僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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七章

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 湖校文化祭は部やサークルの出し物もとても盛んで、それは金曜と土曜に行われる。五年生と六年生の開催日である金土だけは両日を家族公開日にしており、この二日間は在校生と家族が大挙して訪れる文化のお祭りになっていた。もちろん新忍道サークルもお祭りに参加した。土曜の午後一時半から二時の最も温かな時間、大勢の観客達の前で3DGをプレイしたのだ。
「お祭だから戦うボスモンスターを事前に選んでよい。思いっきり派手なアクションを観客に見てもらえ」
 真田さんにそう言われた僕らは、トロル王との単戦を選んだ。しかし当日、予想以上の観客が詰めかけている様子に、僕は尻込みしてしまう。そんな僕の丸まった背中を、
「トロル王の棍棒をカッターでぶった切れるのはテメェだけだ、俺も楽しみにしてるぜ」
 荒海さんが威勢よく叩いた。振り向くとそこに、敬愛してやまない先輩方と、好きでたまらない北斗と京馬の笑顔があった。無数の戦闘を共にしてきた、戦友たちの笑顔があった。翔人の血が煮え立つのを僕は感じた。その瞬間、
「皆様、お待たせしました。ただ今より、湖校新忍道サークル希望の星、一年生トリオの戦闘を開始します」
 エイミィのアナウンスが入る。僕ら三人は円陣を組み、トロル王に立ち向かっていった。
 最初の一分間、観客をハラハラさせるべくトロル王に接近し、長大な棍棒を避け続けた。演技でない間一髪の回避を重ねてゆく僕らに、観客は大きくどよめいていた。
 一分経過後、トロル王の棍棒術のクセを見切った僕が単独接近し、そして足をもつれさせた。丁度良い間合いで地に手をついた僕にトロル王は残忍な笑みを浮かべ、棍棒を上段から振り下ろした。身の丈4メートルのトロル王が力任せに振り下ろす3メートルの棍棒に、大勢の女子が悲鳴をあげた。と同時に僕は立ち上がり、斜め前へ一歩踏み出し高周波カッターを盾から出して、
 スパンッ
 棍棒のど真ん中を切断した。驚愕するトロル王の虚を突き肉薄した北斗が、分厚い体皮に電撃カートリッジを接触させる。
 ウガ――ッ
 感電したトロル王が地に膝を着く。
 僕と北斗は向き合い両手をクロスさせる。
 走り寄って来た京馬がそこに足をかけ、ジャンプ。
 視界確保用の兜の隙間に対巨人徹甲銃の照準を合わせた京馬が、至近距離から引き金を引いた。
 ズキュ――ン・・・
 銃弾一発で仕留められる唯一の急所を撃ち抜かれたトロル王は時を止める。
 そしてその二秒後、無数のポリゴンと化し空へ消えて行った。
「「「ウオオオオ―――ッッッ」」」
 練習場を震わせる大歓声の最前列に大勢の級友達を認めた僕らは両手を高々と掲げ、皆の拍手に応えたのだった。

「あれは興奮したよ凄かったよ私泣いちゃったよ!」
「私も泣いた!」
「私も!」
 昴、輝夜さん、芹沢さんの順で、僕と北斗と京馬は最大級の褒め言葉を頂いた。文化祭の回想が新忍道サークルの戦闘に差し掛かったころ、教室に戻って来た残りのメンバーが次々加わり、回想に参加していたのだ。「あんときは感動させやがってコノヤロウ!」と猛と真山が僕らをヘッドロックし、飛んできた男子達が固定されたわき腹をくすぐりまくる。野郎共によるいつもの光景に、教室中が笑い転げた。その後は教室のあちこちから、文化祭の思い出話が聞かれるようになっていった。
 そんな教室を眺めているうち、ある決意が胸にやって来た。目を閉じ胸に手を当て、それを感じ取る。それは、自分をもう少し好きになっていいかなと思わせる、なかなか素敵な決意だった。思い出話を先を争って続ける七人に向き直り、「ちょっと聞いてもらいたい事があるんだ」と明かした。みんな、温かな眼差しをこちらに向けてくれた。
「夏休みが終わって一か月たっても、他のクラスの人達と関わりたくなかった僕は、後期委員と文化祭委員から逃げたんだ」
 僕は話した。委員だけでなく売店係と洗い場係を決めるくじ引きでも、洗い場係になれるよう願っていた事。文化祭探索も一年生校舎を避け、二年生校舎ばかりに足を運んでいた事。そのせいで月曜と火曜の文化祭を、心から楽しめなかった事。それらの真実を僕は皆に打ち明け、そして最後に言った。
「僕はクリスマス仮装会を満喫することに決めた。僕は今回も委員に申請しないけど、それは仮装会を楽しみたいからで、前回のように逃げるためじゃない。皆にはそれを、知っておいてもらいたかったんだ」
 僕は頬を掻きつつ話を締めくくった。すると予想外のことが起こった。北斗達だけでなく教室にいた十組の男子全員に、揉みくちゃにされてしまったのである。
 その光景に、輝夜さんと昴と芹沢さんが笑い涙を流してくれたから、全然いいんだけどね。

 午後二時四十五分、帰りのHRが終わった。席を立ってしまう前に切り出さねばと、僕は急いで体を左へ向けた。するとそこに、体を右に向け聴く姿勢を整え終えた輝夜さんがいた。僕は輝夜さんに顔全体で笑いかけた。輝夜さんも僕に顔全体で笑い返してくれた。それだけで心が満たされ二人でニコニコしていたら、
「まったくもう、仲が良いのは結構だけど、早く用事を済ませてくれると助かるなあ」
 昴に呆れ声を掛けられてしまった。暑くて仕方ないわと手で顔を仰ぐ昴に「明日から師走なのに暑いわけないだろ」なんて言ったら墓穴を掘ること必定だったので、僕は苦笑し頭をペシンと叩いた。
「ごめん、手短に話すね。僕が午前一杯かけて悩んでいたのは、委員のことじゃないんだ。それだけは、二人に伝えておきたくて」
 輝夜さんだけでなく昴にもそれを打ち明けようとしたのは紛れもない事実だ。それについて輝夜さんに話しかけたら絶妙なタイミングで昴が現れるのを、僕は微塵も疑っていなかったのである。という趣旨のことを付け加えると、今度は昴が自分の頭をペシンと叩いた。輝夜さんがくすくす笑いが立ち上がる。
「了解しました。眠留くん、じゃあ私たち行くね」
「今日は三年生道場に行く日なの、急かしちゃってごめんね眠留」
「うん、二人とも頑張ってね」
 二人はガッツポーズをして、教室から去って行った。
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