僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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六章

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 予想外の展開に両隣の男子へお伺いを立てようとするも、顔見知りですらない人達だったので声は掛けられずじまいだった。しかし結果的に、それは僥倖だった。女性から挨拶されたのにそれをほったらかし、別の人に話しかけるなどと言う無礼を働かずに済んだからである。それを胸に、
「那須さん、こんばんは」
 HAIに叩きこまれた淑女への応接で、僕は那須さんに挨拶した。那須さんはそんな僕に、早春の気配薫る笑みをほんのり浮かべてくれた。相手を硬直させる品のない権高さとは真逆の、心地よい空間を創造してくれるその本物の気品に、さすがはフィニッシングスクールの一年筆頭と胸中絶賛しつつ僕は尋ねた。
「那須さん、不躾だけど教えて貰いたいことがあるんだ。いいかな」
 今回、那須さんは初めから、眠そうないつもの半眼ではない、自然な印象の瞳を僕に向けていた。それを柔らかく細めることで、那須さんは承諾の意を親しげに示してくれた。そんな彼女に僕は確信する。この淑女へ、積極的に話を振る素振りを少しも見せず、僕は話を振らねばならない。それが僕の今夜の使命なのだ、と。
「実を言うと、僕は何も知らないままここに連れてこられちゃったんだよね。だから寮生の那須さんに色々教えて貰えると、ありがたいんだ」
 にっこり笑って那須さんは頷いた。そのおもてに、先ほどの早春の気配より温かな春の息吹を感じた僕は、最初の使命を成功させた自分を秘かに褒めたのだった。
「まず初めに、私がパーティーに参加したのは、猫将軍君が正面に座ることを知ったから。五十音で猫将軍君の『ね』と私の『な』はとても近い。もしやと思いアイに頼んで席順を教えてもらったら、私達は真向いだった。だから私、出席できたの」
 正直言うと最後の「出席できたの」が一番気に掛かったが、それは言及してはならないことだと瞬時に理解した。よってその代わり、猛と真山が取った行動への回答に繋がる質問を投げかけてみる。
「う~んと確か、第八寮の一年生は、男子女子ともに二十一人でいいんだっけ?」
「そう、どちらも二十一人。でも男の子が一人、海外旅行から今夜遅く帰って来るらしいから、今は猫将軍君を入れて丁度二十一人ずつね」
 なるほど腑に落ちたよ、と小気味よく膝を叩いたのち、その腑に落ちた事を那須さんに話してみた。
 猛と真山が僕を置いてズンズン歩いて行ったのは、正面に座る女性をこれ以上待たせない事が何より重要だったから。
 同じく二人がパーティーについて何も説明しなかったのは、口下手な僕に話題を提供しようとしてくれたから。
 僕はこの二つの推測を、正面の女性に話してみたのである。すると、
「真山君と龍造寺君は、一年男子きっての紳士だからね」
 現代日本の少女が少年を評する際の最高賛辞である紳士を、那須さんは二人へ贈ってくれた。敬愛してやまない二人の友が、この素晴らしい淑女から最高賛辞を頂戴したことに、僕は無上の喜びを覚えた。しかし、
「二人ととても仲の良い猫将軍君も最高の紳士だって分かっていたから、出席できたの」
 かぼそくそう呟いた那須さんに、彼女の持つ冬の気配は孤独の現れだったのだと悟った僕は、今宵この僅かな時間しか彼女へ手を差し伸べられない事を、罪と感じることができなかった。
 幸いパーティー開始時間が訪れ、短いながらも賑やかな開始セレモニーが始まったお蔭で、僕の抱いた罪の意識が場の空気を重くすることは避けられた。チャイムで注意を喚起した教育AIが、
「パーティー開始!」
 と宣言するや女の子たちが立ち上がり、料理を覆っていた食卓カバーを一斉に持ち上げる。眼前に現れた唐揚げ、ピザ、太巻き寿司、ケーキ等々のパーティー定番メニューに、喝采が沸き起こった。
 と同時に天井に3D花火が打ち上げられ、喝采に拍手が加わる。その隙にカバーを回収すべく配膳ロボットが食堂を駆け巡り、その終了を合図に全員で声を揃えた。
「「「いただきます!!!」」」
 こうして第八寮の全体パーティーは、幕を上げたのだった。

 那須さんとの会話はその後も弾んだ。美味しい料理、盛り上がる会場、寮生活への僕の無知という様々な話題に恵まれたのもさることながら、僕と那須さんの相性の良さが、楽しい会話を自然に長続きさせてくれたのだと思う。
 良好な人間関係を築くにあたり、正直な想いを告げるべき場面とそれを秘すべき場面の見極めは、最重要課題の一つと言える。同時にそれは、人や状況により千変万化するため、最難関課題の一つとも言えるだろう。然るに脳の低スペック振りが目立つ僕にとって、それは常に頭を悩ませる課題だった。どんなに注意しても見極めを外してしまう相手が、これまで何人もいたのである。しかし人とは不思議なもので、幾ら頑張っても歯車のずれる人がいる反面、何もせずとも歯車の合う人もいる。そして僕と那須さんは後者の、自然に振る舞うだけで歯車の合う、相性ピッタリの仲だったのだ。
「今日みたいな節目の日に全体パーティーを開くことが、年に三回認められているの」
 唐揚げばかり食べないで野菜も食べてと、那須さんが取り分けてくれたサラダに舌鼓を打ちつつ、僕はコクコク頷いた。
「毎年の事だから開催日はほぼ決まっている。夏休み最終日、十二月後半、六年生の卒業式の前日が、三大開催日ね」
 ただでさえ美味しいサラダを優しい心遣いで取り分けて貰ったからかそのサラダは絶品すぎて、僕はそれを平らげるまで無言で首を縦に振ることしか出来なかった。那須さんは常春の笑顔で先を続ける。
「料理を並べたり椅子を用意したりすると、うっかりミスでルール違反をしても、酌量してもらえる事がある。楽しい時間の手伝いはそれだけで楽しいものだから、女の子たちは損得勘定抜きで、率先してパーティーを手伝うものなの。それに今一つ乗り切れなかった私が、始まる前も始まってからもこうして楽しい時間を過ごせているのは・・・」
 日本人にとって酢飯は疲労回復薬のようなものだからこれも食べて、と急な話題変更をした那須さんは、太巻き寿司をお皿にてんこ盛りにした。頬を染める朱色のその鮮やかさに、ちょっと多い旨を伝えられなかった僕は、サラダに続き巻き寿司も完食する決意をした。
 のだけど、そのお皿を僕に差し出してみたところ、さすがに多すぎると気づいたようだ。那須さんはお皿を宙に浮かせたまま「少し貰っていい」と小首を傾げた。その無垢な仕草に、目の前に座るこのショートカットの少女が、実は超級の美少女であったことに今やっと気づき、僕は顔を小爆発させた。すると瞬きの差で、那須さんも顔を小爆発させてしまった。なぜだ、なぜ今までこの子がこんなに綺麗だったことに気づかなかったんだと夢中で自問していると、強烈な敵意の視線を眉間に感じた。既視感、と言うほどではないにせよこの敵意ある視線を今日のお昼からいきなり感じるようになった僕は、ある推測のもと視線の源へ顔を向ける。そこには推測したとおり、鬼の形相で僕を睨む兜将子さんがいた。どわっ、と場もわきまえずのけ反りそうになったまさにその時、
「ハ~イ、みんな盛り上がってる? じゃあここでお待ちかねの、シャッフゥ タ~イム♪」
 あなたはアメリカからの帰国子女ですかと突っ込まずにはいられないノリで、教育AIが高らかと宣言した。それを受けヒャッハ~~と、これまた「お前らも帰国子女かい!」と突っ込まずにはいられない盛り上がりを寮生達は見せた。まあその方が楽しいし、兜さんの視線もうまく躱せたし、何よりそれは小爆発を過去に流す絶好の機会だったので、僕は那須さんに問いかけた。
「那須さん、シャッフルタイムってな・・・」
「ハイハ~イ、みんなの前に画面を出すから、隣同士になりたい人を選んでね♪」
 教育AIよ、僕はあなたを恨みます! という心の叫びを当然無視し、目の前にドンッと2D画面が出現した。いやホント、その効果音付きでいきなり現れたものだから、僕は停止しなかった心臓を半ば本気で労わっていた。だが、
「「「キャ~、真山く~ん!!」」」
 黄色い音響爆弾が炸裂さくれつしたが如き同学年女子達の様子に、一人ツッコミをしている余裕など1ミリもないことを悟った僕は、状況を把握すべく画面を凝視した。それが功を奏し、眼前の画面の意図をすぐ理解することができた。二十一人の女の子の写真が縦に七人ずつ映し出されていて、そして写真の右横に、隣同士になりたい度合いが四段階で表示されていた。隣になりたい、凄くなりたい、絶対なりたい、奉仕活動をしてでもなりたい、の四段階分けに、こうすることで重複を極力避けようとしているんだなと僕は一瞬感心しかけた。だが、真山の隣に座りたい女子は全員、奉仕活動も辞さない覚悟であろう事は明白だったので、一年女子に限って言えばこのランク分けは無意味だと僕は心の中で断じた。なんてことを考えていたせいでバチが当たったのだろう。僕は誰一人選ぶ間もなく、
「タ~イム ア~ップ! レッツ シャッフゥ♪♪」
 無駄に陽気な教育AIの終了宣言を聞くこととなる。まあでも倍の時間があったとしても僕は誰も選べなかっただろうし、ましてや誰かから選ばれるなんて事もあるはずないから、盛り上がり最好調の皆をよそに僕は野郎共に囲まれた自分をぼんやり想像していた。見知らぬ男子とこれを機に親交を深めるのも、それはそれで楽しい事だと思えたしね。
 だが二分後、僕は二人の女性に挟まれ縮こまっていた。僕と、そして僕の左隣にいる那須さんは、同じように体をすくめていた。だが、僕の右に座る女性はそうではなかった。その女性とは、地獄の鬼もかくやとばかりに僕を睨み付ける、兜将子さんだったのである。
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