僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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五章

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 質問は山ほどあった。僕に度々起こる記憶の欠落と、二階堂が経験した記憶の欠落は同じなんじゃないかな、とも感じていた。なのに僕は、しょうもないことを尋ねてしまう。
「二階堂と月浜さんは二人とも、3D面会室でハイ子を切っていたの?」
 口にしてから「しまった」と思うも、なぜか二階堂はほっとした表情を浮かべた。
「3D面会室に入る前、できればハイ子を切って欲しいって警察官に頼まれたんだよ。『容疑者の脳が著しく損傷しているため、自供の正当性の科学的証明が難航している。本来なら正当性の確証が得られるまで面会してもらいたくないのだが、いつ死ぬともしれぬ身ゆえなるべく早く子供達に謝罪したいという容疑者の願いも、人道的に無視できなかった。勝手な申し出だが、現時点での自供は、君達二人の心に留めてくれないだろうか』 その日会ったばかりの、見ず知らずの大人から誠実にそう頼まれたら、断り切れなくてさ」
 その一週間後、自供の科学的正当性が認められたと言う。よってこの話をしても問題ないから安心してくれと付け加える二階堂に、お前こそ安心しろと北斗が詰め寄った。
「元担任はいつ死んでもおかしくなく、懺悔の機会は一度きりになるかもしれなかった。よって二階堂と月浜さんがなるべく正確に記録しようとしたのは、正しい行為だと俺は思う。担任自身も、それを望んでいただろうしな」
 北斗の言葉に、二階堂は安堵の気配を纏った。ピンと来た僕は、心の中で二階堂へ語りかけた。
 ――お前は今回の件について、自分からは切り出しにくい話を、胸に沢山秘めているんだな。僕と北斗が、それを話せる流れに持って行くから、安心してくれ。
 という車内の空気を感じたのだろう。硬さの取れた二階堂は、安心した表情で話を先へ進めた。
「担任の自供が認められたと知り、俺らと先輩方は話し合った。そしてほどなく、担任を告訴しないことが決定した。それは担任にとってまったく予期してなかった展開だったらしく、『世界を初めて正しく認識した気がする』というメールを俺らは受け取ったよ。北斗、このメールへのお前の見解を聞かせて欲しい。いいかな」
 その時、不思議なことが起こった。3Dのはずの二階堂に、血の通った人間とさほど変わらない生命力を感じたのである。僕はふと思った。翔体にならずとも、人は己の心を遠方へ飛ばせるのではないか、と。
「担任の心が遭難前のままだったら、告訴されない展開になっても、メールの認識は得られなかっただろう。また遭難後の心になっても、それと同種の働きかけを二階堂らがしなければ、メールの認識へ至るにはもっと長い時間を要したはずだ。だから俺はそのメールに、白馬誕生の経緯を連想したよ。他の馬との関わりを経て、世界を正しく認識したからこそ、あの馬は白馬となった。これと同じことが、二階堂達と担任の間に起こったんだろうな。う~むだが、それを漢字一文字で表現するとなると、どの字が適切なのだろうか・・・」
 次から次へと思考を連結させてゆくこの頭脳こそが、北斗を北斗たらしめる核心なのだけど、それでも僕は突っ込まずにはいられなかった。
「白馬誕生の経緯の一文字表現は僕には難しすぎても、今の北斗の状態を一言で表すなら、『脱線しちゃった』で間違いないと思うよ」
 そう言うなり、二階堂が顔をパッと輝かせノリノリで続いた。
「月を目指すロケットが月到着目前でいきなり軌道を変えた、ってのはどうよ」
「ぶはっ、北斗マジそれやりそう。『月は間近で見たから、あっちに行こう。だって俺、あっち見たこと無いもん』とか言って、ズンズン進んで行っちゃうの」
「そういう奴が世紀の大発見をするんだって分かっていても、一緒にいるのは骨が折れるよな。まあその方が、楽しいけどさ」
「うん、楽しいから許してやろうか」
「ああ、楽しいから仕方ないな」
 クスクス笑う僕と二階堂に、北斗がどこか嬉し気に言った。
「なんかお前ら、急に容赦なくなったよなあ」と。

「ともかく、あんがとよ北斗。お前が聴かせてくれたのは、初めての見解だったよ。もし去年、お前が隣にいてくれたら、夏休み明けのあれこれも、全然違う結末になっていたのかもしれないな」
 もちろん猫将軍もだぞと、わざとらしく慌てて付け加える二階堂の意図がわかった僕は、万事了解頑張れよのハンドサインを出す。二階堂はそれに、任せろと応えた。そして表情を改め、苦い思い出を再び話しだした。
「夏休みが終わり学校に行くと、俺らに向ける生徒達の眼差しが一変していた。一番人数が多かったのは、俺らを怖がりあからさまに避けるグループ。二番目が、怖がっていても道義的対応をしようと努めているグループ。三番目が、俺らと通じ合う見解を持っているグループ。そして最も人数が少なかったのが、まるっきり無関心なグループだった。そんなふうに皆の態度が変わったことに、俺らはスゲエ落ち込んでさ。それでも俺、月浜さん、篠山の三人のクラスには、通じ合う見解の人達と道義的対応の人達が多かったから、比較的短時間で元のクラスに戻れた。だが俺ら三人がいない方の三クラスは、分裂を解消できないまま卒業を迎えた。小学校最後の一年間を、そんな状態で過ごさせてしまったことに、俺らは罪悪感を覚えたよ」
 話の腰を折っちゃうかもしれないけどと前置きし、僕は割って入った。
「それは遭難後の担任と同じで、『認識が異なると世界は違って見える』って事なんじゃないかな。その人達がそういう行動を取ったのは、その人達の認識がそうさせた結果であり、二階堂達に責任はないと思うよ」
 僕は伝えたかった。それはその人達が自ら選択した結果なのだから、二階堂が自分を責める必要は、まったく無いんだよと。
 とはいえ、二階堂がそれを否定するのも僕には分かっていた。三か月ほど前、会議棟で昴が言ったのと同じことを、二階堂もこれから話すんだろうなってね。 
「確かにそれはある。だがそれを、俺らが言っちゃいけない。『俺らを怖がる必要なんてないのに、あいつらが勝手に怖がっただけだから、俺らは無関係だ』なんてことを平気で考えるのは、良心に反する選択を続けていたころの担任と同じ。俺らは、そう判断したんだよ」
 予想どおりの返答に、僕は頬をほころばせた。そのせいで、ついついいらぬ事を口走ってしまう。
「二階堂は真面目な奴だ。その真面目さを土台にしたお調子者キャラだから、女の子たちからも、とても人気があるんだろうね」
 昴は湖校入学初日から、二階堂を高く評価していた。それは輝夜さんも同じで、この二人が学年ツートップ女子だと教えてもらっていた僕は、女子による二階堂評が極めて高いことを知っていたのである。だが、
「ひょっとして俺、文化祭の麗男子コンテストで優勝しちゃったりして。バレンタインで食べきれないくらいチョコを貰っちゃったら、どうしよう!」
 当の本人はそれを知らなかったらしく、見苦しい妄想を連発してゆく。僕と北斗は、
「言い出しっぺの僕が場を収めなきゃダメ?」
「当たり前だろ」
 という小声のやり取りを経て、痛々しい事この上ない二階堂へ現実を突きつけた。
「ええっとね二階堂、自分に向けられる女子の視線と、真山に向けられる女子の視線を、冷静に比較してみて。それが、現実だから」
 二つの視線の、そのあまりのギャップに全てを悟ったのだろう。
 二階堂は、今度はこっちが心配になるほど、小さくしぼんでしまったのだった。

 ちんまり縮まった二階堂をしばし放置したのち、北斗が語り掛けた。
「そう落ち込むな。お前が女子からも人気があるのは、事実だからな」
 その声の優しさに、
「そ、そうかなあ」
 と立ち直りかけた二階堂はしかし、北斗へ顔を向けるなり再び項垂れてしまった。学年トップイケメンに集まる視線と自分のそれを比較し落ち込んだ直後、学年二位のイケメンを間近に見たのだから落ち込んで当然と思う半面、心に疑問が湧いた。
 ――もしかして二階堂は、自分もイケメンだって知らないのかな? お兄さん達と方向性が違うだけで、かなりカッコイイんだけどなあ・・・
 なんて口走るとまた同じ繰り返しになること必定だったので、僕は半ば強引に話題を変えた。
「それはそうと二階堂、僕メチャクチャ気になってる事があるんだ。担任が聞いた『選択はなされた』の大音声と、二階堂の言った『もう一人いるのかもな』は、関係あったりするのかな」
 そうこれは、気になって仕方ないことだった。自分の正否を判断できるのは自分だけという北斗の主張に同意しつつも、二階堂は「もう一人いるのかもな」と呟いた。すぐにでもそれについて尋ねたかったが、二階堂自身がそれを明かしてくれるまで我慢せねばならないと僕は自分に言い聞かせてきた。けどなぜか、それを尋ねるのは今この瞬間なのだと、僕は確信したのである。
 そしてそれは、北斗と二階堂に激烈な変化をもたらした。僕がそう問いかけるや二人は電光石火でこちらを向き、そして絶対負けられない戦いに臨むが如く顔を引き締めたのだ。イケメンの二人には遠く及ばずとも、僕も負けじと顔を引き締める。それを受け、二階堂が重々しく口を開いた。
「戦闘センスのかたまりの猫将軍がこのカードを切ったのだから、ここが天王山なんだろうな」
「俺もそう思う。二階堂、腹をくくって行け」
 北斗に激励され二階堂が頷く。
 そして遂に僕ら三人は、今日のクライマックスを迎えたのだった。
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