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五章
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それからしばし雑談タイムとなった。その途中、
「なるべく早く秋葉原のお店を訪ねて、紫柳子さんにお会いたいなあ」
輝夜さんの口から夢見る少女の呟きがもれる。女の子がカッコいい年上女性に憧れるのは野暮な僕でも知っているごく普通のことなので、紫柳子さんの印象を補足してみた。
「身長は170センチ台半ばだと思う。モデル体型でもただ細いのではなく、動作に体操選手のようなバネがあるんだ。翔狼と共に戦う狼嵐家の翔人には不適切かもしれないけど、僕は紫柳子さんを、凛々しい雪豹のような人だって思ったよ」
「「キャ―!」」
と、姦しいの上限寸前になった娘達は、昴の次の一言により、上限の向こう側へ一気に跳躍した。
「ねえねえじゃあさ、私達の写真をメールに添えてみない? ひょっとすると紫柳子さん、カ・レ・シと一緒に映った写真を送ってくれるかもよ!」
キャーでは決してない、ギャ――ッッの音が台所に轟く。しかもそのギャーには、心をざわつかせる不穏な何かがあったので、僕は腰を上げ台所から避難しようとした。けれどもそれは、完全な裏目となり僕に襲い掛かってくる。
「おっ、眠留も賛成してくれたのね。カメラを取りに行ってくれるのかな」
全部筒抜けだから逃げようとしても無駄よ諦めなさいと、昴は氷の微笑を浮かべた。筒抜けは慣れっこでも、それを足掛かりにカメラを取って来させようとする長馴染の容赦のなさに、僕は動きを一瞬止める。すると、
「わあ凄い。眠留くんの家にはカメラがあるのね」
「神社に来てくれた人達の記念撮影に使っているの。『撮りますよ、はいチーズ』という昔ながらのやり取りをした方が、皆さん揃っていい顔をしてくれるのよね、お兄ちゃん」
輝夜さんと美鈴が抜群のコンビネーションで、写真撮影を決定事項にしてしまった。心中嘆息するも、まあそれもいいかと思い直した。美鈴の言うとおり、「はいチーズ」で撮られた写真にはAIの自動録画にない一体感が生まれるのは事実だし、それに何より、僕はなぜかカメラマンの役を毎回仰せつかっているので、輝夜さんにいいとこを見せられるかもしれないと思ったのだ。
「じゃあ取って来るよ。みんな、ちょっと待っててね」
「「よろしく~」」
にこやかに手を振る皆に、心をざわつかせた不穏な何かを浄化してもらった僕は、足取り軽く社務所へ歩いて行った。
母屋から20メートルほど南に建つ社務所の引き戸を開け、問いかけた。
「じいちゃん、仕事中にごめん。神社のカメラを借りていいかな?」
しっかりした理由があるから万に一つも拒否される事はないと解っていても、神社の正式な備品であるカメラの使用許可を、神主である祖父へ僕は求めた。家族なのだから他人行儀を避けるべき時と、家族だからこそ筋を通さねばならぬ時がある。そして今回は間違いなく後者だと、僕は思ったのだ。
「うむ、いいぞ」
机で何かを書いていた祖父は万年筆を置き、体をこちらへ向け即答した。僕がきちんと筋を通したことを、喜んでいるんだろうな。
「随分楽しそうにしているねえ。みんなで記念写真でも撮るのかい」
そう問いかける祖母こそ、随分楽しそうにしている。それが嬉しくて、僕ははりきって事の成り行きを説明した。だがそのとたん二人は表情を改め、互いへ顔を向け頷きあったのち、普段よりゆっくりした口調で語りかけてきた。
「覚えていないのも無理はない。だが眠留は一度、当代の青星に会っているのだよ」
息を呑んだ。そして次の瞬間、僕は自分の愚かさに打ちひしがれた。そうだ僕は、紫柳子さんに会っている。いや、覚えていないだけで、会っているはずなんだ。三年前の冬、三翔家に連なる数百人の人達がこの神社にやって来てくれたことが、あったじゃないか!
「さあ眠留、お祖父さんが用意してくれた椅子にお座り」
いつの間にか横に立っていた祖母が、いつの間にか用意されていた椅子に僕を座らせた。そして二人も椅子に座り、祖父は勇気づけるように、祖母はいたわるように僕を見つめた。唐突に、さっき台所で心がざわめいた理由を知った。紫柳子さんへ送る写真を脳裏に思い描いたさい、僕はそこから無意識に、祖父母を除外していた。末吉以外の猫達も、思い描いた写真の中にいなかった。つまり、末吉を除く猫達と祖父母はかつて紫柳子さんに会っているという事を、僕は潜在意識下で、ちゃんと認識していたのである。
「昨夕、狼嵐本家が第一子、当代の青星である紫柳子さんから電話があった。猫将軍本家の第一子と今日、偶然巡り合うことができました。素晴らしい少年で、感服いたしましたとな」
心が現実に引き戻された。紫柳子さんから頂いた過分な賛辞を額面どおりに受け取ってはならないことを、僕は重々承知していた。しかしそれでも、紫柳子さんの賛辞には北斗と京馬も含まれているはずなので、四人で過ごした時間に恥じぬ自分でいるべく、僕は居住まいを正した。
「紫柳子さんは私達に、こう謝罪しました。翔家の存在を秘さねばならぬとはいえ、自分に会ったことを忘れている少年の心を、自分は利用してしまった。深くお詫び申し上げますと、辞を低くして言って下さったの。だから眠留、あの優しい人を、どうか責めないであげてね」
責める気持ちなど微塵もない、忘れていたことを済まなく思う気持ちで一杯だと僕は祖母へ伝えた。「眠留ならそう応えると思っていたよ」と祖母は目を細める。そんな祖母に負けぬほど目を細めた祖父が、机の上の手紙を手に取った。
「眠留がそう言うはずだと思っておったから、儂は今、紫柳子さんへ手紙をしたためていた。ご心配にはおよびません、ウチの孫は心の真っ直ぐな少年ですからとな」
礼を逸しないようその箇所だけを僕に見せ、高価な便箋が無駄にならず済んだわいと祖父は豪快に笑った。それに僕と祖母も加わり、場が一気に和む。完全復活を果たした僕はなんの含みもなく、祖父母に昨日の体験を話した。二人はとても感心し、また瞳を潤ませながら話を聴いてくれた。だが、話を終えた僕へ放った第一声は二人とも、
「で、出雲はどんな刀なんだ!」
「で、出雲はどんな刀なんだい!」
だったのである。僕と同学年の男子のように目を輝かせる祖父と、美鈴と同学年の女子のように瞳をキラキラさせる祖母へ、僕も大興奮で出雲について説明した。出雲の素晴らしさがつまびらかになるにつれ武者震いが強くなっていった祖父はもう我慢できんと立ち上がり、
「大吉に明日の社務所の留守番を頼んでくる!」
なんて叫ぶや社務所を飛び出した。祖母も、
「私も中吉に頼む! 中吉、中吉や~」
これまた社務所を飛び出してしまった。実をいうと、神職としての祖父母の階位は、ウチの神社の規模としては異例と言えるほど高い。その二人が猫を探すという理由のため、袴をたくし上げ境内を駆け回っているのだから、翔人の武具好きの程度が知れるというもの。留守番を押し付けられる大吉と中吉に何かしらの詫びをしなきゃなあと思いつつ、昔ながらの手動式一眼レフカメラを、僕は備品入れの中から取り出したのだった。
「なるべく早く秋葉原のお店を訪ねて、紫柳子さんにお会いたいなあ」
輝夜さんの口から夢見る少女の呟きがもれる。女の子がカッコいい年上女性に憧れるのは野暮な僕でも知っているごく普通のことなので、紫柳子さんの印象を補足してみた。
「身長は170センチ台半ばだと思う。モデル体型でもただ細いのではなく、動作に体操選手のようなバネがあるんだ。翔狼と共に戦う狼嵐家の翔人には不適切かもしれないけど、僕は紫柳子さんを、凛々しい雪豹のような人だって思ったよ」
「「キャ―!」」
と、姦しいの上限寸前になった娘達は、昴の次の一言により、上限の向こう側へ一気に跳躍した。
「ねえねえじゃあさ、私達の写真をメールに添えてみない? ひょっとすると紫柳子さん、カ・レ・シと一緒に映った写真を送ってくれるかもよ!」
キャーでは決してない、ギャ――ッッの音が台所に轟く。しかもそのギャーには、心をざわつかせる不穏な何かがあったので、僕は腰を上げ台所から避難しようとした。けれどもそれは、完全な裏目となり僕に襲い掛かってくる。
「おっ、眠留も賛成してくれたのね。カメラを取りに行ってくれるのかな」
全部筒抜けだから逃げようとしても無駄よ諦めなさいと、昴は氷の微笑を浮かべた。筒抜けは慣れっこでも、それを足掛かりにカメラを取って来させようとする長馴染の容赦のなさに、僕は動きを一瞬止める。すると、
「わあ凄い。眠留くんの家にはカメラがあるのね」
「神社に来てくれた人達の記念撮影に使っているの。『撮りますよ、はいチーズ』という昔ながらのやり取りをした方が、皆さん揃っていい顔をしてくれるのよね、お兄ちゃん」
輝夜さんと美鈴が抜群のコンビネーションで、写真撮影を決定事項にしてしまった。心中嘆息するも、まあそれもいいかと思い直した。美鈴の言うとおり、「はいチーズ」で撮られた写真にはAIの自動録画にない一体感が生まれるのは事実だし、それに何より、僕はなぜかカメラマンの役を毎回仰せつかっているので、輝夜さんにいいとこを見せられるかもしれないと思ったのだ。
「じゃあ取って来るよ。みんな、ちょっと待っててね」
「「よろしく~」」
にこやかに手を振る皆に、心をざわつかせた不穏な何かを浄化してもらった僕は、足取り軽く社務所へ歩いて行った。
母屋から20メートルほど南に建つ社務所の引き戸を開け、問いかけた。
「じいちゃん、仕事中にごめん。神社のカメラを借りていいかな?」
しっかりした理由があるから万に一つも拒否される事はないと解っていても、神社の正式な備品であるカメラの使用許可を、神主である祖父へ僕は求めた。家族なのだから他人行儀を避けるべき時と、家族だからこそ筋を通さねばならぬ時がある。そして今回は間違いなく後者だと、僕は思ったのだ。
「うむ、いいぞ」
机で何かを書いていた祖父は万年筆を置き、体をこちらへ向け即答した。僕がきちんと筋を通したことを、喜んでいるんだろうな。
「随分楽しそうにしているねえ。みんなで記念写真でも撮るのかい」
そう問いかける祖母こそ、随分楽しそうにしている。それが嬉しくて、僕ははりきって事の成り行きを説明した。だがそのとたん二人は表情を改め、互いへ顔を向け頷きあったのち、普段よりゆっくりした口調で語りかけてきた。
「覚えていないのも無理はない。だが眠留は一度、当代の青星に会っているのだよ」
息を呑んだ。そして次の瞬間、僕は自分の愚かさに打ちひしがれた。そうだ僕は、紫柳子さんに会っている。いや、覚えていないだけで、会っているはずなんだ。三年前の冬、三翔家に連なる数百人の人達がこの神社にやって来てくれたことが、あったじゃないか!
「さあ眠留、お祖父さんが用意してくれた椅子にお座り」
いつの間にか横に立っていた祖母が、いつの間にか用意されていた椅子に僕を座らせた。そして二人も椅子に座り、祖父は勇気づけるように、祖母はいたわるように僕を見つめた。唐突に、さっき台所で心がざわめいた理由を知った。紫柳子さんへ送る写真を脳裏に思い描いたさい、僕はそこから無意識に、祖父母を除外していた。末吉以外の猫達も、思い描いた写真の中にいなかった。つまり、末吉を除く猫達と祖父母はかつて紫柳子さんに会っているという事を、僕は潜在意識下で、ちゃんと認識していたのである。
「昨夕、狼嵐本家が第一子、当代の青星である紫柳子さんから電話があった。猫将軍本家の第一子と今日、偶然巡り合うことができました。素晴らしい少年で、感服いたしましたとな」
心が現実に引き戻された。紫柳子さんから頂いた過分な賛辞を額面どおりに受け取ってはならないことを、僕は重々承知していた。しかしそれでも、紫柳子さんの賛辞には北斗と京馬も含まれているはずなので、四人で過ごした時間に恥じぬ自分でいるべく、僕は居住まいを正した。
「紫柳子さんは私達に、こう謝罪しました。翔家の存在を秘さねばならぬとはいえ、自分に会ったことを忘れている少年の心を、自分は利用してしまった。深くお詫び申し上げますと、辞を低くして言って下さったの。だから眠留、あの優しい人を、どうか責めないであげてね」
責める気持ちなど微塵もない、忘れていたことを済まなく思う気持ちで一杯だと僕は祖母へ伝えた。「眠留ならそう応えると思っていたよ」と祖母は目を細める。そんな祖母に負けぬほど目を細めた祖父が、机の上の手紙を手に取った。
「眠留がそう言うはずだと思っておったから、儂は今、紫柳子さんへ手紙をしたためていた。ご心配にはおよびません、ウチの孫は心の真っ直ぐな少年ですからとな」
礼を逸しないようその箇所だけを僕に見せ、高価な便箋が無駄にならず済んだわいと祖父は豪快に笑った。それに僕と祖母も加わり、場が一気に和む。完全復活を果たした僕はなんの含みもなく、祖父母に昨日の体験を話した。二人はとても感心し、また瞳を潤ませながら話を聴いてくれた。だが、話を終えた僕へ放った第一声は二人とも、
「で、出雲はどんな刀なんだ!」
「で、出雲はどんな刀なんだい!」
だったのである。僕と同学年の男子のように目を輝かせる祖父と、美鈴と同学年の女子のように瞳をキラキラさせる祖母へ、僕も大興奮で出雲について説明した。出雲の素晴らしさがつまびらかになるにつれ武者震いが強くなっていった祖父はもう我慢できんと立ち上がり、
「大吉に明日の社務所の留守番を頼んでくる!」
なんて叫ぶや社務所を飛び出した。祖母も、
「私も中吉に頼む! 中吉、中吉や~」
これまた社務所を飛び出してしまった。実をいうと、神職としての祖父母の階位は、ウチの神社の規模としては異例と言えるほど高い。その二人が猫を探すという理由のため、袴をたくし上げ境内を駆け回っているのだから、翔人の武具好きの程度が知れるというもの。留守番を押し付けられる大吉と中吉に何かしらの詫びをしなきゃなあと思いつつ、昔ながらの手動式一眼レフカメラを、僕は備品入れの中から取り出したのだった。
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