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六章
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六年生と五年生が生活する二階、四年生と三年生が生活する三階を経て、二年生と一年生の四階に着いた。この階で今日僕は一晩過ごすんだな、寝るのが惜しいくらい楽しい夜になるんだろうなあ、なんて胸を弾ませていると、二人の友に両腕を取られ踊り場の隅に連行されてしまった。直前になって僕には寮に泊まる資格が無いと判断されたのでしょうか、僕はここから連れ戻されるのでしょうか、みたいなことを半分涙目で考えていると、
「眠留、お前は今から困難なミッションをこなさねばならない」
猛が潜め声で呟いた。涙目だったこともあり僕は無意識に、無言で首を縦に振った。真山がそんな僕に、予想外の言葉を掛ける。
「眠留は今から、静かにする素振りを少しも見せず静かにする、というミッションをこなさなければならない」
一瞬混乱するも、ここが寮であることと、そして猫たちと暮らしてきた経験が、そのミッションの核心をすぐ悟らせてくれた。
「ここから先は、静かな場所で一人静かにしていたいという願いを叶える寮で唯一の場所だから、皆で協力してそれを守っていこう、って事かな?」
高等陸上生物の中で最も肉食に特化した猫は、狩りを成功させ続けない限り、命を長らえさせることが本来できない。ゆえに猫は、自分の存在を獲物に気づかせない静かな行動を、本能として身に付けるに至った。平たく言うと猫は騒がしい人と、努力しないと静けさを保てない人を、本能的に嫌うのである。猫に育てられたと言っても過言ではない僕にとって、静かにする素振りを少しも見せず静かにするというミッションは、理解もそして実行も、容易なことだったのである。
という僕の返答は、どうやら正鵠を射ていたらしい。
「やっぱテメーは道理を弁える漢だな」
「ああ、さすが眠留だ」
二人は僕に、最大級の賛辞をかけてくれた。そこまではただ嬉しいだけだったが、二人は賛辞を際限なくエスカレートさせて行ったので、僕はアワアワしてしまった。
「というか猫の将軍である猫将軍にこんなこと言う必要が、そもそもあったのかな?」
「眠留にそんなこと言う奴は世が世なら不敬罪で死刑、ってか!」
「うわ、それは失礼しました。将軍閣下、どうか許してください」
「俺達三人だけで一晩語り明かせる場所を確保済みですから、将軍閣下どうか許してください」
アワアワを忘れ反射的に問うた。
「えっ、三人だけで一晩過ごせるの!」
「「当たり前だコノヤロウ!!」」
なんて会話をこそこそワイワイ交わしながら、僕らは踊り場を後にしたのだった。
住居エリアは、廊下の南側が二年生に、廊下の北側が一年生に割り振られていた。二人に導かれ、僕は二年長の住む部屋へ向かった。
「失礼します」
真山のノックに続き、真山、僕、猛の順で部屋に入る。出入口の左右に一台ずつある二段ベッドの左側、その下段に寝っ転がっていた二年長へ、一年長である真山が抑えた声で言った。
「今日こちらに泊まらせて頂く、一年十組の猫将軍眠留を連れてまいりました」
「一年十組、猫将軍眠留です。どうぞよろしくお願いします」
「うむ、よろしくな猫将軍」
ベッドで横になっていた二年長は身を起こし胡坐をかき、面倒がらず朗らかに挨拶してくれた。その男気へ、僕は深々と頭をさげた。
二年長の部屋を退出した僕らは階段側へ引き返し、真山の住む11号室へ向かった。今しがた出てきた二年長の部屋が23号室だったから、11号室と言うのは、一年生の一号室という意味なのだろう。
自分の部屋なのでノックはせずとも、丁寧かつゆっくり真山はドアを開けた。二度目のこと故、これが寮におけるドア開閉のマナーであることを察した僕は、その光景を心に刻み付けた。
11号室に足を踏みいれ、無人の室内を見渡す。入り口すぐの両側に、二段ベッドが一台ずつ設置されている。その向こうに通常の倍ほどもあるロッカーが同じく両側に二個ずつ、そしてその向こうの窓辺に、幅の広い立派な机が二卓ずつ備え付けられていた。幅4メートル、奥行き7メートル強のその四人部屋は、広大な食堂の洗礼を受けたばかりの僕に「意外と狭いんだな」という印象を抱かせた。
二年長と同じ、入り口から見て左側の二段ベッドの下にバッグを置き、真山は洗濯物を手早く取り出した。そしてそれを片手に、
「行こうか」
と僕の肩を軽く叩いた。そこでようやく猛がいないことに気づいた僕は、真山の私室に無断入室してしまったような錯覚に捕らわれ急いで部屋を出た。背中ごしに聞いたププッという軽やかな笑い声に、真山が別段不快でなかったことを知り、僕は安堵の息を吐いた。
という一幕があったため、その隣の12号室のドアノブに猛が手を掛けた際、僕は廊下で待つ意向を示した。けどそれは間違いだったらしく、甘い笑みを浮かべた真山に連行される形で、僕は12号室に足を踏み入れた。そのとたん、
「猫将軍久し振り!」
「待ってたぞ猫将軍!」
「そうだ待たせやがってコノヤロウ!」
「「とにかくテメーコノヤロウ!!」」
猛と真山を加えた十組の男子寮生総勢十一人に、僕は揉みくちゃにされたのだった。
湖校の寮性比率は研究学校の中で事実上最も高い、40%を誇っている。しかしそれはあくまで平均なため、クラスにより比率に多少のバラつきが出て当然なのだけど、それでも十組の寮生比率50%というのは、群を抜いて高い数字と言えた。ただそれは一年十組だけに限った現象ではなく、比率50%のクラスが学年毎に一つずつあることが知られていた。とはいえ知られているのはそこまでで、その理由はまったく公開されていない事から、それは湖校七不思議の一つに認定されていた。
いや、それは少し違う。比率50%のクラスは、「寮分けの不公平さ」とセットになって湖校七不思議に挙げられていた。湖校は一学年二十クラスのうち、十五クラスは寮生全員が同じ寮になるが、残り五クラスは八つの寮にばらけると言う、不公平な寮分けをしていたのである。そして前者に当てはまる寮生比率50%のクラスは必ず第八寮になるが、それ以外の十四クラスは第一寮から第七寮にばらけるのが恒例だった。これは、不公平を嫌う研究学校の理念に反しているにもかかわらず、湖校は創設以来十八年間、毎年必ずこの不公平な寮分けを続けていた。
寮に関する七不思議はもう一つある。それは食堂の人工大理石の色が、八つの寮で異なることだった。第一寮から第七寮までの床は虹と同じ順で、赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫、を基調とする人工大理石が貼られていた。しかし第八寮だけは虹に無い、白を基調とする人工大理石が用いられているのだ。寮分けと同じくこの七不思議も、もう一つの不思議とセットで七不思議に挙げられていた。それは『この色分けに不平を漏らす寮生はほとんどいない』という事だった。ほぼ100%の寮生にとって自寮の食堂の床は、一番好きな色か、もしくはそれと同じくらい好きな色だったのである。稀にそうでない寮生がいても、卒業までには全員が自寮の色を好きになると言われていた。小学校在学中も入寮時も、文科省公認の「好きな色アンケート」に答えた生徒は誰もいないのに、好みに合わせた寮分けを何故こうも的確にできるのか。しかも子供時代は色の好みが偏るものなのに、湖校の寮生は何故こうも八つの色に均等な散らばりを見せるのか。この二つも不可解な事柄として、床に関する七不思議と共に語られていたのだった。
というアレコレを、寮生でない僕はこれまで、不思議と感じつつもさほど真剣に考えてこなかった。だが今回、たった一日とはいえ第八寮生の仲間入りをする機会を得て、僕は認識を新たにした。なぜなら僕にとっても白は、一番好きな緑色と同じくらい好きな色だったからだ。しかもそれは輝夜さんと美鈴にもピッタリ当てはまることであり、更にその上、緑の両隣の色である青と黄は、その順で北斗と昴の一番好きな色だったのである。この二人も白が大好きなことを考慮するに、湖校のクラス分け及び寮分けにおける色の役割には、不公平の汚名を被ってでも秘匿せねばならぬ重大な何かが隠されているのではないかと、僕は思わずにいられなかったのだった。
みたいな感じの事を、十一人の級友達の顔を順々に見ながら僕は考えた。またそれ以外にも、考えていたことがもう一つあった。いや正確には、ハラハラしながら見つめていたものが一つあった。それは教育AIが2Dで映し出した、騒音グラフだった。真山によると、夏休み最終日である今日のような節目の日に、こうして皆とちょっとした会合を開く際、教育AIは相殺音壁と騒音グラフでそれを手助けしてくれると言う。相殺音壁から漏れ出る自分達の騒音がどの程度のレベルなのかを2Dグラフで自発的に確認しながら、級友達は皆自然に会話を楽しみ、そして盛り上がっていた。ただしそんな芸当ができるのは寮生だけで、今の爆笑がどの程度の騒音なのかを実体験として学んでこなかった僕は、会話を楽しむゆとりを当初持てずにいた。だが、レッドゾーンはおろかイエローゾーンの騒音すら巧みに躱す皆の実力を知るにつれ、皆を信じない事こそが失礼に当たると気づき、僕は態度を改めた。声だけに頼らずジェスチャー込みで感情表現するよう心掛けてからは、騒音グラフへ目をやることが減ってゆき、最後はその存在を忘れることができた。その甲斐あって、級友全員から「漢」認定されるという誉を、僕は賜ったのだった。その時、
ピンポンパンポ~ン♪
注意を喚起するというより楽しみに拍車をかけるといった趣のチャイムが寮内に鳴り響いた。と同時に皆ピタリと動きを止め、耳を澄ませる仕草をした。詳細は分からずとも気配でそれが喜ぶべき事であると感じた僕は、皆に倣い耳を澄ませる。僕らのいる12号室だけでなく、またこの四階だけでもなく、女子寮も含む第八寮全体が固唾をのみアナウンスを待っている様子がひしひしと伝わってくる中、絶妙なタイミングで教育AIが言った。
「申請が95%を越えました。本日18時20分より、第八寮全体パーティーを開くことを、ここに宣言します」
「「「ヒャッハ~~!!」」」
地響きのような歓声が寮全体から沸き起こる。詳細は分からずとも気配でそれを喜ぶべきことと直感した僕は皆と一緒に、右拳を天井へ高々と突き上げていた。
「眠留、お前は今から困難なミッションをこなさねばならない」
猛が潜め声で呟いた。涙目だったこともあり僕は無意識に、無言で首を縦に振った。真山がそんな僕に、予想外の言葉を掛ける。
「眠留は今から、静かにする素振りを少しも見せず静かにする、というミッションをこなさなければならない」
一瞬混乱するも、ここが寮であることと、そして猫たちと暮らしてきた経験が、そのミッションの核心をすぐ悟らせてくれた。
「ここから先は、静かな場所で一人静かにしていたいという願いを叶える寮で唯一の場所だから、皆で協力してそれを守っていこう、って事かな?」
高等陸上生物の中で最も肉食に特化した猫は、狩りを成功させ続けない限り、命を長らえさせることが本来できない。ゆえに猫は、自分の存在を獲物に気づかせない静かな行動を、本能として身に付けるに至った。平たく言うと猫は騒がしい人と、努力しないと静けさを保てない人を、本能的に嫌うのである。猫に育てられたと言っても過言ではない僕にとって、静かにする素振りを少しも見せず静かにするというミッションは、理解もそして実行も、容易なことだったのである。
という僕の返答は、どうやら正鵠を射ていたらしい。
「やっぱテメーは道理を弁える漢だな」
「ああ、さすが眠留だ」
二人は僕に、最大級の賛辞をかけてくれた。そこまではただ嬉しいだけだったが、二人は賛辞を際限なくエスカレートさせて行ったので、僕はアワアワしてしまった。
「というか猫の将軍である猫将軍にこんなこと言う必要が、そもそもあったのかな?」
「眠留にそんなこと言う奴は世が世なら不敬罪で死刑、ってか!」
「うわ、それは失礼しました。将軍閣下、どうか許してください」
「俺達三人だけで一晩語り明かせる場所を確保済みですから、将軍閣下どうか許してください」
アワアワを忘れ反射的に問うた。
「えっ、三人だけで一晩過ごせるの!」
「「当たり前だコノヤロウ!!」」
なんて会話をこそこそワイワイ交わしながら、僕らは踊り場を後にしたのだった。
住居エリアは、廊下の南側が二年生に、廊下の北側が一年生に割り振られていた。二人に導かれ、僕は二年長の住む部屋へ向かった。
「失礼します」
真山のノックに続き、真山、僕、猛の順で部屋に入る。出入口の左右に一台ずつある二段ベッドの左側、その下段に寝っ転がっていた二年長へ、一年長である真山が抑えた声で言った。
「今日こちらに泊まらせて頂く、一年十組の猫将軍眠留を連れてまいりました」
「一年十組、猫将軍眠留です。どうぞよろしくお願いします」
「うむ、よろしくな猫将軍」
ベッドで横になっていた二年長は身を起こし胡坐をかき、面倒がらず朗らかに挨拶してくれた。その男気へ、僕は深々と頭をさげた。
二年長の部屋を退出した僕らは階段側へ引き返し、真山の住む11号室へ向かった。今しがた出てきた二年長の部屋が23号室だったから、11号室と言うのは、一年生の一号室という意味なのだろう。
自分の部屋なのでノックはせずとも、丁寧かつゆっくり真山はドアを開けた。二度目のこと故、これが寮におけるドア開閉のマナーであることを察した僕は、その光景を心に刻み付けた。
11号室に足を踏みいれ、無人の室内を見渡す。入り口すぐの両側に、二段ベッドが一台ずつ設置されている。その向こうに通常の倍ほどもあるロッカーが同じく両側に二個ずつ、そしてその向こうの窓辺に、幅の広い立派な机が二卓ずつ備え付けられていた。幅4メートル、奥行き7メートル強のその四人部屋は、広大な食堂の洗礼を受けたばかりの僕に「意外と狭いんだな」という印象を抱かせた。
二年長と同じ、入り口から見て左側の二段ベッドの下にバッグを置き、真山は洗濯物を手早く取り出した。そしてそれを片手に、
「行こうか」
と僕の肩を軽く叩いた。そこでようやく猛がいないことに気づいた僕は、真山の私室に無断入室してしまったような錯覚に捕らわれ急いで部屋を出た。背中ごしに聞いたププッという軽やかな笑い声に、真山が別段不快でなかったことを知り、僕は安堵の息を吐いた。
という一幕があったため、その隣の12号室のドアノブに猛が手を掛けた際、僕は廊下で待つ意向を示した。けどそれは間違いだったらしく、甘い笑みを浮かべた真山に連行される形で、僕は12号室に足を踏み入れた。そのとたん、
「猫将軍久し振り!」
「待ってたぞ猫将軍!」
「そうだ待たせやがってコノヤロウ!」
「「とにかくテメーコノヤロウ!!」」
猛と真山を加えた十組の男子寮生総勢十一人に、僕は揉みくちゃにされたのだった。
湖校の寮性比率は研究学校の中で事実上最も高い、40%を誇っている。しかしそれはあくまで平均なため、クラスにより比率に多少のバラつきが出て当然なのだけど、それでも十組の寮生比率50%というのは、群を抜いて高い数字と言えた。ただそれは一年十組だけに限った現象ではなく、比率50%のクラスが学年毎に一つずつあることが知られていた。とはいえ知られているのはそこまでで、その理由はまったく公開されていない事から、それは湖校七不思議の一つに認定されていた。
いや、それは少し違う。比率50%のクラスは、「寮分けの不公平さ」とセットになって湖校七不思議に挙げられていた。湖校は一学年二十クラスのうち、十五クラスは寮生全員が同じ寮になるが、残り五クラスは八つの寮にばらけると言う、不公平な寮分けをしていたのである。そして前者に当てはまる寮生比率50%のクラスは必ず第八寮になるが、それ以外の十四クラスは第一寮から第七寮にばらけるのが恒例だった。これは、不公平を嫌う研究学校の理念に反しているにもかかわらず、湖校は創設以来十八年間、毎年必ずこの不公平な寮分けを続けていた。
寮に関する七不思議はもう一つある。それは食堂の人工大理石の色が、八つの寮で異なることだった。第一寮から第七寮までの床は虹と同じ順で、赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫、を基調とする人工大理石が貼られていた。しかし第八寮だけは虹に無い、白を基調とする人工大理石が用いられているのだ。寮分けと同じくこの七不思議も、もう一つの不思議とセットで七不思議に挙げられていた。それは『この色分けに不平を漏らす寮生はほとんどいない』という事だった。ほぼ100%の寮生にとって自寮の食堂の床は、一番好きな色か、もしくはそれと同じくらい好きな色だったのである。稀にそうでない寮生がいても、卒業までには全員が自寮の色を好きになると言われていた。小学校在学中も入寮時も、文科省公認の「好きな色アンケート」に答えた生徒は誰もいないのに、好みに合わせた寮分けを何故こうも的確にできるのか。しかも子供時代は色の好みが偏るものなのに、湖校の寮生は何故こうも八つの色に均等な散らばりを見せるのか。この二つも不可解な事柄として、床に関する七不思議と共に語られていたのだった。
というアレコレを、寮生でない僕はこれまで、不思議と感じつつもさほど真剣に考えてこなかった。だが今回、たった一日とはいえ第八寮生の仲間入りをする機会を得て、僕は認識を新たにした。なぜなら僕にとっても白は、一番好きな緑色と同じくらい好きな色だったからだ。しかもそれは輝夜さんと美鈴にもピッタリ当てはまることであり、更にその上、緑の両隣の色である青と黄は、その順で北斗と昴の一番好きな色だったのである。この二人も白が大好きなことを考慮するに、湖校のクラス分け及び寮分けにおける色の役割には、不公平の汚名を被ってでも秘匿せねばならぬ重大な何かが隠されているのではないかと、僕は思わずにいられなかったのだった。
みたいな感じの事を、十一人の級友達の顔を順々に見ながら僕は考えた。またそれ以外にも、考えていたことがもう一つあった。いや正確には、ハラハラしながら見つめていたものが一つあった。それは教育AIが2Dで映し出した、騒音グラフだった。真山によると、夏休み最終日である今日のような節目の日に、こうして皆とちょっとした会合を開く際、教育AIは相殺音壁と騒音グラフでそれを手助けしてくれると言う。相殺音壁から漏れ出る自分達の騒音がどの程度のレベルなのかを2Dグラフで自発的に確認しながら、級友達は皆自然に会話を楽しみ、そして盛り上がっていた。ただしそんな芸当ができるのは寮生だけで、今の爆笑がどの程度の騒音なのかを実体験として学んでこなかった僕は、会話を楽しむゆとりを当初持てずにいた。だが、レッドゾーンはおろかイエローゾーンの騒音すら巧みに躱す皆の実力を知るにつれ、皆を信じない事こそが失礼に当たると気づき、僕は態度を改めた。声だけに頼らずジェスチャー込みで感情表現するよう心掛けてからは、騒音グラフへ目をやることが減ってゆき、最後はその存在を忘れることができた。その甲斐あって、級友全員から「漢」認定されるという誉を、僕は賜ったのだった。その時、
ピンポンパンポ~ン♪
注意を喚起するというより楽しみに拍車をかけるといった趣のチャイムが寮内に鳴り響いた。と同時に皆ピタリと動きを止め、耳を澄ませる仕草をした。詳細は分からずとも気配でそれが喜ぶべき事であると感じた僕は、皆に倣い耳を澄ませる。僕らのいる12号室だけでなく、またこの四階だけでもなく、女子寮も含む第八寮全体が固唾をのみアナウンスを待っている様子がひしひしと伝わってくる中、絶妙なタイミングで教育AIが言った。
「申請が95%を越えました。本日18時20分より、第八寮全体パーティーを開くことを、ここに宣言します」
「「「ヒャッハ~~!!」」」
地響きのような歓声が寮全体から沸き起こる。詳細は分からずとも気配でそれを喜ぶべきことと直感した僕は皆と一緒に、右拳を天井へ高々と突き上げていた。
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