」」
やあ、私の子供たち
輝夜さんは目を見開く。
そして、親しさと礼儀を融合させた歴代最高の笑顔で、
「こんばんは、輝夜です」
空間へそう挨拶したのだった。
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